未来7

 何時間経ったのだろうか。
 空っぽの基地の広い部屋の中、KAITOは時間を確認しようとして、止めた。
 やるべきことはやった。リーダーは、おそらく全てを理解してくれた。そこまでの成果は望んでいなかったのだから、大成功だと思う。
 それでも、アンドロイドへの攻撃は止まらないだろう。
 新しく作られた武器は、よく出来ていた。おそらくアンドロイドの多くは、あれで機能を停止する。だけど、駄目だ。根本的な破壊にならない。そしてアンドロイドの数は──人間たちが思っている以上に多い。人間の知らないところで、アンドロイドはアンドロイドを作っている。機能停止したものも、すぐに直されるだろう。
 結局、数で負けるのだ。
 KAITOに出来ることは、KAITOたちが逃げれば害が及ぶであろうLEONたちを守ることと、別の人間型アンドロイドたちに同じ真似をさせないことだけ。
 不安は、一緒についてきた兄弟たちだった。
 一足先に帰ったMEIKOが、ミクたちを逃がしてくれるはずだった。アンドロイドたちに、逃げたと思われなければいい。人間の方は、遠くに逃げれば問題はない。わざわざ追ってくるほどの人手はないと、数日で確信はしていた。
 それにしても、長い。
 本当に丸一日作戦を遅らせるのか。
 KAITOは自分の縛られた手足を見つめた。
 この程度なら、無理矢理引き千切れないこともないかもしれない。だけど、逃げるわけにもいかない。
 早く、壊してくれないと困るのに。
 そう思ったとき、足音が聞こえた。
 複数。
 緊張して、少し身をこわばらせる。
 待っていたはずなのに、いざとなると。
「お兄ちゃん……!」
 だが、そこで見えた姿は、予想もしていない見慣れた顔。ミクが泣きそうな顔で、KAITOに飛びついた。
「み、ミク?」
「馬鹿兄貴、ヘマやんなって言っただろ」
「レン…」
「心配したんだからー!」
「リン……」
 3人が寄ってたかって責めてくる。言いながらもそれぞれKAITOを縛る縄をほどいていた。
 KAITOがそこで最後に入ってきた人物に目を向ける。
「MEIKO! 何で」
「……私が聞きたいわよ」
 これ、どういうこと?
 MEIKOは言いながら体を避ける。後ろに、更にもう一人居た。
「……ジン……さん」
 この町に来て、KAITOたちが最初に出会った人物。ジンは睨みつけるようにKAITOを見ていた。思わず、視線を逸らす。
「……最初から」
 低い声。全員がびくりと動きを止めた。
「……騙してたんだな?」
 その響きには怒りは感じられない。むしろこれは──自嘲か。
「子どもを助けたのは偶然か?」
 ジンの言葉にゆっくりと、慎重に頷く。
「……子どもが絡まれていたのは、偶然です。ただ割って入ったとき……脳内通信で、相手に知らせました。おれを殴って、あとは立ち去ってくれと」
「……なるほどな」
 チャンスだとは確かに思った。
 だけど、子どもを助けたい気持ちの方が強かった。
 それは言えない。信じてもらえるかはわからないし、言い訳にしかならないから。
「血は?」
「え?」
「血は出るのか、お前ら」
「ああ……」
「あれは血糊よ。あらかじめ仕込んでたの」
「全て想定済みってわけか」
 MEIKOが答えて、ジンは息を吐く。
 いつの間にかKAITOの手足は自由になっていた。それでも、体を起こせない。ミクたちも座り込んだまま、ジンを見上げていた。
「……行け」
「え……」
「お前たちを連れてきたのはおれだ。責任はおれにある」
「そんな、」
「だが作戦は決行する。止めたいか?」
「…………」
 止めたい。
 人間もアンドロイドも、無駄に傷つくだけだ。
 言葉にならなかったKAITOの思いを、口にしたのは弟妹たちだった。
「アンドロイドはね、いっぱいいるんだよ」
「これぐらいの人数で抵抗できるわけねーじゃねぇか」
「アンドロイドは倒せるかもしれないけど、人間だっていっぱい死ぬよ?」
 きっぱりと言い放つミクたちに、恐れはない。
 それを真剣な顔をして聞いていたジンが、一つ頷いた。
「そうみたいだな」
 甘かった。おれたちは極近くにいたアンドロイドしか見てなかった。
 ジンはそう呟きながらも、再び同じことを言った。
「それでも明日は突撃だ」
「なん……」
「なんで……」
「一度やると決めたらやらなきゃどうしようもない。士気も上がってるしな。……武器もまだある」
 ジンはじっとKAITOを見つめてくる。
 武器。
 あれを処分するべきなのかどうか、KAITOには結局わからなかった。
 アンドロイドの動きを止めるもの。だけど、傷つけるものではなかった。
 もっとも、正しく再起動が出来るのかどうかはわからないが。
「私たちが壊してあげましょうか」
 KAITOの思考を遮ったのはMEIKOのそんな声。KAITOは慌てるが、ジンはそれに笑いしか返さない。
「出来るもんならな」
「見張りがここに居るならたやすいんじゃない?」
 MEIKOも少し笑みを浮かべている。何か通じているのか。既に何かしらの会話があったのか。
 MEIKOは言いながら部屋の中央へと足を進める。何かと思って見上げていると、突然マフラーをつかまれた。
「いい加減立ちなさい。行くわよ」
「行くって……行くってどこへ」
 立ち上がりながらも戸惑って問いかける。思わずミクたちを見たが、戸惑っているのは下3人も同じのようだった。
 何も言わず背を向けたMEIKOだったが、入り口付近に居たジンが立ち塞がる。
 ジンが言った。
「お前たちには、戦闘能力はないと言ったな?」
 やはり、既にMEIKOとジンの間で話があったのだ。KAITOではなくMEIKOたちから情報を取ったのか。KAITOはジンの言葉に頷く。
「ないよ。武器だってないし、力もないし、」
「センサーだって大したもんねぇよ。ちょっと耳がいいぐらいで」
「私たち、歌うためのアンドロイドだからね」
 弟妹たちが補足する。
 ジンは表情を変えない。
「証明できるか?」
「え」
「……お前たちは、歌うためのアンドロイドだと証明できるか?」
 KAITOはミクたちと顔を見合わせる。だがKAITOの前に居たMEIKOは、きっぱりと言い切った。
「勿論よ」
 そして振り向いて、KAITOたちにウインク。
 ああ、そうか。
 自然とばらけて、並ぶ。
 何の確認も要らなかった。
 同時に息を吸い込み、同時に声を出す。
 他の誰にも真似できない、自分たちの歌声。
 それで十分だった。






