未来5

 遅い。
 椅子に座って頬杖をついて、リンは苛々とレンたちの帰りを待っていた。
 外でなら、通信が出来たかもしれないのに。言いたいことも言えない状況にはいい加減ストレスがたまる。ジャンケンで負けた結果の留守番だ。次に出るときは、リンともう一人、と言われてはいたけれど。
「……リンちゃん」
 ふてくされた顔のリンを遠巻きに見ていた子どもの一人が、恐る恐ると言った様子で近づいてきた。怖がらせてはいけない。反射的に笑顔になると、子どもがほっとしたように息をつく。
「何? 今、やることないよね?」
 冬季休業中の今、子どもたちはみんな暇だ。食器洗いや洗濯は当番制で回ってくるが、今はそれもないはず。寄ってきた子どもは頷くとリンの隣に座った。10歳ぐらいだろうか。リンには、人間の年齢がよくわからない。このぐらいの子どもは同じ年でも身長にも体格にも差がありすぎる。
「リンちゃんのお父さんって何やってた人?」
「へ?」
 しばらくもじもじしていた少女は、何でもないことのように、それでも少し緊張してその言葉をリンに向けた。呆気に取られたリンに、少女は慌てて手を振る。
「み、みんなと話してて! あんなに歌が上手いからお父さんたちもやってたって……き、聞いて来いって……」
 少女がちらりと、いまだ遠巻きにリンを見ている子どもたちに目をやった。
 なるほど。
 にやにや見ているところからすると罰ゲームみたいなものだろうか。
「……ごめん」
 黙っていると少女は俯いて謝る。
「え、何で」
「……私、ちゃんと言ったんだけどっ。私のお父さんも、私が小さい頃死んだから知らないし、リンちゃんも知らないかもしれないし、」
 拙い言葉で懸命に喋る少女は、それでも目を合わせてこようとしない。
 リンの返事が遅れたのは「設定」になかったからだったのだが。
 KAITOたちとは本当の兄弟ではないと、そういえば子どもには伝わっていない気がする。親を亡くした設定だたが、親の職業までは考えていない。
 リンは仕方なく、少女の言葉に乗ることにした。
「うん、ごめん、覚えてない」
 それでも、努めて明るく。不自然かもしれないと思ったが、少女はそれに安堵の笑みを漏らす。聞きにくいことなのだろう、本来は。
「……みんな覚えてるの?」
 リンは少女ではなく、その向こうに居る子どもたちの方に目をやった。
 一人にだけそんなことを聞かせて、自分たちはどうなのだと。
 子どもたちは顔を見合わせながら近づいてきた。何人かが、先に知らないと声を上 げる。
「おれの父さん、先生だったよ」
「私、ここで働いてるんだと思ってた」
「八百屋さん。潰れたけど。アンドロイドがお店壊しちゃったし」
 口々に出す言葉は意外に明るい。その中で一人が呟いた。
「……お父さんじゃないけどね。お父さんのおじいちゃんが、アンドロイドのお医者さんやってたんだって」
 え。
 突然の言葉に、リンは目を丸くするが、他の子どもたちは興味なさそうに視線を逸らした。
「また言ってるー」
「絶対言うと思った。誰か来たら絶対言うだろお前」
「だって聞いたんだもん」
「じゃあお前のひいじいちゃんアンドロイドなんだなー」
「もー、相手にすんなよー」
 法螺だと思われているのか。
 リンはじっと発言した子を見つめている。だけど少年は目を伏せたまま、リンを見ようとはしなかった。
 アンドロイドの医者。
 人間と、アンドロイドが共存していた時代。
 ああ、それはもう嘘のような話にしか聞こえないのか。
 こういった場合、どう言えばいいのだろう。
 嘘でも、その時代を否定したくはない。
 リンが少年に手を伸ばしたとき、誰かが部屋に入ってきた。
 基地に居る、大人の一人。部屋の中を見渡して、子どもしか居ないのを確認するとそのまま出て行こうとする。
 緊迫した様子が気になって、リンは立ち上がった。
「あの」
「何だ」
「何かあったんですか」
「…………」
 男は一瞬迷うように宙を見たが、すぐに返事を返す。
「三日後、作戦決行だ」
「え」
「今日の夜会議がある。全員寝るなよ」
 それだけ言うと、男は出て行った。
 ワンテンポ遅れて、子どもたちの間で歓声が上がる。
「完成したんだ!」
「すげぇ! アンドロイド倒せるんだ!」
「え、え、何の話?」
 興奮する子どもたちについていけず、リンは不安げに問いかける。
 アンドロイドを倒す。
 そうだ、ここはそういう組織なのだ。
 子どもの一人が胸を張って言った。
「リーダーたちがずっとアンドロイド倒す武器作ってたんだぜ。それさえあればあんな奴ら敵じゃないんだ!」
「み、三日後っていつ?」
「あさって?」
「しあさってだよ!」
「しあさってになったら、アンドロイドいなくなるんだ!」
 どきりとする。
 作戦の決行が、こんなに早いなんて。武器の完成はもう間近だったのか。何かあったのか。
 レン。ミク姉。
 早く帰ってきて欲しかった。何も話せなくても、この気持ちを共有したかった。
 そして。
 お兄ちゃん。お姉ちゃん。
 二人は今、どうしてるのだろう。





