戦士1

 悲鳴が聞こえる。
 平和な街中に突如現れた怪人たちの攻撃に、か弱い一般人はなす術もない。
 破壊されていく市街。助けを求める声。
 転んだ子どもが泣き喚いている。
 そこへ近づいた怪人が武器を振り上げたとき、鋭い声が響いた。
「待ちなさいっ!」
 人々が、怪人が一斉に振り向く。
 建物の上。緑の髪をなびかせる少女が両手を腰に当て、立っていた。
 その両端にも4人の男女。
 一般人の歓声と、怪人たちの戸惑いの声。
「人々を苦しめる奴は私たちVOCALOIDが許さない!」
 更に高い声が辺りに響き渡る。
 5人がそこから飛び降りた。
 緑の少女は即座に子どもを抱き起こし、目の前の怪人に手にしたものをぶち当てる。ネギのように見えたそれは、固い手ごたえで相手の体を吹っ飛ばす。
「早く逃げて!」
 子どもが頷きながら走り出す。その間に他の4人も戦いに入っていた。
 スタイルのいい赤い服の女性が、短いスカートで蹴りを繰り出す。
 青いマフラーをなびかせた白いコートの男が数人まとめて投げ飛ばす。
 黄色い髪のよく似た男女がお互いの手を握ったまま見事なコンビネーションで次々と敵を蹴散らしていく。
 やがて、怪人たちは「覚えてろ!」の捨て台詞と共にその場を逃げ出した。
 残されたVOCALOIDは、顔を見合わせてひとまず息をついた。





「やっぱりな、大元を叩かないとどうにもならないだろ」
「そうだけど、そもそもどこから来てるのかわからないでしょ」
 作戦室とも会議室とも呼ばれるその場所で、大きなテーブルを囲んでVOCALOID5人が座っていた。正確にはレン一人が立ち上がり、全員に向かって熱く意見を飛ばしている。隣に座ったミクが挟んだ疑問の声に、レンはにやりと笑う。
「見つけたんだよ! ある山の洞窟から、あいつらが出入りしてるところを見た奴がいるんだ。巧妙にカモフラージュされてたけど間違いない! あそこを攻めれば奴らの基地を叩ける! 上手くいけば幹部たちだって……」
「レン」
 興奮したレンの言葉を遮ったのは、その正面に座る男KAITO。机に肘を付き、口元を覆うようなポーズで聞いていたKAITOは、レンに対し冷静な言葉で告げる。
「その情報の出所は? 自分の目で見たようだけど中までは入ってないよね? それが、罠じゃないって証拠はどこにもない」
「………!」
 レンの言葉が詰まった。だけどすぐに、きっ、と睨みつけるような視線をKAITOに向ける。
「でもこのまま何もしないでいるよりマシだろ! あいつら最近毎日のように出てくるし! いつ死人が出たっておかしくないんだ。おれは行くからな! リン、行く ぞ!」
「え、えええ」
「ちょっ、レンくん!」
 ミクが慌てて立ち上がるも、レンはそのまま出口へと向かう。リンも立ち上がった。迷いつつ、レンの後を追う。
 レンが扉を出る寸前にかかった声は、それまで黙って話を聞いていたMEIKOの もの。
「レン」
「………」
 レンの足が止まる。だが振り向かない。
「罠じゃなかったとしても、あんた一人でどうにかなると思ってるの?」
 レンがそれにかっとしたように振り向いて叫んだ。
「なめんな! おれらは元々二人だけで戦ってたんだ。お前らの手なんか借りね ぇ!」
「レン!」
 もう止まらなかった。
 出て行ったレンをリンが追う。ミクが呆然とそれを見送っていた。やがてゆっくりとKAITOたちに視線を移す。二人は、苦笑しながらミクに座るように促した。
「……いい、の?」
「……放っとくわけには行かないかな」
「ホントに突入しちゃいそうだわね、あれは」
 最近仲間に入ったばかりのレンとリン。ミクたちの実力は認めたものの、いまだ信頼されているとは言い難い。だから、ミクは今すぐにでも駆けつけたいと思っていたが、年長組の反応は呑気なものだった。
「だったら、すぐに」
「まあまあ、おれたちはとりあえずそこを調べる、あとはミクが何とか引きとめてくれ。レンの気持ちだってわかるしね」
「頼んだわよ、リーダー」
 手を振られて、ミクは一瞬困ったように眉を下げた。だが直ぐに振り切ってレンたちの出て行った扉へ向かう。
 VOCALOIDのリーダー、初音ミク。
 実際に指揮権を任されてるとは言い難い。





