すれ違う海賊団3
朝、宿の一階の食堂でナミたちは食事を取っていた。朝食までは宿料金に含まれているので遠慮なくがつがつと食べる。といっても、やはり昨日の少女のところと同じく寄せ集めたような食材だった。まともな仕入れが行われていないのはそこからもよくわかる。
一人宿を出ていたロビンが戻ってきたことで、ナミは口を開いた。
「で、どうするのルフィ」
「ん? ぶっほあすらろ?」
大きく頬に食べものを詰めて話すルフィの言葉はまるで聞き取れない。まあ、言ってることの想像はつくので聞き返しはしなかった。
「ぶっとばすんじゃ駄目って言ったでしょ。領主が殴られて反省して、もう止めますって言うとでも思ってんの? 例え言っても私たちが去っちゃえば同じ」
根本的な解決にはならない。それはそれとしてぶっ飛ばしてやれ、とはナミも思うのだが。
「なあ、結局その奥さんの病気を治す…ってのは無理なのか」
ウソップは一応まともな意見を述べた。それは昨日も言われたことだった。隣に座るチョッパーが真剣な目でそのウソップの言葉に頷いている。
領主がひどいやきもち焼きで、そもそも医者が近づけないということ。
ひょっとしたら、チョッパーで簡単に治せる病気かもしれないのだ。だからまずはこっそり奥さんのところに忍び込む──という提案は昨日すでにされていた。だが、昨日の時点では噂がもう一つ。
ナミはちらりとロビンを見る。
ロビンはその視線に軽く微笑んで話し始めた。
「まず、昨日の話にあった…奥さんの姿を見ることもなく診察して、触れることなく病気を治せるという噂の悪魔の実の能力者だけど…ガセの可能性が高いわね」
「そんな能力者居ないってこと?」
「能力者を名乗る人物が居たことは間違いないらしいわ。昨日、実際に領主の城に現れたのも事実よ。──今は牢屋の中だけど」
「治せなかったのか?」
「奥さんに何かやらかしたのか?」
チョッパーとサンジの言葉はほぼ同時だった。どちらも聞き取って、ロビンが首を横に振る。
「その医者曰く、もう悪いところは取った、あとは安静にして薬を飲んでれば治る──とのことよ」
「また微妙な…」
「それで何で捕まってんだ?」
ようやく口の中を空にしたルフィが言う。既に食べ終わっていた。そもそも量が少ない。食事のことも考えないといけないな、と思いながらもナミは黙ってロビンの言葉を待った。
「まだ結果が出てないから。逃げられると困るから。…ってとこかしらね。実際は領主は何も言わず、牢へ入れておけ、だったらしいけど」
「ふーん。まあそいつが本物なら一件落着なんだけどなぁ」
「でもよ、そもそもいくら悪魔の実の能力っつっても、そんな都合のいいもんあるのか?」
ウソップに顔を向けて、タバコを噛み締めながらサンジが言う。
「だよなぁ、何の実だよって話だよな」
そのあまりの都合の良さに、やはり誰もが半信半疑だった。領主もおそらく信じていないのではないかと。ただ、娘の居る家庭にとってはわらにもすがる思いだろうが。
ロビンはそれらの言葉に少し難しい顔をして俯いてる。
「ロビン?」
「私もはっきりと聞いたわけじゃないんだけど…」
「ん?」
「オペオペの実、と言っていたわ。悪魔の実の図鑑にも載ってる、間違いなく存在はする実よ」
「オペオペ? オペって手術のオペか?」
チョッパーが食いつく。サンジが少し茫然として、ホントに何でもありかよ…と呟いていた。
「その能力者なら出来るってわけね」
「そこまではわからないわ。かつてその実の能力者が多くの人を救ったという話は聞いたことあるけど、具体的に何が出来るものなのかまではわからないの」
「なるほど…」
ロビンが知ってる範囲がそれなのか、残っている記録自体がないのかまでは不明だが。そこまではナミは突っ込まなかった。今、その実の能力の詳細を知ることは重要ではない。
「でもそれなら可能性は高まったんじゃないの? 少し様子を見て奥さんが回復するようなら…」
「でも偽者だったら、その奥さんは」
ナミの言葉を遮るように言ったのはサンジだった。真剣な目には少し気圧される。サンジにとっては、その奥さんも救いたい対象だ。彼女は領主に捕らわれ領主以外の人間と話すことも許されていないらしい。ほとんど監禁だと、ナミも思う。病気で苦しんでいるその奥さんに現れた救いの手──それが間違いなら。島中が覚悟を決め始めている時期、少しの遅れでその女性の容体は取り返しがつかないことになる可能性がある。
サンジとチョッパーは、結局はなから奥さんのところには乗り込むつもりだった。
情報集めに手間取り、決行は明日にしようと昨日言ったのだが、実際はロビンの情報とその能力者の結果次第では止める予定だったのに。
ナミはため息をつく。
「ま、そうよね。じゃ、結局予定通りってことでいいのねルフィ?」
「おお」
最終確認は当然船長だ。ロビンが早朝から外で収集してきた情報も、結局計画の後押しでしかなかった。気は進まない。気は進まないが、ナミとしてもあの少女を見たら放っておくわけにはいかなかった。
ルフィが笑って頷いている。ウソップは死にそうな顔をしているが、ロビンもサンジも少し笑って頷いた。チョッパーは真剣な表情で立ち上がる。
「ま、あれだけの城ならお宝も期待できそうだしね」
「おめぇは結局それかよっ!」
ついでに、豪華な城で私腹を肥やしてるとしか思えない領主から、奪えるものもあればいいとは思っている。
麦わらの一味がそんな話し合いをしている側で、同じく朝食中だった集団が居た。