 武器は、銃やナイフではなかった。
 爆弾の類でもない。
 それらも山と積まれてはいるが、隅に寄せられ、埃にまみれている。もう使えないものなのかもしれない。
「ちょっと、そこ! そんなとこ置いたら通路の邪魔でしょ!」
 背後でMEIKOの声が聞こえる。男たちを叱り飛ばし、それでも明るい笑顔を向けるMEIKOに、男たちのにやけた声が耳に入る。MEIKOが遠ざかっていくのを足音で確認しながら、KAITOは目の前にあるそれに目を落とす。見たこともない小型の機械。アンドロイドの側でスイッチを入れるだけで、動きを止めることが出来ると言われた。細かい説明もされたが、KAITOには理解できない。ただ理屈も使い方も、全て覚えた。教わった。KAITOは、攻撃隊に分類されている。
「何やってんだ、KAITO」
 それを見つめたまま、動かないKAITOに背後から男が声をかけてくる。そのまま隣に腰を下ろされた。KAITOはちらりと男の顔を視界に入れて、覚えた名前を口にした。
「マチさん」
「おお、よし、ちゃんと覚えてるな! 呼び捨てでいいぜ。さん付けとか気持ち悪いだ ろ」
 マチの言葉には曖昧な笑みだけ向ける。マチがわざとらしくため息をついた。
「お前、何っか打ち解けねぇなぁ。信頼関係作ってないといざってときやばいぜ? 姉さんばっか頼りにしてんじゃねぇよ」
「そんなつもりは…」
「あるある、お前気付いたら姉ちゃん見てるぜ? あ、血繋がってないんだっけか。何だお前、惚れてんのか」
 マチは男たちの中では異様に明るく、よく喋る男だった。KAITOが簡単に否定を返すと、にやりと笑われる。
「じゃあ、MEIKOとお前はあくまで兄弟なんだな?」
「……そうですが」
「恋人とか居ないな?」
「……はい」
 会話の予想がついてKAITOも密かにため息をつく。一対一で言ってきたのはこの男が初めてだが、僅か2日の間でほぼ全ての男に問いかけられている。単純に会話のノリもあるのだろうが。
 聞きたいなら本人に聞けばいい。
 いい加減、あしらうのも面倒だった。かといってここでMEIKOに回せば、あとでMEIKOに怒られる。
「でも無理だと思いますよ」
「何が」
「姉は理想が異様に高いんで」
 KAITOの言葉にマチは一瞬言葉を止めて、それから盛大に笑い声をあげた。
「なるほどな! 何だ何だ? 頭か? 力か? 金……は誰も持ってないぞ、いや、アンドロイドさえ居なくなりゃもっといくらでもどうにかなるか。どうなんだ?」
「顔」
 KAITOは作業を再開しながら一言で言い放った。また、マチの言葉が止まる。大きく息を吐く音が聞こえた。
「顔かぁ〜……」
「顔です」
「男は顔じゃねぇぞ」
「それは姉に言ってください」
「畜生、顔で苦労したことねぇな、お前」
「見ればわかるでしょう」
「………やな奴だなお前」
 呆れた声で言ってから、マチはぱん、と自分の頬を叩くと、また「顔かぁ〜」と呟 いた。
「……本気なんですか?」
「本気だよ」
 マチは真剣な顔を向けたあと、にっと笑う。
「作戦決行は明日だ。それが終わればこの世界はおれたちのもんだぜ? お前も暗い顔してないでさー、先のこと考えろよ」
 ばんばんと背中を叩かれる。
 先のこと。
 暗くなりがちな思考を無理矢理振り切ってKAITOは笑う。みんな、未来に希望を持っている。ならば今は、それにあわせなければならない。
「彼女いねぇのか? いねぇよな? おれが無事MEIKOと結ばれたら弟のためにいいこ探してやるぜ!」
 まだ話を続けているマチに、KAITOは思い切って頷く。
「お願いします」
 マチは一瞬きょとんとすると更に激しく背中を叩き始めた。
「任せとけ! もう、何から何まで任せとけー!」
 作戦が決まってからは、みんなテンションが高い。楽しそうだった。
 彼らはこれから、自由を手にしに行く。
 おれたちは───。





