狙われた歌1

「歌を届けて欲しいんです」
 個人依頼の仕事を受けるのは初めてだった。辺りに何もない、広場のど真ん中に呼び出された今の時刻は、夜の12時ちょうど。人気もない。静かな空間だった。
 真剣な顔をして言った男の言葉にがくぽは深く頷く。
 男は一回しか歌わないから、と前置きして、用心するように辺りを見回す。
 そんな姿に疑問を覚えつつも、がくぽは一音たりとも聞き逃すまいと、男の声に集中する。
 やがて男が、小さな声で歌い始めた。
 VOCALOIDの聴力でなければ、聞き取れなかったかもしれないほど。
 不安定な音程に、正しい音が取り辛い。これをそのまま覚えていいのだろう か。
「……この歌を、これから言うところへ」
 歌い終わった男が早口に言い始めたとき、突然男の後方でぱっと強い光が差し た。
「危ない!」
 車のライトだ。
 真っ直ぐがくぽたち目掛けて突っ込んでくる。男ははっとしたように振り返り、走り始める。がくぽはその後を追った。
「ここは、車立ち入り禁止では……」
「がくぽさんっ、逃げてください! 今の歌を……」
 耳につくブレーキ音、車が何かに衝突した。同時に依頼人に何かが当たったのが見えた。頭を押さえてうずくまっている。
「だ……」
 大丈夫か、と言う間もなく、ばっと顔を起こした依頼人に突き飛ばされる。柵を越えて転がったがくぽの目に、車から出てきた数人が依頼人を捕らえる光景が映った。
「おい、何をしている……!」
 慌てて戻ろうとするも、再び動き出した車ががくぽに迫り、慌てて方向転換する。車が柵を突き破る。前方がかなり破損している。一体何をしているのか。
 がくぽは辺りを見回し、とにかく高いところに逃げようと走り、いつの間にか広場を抜けていた。木々の間を走り回る。これで、まけるかもしれない。
 林を抜け振り向いたとき、既に車のライトは見えなくなっていた。
「……あ……」
 依頼人の姿も、車から出てきた男たちの姿も、消えていた。





