未来4
歌声が響く。
幼い声が交じり合ってハーモニーを奏でる。優しい曲調と澄んだ歌声を、誰もが静かに聞き入っている。
歌が終わったとき、自然と拍手が上がった。
「すごーい、リンちゃん、すごいー!」
「どこかで習ったのか? 何かもう、芸だろ、それ」
「今の何て歌? おれ聞いたことないよ」
ミクとリンとレンと。
歌っていた3人の周りに子どもたちが集まってくる。離れたところにいた大人たちも口々に3人を褒めていた。
「凄いなお前ら、兄ちゃんたちより上手いんじゃないか?」
はやし立てる声に、レンたちは笑顔を向けない。
「……兄ちゃんたちの歌、知ってるの?」
「ああ、一度二人で歌ってるの聞かせてもらったぜ。この時代に歌で食ってたとか冗談みたいな話だと思ってたけど、お前たちも一緒か。十分稼げそうだな、それは」
子どもは反則だよな、と男は他の大人たちに声をかける。
こちらへの注目が途切れたので、レンはまとわりついてくる子どもたちの方に目を向けた。
リンから声がかかる。
「レン、今の歌の題名って知ってる?」
「……そういや知らないな」
子どもたちからの疑問にリンは答えようとしていたらしい。だけど、曲名は知らなかった。レンたちが最初に習って、一番多く歌ってきた歌。教えてくれた人間は──もう居ないけれど。
「私にも教えてよー」
「えーお前歌うのか?」
「お前には無理だって」
騒ぐ子どもたちは、新しい基地への緊張というものがないらしい。
大人たちも同じだが。
あれだけ厳重だった基地だけど、ひょっとしたら移動は初めてではないのかもしれ
ない。
あらかじめいくつも用意しているのか、最終的にばれた形跡がなければ元の場所に戻っているのか──後者か。
仲間が捕まった、それだけの情報での基地移動。慎重だとは思う。だけど、子どもたちが慣れるほどの移動を繰り返しているのなら、移動中に発見される可能性の方が高いのではないのだろうか。
今まで一度も発見されていないというのなら、今までのアンドロイドの動きが間抜けだったのだろう。だけどレンたちは知っている。今は確実に、アンドロイドはテロ撲滅へと向かっている。仲間が捕まったというのも、ひょっとすると初めてだったのかもしれない。
「ねえねえ、レン」
気付けば子どもの一人がレンのすぐ側まで顔を寄せていた。間近で見つめられて思わず体を引く。子どもと言っても、レンより1〜2歳下ぐらいの、女の子だ。
「何だよ」
「レンは何でここに来たの?」
「は?」
「あ、私も聞きたいー」
「おれも。お前ら田舎に居たんだろ? そっちに残ってりゃいいじゃん」
レンは思わずミクたちと顔を見合わせる。
何度も確認した「人生」だけど。いまだ一度も聞かれたことはなかったのだ。
レンたちの年齢すら。
「……兄ちゃんだけじゃ頼りないから」
レンの言葉にみんな笑った。話を聞いていたのか、後ろに居た大人たちも。
「私は! 離れ離れになるのが嫌だから!」
ミクが片手を上げて宣言する。
それぞれの「自分らしい」答え。
リンも、同じだ。
「だって、街行っちゃったら…帰ってこないかもしれないし」
リンの呟くような声には一瞬周りが静まった。
馬鹿。
レンは心の中で突っ込むが、沈黙は一瞬だけだった。こんな話にも、慣れているのかもしれない。
実際の、アンドロイドとしての理由も、実は大差ない。
兄一人を行かせられない。離れ離れになりたくない。最後まで、一緒に居たい。
本心を語ったレンたちの言葉を、怪しむ者なんて居なかった。
「……なるほどな」
長い沈黙のあと、男がようやく発した言葉に、KAITOはほっと息をついた。
瞬間、じろりと睨まれて慌てて背を正す。崩れかけた木造の小屋の中は、照明らしきものがない。小屋のあちこちの隙間から差す日の光だけが唯一の光源。先ほど、レーザー装置を壊し、KAITOたちをここに連れてきた男は、KAITOが目指していた基地のリーダーだっ
た。
基地の、だけじゃない。
このテロ組織全体の、リーダーだ。
