戦士2

「くそっ、何なんだここは……」
 思わず呟きが漏れる。
 敵がリンたちに向かった隙に入りこんだ基地内部。基地というに相応しいだけの複雑な作りをしている。罠らしきものにはまだかかっていない。敵とも遭遇しなかっ た。
 勿論、慎重に進んでいるつもりだし、敵の大半は囮になったリンたちのところへ向かったこともあるのだろう。
 レンはこっそり通信を開いて、それに耳を澄ます。だが、特に変わった音は聞こえてこない。
 レンからの声は常にリアルタイムであちらに響くが、リンたちの声は、こうして通信を繋がないと聞こえない。敵基地内で突然ロードローラーの音がしても困るから だ。
「何もないといいけどな……」
 通信を切り、レンは更に奥へと向かう。通路は全て記憶済みだ。レンたちはVOCALOID。VOCALOIDは、歌うアンドロイド。その機械の頭に、全てを刻み込むことが出来 る。
 やがてレンは、前方に大きな扉があるのを発見した。そこへ行き着く廊下にも、いくつかの扉。そこが、中心部である可能性は高い。レンは拳を握り締める。そして通信機に向かって、一言声をかけた。
「中心部らしきところに着いた」
 ただ状況を伝えるためだけの言葉。相手からの声は聞かなかった。今どういう状況かもわからない。
 レンはゆっくりとその扉へ足を進める。聴覚機能を最大まで高めても、中の音は聞こえてこない。防音がされているのは確実だった。それは、基地全体がそうだったのだけれど。
 扉まで後数歩。
 思ったとき、突然その扉が開いた。レンの足が止まる。その瞬間、両端の扉も一斉に開き、敵が飛び出してきた。
「くっ」
 咄嗟に応戦するが、狭い廊下で多勢に無勢。捕らえられ、床に押し付けられる。
 奥の扉を開いて出てきた女が、そんなレンをにやりと見下ろす。
 レンは初めて見たが、話には聞いていた。敵の女幹部。見た目はミクとほぼ同じ年頃だ。レンたちより多少濃い黄色いの髪をした女は、しゃがみ込んでレンの顔に触 れた。
「意外に簡単だったわね。一応初めましてかしら、鏡音レン」
「おれのこと……」
「知ってるわよ。VOCALOIDのことは日々チェックしてるわ。暴走気味の新入りが居るってのもね」
「くそっ……」
 レンは捕らえられた状態ながらも、そのまま違和感のないように通信機に目をやる。壊れてはいない。リンたちの状況が切迫したものでなければ、こちらからの声は聞こえている。
「やっぱり罠だったのか、ここはお前らの基地じゃないんだな!」
「基地は基地よ。でもここにもいっぱいあるってだけのこと。大切なものは移したけど、どうせなら破壊したくなかったからこっそり入ってきてくれて助かるわ」
「幹部ももう居ないのかよ」
「ここに残ったのは私だけよ。あんたたちの始末を任されたからね。毎回毎回よくも邪魔してくれたわね」
「知るか。お前たちが悪いんだろ。何でこの世から音楽を消そうとする!」
「音楽なんて人の世に必要ないわ。私たちの目的は人々を荒ませ、荒れた世界を作ること! 歌も! 楽器も! この世には要らないの!」
「てめえ……」
 情報を引き出すために語りかけるレンも、限界だった。
 敵のやっていることを知ってはいたが、それが「荒れた世界を作ること」だとは思わなかった。レンは立ち上がろうとしたが、それよりも強い力で抑え込まれる。目の前の女が低く笑った。
「さあ、どうしましょうかね、あんたの扱いは。私と一緒に荒れた世界を作らない? 好みの顔だから殺すのは惜しいわ」
「ふざけんなっ」
「まあ、そうよね」
 女は少し残念そうにため息をつく。だがすぐさま表情を切り替えた。
「で、KAITOたちはどこ?」
「……知るか」
「囮になってるのはミクとリンね? 基地に入ってきたのもあんた一人だった。まさか仲間割れでもした?」
「……どうかな」
 認めてしまえば、ここにはKAITOたちは来ないと言っているようなものだ。
 だからレンはわざと笑う。女は面白くなさげな表情で立ち上がる。
「まあ、いいわ。いざってときにはあんたが人質よ。どうせなら全員まとめて始末したいしね」
 連れて行きなさい、という女の声に、レンの体が浮く。暴れてみたが、どうにもならなかった。
 それでもまだ。
 殺されてないのなら勝機はある。
 レンがそう考えていたとき、基地内に一人の声が響き渡った。
「レン! レン、どこだ!」
「なっ」
「KAITO?」
 驚愕の表情を浮かべるレンとは対照的に女は笑顔を浮かべた。
 取り出した武器をレンの首元に突きつける。
「……まさか真正面から来るとわね。ちょうどいいわ。早く見つけてもらいまし ょう」
 女がレンの頭をその武器で撃つ。悲鳴を上げさせるのが目的だと気付いて、レンは唇を噛み締めた。だが反響するKAITOの声は、確実に近づいてきているようにも聞こえ る。
 女はレンの様子を見て一つ舌打ちをすると、武器を突きつけたまま大声で叫ぶ。
「KAITOね! 今すぐこちらに来なさい。レンの命が惜しかったら!」
 KAITOの声が止まった。確実に、女の声は届いた。レンは更に激しく暴れだす。
 ここに来させてはいけない。足手まといになることが何より嫌だった。
 だが、拘束は簡単には解けそうにない。
「あら? 諦めたの?」
 レンは動きを止めた。チャンスがあるとしたら、KAITOが女の前に現れたときか。注意は一瞬でもそちらに行く。今暴れて疲労するよりは、そこを狙う。
 大人しくなったレンに女が怪しむような顔はしたものの、近づいてくる足音に表情を引き締めた。
 近い。
 VOCALOIDの聴力で、レンはKAITOの足音を聞き取る。
「さあKAITO! のんびり歩いてるんじゃないわよっ、レンの命が惜しくないのっ」
 女が叫んだ瞬間だった。
 その場に、歌声が響き渡る。
「なっ」
「うわあっ」
 それは、凶悪な、敵意を持った声。
 女が耳を押さえて武器を取り落とす。レンを捕らえていた敵たちの拘束も緩んだ。だがレン自身にもダメージが来る。
 何で……こんな歌……!
 無駄と知りつつ耳を押さえる。それでも必死でレンはそこから抜け出し、KAITOに向かって駆ける。気付いた女が武器を拾った。
「待ちなさい!」
 歌声をかき消すような大声。だが次の瞬間歌は止み、レンは即座に女に攻撃をしかけた。ふらついた足のままの頼りない蹴りだったが、女自身が既に受けていたダメージもあってか、呆気なく倒れる。
「レン!」
 そこへ漸くKAITOが駆けつけてきた。レン以上に疲れた顔をしている。当然だ。あんな歌、自分自身へだって間違いなくダメージが来る。まして元々KAITOは、癒しの歌の方を得意としている。歌の力は、諸刃の剣だ。そんな歌、歌ってはいけないと言ったのはKAITOたちだったのに。
 レンは思わず何を考えてるんだと怒鳴ろうとして、慌てて押さえつけた。
 そもそも、捕まったのは自分だ。
「……ごめん」
「言ってる場合か! 戦うぞ!」
「あ」
 既に回復した女は、武器を握り締め凶悪な表情でそこに立っていた。わらわらと敵が集まってくる。まだ、こんなに居たのか。
「レン」
「な、何だよ」
「ここに居るのはこの女だけか?」
「……ああ! 他の幹部は既に居ない。この基地は壊しても意味がない」
「そうか」
 KAITOが軽く頷いて武器を取り出す。レンも続いた。
 幹部といえど女一人。
 ここは一気に叩き潰すつもりだった。