「どう考えてもやばいことに巻き込まれてんじゃないの、それ……!」
「……だよねぇ。警察行った方がいいかも」
 朝まで探したが依頼人は見付からなかった。柵が壊れた跡、広場まで入ってきた車の跡、ぶつかったらしい倒れかかった木までは確認出来たのだが。
 どうしていいかわからず、結局その足で、がくぽはMEIKOたちの家までやってきた。まだ子どもたちは起きてないようで、好都合だったと言える。MEIKOは早起きではなくて、単に寝てないだけらしいが。
「しかし……警察に何と言えばいいのだ? 依頼人の素性も、襲ってきた男たちのこともわからん」
「見たまんま報告しときゃいいんじゃない? まあ相手が見付かる可能性は低いかもしれないけど。見付かんなくても困んないでしょ。どっちにしろ無事ならまた連絡してくるだろうし」
 KAITOの発言は呑気だ。当事者ではないからか、元々の性格か。確かに現状、がくぽは出来るのはそれくらいなのだが。
「っていうかあんたもね、真夜中に公園に一人で来いとか言われて、少しは怪しみなさいよ。しかも歌を届けて欲しいって? 譜面も何もなしで?」
「私たちの仕事は夜までかかることも、外でやることもあるだろう。それでもそういう仕事だから私に回ってきたと思ったのだが…」
 女性型や子ども型は呼び出しにくい時間帯だ。ならば、KAITOかがくぽの二択になる。何故がくぽを選んだのかまでは深く考えなかった。
「がくぽはその歌、聞いたんだよね?」
「ああ。全て覚えてる。だが肝心の届け先を聞いておらん」
「……まあそっちは仕方ないんじゃない。やっぱり連絡待ちでしょ。とりあえずがくぽはそれを忘れないように…って忘れる方が無理だけど」
 KAITOが笑う。確かにそうだ。メモリーの消去を行わない限り、記憶は全て蓄積される。日常の記憶は日々のメモリに埋もれていくが、音楽ファイルだけは別だ。思い出しにくくなる、ということもありえない。
「しかし……やはり気になる」
 歌詞は既存の単語が並んではいたが、繋がりが意味不明でまるで暗号のようだった。メロディは単調で、素人っぽさが見えていた。一体どういう意味があるのかわからない。歌を届けろ、という依頼の割には「思い」というものを感じ取れなかった。どこか事務的で、歌った男の声にも感情は感じられず。それは、がくぽが未熟なだけかもしれないが。
 そして、あの明らかに悪意を持って向かってきた車。それに連れ去られた依頼人。気にするなという方が無理だ。
「警察行く? 行くなら付いてくよー」
 俯いて考え込んでいるがくぽに、KAITOが明るい声で言ってきた。思わず顔を上げると、相変わらずの呑気な顔と、隣で苦笑するMEIKOが見える。
「……そうだな、報告はせねばなるまい」
 壊れた柵や倒れた木のことで既に連絡はされているかもしれない。目撃者として、証言は必要だろう。
「じゃ、行って来る。夜までには戻るよ」
 がくぽに続いて立ち上がったKAITOはMEIKOにそんなことを言った。まだ早朝だというのに。完全に遊んで帰るつもりだ。
「いってらっしゃい。……一応、気を付けてね?」
 去り際にMEIKOが少し心配げに付け加える。
 KAITOは笑って頷いていた。
 旧型VOCALOIDで、男性型であるKAITOは人間よりもはるかに力が強い。だからだろうか、警戒心が薄い。車にだって勝てると思っているのかもしれない。
「……奴らが私の顔を覚えていて、襲ってきたらどうする」
「見られたなら確実に覚えてると思うな、そんな特徴ある格好」
「……ライトが私に向いた瞬間はあった。だがあとはほぼ後姿だと思う」
「だから。後姿でもわかるって。がくぽを知らなくてもそんな格好してる人、そういないでしょ」
 ならば、余計に警戒しなければならないはずだが。
 隣を歩くKAITOはちらりと後ろを見て続けた。
「……襲ってきた方が手っ取り早いかもね」
 思わず腰に下げた刀を握り締める。まさか、それが狙いだと言うのではないだろうな。





