未来6

 眠れない。
 緊張と興奮か。ガキみたいだ。
 座った体制で布に包まったまま、組織のリーダーと呼ばれる男はため息をついた。
 真夜中。もう日付は変わった。こんな夜を迎えるのも、これが最後。
 拳を握り締め、目を閉じたとき、壁の向こうからがらがらと派手な音が聞こえた。反射的に目を開け、立ち上がる。リーダーのすぐ側で横になっていた男が驚いたような声を上 げた。
「な、何ですか?」
 眠っていたのだろう。声がはっきりしていない。リーダーは即座に銃を手にすると、寝ぼけた男を蹴り飛ばした。
「起きろ。武器庫で音がした」
「えええ!?」
 驚きの声をあげながらも武器を手にして体を起こしたのはマチ。リーダーは走りながら頭の中で確認する。見張りは確か、KAITOと──。
「お、おい、どうした!」
 リーダーは足を止めた。もう一人の見張りが、そこに倒れていた。マチが叫び声をあげて駆け寄る。どくん、と心臓が跳ね上がった。
「おい、何があったんだ!」
 マチの声には呻き声しか返って来ない。それでも生きていることに安堵して、リーダーはそのまま武器庫へ足を向けた。今一番重要なのはそれだ。襲撃があったのならば、狙われるのもそれだ。
 何故。
 ばれたのか。
 今になって。
 ぐるぐる考えながらも扉を開ける。慌てたせいで敵の確認もしなかった。待ち伏せをされているかもしれないのに。
 それに気付いて一瞬ぞっとしたが、攻撃は何もない。
 リーダーは慎重に中に足を踏み入れる。僅かな明かりに、部屋の中央に立つ男が浮かび上がった。
「……KAITO?」
 うす汚れた白いコートに、青いマフラーをしていた。無事だったのか、と言い掛けてKAITOが手にしたものに足を止める。
「……動かないでください」
「……何のつもりだ」
「動くと撃ちます」
 左手に持った銃。その先は、爆弾に向けられていた。倉庫にあったものではない。危険だからと、埋められてたはずの。
 リーダーはKAITOに銃を向けた。
「銃を離せ」
「出来ません」
「何をする気だ」
 爆弾の周りに、完成したばかりの武器。KAITOが撃てば、全て巻き込んで爆発する。それはおそらくKAITO自身と、リーダーも含めて。
「KAITOっ!?」
 そこへマチが飛び込んできた。足を止め、KAITOとその先にあるものに目を向ける。
「お前っ! 何やってるんだ!」
 一瞬で状況を把握したのか、マチが銃を向ける。
「……こういうものが、あっては困るんです」
 KAITOの声は固い。緊張しているようにも見えた。銃を向けられているからか。
 だがKAITOが手を下ろさない限り、撃てない。撃たれた反動で弾を発射されたらたまらない。
「KAITO、銃を下ろせ」
「出来ません」
 言いながらもじりじり近づく。そしてふと、KAITOの持つ銃に目を向けた。
 安全装置が……外されてない?
 確認するより早く、その場に銃声が響く。
 リーダーはびくりと足を止める。
 撃ったのは……マチ。
 KAITOが僅かにのけぞった。
「てめぇっ! 何やってるかわかってんのか!」
 安全装置を確認したのか、いや、ただの反射的な怒りか。
 それでも急所は外して……いや。
「何……?」
 KAITOが再び真っ直ぐにそこに立つ。姿勢を正し、何事もなかったかのように。血も、流れてはいなかった。
「防弾チョッキか……?」
 そんなものが手に入ったのか。
 だがKAITOはそれに首を振る。
「おれに──おれたちに、銃は効きません」
「…………」
 不安だけが心の中に膨らんでいく。予想もしていなかった事態が、起ころうとして いる。
「アンドロイドですから」
 決定的な言葉にも、しばらく頭がついていかなかった。





