仲間2

「あった! これこれ、明日がくぽさんと一緒に歌おうよ!」
「あああ、がくぽさんの声でこれ聞きたい!」
「……お前らいい加減寝ろよ」
 既に寝室に入っていたレンは、一向に静かにならないリビングの様子にのそのそと起き出す。ミクは今日はこのまま泊まるつもりらしい。リンとレンが寝坊しないように起こしてあげる、と叫んでいたが、どちらにせよアパートの隣同士。合鍵は持っているのだからそんな必要はないと思うのだが。
 多分がくぽに会った興奮が冷めず、騒ぎ続けたいだけなのだろう。
 興奮で眠れないのは、レンも一緒だったが。
「あ、そうだよ、朝起きれなくなっちゃう。ミクは充電十分?」
「十分だよー。ちゃんと毎日やってるもん」
「やば、私ここんとこやってないかも」
 自分たちアンドロイドの動力は電気だ。燃費はかなり抑えられているのでフル稼働でも一週間は持つが、なるべく毎日やれとレンたちを作った科学者からは言われていた。昔のアンドロイドと違って、充電が減って動きが鈍くなることはほとんどないが、その分唐突に切れやすいと言われている。勿論一定以上消費すれば警告は感じるのだが。
 本来眠りに入るときにするのが一番なのだが、下手に充電に入ると完了するまでよっぽどのことがない限り目覚めることが出来ない。夜更かしの多いレンたちはつい、朝までの時間を計算して今日は止めようと思ってしまう。
「起こしてあげるから充電する?」
 外部からの働きかけがあれば目覚めるのは簡単だ。ミクの提案にリンとレンは顔を見合わせる。今日はなかなか眠れそうにない。ならば、それも一つの手か。どうせなら何も考えることなく朝を迎えたい。
 リンはこくこくと頷いた。
「お願い! 私もう朝が待ちきれないから!」
 リンは急いで寝室へ向かうと充電用のコードを引っ張り出した。ようやくリビングの電気が消される。
「明日さ」
 レンも寝室に戻りながら、ついてくるミクに声をかける。
「何?」
「歌だけじゃなくて……どうせならがくぽに付いて行きたいな」
「うん。私もそれ思ってた」
 一人より、二人以上の方がごまかしは効くだろう。がくぽは何かの目的があって逃げ出していた。それを叶えてやりたいとは思う。
 ベッドに潜り込みながらレンは考える。
 大勢の前で歌う仕事。それを放り出してでもやりたいこととは何だろうか。
 がくぽが自分たちのように歌が好きなのは、少しの触れ合いでも十分伝わって きた。
 先ほどもつらつらと考えていたことをまた考え出しているのに気付いて、レンは頭を振って充電モードに切り替える。付いていきたい。それは、歌より大事なものが知りたいということでもあった。





 閉まりきっていなかったカーテンから朝の光が漏れる。KAITOはぱちりと目を開くといつものようにゆっくりと起き上がる。結局夜中まで話し込んでしまったが、だからといって寝不足になることはない。がくぽが来ているので充電は出来なかったが、やる時間もなかっただろう。
 KAITOはベッドから足を下ろすとがくぽが寝ているはずの床に目をやる。ベッドを使え、とは言ってみたがやはり拒否された。落ち着かない気分で眠りに入ったKAITOはずっとそこが気になって仕方なかった。
「あれ」
 がくぽが居ない。もう起きたのだろうか、とKAITOは立ち上がる。台所へ続く扉は普段開けっぱなしだが、床に眠るがくぽに冷気が入ってくるかもしれないと寝る前に閉めた。だけど、そこは再び閉ざされている。
「がくぽ?」
 扉を開ける。そちらには風呂やトイレもあるから、と思ったとき、台所の床に大の字で倒れるがくぽを見つけた。
「が、がくぽ?」