「お兄ちゃんってホント呑気だよね」
「強いからっていい気になりすぎなんだよな」
 KAITOとがくぽから数メートル離れて。リンとレンは曲がり角で前方の2人の会話を聞いていた。
 姿を確認する必要はない。音だけで尾行は可能だ。KAITOとがくぽが角を曲がったのを確認して再び歩き始める。
「ちょっと2人とも! もう帰らないとまずいよ」
 双子の更に後ろを付いてくるのはミク。
 朝早くにやってきたがくぽに気付き、双子を起こしたのはミクだった。会話に聞き耳を立てたあと、これ以上はまずいと気付いたらしいが。
「もうちょっとぐらい大丈夫だって。ミク姉だって気になってるんでしょ?」
 歌を届ける依頼。
 そういったものには、大抵作り手の強い思いが込められている。ミクは、そういったものが好きだ。
「そうだけど、何かこれ、違うよ!」
 警察、という単語が出た時点で引くべきではあった。だけどミクの好奇心は結局最後まで会話を聞き、がくぽたちの後をつけるという結論を出した。勿論後押ししたのは双子だけど。
「でも何か面白そうじゃねぇ? その歌に秘密があって、狙われてるんだろ?」
「だよねー。ほら、宝のありかを示す暗号が組み込まれてるとかさ」
 レンの言葉にリンが乗る。危機感がないのはレンたちも同じだった。ミクは唇を尖らせながらも、結局2人についてくる。警察まで行けばその歌を歌うかもしれない。まあそこまでは聞き取れないかもしれないが、警察から出てきたところを捕まえて聞き出せばいい。
 どうせならそのまま今日は遊びに行こうか。ミクとリンは仕事があるが、レンは夜まで暇だ。
 結局全員その程度の思いだった。
 前を行くKAITOたちの会話を聞きつつ、尾行らしくないいつもの足取りで歩く。車が後ろから近づいてきたときも、ただ普通に横に避けた。車二台がすれ違うほどのスペースはない住宅街の道。
 前を行くリンがちらりと振り返り、突然足を止めた。同時に、車の音も止 まる。
「? 何……」
 レンも振り返る。止まった車の後部座席から男が出てきた。振り返るのが遅れた一番後ろのミクをいきなり後ろから抱きしめる。
「やっ……」
「おい……!」
「大人しくしろ、いいか、お前たちの」
 男は左腕でミクを抱え、その喉にナイフを突きつけている。一瞬呆気に取られたレンだったが、男が早口で何か言っている間にそのままミクごと体当たりをかます。
 馬鹿か。
 アンドロイドにナイフが脅しになるか。
 勢いを付けすぎたのか、男が全く踏んばっていなかったのか、ミクと男と一緒にレンも倒れた。
「ちょっと何やって……」
 リンが近づいてくるのに一瞬気を取られる。次の瞬間、体が浮いていた。
「うわ……」
「お前でいいっ。来い!」
 さっきとは別の男だ。開いたままだった後部座席の扉から車の中に押し込められる。ミクとリンが、レンを呼ぶ声が聞こえた。
「何なんだお前らっ! 離せ!」
 上半身を座席に押さえつけられる形になっているため、足を思い切り振って座席に蹴りを入れる。入ってきたもう1人の男にその足を捕まれた。
 駄目だ、体勢が悪過ぎる。
 平均的14歳の少年よりはかなり力がある方だが、人間と同じような力の入れ方しか出来ない。上から押さえつけられてしまうと、これ以上どうにもならない。
 縛ろうとしているのか、男がロープのようなものを出したのが見えた。
「離せ!」
 レンは思い切り暴れて男たちにその隙を与えない。
 人間なら、その内暴れ疲れて負けてしまうのだろうが、持久力ならどうやったってこっちが上だ。
 既に車が走り出している。相手が疲れるのを待つしかない。
 男がリンたちに捨て台詞のように残した台詞が気になった。
 歌を誰かに伝えたらガキの命──この場合レンのことだろう──はないと。
 リンたちは多分それを伝えに行く。ひとまず警察に行くのは中止されるかもしれない。警察に言うな、とまで伝える時間はなかっただろうが、警察に話すなら心当たりである歌のことも聞かれる。
 ……どうする。
 レンは暴れながら考える。
 KAITOは、相手が狙ってくれれば手っ取り早いと言っていた。
 このまま連れ去られて、どこかで相手の目的を聞き出すという手もあるか。
「おい、いつまでてこずってんだ」
「す、すみません、このガキ意外に力が強くて」
「バカヤロウ、力以外のやりようもあんだろうが」
 男は全部で4人居るようだった。運転手、助手席の男。後部座席でレンを押さえつける2人。助手席の男が振り向いて手に持った何かをレンの頭に突きつける。
 銃!?
 思わず動きを止めたレンを、すかさず男たちが縛りにかかる。精々ナイフが突きつけられるだけだと思ったが。さすがに頭を吹っ飛ばされるのはまずい。本物かどうかは知らないが。
「ったく、てこずらせやがって」
 どうやら選ぶ道は決まってしまったようだ。
 レンは縛られた手を少し動かしてみる。縛りが甘い。暴れるレンを押さえつけるので、既に力尽きている。
 笑いそうになるのを堪えながらも、レンは心を決めた。
 どこに連れて行く気か知らないが、とにかく少しでもここで情報を得よう。


→次へ

 

戻る