未来3

 アンドロイドが支配する世界は、それまでとそう大きく変わったものではない。人間に反抗的な態度を取れば処分されていたアンドロイド。そこが逆転しただけなのだ。増えたとはいえアンドロイドの数は人間に比べ圧倒的に少なく、地方によってはアンドロイドをほとんど見たことのないものも多い。もっとも、昔は生活に密着し人間の仕事を助けていたアンドロイドが消えたことは大きな変化と言えるかもしれないが。
 アンドロイドにもまだ、人間の助けになりたいと思う者たちが居るのに。
「姉さん」
「…………何」
「今、返事遅れたね」
 姉さんという呼び名に慣れない。今まで全く呼ばれたことがなかったわけでもないけれど。
「ちょっと、ぼーっとしてたのよ。何よ」
 まだ、多少は賑やかだった通りを抜け、瓦礫の山となっている街の一角で、MEIKOとKAITOは足を止めた。崩れた壁の向こうに、今や希少な存在となっている森がある。手入れがされておらず、KAITOの腰の高さほどまで草が生い茂り、獣道すらない。
 MEIKOは壁に手をついて、その向こうを覗き込んだ。
「……ホントにあるのかしら」
「……この道は、ずっと使われてないって言ってたから」
 人が通った形跡すらない。
 KAITOの言葉にMEIKOは頷く。KAITOが──おそらく無意識に──胸の辺りに手を当てている。MEIKOは黙って、その手を掴み静かに下ろさせた。KAITOがきょとん、とした顔を向けてくる。
「……大事なものがそこにあるって言ってるようなもんよ、それ」
「……そっか」
「……気を抜かないで。今、私たちは、大事な任務の、途中」
 一つ一つ言葉を区切って、自分自身にも言い聞かせるようにMEIKOは言った。
 テロ組織の基地に入ってまだ三日目。
 事態は大きく動いていた。





「何か、騒がしい」
「うん?」
「聞こえるだろ? 足音」
 MEIKOたちが、食事中のことだった。
 何かあったときにすぐ対応できるように、食事も睡眠も順番に取る。基本的に同じメンバーのため、少しは打ち解けてきているが、それでも、いつも賑やかなミクたちの口数は少ない。
 多少は慣れて来たとはいえ、アンドロイドであることを隠し続ける緊張は持続し続けている。通信も出来ない。個室が与えられているわけでもない。もう、迂闊な話は何一つ出来ない。
 だからレンが突然立ち上がったときは、少し慌てた。
 外の音など、人間の耳には響かない。
 案の定、一緒に食べていた男が疑問の声を上げた。
「何だ? 誰か来てるのか」
 男の言葉を聞きながらMEIKOもその音に集中する。狭い通路を慌しく走る音が二人分。扉の、開く音も聞こえた。
「おいっ、どうした!」
 最初に聞こえたのはジンの声。MEIKOの隣でKAITOが立ち上がる。
 何かあったのは、声の調子でわかった。
 既に食事中であった男数人がそちらに向かっていた。いざというとき、食べないでどうするのだろう。
 その後を追いながら、MEIKOは振り返る。子どもたちは、不安げな視線を送りながらも、まだ食事を続けている。
 そして、その会話がMEIKOの耳に飛び込んできた。
「捕まった?」
「ああっ……、銃を、見られてっ」
「殺されたのか!」
「わ、わかんねぇっ…、とにかく、知らせ」
 息切れしながら必死で喋る男の声が途切れる。続いてジンの怒鳴り声。そこでようやくMEIKOはその場に辿り着いた。ジンが、男の一人の胸倉を掴んでいる。
「置いてきたのかっ! あいつ一人で!」
「ま、待て、ジン、待て!」
 止めたのはその隣に居た男。こちらも帰ってきたばかりだろう。多少息を切らしてい る。
「捕まったんだっ! 殺されたんじ、ゃない、あいつらっ、多分、情報を」
 男がそこまで言ったとき、ジンが掴んでいた胸倉を離す。離された男は、足元がふらついたのか、そのまま床に尻餅をついた。
「基地の情報か……」
「あいつは、口を割ったり、しない、と、思う。でも、アンドロイドは何する かっ……」
 男の声は震えていた。俯いているが、泣いているのかもしれない。仲間を置いてきて、その仲間はこれから──拷問を受けるかもしれないのだ。
「おいジン、やばいんじゃないのか」
 そのとき、後ろで黙って話を聞いていた別の男が声を挟む。そこでMEIKOは室内が異様に静かなのに初めて気付いた。全員が集まっている。そして全員が──ジンに注目し ている。
「あいつが喋んなくても、アンドロイドだったら何かわかったりするんじゃないのか? 脳をどうにかして──」
 そんな馬鹿な。
 MEIKOは思うが、人間たちにとっては全くありえない話ではなかったらしい。
 少しの間沈黙していたジンは、それを聞いて即座に大声を出した。
「みんな集まってるな!? 今から基地を移動する! B班はA班を叩き起こせ!」
 はいっ、と数人の声が上がった。ばたばたと人が駆けて行く。ふと振り向くとKAITOと、ミクたちもMEIKOの後ろに居た。
「男たちは武器を持て! B班の男は子どもたちを守って誘導! C班の男は……おれと 来い」
 タキを助けに行く。
 ジンの言葉に男たちが頷いた。
 捕まったのは──タキか。
 KAITOがそこで戸惑い気味に声をかけた。
「武器って…おれは」
 MEIKOたちはC班だ。男、というなら成人男性であるKAITOが当然含まれる。だが、まだ武器は貰っていない。人数分、ぎりぎりしかないはずだった。
 ジンは、わかっている、というように頷くと懐から何か紙を取り出す。
「ジン?」
「黙ってろ」
 紙の裏に殴り書きで何かを書いていく。覗き込む間もなく書き終わり、そのままKAITOの胸にそれを押し付けた。どんっ、と勢い良く差し出されたそれにKAITOが少しふ らつく。
「昨日、森にある基地のことは話したな? そこの連中にこれを届けてくれ。出来れば……MEIKOと一緒に」
「え?」
「今、男が一人であんな場所をうろうろ歩いていたら目を付けられるかもしれん。本当は子ども連れの方がいいが──見られたらカップルにでもなりすませ。MEIKO、いいな?」
「勿論よ」
 よし、とジンは呟くと、既に準備を終えている男たちを見回す。
「行くぞ!」
 掛け声は簡潔だった。
 男たちは──通ってきた通路とは別方向へと向かっていく。
「……あっちにも出口はあるの?」
「うん。緊急事態用、かな。多分──さっきの人が後をつけられてた場合、待ち伏せされるから──」
「……いろいろ聞かされてるみたいね」
「物覚えがいいって褒められたよ」
 KAITOは苦笑いだった。
 あまり人と変わらないアンドロイドだが、記憶力は当然人並み以上だ。そこを見抜いたのか──単に格闘では使えないと思われたのか、随分知識を詰め込まれたようだった。よくKAITO単独で呼び出されている。やはり基本MEIKOたちは戦いのメンバーにはいれられていないのだろう。それは仕方ないとは思う。KAITOが上手くやってくれれば、それでいいの だ。
「ミク、リン、レン」
 男たちが去ったあと、MEIKOたちもそちらへ向かう。
 まだ、ミクたちは残っていた。
「みんなに着いて行きなさい」
 MEIKOの言葉に、ミクたちはすぐには返事をしなかった。
「……これ……また、会えるんだよね?」
「何言ってるの、当たり前でしょ」
 MEIKOが笑顔を向けても、ミクの不安げな顔は変わらない。
 口を開いたまま、声にならない言葉を出して俯く。
「……へますんなよ」
 そこで聞こえたレンの厳しい声はKAITO宛。KAITOは、うん、と頼りない返事をする。
「えと……お兄ちゃんたち頑張ってね!」
 何か言わねばと思ったのか、リンは笑顔でそう発言した。声は固い。だが、これは信頼の笑顔だと思う。
「おい、行くぞ!」
 別の入り口から移動する団体の最後尾の男がミクたちに声をかけた。いつの間にか、もう誰も居ない。
 ミクたちがそちらに駆けて行くのを見守りながら、MEIKOは隣のKAITOに目を向ける。
「……ここ、このままでいいのかな」
「……私たちが何かすることもないでしょう」
 行くわよ。
 MEIKOの言葉に頷いてKAITOも歩き出す。
 久しぶりに出た外は、妙に眩しかった。