 慌てて駆け寄る。顔が完全にうつ伏せになっていて表情が見えない。そして、寝息も聞こえない。KAITOは構わずその体を起こした。寝た振りならこれで起きるし、問題があるならそのままにはしておけない。がくぽは目を閉じたままぐったりとしていた。
 そしてやはり、息をしていない。
「ちょっと……」
 動揺しつつも頭を切り替える。アンドロイドとして。倒れた人間にはどうするべ きか。
 KAITOはがくぽの胸に耳を寄せる。KAITOたちVOCALOIDは、脈も呼吸も、音で判断するのが一番手っ取り早い。
 心臓の音は聞こえてこない。代わりに聞こえてきたのは、とても覚えのある小さな小さな機械音。
「……アンド……ロイド」
 体を起こしたKAITOは、呆然と眠るがくぽを見つめていた。





「……マジかよ」
 駆けつけたレンたちはKAITOの部屋のベッドで眠るがくぽの姿に絶句した。その首筋にはレンたちには見慣れた充電コードが突き刺さっている。レンたちを玄関で出迎えたKAITOが後ろから戻ってきた。
「うん。どうやら充電切れだったみたいでね。昨日夜遅くまで話し込んじゃったから。充電用のコードは持ってたから夜にこっそりやるつもりだったのかも」
 そこでベッドの側でがくぽの様子を窺っていたMEIKOが振り向く。
「だったら話し込まれて焦ってたでしょうに。少しは察しなさいよ、あんたも」
「そんな様子なかったけどなぁ。もうこんな時間か、って言ったときには慌ててたけど。寝不足になっちゃうからとしか思わなかったな」
「……こっちも話に夢中になってうっかりしてたわけね」
 MEIKOがため息をついて何やら手紙のようなものを持ち上げた。
「MEIKOさん? それ」
「とりあえずみんな座って」
 MEIKOの言葉に大人しく3人で座り込む。どうやってもKAITOが入るスペースはなさそうだった。KAITOは入り口付近に立ったままだ。MEIKOはそれとちらっと眺めて、そのままレンたちに視線を戻す。
「これ、がくぽが持ってたのよ」
「何それ」
「手紙だよね」
「何て書いてんだ?」
 順番に言葉を挟めばMEIKOはそれをひらひらさせたままがくぽを見た。
「中までは読んでないわ。だけど多分これが、がくぽの目的だと思う」
 そう言ってMEIKOは机の上に封筒を置いた。封は既に切られてあるが、手紙はそのまま入っているようだ。封筒の宛名には拙い字で「神威がくぽ様」と書かれている。住所は事務所のようなものではなく、テレビ局のようだった。続けてMEIKOはそれを黙って裏返す。住所はなく、男の名前がただ一行。
「これ……子どもの字かな?」
「だよねー。あ、でも高校生でもこれぐらい下手なの居るよー」
「丁寧には書いてるよね。ファンレターかな」
「あー、そうかも」
 ミクとリンがそれぞれ感想を述べてMEIKOに視線を戻す。MEIKOが軽く頷いた。
「わざわざこんなもの持って逃げてきたんだから、何か関係はあると思うわ。がくぽは一時間ぐらい経ったら起こすか」
 ら、と言いかけたMEIKOの口が止まった。背後で動きがあったのだ。ミクたちも驚いて視線を移す。がくぽがコードをつけたまま、ゆっくりと起き上がっていた。
 のろのろと左手を上げてコードを確認する。そしておそるおそる、といった感じに部屋の中を見回した。少し高い位置にある視線は、最初に入り口に立ったままだったKAITOを捉えたようだ。
「KAITO……」
 続いて床に座るレンたち。がくぽは呆然としたように更に辺りを見回す。もう他には誰も居ないのに、居るはずだというような必死さで。
「ここには私たちだけよ」
 MEIKOがそこで声をかけた。がくぽの動きが止まる。
「がくぽはアンドロイドだったんだね」
 続くKAITOの言葉には、びくっと体を震わせた。KAITOの声は優しいが、この状況でそれを読み取るのは困難なのだろう。だけど、KAITOは更に言う。
