すれ違う海賊団4
城の中は本当に広かった。警備も確かに充実している。人数が多いという意味では。城の中に牢もあるし、城のように大きな個人の邸宅、ではなく本当の城と考えた方がいいだろう。実際に政務を仕切るものたちの部屋や会議室もあった。ナミはそうそうに入手した屋敷内の地図を手に、サンジたちに指示を出す。
「奥さんの部屋…というか、多分領主のプライベートルームは載ってないけど、逆に言えばこの空いた空間がそれってことね。奥さんは、まあベタに最上階かしら? サンジくんとチョッパーは上から回ってみて」
「ナミはいかねぇのか?」
「え? 私はお宝探しに行くに決まってんでしょ」
「ええー! そうなのか!?」
本気で驚いた顔をするチョッパーにはにっこり笑っておく。当然だ。何のためにここまでついてきたのか。
「じゃ、奥さんのことは頼んだわよ、チョッパー」
そこは真剣な目で言えば、チョッパーも神妙な顔でうなずいた。チョッパーと目線を合わせていたナミは、そこで立ち上がってサンジを見る。
「……なるべく騒ぎは起こさない方向で」
「りょうかいで〜す、ナミさん!」
現在ナミたちは城の中央部に居る。ここに来るまでは正直楽勝だった。警備の動きが単純過ぎで、配置も悪く、ただ隙を縫うだけで誰にも見られることなく進めた。だがこの先はわからない。力尽くで突破しなければならない事態もあるだろう。そうなれば、ナミの方は騒ぎになる前に逃げるだけだ。
そして城の前で待機しているウソップとロビンが、騒ぎが起こったときには連動して暴れる手はずになっている。そうなれば、おそらく簡単に混乱は起きる。
「それと、ロビンからもう一つ情報」
去りかけたサンジたちに、ついでのようにナミは言う。
「反乱を企ててる男たちが、結構居るみたいよ。万一領主をのしちゃっても、まあ島のことは島の人たちが何とかするんじゃない?」
にっ、と笑って言えば、サンジも同じような顔を返してくる。
「了解。じゃ、行ってくるよナミさん」
タバコの火を消し、サンジは軽く手をあげて去って行った。チョッパーは緊張気味に続いている。
「さて…」
ナミもナミで目的の場所に向かうためにサンジたちとは逆方向へと歩き出す。あまりもたもたはしていられない。サンジたちもそうだが、島の者たちはもう限界だ。最後通告もあった。いつ何が起こっても不思議ではない。
「大変だ〜!」
そう思っていると、早速そんな叫び声が響いてきてナミは足を止める。身を隠しつつ、立ち聞きの態勢に入った。
入口付近で諍いが始まったという。反乱グループだろう。まさか堂々と正面から乗り込んだのか。側面は隙だらけだったというのに。
まあ気を引いてくれるならありがたいか、と思ったとき不穏な言葉が耳に飛び込んできた。
……海軍?
……もうすぐ着く?
