すれ違う海賊団7
ロロノア・ゾロの斬撃が海兵の一人の銃を飛ばす。それは、狙ったものではなかった。
「ちっ…ちょこまかと」
ゾロが向きを変えた瞬間には、海軍将校ロッカはもうその場を移動していた。ロッカへの攻撃の余波は、背後に居る彼の部下たちに降りかかる。ロッカはその様子を見ながら声を張り上げた。
「お前ら邪魔だぁ! もっと邪魔しとけ!」
「ええええ?」
兵士たちの情けない声にはただ笑って視線も向けない。ロッカはゾロを見ながら舌なめずりをしている。
海賊狩りのロロノア・ゾロ。懸賞金は6000万ベリー。
ただただ頭の中はその情報が占めている。1億ベリーの賞金首を捕らえ、これからオペオペの実の能力者も捕まえる。そしてまだ更に手柄を追加できるチャンスに、ロッカは興奮していた。港で面倒な男に絡まれたので10数人で注意を引いている間に、他から回って城へ行けと…本来はそれで終わっている仕事だった。面倒な男、が賞金首と知るまで。
「へっへへ…これで昇進間違いなしかぁ?」
一度功を焦って降格した。もう同じ失敗は繰り返さない。一般人を巻き込まないために避難誘導までやらせている。自分の仕事は完璧だ。
「大人しく捕まりやがれっ!」
あとはロロノアを捕まえることが出来れば、なのだが。
お互いの攻撃は何度か掠っているものの、決定打がなかった。途中でゾロが、海賊船に近づく海兵を気にしたのに気付いてからは、そちらでも注意を引くようにしているのに。
「ちっ…仕方ねえ」
奥の手だ、と男はわざわざ口に出して懐に手を入れる。
何かしようとしているのに気付いたロロノアが間を詰めてくるが、遅い。
「食らえっ!」
「っ……!」
それは発光弾だった。
強烈な光にロロノアが微かに呻きを上げる。ロッカは常にサングラスをしているのでダメージはない。慣れているはずの海兵たちも、大半はサングラスの着用が遅れて動けなくなっていたが、ロッカは気にしなかった。
「さあ覚悟……っ!?」
側面から振り下ろした棍棒は、ゾロの刀に遮られた。僅かに俯いて目を瞑ったまま、ゾロはにやりと笑う。
ロッカは慌てて引いた。
声を出したのが悪かったかもしれない。今度は息を殺してゆっくり背後に回り込む。ゾロはぴくりとも動かない。
だが攻撃を振り上げようとした瞬間、ゾロがこちらを向いた。
「くっ……」
見えているのか。いや、見えていない。証拠に、ゾロはそこから一歩も動かない。こちらに攻撃を仕掛けてはこなかった。このまま回復を待たれても困る。試しに投げてみたナイフも弾かれた。
ならば。
ロッカはゾロに近づき、接近戦を仕掛ける。攻撃は全て防がれるが、やはり、ダメージはある。先ほどよりは押され気味だ。
「防御ばっかかぁ? ロロノア!」
挑発すると空気が変わった。だが構えは許さない。ロッカは、こっそりとゾロの背後から近づく海兵たちに目くばせする。
「おらおらおらおらっ!」
ひたすら声を張り上げているのは、海兵たちの動きをごまかすためだ。
さあ、やれ。
思ったとき、海兵たちが突然真横に吹っ飛んでいった。
ロロノアは、聞こえただろうその音に全く反応を見せない。海兵が近づいているのも気付いていたのか。呆気にとられたロッカの方が、手が止まった。
「何やってんだぁ、てめぇは」
タバコをくわえた金髪スーツの男がそこに居た。
麦わらの一味の仲間だが、ロッカたちにその情報はない。海兵が蹴り飛ばされたということも、わからなかった。
「見ればわかるだろ」
「目ぇ瞑って遊んでるようにしか見えねぇな」
だが言葉のやりとりで、仲間であろうことは理解する。
「…そうだな」
ゾロの低い声が響いて、一瞬ぞっとした。思わず距離を取って、ロッカはゾロを見る。
「……そろそろけりつけるか」
ゾロの目が開かれる。だが、はっきりとこちらをとらえている感覚はなかった。まだちゃんと見えてない。それでも、まずい。
「三刀流…」
ゾロが3本目の刀を口にくわえる。その動作を待たずに武器を振り上げる。だが、それは一瞬でスーツの男に蹴り飛ばされていた。
「三・千・世・界!」
次の瞬間には体ごと吹っ飛ばされ、何が起こったかもわからなかった。