 森の草をかきわけて進む。
 なるべく跡が残らないように。気休めかもしれないが、かきわけた草は手で軽く戻しておいた。それだけで、どこから来たのかわからなくなりそうなほどだったが。
 前を歩くKAITOは方向がわかっているのか、迷いなく進んでいる。コンパスも持たされた様子はなかったが、どこかに目印があるのか。それとも単なる勘か。
 しばらくはざくざくと、二人の足音だけが耳に響いていた。
「MEIKO」
「何」
「……やばい」
「え」
 言ったと同時にKAITOが振り返りMEIKOに飛びついてきた。
 何、と思う間もなくその場に倒れこむ。そのすぐ上を、何かが通り過ぎた。申し訳程度についているセンサーが、はっきりと確認する。
 レーザーだ。
「な、何? アンドロイド?」
「……だね。駄目だ、この距離じゃ──」
 言ったと同時に、二撃目。先ほどより低い位置に来た。照準が直されているのか。
 KAITOが無言でMEIKOの腕を引っ張る。MEIKOもそこから先は自分で立ち上がり、走 った。
「どこ!? どこから!」
「わかんないよ! とにかく逃げろ!」
 跡がつくとか気にしていられない。草で覆われたその場所は走りにくいことこの上な い。
 レーザーが、KAITOの真横を通り過ぎた。瞬間、焦げ臭いにおいがMEIKOのセンサーに引っかかる。
「KAITOっ!?」
「大丈夫! 服を掠っただけだ!」
 お互い大声だ。走りながらでは声が響きにくい。自分の声と、相手の声で多少は安心するが、それ以上の余裕がない。
 こんなところで、やられるわけにはいかない。
 ここは逃げるしかないのか。
 思ったとき、突然ばきんっ、と何かが弾ける音がした。
「な、何?」
「今のは──」
「止まれっ!」
 背後から、MEIKOたち以上の大声。
 反射的に足を止める。
 レーザーは、発射されなかった。
「……そこから動くなよ」
 近づいてきたのは、間違いなく人間だった。


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