「……無事出航出来るといいけど」
頭が痛い、と思いつつナミはお宝探しを続行した。
城の正門付近にはツナギを着た数人の男たちが集まっていた。城とはわずかに距離を取り、城を見上げながらも近づいてくるわけでも離れるわけでもない男たちに、警備兵たちが何度も視線を寄越す。これ以上近づけば追い払う──そんな微妙なラインから、男たちは動かない。
男たち──ハートの海賊団は、迷いの見える警備兵たちの動きなどは全く気にしていない。話題の中心も、先ほどベポと共に城へ乗り込んだ船長のことだった。ローの能力の前では壁も警備も意味は成さない。全員連れて行くのは無理だからと、結局ほとんどが置いていかれることとなった。
「まあ仕方ないけどね、船長だから」
「でも何でベポ? あいつ足引っ張らねえだろうな?」
「あいつ、おれたちより強いじゃん…」
「つ、強いけど! それ言うなら船長が一番強いだろ! どうせならもっと船長の補佐出来るような奴を…」
「それ間違いなくお前じゃないよなー」
「ってか船長に補佐なんか必要ないだろ」
笑い合う海賊団の声は、兵士たちには聞こえていない。実際に低く呟くような雑談だった。からかいあいつつも、船長に置いていかれてテンションは低めだ。
そんな海賊団たちに、ついに警備兵が注意に向かおうとしたとき、今度はあからさまに武器を構えた男たちが現れた。
警備兵は一瞬呆然とそんな男たちを見やる。
トキをリーダーとする反乱グループ。ただただ武器を構えて正面突破しにやってきた。海賊団もさすがにそちらに目を向けた。座っていた男たちも立ち上がる。
「領主に会わせてもらおうか」
「で、出来るわけないだろ。そんな物騒なもん持って!」
「だろうな。よし…行くぞ!」
トキの合図で一斉に男たちが門へ詰め寄る。彼らより立派な武装をした兵士たちは、戸惑いに対応が遅れた。なんだかんだで今まで攻めてくるものなどいなかったのだ。一人二人の、彼らにとっての「狂人」がたまにやってくる程度。今回の通達は、さすがに規模が違うことはわかっていても、油断があった。また、彼らは戦い慣れているわけでもない。
武器を構えつつも、その武器を振るうことが出来ず、兵士たちが気付いたときには既に大半が門の中。城の中の兵士たちも飛び出してきて、ようやく戦闘が始まった。
「あれ、もう始まっちゃったの?」
「昨日の夜でまだまともな計画出来てなかったのにな」
海賊団たちも戸惑い気味につい門に近づく。門付近からはあっという間に人が消えた。戦いは、城壁の中で起こっている。
「どうする?」
「別に…おれらは言われた通り待ってるだけじゃねぇか?」
そんな海賊団に声をかけたのは、彼らが泊まる宿の主人だった。
「すみません、こんなことになっちゃって」
「あれ、オッサンは参加しねぇの?」
「したいんですが…まずはお客様の安全をと思いまして」
主人の言葉にはさすがに海賊団が笑い出す。
「放っといていいよ。おれらはおれらで好きにやるんで」
「いえ、ここは危険です。その…今は具体的には言えませんが、この場所はちょっと危ないことになる予定でして…」
主人の言葉に、海賊団の一人が眉をひそめた。
「……どういうことだ? 爆弾でも仕掛けるのか?」
少し真剣な顔になった海賊に、主人も声を潜めて応えた。
「おいおいおい、どうするんだこれ…」
海賊団たちよりも更に離れた場所で城を見張っていたウソップはおろおろと隣のロビンと城に何度も視線を寄越す。反乱グループの話は聞いていたが、こんなに早く来るとは計算外だ。
「ナミたち大丈夫かな…?」
ウソップの言葉にも、ロビンは黙って城を見上げている。何か言ってくれよ、と思いつつウソップもそれ以上は何も言えない。元々、場合によってはこちらで騒ぎを起こす予定ではあった。城の警備兵が彼らに気を取られるのであれば、ナミたちにとっては好都合──のはずだ。
だったら、このまま何もしないで待てばいいのか。ロビンは何も応えてはくれない。
だがやがて、はっとしたような顔でロビンがこちらを見た。
「うおっ、おい、なんだよ…?」
「今…」