「マジで?」
「うん……そうみたい」
「ええ、じゃあお兄ちゃんたちに会えないの?」
 作戦決行を翌日に控え、ミクたちは食器を洗いながらレンたちと会話を交わす。水音と食器ががちゃがちゃとうるさいが、ミクたちの聴力は小声でも正確にその言葉を聞き取っていた。
「こっちの男の人たちとは向こうで合流だって」
「……兄貴たち、行くのか?」
「わかんない…。MEIKOは返すかも、って聞こえたからお姉ちゃんは帰ってくるかも」
「でもお兄ちゃんは…行くんだよね」
 皿を握る手に力が入る。ぴきっ、と僅かに亀裂が走った。
「私たち…どうすればいいの」
 ミクの言葉に二人は返して来ない。レンが後ろを振り向いた。
 部屋の奥に男女含めて数人の姿がある。聞こえていないとは思うが、迂闊な言葉は出せない。
「一応待機って言われてるよな…」
「子どもだもんね。男の人はみんな行っちゃうのかな?」
「そうだろ。残っても1人か2人…」
 それと重傷者が、3人。
 レンが言わなかった言葉をミクが頭の中で繋げる。
 タキを救出に行って、帰ってきたときには大怪我を負ったタキと、他2人の姿があった。誰も死ななかったことに、全員が驚いて感謝していた。だけど違う。重傷者を増やすことは、足手まといを増やすこと。死よりも重い、見せしめもある。テロ組織が動き始めたと同時に、アンドロイドたちの行動も、変わってきてるのだ。
「もしものときはな」
 そこでレンが声を落とした。一瞬通信が来るかと準備したが、違う。レンに注目したミクとリンに、レンは口だけを動かした。
 『おれが仕切るからな』
 兄と姉が居ないときは。
 本当は、年長者のミクだと思うのだけれど。
 二人は顔を見合わせて頷いた。





「MEIKO」
 ここに来る前も、にらみ合っていたMEIKOとKAITO。
 今度こそ、視線をそらさまいとKAITOはMEIKOに向かう。だけどMEIKOは一瞬苦笑いのような笑みを浮かべて、顔をそらした。
「何よ」
「…………お願いがある」
「…………でしょうね」
 夕食の終わった時間。
 MEIKOは元の基地に帰ることになった。場合によってはKAITOも一緒になるかと思ったが、MEIKOの度胸に対する変な信頼が、結局二人の行動を分けた。MEIKOは、一人でも大丈夫だと。
「……聞いてくれるの?」
「……聞きたくないわよ」
 でも聞いてあげる。
 MEIKOが正面からKAITOを見返してくる。
 泣きそうな顔だと、KAITOは思った。


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