思い1

※注意
・マスター→MEIKOです。マスターが暗いです。
・直接描写はありませんが、暴力・性行為があります。
・MEIKOとKAITOが可哀想かもしれません。







 VOCALOIDを買い始めると、全員揃えたくなる人は多い。だけど、パソコンソフトはともかく、アンドロイドとしてのミクたちはとても高価で、実際は大半の人はアンドロイドとソフトの併用ですませている。
 ミクのマスターの家には、最初MEIKOが居て、次にミクが来て、直後にリンとレンが購入された。全員アンドロイド。親の金だと言っていたけれど、ミクはマスターの親を見たことがない。友人を見たこともない。ただ家の中にVOCALOIDだけが増えていく。全員揃えるなら、あと一人。だけど男には興味ないからKAITOは要らないと、ミクはマスターの口からはっきりと聞いてしまった。実際セット購入されたレンは、あまり歌わせてもらうことはない。ミクは少し気にしていたことがあったけれど、よくあることだし、コーラスさせてもらってるだけでもマシ、でもいつかマスターにおれの歌を認めさせてやると、レンは本当に当たり前のようにそう言い切っていて、ミクはちょっと、この年下の弟をかっこいいと思った。
「マスター……?」
 「お兄ちゃん」への憧れはなくもないが、ミクはメインで歌わせてもらうことが多く、今の家に不満はない。ただあげるとすれば、マスターの少しヒステリックな性格だろうか。普段は穏やかな人なのだが、一旦キレると手が付けられない。辺りのものを手当たり次第に壊すのでミクたちが修理を受けるはめになったことも1度や2度ではなかった。勿論、マスター自身が手当てを受けることも。
「マスター!」
 呼び出しを受けたのに返事がないマスターを不審に思って部屋を覗き込む。そこには、腕から血を流してうずくまっているマスターが居た。部屋に飛び込んだ瞬間、びゅん、と吹いた風に一瞬足が止まる。カーテンが大きく膨らむ。窓ガラスが割れていた。ガラスを、殴ったのか。
 ミクは一度マスターの側に座り込み、見ている場合じゃないと慌てて立ち上がる。そこで漸く、その場にもう1人居ることに気が付いた。
「お……姉ちゃん……?」
 呆然と、座り込んでいるMEIKO。こういうとき、ミクたちが真っ先に相談をして、一番冷静な対応をしてくれるはずの姉。
「お姉ちゃん!? お姉ちゃん、どうしたの!」
 MEIKOは瞬きをして、ゆっくりとミクに視線を移す。
 駄目だ、今は話してる場合じゃない。
 ミクは部屋を飛び出した。
 電話ぐらいかけられる。救急車ぐらい呼べる。
 慌しい動きに、双子が何事かと近寄ってきたがミクは無言でマスターの部屋だけ指して電話をかけ始めた。
 双子は理解したのか、大人しくマスターのところへ向かう。
 MEIKOにも何か異常があるのなら、知らせてくれるだろう。アンドロイドは怪我をしたってすぐにどうにかなるわけでもない。今は、とにかく救急車。人間は、血を流しすぎたら取り返しのつかないことになるのだから。