「いやっ、離しなさいよっ!」
「リンちゃん!」
 侍は強かった。おまけに、辺りにはまだ雑魚敵が残っている。ロードローラーさえ奪い返せれば。だが、男はそこから動こうとはしない。目を閉じているように見えるのに、動きは的確で繰り出される攻撃に近づくことが出来なかった。隙を見て何とか飛びついたリンが、逆に捕らえられる。罠だったのかもしれない。
「うっ……」
 男の手が首元を締め付ける。苦しそうな顔をしたリンに、ミクも頭に血が上った。今日は2度目、相手はおそらく敵幹部。だけど、躊躇っている場合じゃない。
 ミクが歌うため、雑魚敵を避けながら息を整えていたとき、別方向から響く歌があった。
「え……」
 力のこもらない、純粋な歌。だが一瞬敵が動きを止める。ミクは反射的に飛んだ。男に向かって。
 はっとした男が刀を握り直す寸前、リンが相手の手に噛み付く。ミクのネギのようなものの一撃が、男の頭上に突き刺さった。
 男はうめき声も上げずにその場に崩れる。ロードローラーから転げ落ちた男には目も向けず、ミクはリンを腕の中に抱えた。
「リンちゃんっ、大丈夫!?」
「大…丈夫っ、それより」
 リンが顔を上げた。森の奥から出てきたのはMEIKO。今のは、MEIKOの声だ。
 MEIKOは走ってミクたちの方へ向かってくる。ついでにあたりの雑魚敵を蹴散らしていた。
「MEIKOさん!」
「リン! ミク! 今すぐ街に戻りなさい!」
「え」
「ここは私が何とかするわ。ロードローラーに異常はないわね?」
「う、うん。シート破れちゃったけど」
「問題ないわ! すぐに通信開いて! 敵が街で暴れてる」
「えええ」
「大丈夫よ、こっちも予想はしてたから。隊員たちがねばってるの、ロードローラーで急いで!」
「う、うん! あ、でもレンが…」
「レンの方は大丈夫、KAITOが行ったわ」
「MEIKOさんっ、その、侍みたいな人、強いの!」
「わかってるわよ、2人がかりで苦戦してるんでしょ。いいからあんたたちは早く行きなさい」
 慌しい会話を交しながら、リンはハンドルを握った。ロードローラーが進む。侍はそれを見ることもなく、ただ、やってきたMEIKOと対峙している。
「さて……私の方も、あんたたち相手する力はないのよね」
 既に街中で戦闘をしていた。
 MEIKOはそれでもにやりと笑うと、大きく息を吸い込む。
「だから今日は、歌のプレゼントだけにしてあげるっ!」
 歌声が、響き渡った。