ロビンが目を閉じる。何かに耳を澄ませているように見えて、ウソップも口を閉ざした。聞こえてく乱闘の音。町全体もざわついていた。閉じこもっていた人々が外に出てきている。途中参加で入っていく男たちも多かった。銃声のようなものは聞こえない。誰も持っていないのか、同じ島の者同士で使うことを躊躇っているのかはわからなかった。そもそも、使い慣れてないなら乱戦の中では使えないか。
ウソップが音から聞き取れる情報に頭を集中させていたとき、ロビンに軽く肩を叩かれた。いつの間にか自分も目を瞑っていたらしい。
「どうした、ロビン?」
「……海軍が来る」
「えっ!?」
「今、話してる人たちが居たわ。既に海軍がこの島に向かっている。到着は時間の問題のようよ」
「マジかっ!」
勿論、海軍がやってくるという情報も得てはいた。だが、あまりにも早い。昨日の時点で既に打診はされていたのか。ウソップは思わず港の方向へと視線を向けた。
「船が危ないわね。剣士さんたちが見てるとは思うけど…」
「ああ、でも伝えてやらなきゃ…! ロビン! おれはルフィたちに知らせてくる! お前はナミたちに…」
言いかけて思わず言葉を止める。乱闘の起こっている城の中。あの中に入っていくのは…。
だがウソップの思いをよそに、ロビンはふふっ、と軽く笑う。
「わかったわ。あとの判断は、航海士さんたちに任せましょう」
そう言ってロビンは城の城壁に沿って門から離れるように歩いて行く。ナミたちの侵入場所も城の側面だった。そのあたりは、警備もゆるい。
それを見送って、ウソップも、よし、と小さく呟く。
とにかく、船を港から動かさなければ。
全速力でウソップは港へと走る。船には、昨日からそのまま船番をしているはずのゾロと、そちらに向かったルフィが居るはずだ。海軍が来るかもしれないから船を守るため──という名目で作戦から外されたルフィだったが、本当に、それが真実になるかもしれない。
いやいや、何とか海軍が着く前に──
「おっちゃん、おかわり!」
「って、何でここに居るんだよっ!?」
聞き慣れた声に思わず急ブレーキをかけた。もうすぐで港──というところで、呑気にメシを食ってるルフィ。通り過ぎてしまったので慌てて戻ってその肩をつかむ。
「ん? ウソップも食べるか?」
もぐもぐと咀嚼しながら両手に持ったフルーツの一つを突き出してくるルフィに脱力する。籠いっぱいにそのフルーツと、何かの花を持った男が笑ってこちらを見ていた。
「いやぁ、よく食べるな。これは調理しないとあまり美味しくないはずなんだが…」
「まじぃけど、腹減ってんだ」
「なるほど…」
男の呆れた顔も気にせず、ルフィは手にあるもう一つも食べる。
思わずしばらく眺めてしまったが、慌ててウソップはその手を引いた。
「って、それどころじゃねぇよルフィ! 海軍が来るんだ! メリー号動かすぞ!」
「何? 海軍?」
さすがに少し表情が変わる。食べるのは止めないが。
ごくん、と最後まで食べきってようやく「おっちゃん、ごちそうさま!」と手をあげる。呆れていた男は再び笑って、もう一つフルーツを出した。
「どういたしまして…せっかく島に来てくれたのにあまりもてなし出来なくてすまないね。ほら、こっちはちょっと味付けしてある奴だ。持って行くといい」
「おお、ありがとう! よし、行くぞウソップ!」
「お、おお」
軽く男に頭を下げて、ウソップは慌てて飛び出したルフィを追う。
その瞬間、どん、と大きな音が聞こえた。
「ま、まさか…」
大砲の音のような、気がする。
港の騒がしさはすぐに耳についた。遅かった…。ウソップはがっくり肩を落とす。
「あー! ずりぃぞゾロ!」
フルーツを食べながらルフィは既に海軍と戦闘状態のゾロに言った。
って何でゾロは船から降りてるんだ!?
ウソップは慌ててメリー号の姿を探す。海軍が、メリー号に乗り移ろうとしているのが見えた。
「ちょっ! 待て待て待てー!」
思わず武器を構え、鉛星で数人を落とす。ぎろり、と海軍がこちらを向いた。
あああああああ。
慌ててルフィの後ろに隠れようとするが、ルフィが居ない。
「ん? あれ?」
ゾロに目を向けるが、そちらにも姿はない。
「ルフィー?」
海軍から逃走しながら、ウソップは首を傾げていた。
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