「レンっ、待って、ちょっと待ってよっ」
「何だよ、お前も待てとか言うのか! こうしてる間にも奴らが移動しないとは限らないし、また人を襲わないとも、」
「そうじゃなくてっ! 私はその基地を攻めるの賛成だよ。だけどやっぱり私たちだけじゃ」
 リンの言葉は、レンの鋭い視線に遮られた。睨みつけるような目に、リンが思わず俯く。
「怖いのか? 今まであんな奴ら居なくたっておれたちだけでやっていけてただろ。おれだってただ正面突破する気なんかない。おれが、ロードローラー出して囮になるから、お前が中に潜り込め。……いや、こっちの方が危険かな。じゃあお前がロードローラーに、」
 ぶつぶつ考えるレンを、リンがただじっと見つめている。リンはレンについていく。最初からそう決めている。それがどんな危険なことでも、レンが決めたことならいいとリンは思っている。だがそれでも、出来る限り危険は回避したい。それは自分だけでなく、レンのためにも。
 リンが口を開きかけたとき、ばたばたと廊下を駆ける音が響いてきた。
 ミクだ。
「レンくん、リンちゃん、待って!」
 レンは即座に顔を上げると、ミクが近づききる前に怒鳴り声を上げる。
「うるさいっ、おれたちはおれたちだけでやるって言」
「私も入れて!」
「って……は?」
 レンよりも更に大きな声で、ミクも怒鳴るように叫んだ。廊下中に響き渡った声に、レンとリンの動きも止まる。呆気に取られた顔をしたレンに、ミクは少し満足気に笑って、ゆっくりとその側まで近づいた。
「私も行く」
 きっぱりした言葉にリンは笑顔に、レンは仏頂面になる。
「何、だよ今更…」
「行ってくれるの! ありがとうミクさん!」
「お前……」
 レンがリンを睨みつけるが、リンはそれを敢えて無視してミクの手を取る。レンが諦めたようにため息をついた。
「……ミク」
「なぁに、レンくん」
「……指揮は、おれが取るからな?」
「うん、いいよ」
 どうせ私、大した指揮取れないし。
 ミクは笑顔でそう続ける。元々、VOCALOIDの指揮を取っているのはほとんどMEIKOかKAITOだ。ミクは、その強大な力でリーダーとしての位置にいるに過ぎない。
 頷かれて、それ以上レンは言うこともなくなったのか、勝手にしろとだけ呟いて歩き始めた。向かう先はロードローラーが置かれている倉庫。レンとリンが2人きりで戦っていた時代から使われている愛車だ。
「リン」
「うん」
「お前はミクとロードローラーに乗れ。これから直ぐ襲撃する」
 レンの後ろで、ミクとリンが顔を見合わせた。
「じゃあ、レンはこっそり中に入り込むの?」
「ああ。出来るだけ派手に暴れろよ。で、幹部が来たら逃げろ」
「嫌」
「ふざけんな」
「じゃあレンも、幹部に会ったら逃げるの?」
「……それじゃ何のために行くかわかんないだろ」
「大丈夫だよ、私も行くんだから!」
 そこで声を上げたのはミク。胸を張って拳を握り締める姿にレンが少し苦笑し た。
「いざって時には歌うから。レンくんもね」
「……ああ」
「ピンチになったらちゃんと呼んでよ? 通信は開きっぱなしで!」
「……了解」
 呆れた声。それでもきちんと返事をしたレンにミクとリンが笑う。
 倉庫に入るレンとリンに続き、ミクは少しだけ後ろを振り向いた。
 出来る限り襲撃までの時間を引き延ばす。出来なければ、ミク自身が、2人を守るために戦う覚悟だった。