 基地内が崩れ落ちる。ほとんど同時に、通信が入っていた。
 高笑いする女は、戦闘で傷ついた腕を庇いつつも瓦礫の中を迷いなく突き進む。
「待て、この野郎!」
「野郎じゃないわよっ、今度会ったら覚えてなさい!」
 劣勢になった女は、基地内を爆破した。初めから用意はあったのだろう。場合によっては、VOCALOIDを巻き添えに自爆という方法が。
 だが女は一緒に死ぬつもりはなさそうだ。着いていけば脱出口はある。それ以上に女への怒りが高まっていたレンを止めたのは、やはりKAITOだった。
「何だよっ、早く行かないと逃がしちまう!」
「街が襲われてる。今はそっちが先だ」
「でも、」
「こっちだ、すぐ抜けられる」
 レンの言葉も聞かず、KAITOは足を進める。追いかけながら、レンは叫ぶように問いかけた。
「入り口、他にもあんのかよ!」
「ちゃんと調べてきたよ、何でお前は真正面から入ろうとするんだ」
「いちいちそんなまどろっこしいことしてられるか!」
 レンの叫びにはKAITOは苦笑する。
「まさか捕まってるとは思わなかったけどね」
「うっ……」
「でも、おかげで基地を一つ潰せた。これがレンのいいところだよ、おれたちがフォローするから、これからも無茶してくれ」
「お前……!」
「危険を回避して躊躇ってるだけじゃ、どうにもならないからね」
 辿り着いた出口近くには雑魚兵たちが転がっている。レンは思わずKAITOを見上げたが、結局何も言わなかった。
 外は、崖に近い場所で煙が上がる街が見えた。
「何だ、あれ……!」
「急ぐよ、レン。歌う準備もしといて! 今日はまだ歌ってないよね?」
「ああ! いつでもいける!」
 2人は同時に飛び出した。
 街の人々を守る。悪い奴らを倒す。
 そのどちらもが、VOCALOIDの使命。
 そのために、VOCALOIDは戦う。


 

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