「はじめまして」
 優しそうな笑顔は、やはりモニター越しに見るものとは随分印象が違う。青い髪も、青いマフラーも、思っていたよりずっと深い色をしていてよく似合ってると思 った。
「はじめまして! 私は初音ミク。お兄ちゃんって呼んでいい!?」
 元気なミクの言葉にKAITOは少し笑って頷いた。
「知ってるよ。VOCALOID2の01。ここは全員揃ってるんだね」
「兄ちゃんが一番最後だよ。覚悟しとけよ、ここのマスター男に興味ないからな。あんまり歌えねぇぞ」
 きつい忠告を投げかけたのはレン。だけど、レンもどこか嬉しそうだった。男兄弟が出来るなんて、思ってもみなかったのだろう。前日からそわそわしていた様子を思い出して、ミクは思わず笑顔になる。
「ああ、よろしくレン。そうかぁ、残念だな。じゃあレンもコーラス担当?」
「……まあな。女声も練習しといた方がいいかもよ」
「徹底的だなぁ」
 KAITOは苦笑している。男性型は、女性型に比べてそういう扱いが多く、初めから覚悟はあるようだ。
 KAITOは次にレンの隣に目を向けた。リンはレンとミクの間で、二人に隠れるようにして立っている。一番背が低いけど、上から見下ろすKAITOからはその表情もばっちり見えてしまっていることだろう。
「よろしくリン」
「あ、よ、よろしく」
 リンがぎゅっとミクの服を握り締めてきた。恥ずかしいのだろうか。いつも明るいリンの意外な反応に驚いていると、レンが笑ってフォローを入れた。
「昨日変な話したせいで照れくさいんだとよ。お前、兄ちゃんに迫るんじゃなかったのかー? あと兄ちゃんがリンに一目惚れしたらどうしようーとか」
「余計なこと言うなっ!」
 リンが真っ赤な顔で叫んでレンに蹴りを入れる。そしてはっとしてKAITOに目をやった。KAITOも何となく察したようで、リンが益々赤くなっていた。昨日は二人の居る部屋が妙に盛り上がっていたけど、そんな話をしていたのか。ミクも混ぜて欲しかったなと思っていると、ようやくそこにMEIKOが現れた。MEIKOはマスターと一緒に先にKAITOに会っている。KAITOの肩をぽんと叩いて振り向かせたMEIKO。並ぶとやっぱりこの二人が一番似合うのかな、と思いながらミクはMEIKOに声をかける。
「マスターは?」
「うん、マスターから呼んで来いって言われたの。KAITO、いってくれる?」
「おれだけ?」
「私も行くわ。ま、さっきは挨拶だけだったし、とりあえずこっちの紹介は終わったんでしょ? いろいろ話とかなきゃならないこともあるしね」
「あ、私も行く」
「駄目」
「じゃ、おれ!」
「駄目って言ってるでしょうが」
 揃って手を上げたミクとレンにMEIKOがため息をつく。
 そしてそのままKAITOを引っ張って行ってしまった。残されたミクたちはそこで自然と顔を見合わせる。
「……話さなきゃいけないこととかってある?」
「さっきおれが言ったことじゃねぇ? コーラス中心になるとか」
「そんなこといちいち教えるかなーあのマスター。レンだって言われなかったじゃ ん」
「……だよなー。そもそもKAITOが買われたのが驚きだったし……」
 何となく沈黙した。
 最初に歩き出したのはミク。リンもレンも、黙ってそれについてくる。
 マスターの部屋は、ある程度の防音はされているけれど。聴覚機能を最大にしてドアに耳を当てれば、多分少しぐらいは聞き取れる。
 KAITOがマスターに言われた言葉は、予想されて当然の、だけど全く考えてもいなかったことだった。