「来たね」
 森の中に設置されたいくつかのカメラから送られる映像に女は笑う。だが直ぐに眉を顰めてモニターに飛びついた。カメラに映るロードローラー。運転席には、黄色い髪に白いリボンをした女、リン。隣に緑の髪の女もいる。
「……他の連中は……」
 VOCALOIDが5人組であることはよく知られている。全員の特徴も力も、女は理解しているつもりだった。女はすぐさま部下に指示を出す。残り3人。ばらけて入ってくることは確実だった。入り口は一つではない。ばれているとは思えないが、念のため正面入り口以外の全ての場所に罠と見張りを置いている。
「……女2人は囮ね。馬鹿な奴ら」
 KAITO、MEIKO、レンの3人がどこからかこちらに向かっているのだろう。
 カメラはその姿を捉えられていない。だが、ひとまずは気にしない。
 囮が暴れだしたとき、全員でそちらに向かわないよう、それでもなるべく派手に攻撃を仕掛けるように指示をした。
「今日こそ一網打尽にしてやるわ」
 毎回毎回邪魔をしてくるVOCALOIDたちを倒したかったのは、こちらも同じ。
 VOCALOIDにとっての敵幹部の一人である女はそう呟いて笑った。





「ロードローラーっ!」
 雑魚敵が辺りを埋め尽くす。ロードローラーがそれを蹴散らしていく。たまによじのぼってきた敵はミクがネギのようなもので振り落とした。だんだんロードローラーの動きは鈍くなっていた。
「何っなの、この数!」
「これが基地だって証拠ね! ただの山奥にこんなに奴らがいるわけないっ」
 リンがハンドルを切って敵が慌てて逃げていく。だがすぐさま何人かが飛びついてきた。
「あーっ、もうキリがない!」
「一旦逃げるっ!?」
「何でよっ、レンは今頑張ってるのよ!」
「じゃあ歌う!」
 叫びながらのやり取りが一瞬静まった。ミクがロードローラーの上で、目を閉じ、静かに息を吸う。ロードローラーが静止する。それでも敵たちは誰一人そこへ飛びついて来ない。優しい声が、響き始めた。
 リンはハンドルに体を預けて、その歌を聴く。とても心地良いその歌声は、敵にとっては魔力だ。
 苦しみ始める敵たち。歌が嫌いで、楽器が嫌いで、この世から全ての音楽を消そうと企む敵の思いは、リンたちは理解できない。そんな嫌な思いから生み出された敵たちには、同情するところもある。それでも、音楽を消そうとするものは許せないけ れど。
 そのとき、リンは何気なく空を見上げた。快晴の空に映るのは揺れる枝とその木の葉のみ。だけど、次の瞬間目に映ったのは。
「危ないっ!」
 リンがミクに飛びついた。突然のことに歌が中断する。そしてそのまま、ロードローラーから転げ落ちた。
「リンちゃん!?」
「誰っ!」
 リンがすぐさま体を起こして問いかけた相手。ロードローラーの上に武器を持って佇む一人の男。まさにミクが居た場所に突き刺さった刀。
 男は問いには答えず、ゆっくりと体を起こした。見慣れない和装と武器に、侍、という言葉が浮かぶ。深く刺さった刀はシートに傷をつけている。リンは悔しくて歯噛みした。だが、それよりも問題は。
「リンちゃん……」
 敵に囲まれている。ミクの歌も止まった。ロードローラーの上には新たな敵 の姿。
 和装の男は目を閉じ、口も閉じたまま、ゆっくりと刀をリンたちに向けた。何も答えようとはしていない。何も見ようとすらしていなかった。
 リンは両拳を付き合わせる。
「リンちゃん」
「やろう、ミクさん! 見たことない奴だけど、ああいう派手な格好してんのは幹部って決まってんの!」
「えええ。じゃあ尚更危ないよ…!」
「だから2人でやるのよ! ミクさんだって放っておくつもりはないでしょ?」
 リンが笑顔で問うとミクは一瞬戸惑ったあと、大きく頷いた。
 そのやり取りにも、男は表情を変えない。
 回りを囲む敵たちも、歌の力から回復しつつある。
 だが、それを無視して、リンとミクは男の元へと飛び出した。


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