「邪魔するんじゃねぇよ!」
「遊んでる暇はねぇんだよ!」
何故か遠くで、男2人の言い争いが聞こえた気がした。
ルフィが目を覚ましたとき、即座に感じたのはメシの匂いだった。
「ルフィ〜! あんた心配かけんじゃないわよっ!」
「ん? ここどこだ?」
ソファで眠っていたルフィは、すぐそばに麦わら帽子を発見して、それをかぶりながら辺りを見回す。目の前に立つのはナミとサンジだ。
「チャコちゃんの家だよ。てめぇ、海軍に捕まったかと思ったら道端に放り出されてるし、どういうことだ?」
チャコが嘘をついた、などという発想はサンジだけでなく当然誰もしていない。だが眠っていただけのルフィには答えられるはずもなかった。
「あ、海軍は?」
「ゾロが吹っ飛ばしちゃたわよ。引き返してはくれたけど、また応援連れて戻ってくる可能性が高いわ」
「なあに、来たなら君らはもう出航したと言っとくよ。まあ普通は海軍と一戦交えたあと、まだ残ってるとは思わないだろうけどね」
そこへ、ひょいと顔を出してきたのはチャコの父親、レストランの主人。両手に持った盆には肉料理がたっぷり乗っていてルフィの顔が輝く。
「実際、昨日の夜来た海賊団が居たが、エターナルポース買ってとっとと出て行ったようだよ」
主人が言いながらルフィに皿を差し出せば、いただきます、と律儀に挨拶してルフィが食べ始める。
「肉、いっぱいあるんじゃねぇか」
ここに来て以来ほとんと肉を食べられていなかったルフィが喜びながらもそんなことを言う。主人が苦笑いした。
「まあこれは…最後の晩餐用だったというか…」
「?」
首を傾げたルフィに、ナミが言う。
「領主の奥さんだけど…チョッパーで治せるわ。一週間は様子を見たいってことだから、ちょうどログが溜まった頃よ」
「そっか」
良かったな、とルフィは言うが、サンジとナミは妙に浮かない顔をしたままだ。
結局縛り付けてでも治すとチョッパーが泣きながら言って、夫人は体力的にもそれ以上の抵抗が出来なかった。領主は島の人たちにぶっ飛ばされたが、だからといって男たちに領主の代わりが務まるわけでもなかった。結局これ以上の横暴は許さないという方向で、片は付いた。妻の病気が治ると知ったことも大きいのだろう。元々、妻絡みでなければ島民にとってそれほどひどい領主でもない。
「ああなったって、あれだけ妻を愛してた領主なんだから、若い子に手出すこともねぇだろうになぁ」
サンジの呟きの意味もルフィには何のことかもわからないが、自分がやることはもうないということだけは理解する。
「おっちゃん、おかわり!」
「話聞けっ! あと遠慮しろ!」
ナミの拳が突き刺さった。
「船長! 船長ー!」
次の島への航路を浮上したままのんびり漂うハートの海賊団の船。甲板に居たローたちのところへ、船員の一人が駆けつける。
「あいつっ! あいつっ、これっ!」
「落ち着け。何だ」
船員が差し出したのは、新聞記事と賞金首の手配書。
「これ、あのとき牢から出した奴じゃあ…」
そこには麦わらのルフィの名と顔があった。
「そういや前に見たことあるな」
「あれですよ。アラバスタで何かやらかした奴」
ローと他の船員の言葉に、手配書を持ってきた男は目を見開く。
「知ってたんですか!?」
「忘れてた」
「一億の首は覚えてましょうよ、船長」
そもそもローはルフィの顔をまともに見ていなかった。それは、他の船員たちも同様だ。忘れていた、はどちらかというとルフィを牢から出したこと、そのものにかかる。
本当に、ただのついでだったのだ。
「おれら、とんでもないライバル逃がしちゃったんじゃ…」
現時点で、ローよりも上の懸賞金を持つ男に船員が震え上がる。
だがローは笑って言った。
「いいんじゃねぇか。ライバルぐらい居た方が面白い」
「そっ…そうですよね! そりゃそうですよね!」
一瞬で乗る男に、他のクルーから笑いが起きる。甲板で眠っていたベポが鼻ちょうちんを潰して起き上がり、その空気が理解出来ずに戸惑っていた。
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