 ばたばたと走る音がする。暗い室内で、音には敏感になっていた。
 LEONが顔を上げると同時に、聞き慣れた声が牢の外に響いた。
「LEON! KAITOが、KAITOたちが……」
 震える声。
 それ以上、聞きたくないと思う。
「……落ち着け」
 LOLAの視覚も、こんな場所では上手く効かない。だからなるべく声を出す。LOLAがそれを聞いてゆっくり息を吐き出した。
「……作戦は」
「失敗か」
「……成功よ!」
 投げ捨てるような言葉に首を傾げる。
 テロ組織へのスパイとしての役目を全うしたというなら、正体はばれなかったというこ とではないのか。
 LOLAが唇を噛み締めるような音が聞こえた。
「……テロ組織が作ってた武器を、破壊したの。だけど、爆発に巻き込まれて──」
 言葉を詰まらせる。泣いてるようだとLEONは思った。
「……確かなのか…」
「人間たちが言ってるわ。組織に潜り込んだスパイは死んだって……」
 そこでLOLAは崩れ落ちた。
 予測はしていたはずの最悪の事態。初めから、その覚悟はあったのだろうと思っている。だけど、受け入れるには重過ぎた。
 LEONはLOLAに近づくと、牢越しに手を伸ばす。アンドロイドのリーダーに刃向かって以来、ずっとここに居る。そのせいで、KAITOたちに役目が回ってしまったのだと思う。
 おまけに、人質扱いだ。
「……………」
 LEONには何も言えない。LOLAに触れたとき、自然と口をついて出たのは歌だった。
 LOLAが顔を上げる。
 初めて覚えた歌。
 KAITOたちも知っていた歌。
 全員で歌ったのは、ただ一度だけだったけれど。
 LOLAも歌い始めた。
 唐突に理解する。
 自分たちは、歌うためのアンドロイド──ボーカロイド。
 ならば、歌い続けよう。LEONは初めてそう思う。
 人間との共存とか、アンドロイドへの反抗とか。
 それを考える前に、歌えば良かった。
 これを人間に聞かせることが、自分たちの役目だったのだ。





「KAITO」
「………うん」
 歌って、歌い続けて、日が沈んでも日が昇っても、まだ歌っていた。
 やがて一人止め二人止め、最後に残っていたKAITOに、MEIKOが声をかける。
「……行きましょう」
 人間たちの町に、届けた歌。
 多くの人間が聞いて、覚えてくれた歌。
 LEONたちにも、届いてくれるといいと思う。
「どこに行くのー?」
 ミクが足を止めてKAITOの腕を取る。リンとレンが、MEIKOとKAITOの間に入って きた。
「とりあえず、遠くへ」
「アンドロイドへの偏見の少ないところから、かしらね」
 まだまだ危険だし。
 MEIKOは振り向かない。ただ、真っ直ぐ前を見ている。
「何をするの?」
 聞いたのはリンだった。目を輝かせている。多分、答えはわかってるのだろう。
「歌うんだよ。たくさんの人に聞かせる。おれたちの歌を」
 それが、ボーカロイドの使命。
 歌を聴いて、みんなわかってくれた。気付いてくれた。
 リンが嬉しそうに頷いた。ミクもレンも、笑顔になる。
 いつかまた、ここに帰ってくる。
 それまで少しでも多くの人に、ボーカロイドの歌を伝えたい。


 

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