KAITOは緊張しながら男を見返す。思ったよりも若い。まだ20代だろうか。顔の半分を覆うヒゲが年齢をわからなくさせている。KAITOの後ろには他に男が3人、座り込んだままこちらを見ている。あるいは見ているのは、KAITOの斜め後ろにいるMEIKOの方かもしれないが。
リーダーは一言呟いたあとは、また沈黙している。何か言うべきなのかとも思ったが、下手に口を出すよりは黙っていた方がいいか。そもそもジンに渡された紙に、何が書いてあったかも知らない。
読まなかったわけではなく、読めなかっただけだが。
ああ、ジンたちは無事にやっているだろうか。
アンドロイドに立ち向かうのだけは止めて欲しい。あんな武器で、敵うわけがないのだから。そういえば移動先の基地にはこの後行ってもいいのだろうか。それともこのリーダーたちと行動することになるのか。出来れば早く、ミクたちに会いたい。
つらつらと考えていたとき、突然目の前の男が動いた。
ぎらりと光る何かがKAITOの目前まで迫る。ナイフだ、と認識するより早く、それが喉元に突きつけられた。
「………っ」
反応がワンテンポ遅れる。固まったKAITOを見て、ナイフを突きつけた男は一つ舌打ちをした。
ナイフを離して仕舞いこむ──と思ったとき、再びそのナイフが動いた。
今度は、MEIKOに向かって。
反射的に腕を伸ばす。力の加減が出来なかった。男の手を叩き落す形になってKAITOは青ざめる。今度は反応できた。だけど。
腕を押さえた男が少し呻く。後ろで男たちが立ち上がる気配がした。
「……KAITO」
焦っていると、リーダーの低い声が自分を呼ぶ。まだ名乗っていない。驚きに目を見開いたが、リーダーはそれに目も向けず、今度はMEIKOの名を呼んだ。
「……何」
MEIKOの返事。
MEIKOはずっと腕組みをしたままKAITOと男たちをじっと眺めている。リーダーが少し笑ったのがわかった。
「よく届けてくれた。ちょうどこちらからそっちの基地に向かう予定だったんだ。おかげで無駄足にならずにすんだ」
下手したら敵と鉢合わせだ。
リーダーの笑いに合わせて、男たちの気配が緩くなる。KAITOはナイフを突きつけられた緊張から笑えない。本当に当てるつもりはなかったのだろうが、それでも何かの拍子にそれが突き刺さっている可能性はあった。ナイフで切られたところで、痛みなんてあるわけではない。血すら流れない。だけど、それはこの場で起これば致命的だ。マフラーをしていれば良かったと、そんなことまで頭を過ぎる。そんなKAITOの緊張を見て、MEIKOが軽くKAITOの背を叩いた。力が抜ける。ああ、本当に自分一人ではどうしようもなかったかもしれない。
リーダーはその様子に気付いたのか、そこで漸くKAITOに目を向ける。
「ああ、悪かったな。度胸がどんなもんか試したかったんだ。意外に力もあるじゃないか。これからお前たちには一緒に来てもらう」
「一緒に…?」
「悪いがしばらく基地の連中とは合流できない。いや──ひょっとしたらあと数日で全てカタがつくかもしれないけどな」
KAITOがいぶかしげに眉を顰めたのを見て、リーダーがKAITOの耳元に口を寄せる。
「おれたちの今の武器じゃ、アンドロイドには敵わない。もうすぐ出来上がるんだ。奴らを倒す武器が」
「えっ」
「……協力してもらうぞ」
肩に手を置かれ、ほとんど脅しのような口調でそう言われた。KAITOは頷くしか
ない。
アンドロイドを倒す武器。
一瞬回路が狂うほどの衝撃だった。
「さあ、もたもたするな、すぐ移動だ。MEIKO、お前にも協力してもらう。人手が足りないとこだったんだ、仲間が捕まったとあっちゃぐずぐずもしてられないしな」
「……いいの?」
「……何?」
男たちが準備を始め、小屋を出る。それに続きながらMEIKOがリーダーに問いかけ
た。
「私たちは仲間になってまだ日が浅いわ。……これからが一番重要なところじゃない
の?」
何を言い出すんだMEIKO。
