未来2

「怪しまれてはないのね?」
「多分…」
 宿に着いて。5人部屋は取れなかったので男女でそれぞれ部屋を分けた。3人で泊まった女部屋に5人で集まっている。目を覚ましたリン、レンはベッドの上。窓際にあった小さな机を挟んで椅子に座ったKAITOとMEIKO。部屋の中を見て回っていたミクがMEIKOたちの会話を聞いたあとその間にある椅子に座った。
「盗聴器とかはないみたいだけど」
 そういう話、声に出してもいいの?
 不安げに見上げてくるミクの頭にMEIKOはぽん、と手を乗せる。
 そしてついでにリンとレンにも目を向けた。
「逆よ。声に出さなきゃ駄目。ここから先、脳内通信はなるべく使わないこと」
「そうだね、そっちの方が探知に引っかかる恐れがあるし、それに慣れると向こうのアジトに行ったときまずいかも」
 2人の言葉に3人が真剣に頷いている。この3人もここに来てから緊張しっぱなしだ。都会はアンドロイドが多いとはいえ、周りは人間だらけ、しかもアンドロイドに敵意を持つものだらけなのだ。無理もない。
「アジト、いけるかしらね」
「どうかな。今日案内してもらえなかったってことは…これからアジトの人と話し合うんだろうね」
「ま、門前払いされなかっただけでも良しとするか」
 された方が良かったかも。
 弱気な言葉を呟いたKAITOはとりあえず机の下で蹴っておいて、MEIKOはもう1度リンとレンに目を向ける。ミクを促して、ミクも二人の隣に座らせた。
「……とりあえず明日までに確認しておくわ」
 KAITOも3人に向き直った。MEIKOも頭の中を整理しながら順番に口に出す。
「私たちは田舎町で知り合った義理の兄弟。私とKAITOは親を亡くした幼馴染で、同じく親を亡くした3人を引き取った」
 それは設定の確認。人間の振りをするには必要な「人生」の確認。
 3人が頷いた。
「リンとレンは本当の兄弟で双子。年齢は?」
『14!』
 二人の声がハモる。ついでにレンが「中学2年生」と付け足した。
「ミクは?」
「16歳。高校1年」
 そこまで言ったときKAITOがMEIKOに目を向けた。
「姉さんの年齢は?」
「22」
「……おれと一緒だよ、それじゃ」
「は? あんた22って言ったの? 10代で十分じゃないの」
「……せめて大学卒業ぐらいの年齢にしろって姉さんが言ったと思うんだけど」
「あら」
 そういえばそうだったか。MEIKOは自分の記憶を探ってみる。言ったような気がし た。
「……まあ、ともかく。それじゃ私は……23」
 言ったあともう1度KAITOに目を向ける。
「……義理なんだから同い年でも良くない?」
「じゃあ何で姉さんって呼んでるんだよ」
「あんたが頼りないから。……あー、もういいわ。23でいいでしょ」
 MEIKOは手を振ってその話題を終わらせる。そんな細かいことに拘っていても仕方ない。確認することは山ほどあるのだ。MEIKOはちらりと時計を見て再び頭の中にそれを思い浮かべる。確認は、真夜中近くになるまで続いた。






「KAITOたちが行ったそうよ」
「…………そうか」
 暗闇の中。相手の姿も確認できないままLOLAが呟くように言った言葉に、LEONはただ頷く。
「……MEIKOも、ミクもリンもレンも!」
「……………」
「……どうしてこうなるのかしら」
 声が震えている。それは怒りのようにも、悲しみのようにも感じられる。
「……この世界に不満を持ってるのは人間だけじゃない」
「だから、」
「だが私たちには何も出来ない」
 ただ歌うためだけに作られた。戦闘能力も何も持たないアンドロイド。人間より、多少は丈夫かもしれない。息切れもしない。だけど。
 LEONは自分の右手をかざして拳を握る。何も、見えはしなかったが。
 力のない自分たち。何が人間と違うのだろうと思うことさえあった。
「もし……ばれたら…ただじゃすまないわ」
「スクラップだろう。帰っては来ないさ」
「っ…LEON!」
 きっぱり言い切ったLEONにLOLAは非難の声を上げた。どちらにせよ、わかっているはずなのに。
「だがあいつらが決めた道だ」
「…………でも」
「……本当は、ついていきたかったさ」
 それは本音だった。だけど、自分たちは動けない。この部屋から、出ることすら叶わない。
 沈黙したLEONを見つめて、LOLAもまた、言葉をなくす。
「……また来るわ」
 最後に、ぽつりとそれだけ言って、LOLAは去って行った。