昨夜宿の主人に案内されて、そこへ泊まったハートの海賊団。席は大分離れていたが、静かな空間だったためか、その会話のほとんどが耳に入っている。ハートの海賊団が静まり返っていたのもあるのだろう。麦わらの一味が去ったあと、部下の一人がぽつりと呟く。
「オペオペの実…」
「って言ったよな、今?」
2人がおそるおそるといった感じでローを見る。怒っているようには見えない。むしろうっすら笑みを浮かべているようにも見えた。それ以上言葉が続かなかった男たちに代わって、一際巨体の男が口を出す。
「それってキャプテンの実だよね?」
フードをかぶった男は、そんなことがなんのごまかしにもならないぐらい、どう見てもクマだった。船の留守番組だった彼は朝になって合流したが、人気のない町ではそう目立つこともなかった。宿の主人はその異様性に怯えてはいたが、わざわざ突っ込んでは来ない。
ベポという名のそのクマの言葉には答えず、ローは黙ってコーヒーをすすっている。何か考えているのかもしれない、と船員たちも口を閉ざすが、ペポはすぐにしびれを切らした。
「ねえ、どうするの? 放っといていいの?」
その言葉に、ぱっとローに視線が集まる。気になっていたのは同じだった。
オペオペの実の能力者を名乗るものが、この島で領主に取り入っている。船員たちの気持ちとしては、気に食わない、というのが正直なところだ。それは詐欺師にハートの海賊団を名乗られたり、ジョリーロジャーを勝手につけられているような感覚だ。ローがオペオペの能力者であることはまだほとんど知られていないとはいえ。
偽者であることはすぐにばれるだろう。実際に治せるはずもないのだから。だが、それはそれでオペオペの力にケチがつく。船員たちの心の決まった視線を受けて、ローははっきりと笑った。
「……そうだな。少し見に行ってみるか」
ちょっとした観光、ぐらいの口調でローは立ち上がった。船員たちも笑顔で一斉に立ち上がる。だが宿を出ようとしたところで、ローはふと足を止める。
「? おい、この宿の主人はどうした?」
「え? さあ…。朝食出したあと見かけてませんが」
海賊団を放置して宿を空っぽにしているとは考えにくい。だが、島の状況からすれば、それどころではないという場合もある。
実際に外に出てみれば、人通りのない道でたまに見かける人物はみな走っている。妙に慌ただしい。
船員の一人が走って男を捕まえた。
「おい、何かあったのか?」
「へ? 何かってそりゃ…」
言いかけた男はローたちを見て言葉を止める。昨日の酒場に居た者ではなかった。宿から出てきたというのはわかったようだが、迷うように視線を揺らし結局目を伏せた。
「悪ぃ、急いでるんだ!」
「あっ、おい!」
船員を振り切って男は走っていく。全力で追って捕まえられなくもなかったが、それをしていいものかと問いかけるようにローを見た。ローはもう興味なさげにそちらに目を向けない。代わりに見上げていたのは、島の中央部にある大きな城。
「…行くんですか? 何か状況変わってそうですよ」
「なんだ、行きたくないのか?」
「いや! 出来れば行きたいですけど!」
部下の応えにローは満足げに歩き出す。たまにばたばたと駆ける男たちが居たが、ローは気にしなかった。
町のざわつきはそれからすぐにピークに達した。
トキは右往左往している男たちに舌打ちして武器を取る。
「トキさん!」
「お前らぁ!! もういい、海軍のことも海賊のことも忘れろっ!! おれたちの目的は一つ! 領主の首だ!!」
あらん限りの大声で叫ぶ。ようやくざわつきは収まった。全員の視線が向いたのを見て、ようやくトキも息をつく。
「どうせ、おれもお前らも作戦立てる頭なんてねぇだろ。海軍も海賊も、利用しようなんざ無理だ。考えるだけ無駄だっ! 文句がある奴は来なきゃいい。おれは行く」
扉を蹴飛ばすようにして開ければ、慌てて男たちがついてきた。男の一人が持っていた手配書にも目を落とし、そんなもん捨てろ、と吐き捨てる。
昨日この島に来た海賊たちの情報。思ったよりも大物だったが、気にしている暇はない。
それよりも、海軍がこの島に向かっているという話の方が重要だった。海軍はこの島を定期巡回の対象にしているが、あまりにも早すぎる。作戦が漏れたのか。作戦とも言えない、具体的な話など昨日まで進んでいなかった話だが。それよりも、島に現れた海賊を追って来たと考える方が自然ではあった。それなら、大人しく海賊たちと衝突させるべきか。
男たちは揉めに揉めていた。
結局一喝して出てきたのは、言った通り、誰かを「利用」出来る頭なんざないからだ。
死んだ父のあとを継ぐために海軍から帰ってきた領主は、多少乱暴なところはあるもののいい奴だった。20近くも年下の娘を嫁にして以来横暴は多くなったが、それでも妻絡みに限定した話だ。他の島より税はかなりの高さだったが、生まれたときから島に居る男たちはそれに疑問も不満も大してなかった。このままなら、良かったのだ。
「ト、トキ! トキってば!」
無言で城に向かうトキに、追って来た男が袖を引いて注意を引こうとする。
「何だ。今じゃなきゃ駄目か」
「いや、その、あの海賊たちのことで…」
「だからそれは考えるなと言っただろ! あの海賊団が邪魔しにでも来たのか?」
「……邪魔じゃあないと思う」
「あ?」
男は宿の主人だった。
トキは足を止めることなく男に言う。
「城までの間に話せ」
そう言いながらも足を速めたトキに、男は慌てて小走りについてきた。
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