「怖いの?」
「え……」
 キッチンの椅子に座ったまま、自分の手を見つめ、握ったり開いたりを繰り返していたKAITOに、MEIKOから声がかかる。隣に座ってきたMEIKOに、KAITOは何と返していいかわからない。それでも、答えを待っている様子に、何とか頷いた。
「うん……怖い、かな」
 マスターに呼び出され、何を言われるかと少し緊張していたら、最初にされたのは感覚機能の一部遮断。それは、痛覚機能だった。
「おかしなもんよねぇ。普通は痛みがなくなったら喜ぶところじゃない?」
「MEIKOはそうされたら嬉しい?」
「嬉しくない」
「じゃあ聞かないでよ……」
 ため息をつくとMEIKOは笑った。面白がっているというよりは、無理にでも笑い話にしたいような笑み。それは、話を聞いた直後だからそう思うのかもしれないけれど。
「……大丈夫なの?」
「何が」
「マスターから離れて」
 KAITOが買われた理由。
 それは、感情の起伏が激しく暴走しやすいマスターを抑えるためだと、マスター自身から聞かされた。暴れ出したら遠慮なく押さえつけてくれと。そのための痛覚機能の遮断だ。痛みは、人やアンドロイドの行動を鈍らせる。歌を求められないことは覚悟していたが、さすがに想像の範囲外だった。
「普段のマスターは大人しいもんよ。ただね…ちょっとしたきっかけで…そうなっちゃうから。むしろ誰も居ない方がマシだったりもするし。一人の方が落ち着くんでしょ」
「それでよく5人も揃えたね」
「人間が嫌いなのよ」
「あー……」
 複雑な表情で唸り声をあげたKAITOにMEIKOはぱん、と背中を叩く。
「ま、あんまり重く考えなくても大丈夫よ。そう暴走が多いわけでもないし。せっかくきたんだから、仲良くやりましょう。歓迎するわ、KAITO」
 MEIKOの笑顔に、KAITOも自然と笑顔になる。
 マスターの話には不安も大きかったけれど、弟妹たちと、この姉と一緒ならやっていけそうな気はした。





「ああーやっぱり、いいなぁ低音」
 その夜。歓迎会も兼ねてマスターを含めた全員で歌を歌っていた。KAITOはまだ初めから登録されている数曲しか歌えないが、それでも低音を強調したそれまでは聞けなかった歌に、全員が聞き惚れる。自分たちには上手く出せない声が、とても羨ましい。
「ねえねえ、高い声はどこまで出るの?」
「あ、私もそれ聞きたいー。私はねー、これぐらい」
 そう言って、ミクは息を吸い込むと思い切り、限界まで高い声を出す。驚いたようなKAITOの顔が見えた。同時に、リンの顔が間近に迫る。口を塞がれた。
「高すぎ! 近所迷惑でしょー」
「うう……」
「凄いなぁ。おれはそこまでは無理かな……」
 KAITOが息を吸い込み、声を出すとゆっくりとその音階を上げていく。ミクたちが普段よく使う音域にきても、安定した声がぶれることなく続く。限界まで出したところで、最初に声を上げたのはマスターだった。
「へぇ。結構高いとこまでいけるんだな」
 感心したような言葉は、ちょっと予想外で。思わず立ち上がったのはレン。
「マスター! おれもあれぐらい出るぜ!」
「知ってる。お前男性型ってかガキ型だしな」
「言い方考えろ……」
「それなら使えそうだな。もうちょい細い声も出るんだろ」
 レンの弱々しい突っ込みには耳を貸さず、マスターはKAITOへの言葉を続ける。
「マスター、ホントに男の声に興味ないですね…」
「最初から言ってんだろうが。よし次、ミクとリン行け!」
 マスターは楽しそうに指示を出している。アンドロイドとはいえ成人男性がやってくることには不安がなくもなかったが、それも事情あってのことだし、マスター自身が決めたことだ。
 ミクは安心してリンと並び、二人が貰ったオリジナルソングを歌い出す。
 歌い終わったKAITOが、MEIKOの隣に腰を下ろすのが見えた。
 あ………。
 MEIKOが、机の上に置かれたワンカップに手を伸ばす。KAITOが来て少し避けたため、ワンカップがKAITOの前の位置にきたのだ。KAITOの膝に手を置いて体を伸ばしたMEIKOを、マスターがじっと見ていた。
 ミクは歌い続けながらも、不安でそこから目が離せない。
 本人も、他の誰も気付いていないことだけど。
 マスターの暴走の原因の大半はMEIKO。それは、直接起こるものとは限らないし、その場は我慢してあとで爆発することもある。
 多分マスターは、MEIKOのことが好きなんだと、ミクは思う。
 確信なんていない。ただの勘だ。だけどマスターがMEIKOに向ける目は、ミクの知っている恋愛の形と、とてもよく似ているような気がした。


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