 ざわざわとした人の声はずっと耳に響いていた。人間ではおそらく聞き取れないほどの音。まだ基地までは距離があるというのに、ここまで響いていても大丈夫なのか。KAITOはちらりと隣を歩くMEIKOを向く。MEIKOは厳しい顔をしたまま、前を歩く男を見つめて いた。
 脳内通信で話し掛けようとして、慌ててKAITOは前を向く。駄目だ。もう使ってはいけない。本当に、癖になっているのだとそのとき気付いた。探知に引っかかる場所で使ってしまっては洒落にならない。
「……着いたぞ」
 男が唐突に足を止めた。廃墟の裏手。扉も穴も、何もない。だがKAITOたちには聞こえている。地下でざわめく人々の声が。それでも、なるべく驚いたように足を止めた。
「……ここ、ですか?」
「ああ」
 男の言葉は少ない。男自身も緊張しているのが見て取れた。
 基地の出入りは、一番気を使う。ここが見つかれば、一貫の終わりなのだ。
 男が壁際に手を伸ばす。印すら見えないそこを、男は的確に押さえた。しばらく、何も起こらない。男がKAITOに目をやった。
「さっきの場所だ、覚えておけ」
「え」
 さっきの。KAITOはもう1度壁に目をやる。男が押さえた場所。何かのスイッチだろうとは思うが。
 KAITOが一歩壁に近づいたとき、その下の地面が動いた。
「合言葉は」
 コンクリートに遮られた小さな声。これも、人間では聞き取れないのではないだろうか。男も、小さく答える。
「自由を我らに」
 合言葉も、覚えておかなければならないのだろう。
 地面にあった扉が、開いた。
 スイッチは、中への連絡用だったのか。扉は、中からしか開かない仕組みなのかもしれない。
 カモフラージュになっている雑草ごと動いた扉から、まずはミクたちが中へ入る。入り口からしばらくは、一人歩くので精一杯のようだった。
 リンとレンが、MEIKOが中へと続き、KAITOは男の前にその扉に入る。小さな梯子のすぐあとに細い通路。KAITOの頭が天井に付きそうだった。高さは約180センチ。
 そんなことを思いながらKAITOは進む。
 人の声が、大きくなっていった。





『お兄ちゃん』
 歩いていると突然頭の中に声が響いて、KAITOはびくっと足を止める。だが、それも一瞬。何事もなかったかのように歩きながら、KAITOはその声に返した。
『ミク、通信は使うな』
『あ……』
 ぶつり、と慌てたように一方的に切れる通信。KAITOは動揺が顔に出ないよう必死で押さえる。前を歩くミクが、どうなっているか知らないが。
 内心冷や汗をかきながら、KAITOは聴覚機能を高めた。戦闘能力も持たず、通信も使えない今は、この聴覚が唯一の頼りだ。幸い、どこからも先ほどの通信に対する反応は聞こえてこなかった。まだ、はっきりはしないが。
「まだ着かないの?」
「ここだよ」
 MEIKOの声が響いたとほぼ同時に、先頭を歩いていた男が振り返った。最初に基地から声をかけてきた人物だろう。背はミクより少し高いぐらいで、小柄だ。明かりのない通路では、それぐらいしか判別できなかったが。
 小さな音と共に、突然そこは光に満たされた。
「うわ」
「あー、お帰りー」
「何だ、これ」
「全員いるかー?」
「思ったより賑やかね」
「そいつらか、新しい仲間ってのは」
 光と同時に音。防音の扉だったらしい。今までとは比べ物にならない人々の声が響いてくる。思っていた以上の広さ、人の数。女や子どもの数も多い。基地というよりこれは……家 か。
「はいはい、静かに。全員注目!」
 既に注目は集まっていたが、先頭の男の言葉と共に少しずつ声が小さくなる。KAITOは緊張して背を正した。そんなKAITOの背を、後ろから男が軽く叩く。ずっと後ろをついてきていたことさえ忘れていたKAITOはそれに大げさに驚いて悲鳴をあげてしまった。前方で笑いが起きる。
「おいおい、大丈夫か」
「頼りなさそうな兄ちゃんだな。ジン、それは何だ、別の意味で大丈夫なのか」
 ジン?
 KAITOが疑問に思っていると、背後の男が苦笑いで返す。
「意外に根性はあるさ。街に来た初っ端からアンドロイドに立ち向かってたからな」
「若いな」
「だが子どもが助かった」
 男はそこまで言って、KAITOの視線に気付いたようだ。しばらく首を傾げて、ああ、と納得したように返す。
「そういえばこっちの名前を言ってなかったな。おれはジン。そっちの先頭に居る男がタキ。あとでリーダーにも会わせる」
「ここには居ないんですか」
「大事な作戦中だ」
 ジンはそう言って、またKAITOの背を叩くと、KAITOたちの前へ出る。
「こいつはKAITO、それからMEIKO、ミク、リン、レン。一応兄弟だ」
 すらすらとKAITOたちのことを紹介し始めるジン。KAITOはそれを聞きながら、自分たちに注目する人々を見渡した。広い部屋の中に居るのは20人…いや、もっとか。奥と左手に出入り口らしきもものがある。布で仕切られたそちらからも、人の気配。合計すれば50人は超えるだろう。
 子どもは見えているだけで3…4…。
 数えていると、ふと子どもの一人と目が合った。大人の影からじっとこちらを見る視線。間違いなく、KAITOを見ている。
 見覚えのある子どもだった。
 そう思ったとき、ちょうどジンの紹介が終わる。
 それを待っていたかのように、子どもがKAITOに向かって飛び出してきた。
「お兄ちゃん」
 小さな声を出しながら、上目遣いに近寄ってくる。
 KAITOが反応する前に、まず、ジンが驚きの声を上げた。
「何だお前、居たのか」
「ああ、こっちに居た方が安全だと思ってな」
 連れてきた、と別の男が答える。
 子どもは、街に来たとき、アンドロイドに拳を向けられていた、少年。
 そのままKAITOの前まで来て、目を合わせてくる。背の高いKAITOに対しては辛いだろう。KAITOがかがもうかと思ったとき、少年は目を伏せた。
「あの……ありがとう」
 語尾が消え入りそうな感謝の言葉。
 KAITOが戸惑っていると男たちの間で歓声が上がった。
「言えたじゃねぇか!」
「何だよ、恩人には意外に素直か!」
「う、うるせえ!」
 少年が大声で怒鳴り返している。照れているのか、耳まで真っ赤だ。少し、レンに似たところがある。
 KAITOは微笑ましくそう思うと、かがみこんで少年の頭に手を乗せる。
「どういたしまして」
 だけど、ちくりと胸が痛む。
 本当は、感謝されるようなことではない。
 だけど、そうしておかなければならない。


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