「……何、言ってるんだ?」
「アンドロイド……?」
 アンドロイド。
 人間からこの世の支配権を奪った、憎い機械。無機質な声で、鋼鉄の拳を持ち、ガラスのような瞳がただ冷たい。
 それが、アンドロイドだった。
 人間にしか見えないアンドロイドなど、居るはずがない。
 KAITOはもう銃を下ろしていたのに、リーダーも、背後のマチもそれに気付かなか った。
「アンドロイドにもいろいろなタイプが居ます。人間に近い場所で、人間と近い行動をするアンドロイドは限りなく人に似せて作られます。おれたちは、歌うためのアンドロイド──ボーカロイド」
 淡々としたKAITOの説明。
 おれたち、KAITOはおれたちと言った。
「MEIKOもそうだってのか!」
「……はい」
「てめぇ、おれたち騙してたのか!」
「………はい」
 マチの言葉は怒りに満ちている。だけど、どこかでKAITOの否定の声を望んでいる。
 震える声にも、KAITOは平坦に返す。
「何で歌うためのアンドロイドがこんなところに居る」
 努めて冷静に喋ろうとしたのに、自分の声も震えているのに気付いた。
 怒りなのか何なのか、自分でもわからない。
「……アンドロイドだと、一番ばれにくいと判断されたからです」
「誰に!」
「……おれたちの…アンドロイドの、リーダーに」
 KAITOがそこで目を伏せた。
 ああ、そうか。
 そうなのか。
 KAITOたちは「アンドロイド」なのだ。
 初めから見せていた怯えは、アンドロイドと戦うことに対してじゃない。周りが敵だらけと言う状況での、緊張だったのだ。
 アンドロイドにはアンドロイドの…リーダーが居る。
 はなからスパイとして、もぐりこんでいたのだ。
「………そうか」
 アンドロイドであるということをなかなか理解できずに思考が遠回りした。
 こいつは、スパイ。
 おれたちの作戦を邪魔するために、ここに居る。
 だけどもう一歩、リーダーはそこで冷静になる。
 何故、撃たない。
「……それを壊しに来たのか」
「そうです」
「派手な音を立てて、明かりを用意して、安全装置も外さず銃を構えてか」
 KAITOが一瞬驚いたような顔をした。そして手に持っていた銃に目を落とす。
「……そうですね」
 がしゃん、とリーダーたちの前に銃を落とす。固まっていたマチが、ようやく動いてそれを拾い上げた。
「KAITO」
「はい」
「……お前の本当の目的は何だ」
 KAITOが目を見開く。リーダーは銃を構えたまま、KAITOに近づいた。
「……作戦の、邪魔をすることです」
「嘘をつけ」
「嘘じゃない」
「なら何でこんなやり方をする」
 KAITOが顔を歪ませる。泣きそうにも、怒っているようにも見えた。
「おれはアンドロイドだ。仲間を守りたいのは嘘じゃない!」
 そう叫んで、KAITOが一歩後ずさった。
「だけど、おれたちは、ホントは」
 人間のためにいる……。
 小さく掠れた声がリーダーの耳に響く。
 リーダーには信じられない。こんなアンドロイドがいるのか、これも演技なのか、だが演技だとしたら何を狙っている。
 今ここで、正体をばらす意味は何だ。
 リーダーは銃を投げ捨てると、そこで一気にKAITOとの距離を詰めた。KAITOが銃の行方を目で追ったのを確認しながら、体を引く前に足を払って押し倒す。肩を押さえ、右手でナイフを抜いて首元に突きつけた。
 人間のようなこの皮膚は、傷つけても血が出ないのだろうか。
 KAITOはしばらく固まっていたが、やがてふっと力を抜く。
「ナイフじゃおれは壊せない」
「………」
「頑張れば出来るかもしれないけど。機能停止なら……銃を使って、目を」
 KAITOは表情を変えずに言い放つ。マチが近づいてきた。
「お前……ホントに、本当のアンドロイドなのか? 何でおれたちの味方するんだ?」
「……味方なんて、してません」
「おれにはそう見えんだよ! お前、最初から殺される…壊される気だったんじゃねぇのか!?」
 マチももう、冷静になっている。まだ多少の混乱はあるが。それはリーダーも同じだった。
 KAITOが一度だけ、目を閉じた。
「お願いがあります」
「?」
 マチの言葉には答えず、KAITOは唐突にそんな言葉を吐く。
「……壊したら、出来れば壊れたおれを…見せしめに使ってください」
「なっ」
「何……?」
 KAITOは微笑んでいた。ここまで言えたことに、満足したように。
「人間のようなアンドロイドが居ることをもうあなたたちは知っていると、知らしめてくれればいい」
「…………」
「…………」
 ようやく理解した。多分、全てを。
 アンドロイド側には、まだKAITOのようなアンドロイドが居る。
 それを第二、第三のスパイにさせないために──そして多分、KAITOはアンドロイドに逆らったわけではない、失敗したんだと思わせるために──こんな、行動を取った。
 思わず舌打ちをする。
 違うだろ。それは、人間だったら、の考え方だ。
 アンドロイドが、そんなことを思うわけ……。
 リーダーはナイフを放り投げた。そしてマチに目を向ける。
「銃を貸せ」
「リーダー?」
「貸せ!」
 奪うようにその銃を取ると、KAITOの顔に突きつけた。そのまま間を置かず、引き金を引く。
「リーダーっ」
 どんっ、と重い音が響いた。
 マチの声には非難が混じっている。
 お前も、おれと同じことを考えたか。
 しばらくして、KAITOが目を開いた。
「え……」
 直前でそらした銃弾は、KAITOの顔の真横に突き刺さっている。
「……目を閉じたら目を狙えないだろうが」
 どこまで人間らしいというんだ。
「……リーダー」
「作戦を一日遅らせる」
「は?」
「こいつは閉じ込めておけ。まだ聞けることがあるかもしれん」
 それは本音だった。
 とにかく、混乱した頭と状況を落ち着かせる時間が欲しい。
 ジンたちにも話すべきことがあった。


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