KAITOは慌てるがMEIKOは平然とした顔でリーダーを見つめている。リーダーは少し呆気に取られていたが、すぐに頷いた。
「ジンが信用したって話だしな」
その言葉に思わずKAITOは目を伏せる。MEIKOに肘で小突かれた。
「それに……今はそんなこと言ってる場合じゃない。少しでも多くの助けが欲しい」
人間の、助けが。
そういうことなのだろう。
アンドロイドを倒したくない人間が居るわけがない。
多分それが、真実なのだろう。
外を歩くのが危険だとは、誰も言わなかった。
下手なことをしなければ、攻撃されることはない。
だけど、人間より強力な力を持ち、人間を傷つけることを何とも思わないアンドロイドたちと、平穏に暮らせるわけがない。
泣きじゃくる子どもたちの前でレンはため息をつく。隣のミクも、何故か泣きそうに顔を歪めていた。泣けはしないが。
買い物のために外に出て、一緒に行った兄弟の兄が、アンドロイドにぶつかった。
それを攻撃と判断したのかはわからない。振り返ったアンドロイドの腕は少年を思い切り弾き飛ばした。レンたちは慌てて少年を引きずり、その場から逃げたのだ。
鼻血と涙でぐしょぐしょになっている少年の顔をミクが黙って拭いている。後から後からわき出ているため、何の意味もないようだが。
怪我自体は大したことがないように見えるが、頭を打っている。レンたちには人間の怪我の判断などつかない。その子の弟は最初は涙を堪えている様子だったけど、兄の止まらない血に結局二人して泣き出している。
「どうしよう……」
ミクが心細げに呟いた。
どうにも出来ない。
レンたちには、基地に帰る方法がわからない。何せ唯一知っていた入り口付近に、今はアンドロイドが居る。
脳内通信で、その場を離れるように言ってみようか。
だけど、それには相当近づかなければならないし、そんな姿を見られるわけにいかない。泣きじゃくる子どもはレンの服を握り締めたまま離さない。一緒に行くわけには行かない。置いていくわけにも行かない。レンが背伸びをして壁の向こうをもう1度覗き込んだとき、背後から騒がしい声が聞こえた。
「あ……」
「ジンさん!」
ミクも気付いた。基地に向かう数人の男は、タキを救出に行ったジンたち。
数が、足りない。
どきりとする。
だがジンたちの様子におかしなところも見えなかった。武器も持っていない。基地に戻るのに、そんなものを持って歩けないだろうが。
「ミク? レン。何やってるんだお前ら」
「それは……買い物に…。っていうかそれより、こっちは駄目だ!」
「何?」
「アンドロイドが」
言いかけたミクの口を、レンは慌てて走って行って塞いだ。
アンドロイドが基地の入り口付近に居る。
今、ミクが言いかけたのは間違いなくそれだった。
この距離なら、聞こえる可能性もある。自分も少し迂闊な言葉を口走った気が
するが。
ジンはきょとんとしていたが、先に様子を見た男が何やら合図を送って頷く。
そして泣きじゃくる子どもたちに目をやった。
「……何があったんだ」
「……殴られたっていうか…腕が当たったっていうか…」
「お前たちは?」
「おれらは、すぐ逃げたから。それより、そっちは」
言いかけたレンの言葉は、ジンの真剣な顔を見て途切れた。
「……タキは生きてたよ」
「生きてた……」
平坦な声に、思わず鸚鵡返しする。
生きてた。
喜ばしいことのはずなのに、何故か気持ちが落ち着かない。生きてたって何だ。もっと、無事だったとか、助かったとか。
……命は、あったということか。
理解して、思わず唇を噛み締める。そうしないと、叫んでしまいそうだった。
「……付いて来い。帰るぞ」
そんなレンには何も言わず、ジンたちは別方向へと足を向ける。
他の入り口があるのだろう。
レンは一度引き返して子どもたちを連れると、足早にジンたちを追い始めた。ジンたちを見たことで安心したのか、子どもたちの涙は止まっていた。
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