「あれだけ歌も上手いし、ひょっとしておれたちと同じVOCALOID?」
 がくぽが言葉の途中で顔を伏せる。そして、しばらくして目を見開いた。
「おな……じ?」
 震えるがくぽの声に最初にミクが答える。
「同じだよ! 私たちもみんなVOCALOID。がくぽさんもそうだったなんて嬉しいな」
 もう完全に仲間と決め付けたミクの言葉にがくぽは瞬きをしたまま動かない。おそらく信じられないんだろうな、とレンは思う。だからレンは立ち上がってがくぽに近づい た。
「確かめてみろよ。心臓の音なんかしないだろ」
 ベッドに片足を乗り上げて迫ったレンに、がくぽはおそるおそる手を伸ばす。だが、直ぐに下ろして表情を切り替えた。
「……そうか。お主たちに感じた似た匂いとは、それだったのか」
 信じることに、決めたようだ。レンはにっと笑って再びベッドから離れた。
「そうだよ、ってかまさかVOCALOIDが芸能人やってるとは思わなかったぜ。マネージャーってひょっとして開発者か?」
「ああ。私には詳しいことはわからないが、何かのデータを取っているのだと思う。アンドロイドを再びこの世に出したいという思いなのか、アンドロイドの開発そのものに対するものなのかはよくわからないが」
「アンドロイドを……そうだよね、アンドロイドがまた……昔みたいにアンドロイドとして生活できたらいいのに」
「だが、アンドロイドとは決してばれてはいけないとも言われたな。だからお主たちにも隠していた。すまない」
「いや、それはお互い様だって。ってか当たり前だろ、アンドロイドなら」
 本当はそんな当たり前は嫌だけど。思わず言ってしまって突っ込まれるかと思ったが、誰も何も言わなかった。がくぽが少し笑って、自分に繋がるコードを外し、そこで机の上の手紙に目を留めた。
「それは」
「あ、ごめん、あなたが倒れたあと何か手がかりはないか探してね。中は読んでな いわ」
 はい、とMEIKOがそれを手渡すと、がくぽは直ぐにその中身を取り出し広げた。
「それってファンレター?」
 リンが興味津々で聞くとがくぽが頷く。
「ああ。これを読んで……いてもたってもいられなくなったのだ。私の歌を生で聞きたいと言ってくれる子が居る。私と一緒に歌いたいと言ってくれている子が居る。私は、それがやりたい。いずれ多くの人の前で歌う機会もあるかもしれないが……この子は」
 がくぽはそこで手紙に目を落とした。何となく、想像は出来た。
「ライブとかじゃ……行けないのかな」
 子どもの年齢ならそうかもしれない。ミクは言った後、うん、と明るい声を出してがくぽを見た。
「じゃあ、その子のところに行こう! そのために出てきたんだよね? 住所とかわかるの?」
「住所は正確にはわからないが、」
 がくぽは続けて、ここからそう遠くない病院の名前を上げた。
 やっぱり、そうか。
 MEIKOがすぐに立ち上がる。
「歩いても何とかいけるわね。がくぽはその格好……服はともかく、髪をどうにかしたいわねぇ……」
「切っちゃ駄目なの?」
「駄目だろ、そりゃ」
 リンの言葉にレンが呆れた突っ込みを入れる。ミクは自分の髪を手に持ち、がくぽのそれと見比べていた。
「男の人であんまり長い髪居ないしねー。……そうだ、女の子の振りすればいいんじゃない!?」
 名案だ、とばかりに言ったミクだがレンは想像してさすがに微妙な顔になる。
「……小柄ならまだありかもしんないけどさ」
「そうだよ、せめてレンぐらいじゃないと」
「おれを出すな」
 体は細身のようだが、背は高いしそれなりにがっしりしている。顔立ちは何とかごまかしが効くレベルかもしれないが。
 レンが思わずがくぽを見ると、がくぽが目を伏せた。
「それは……さすがに勘弁してもらいたい」
 似合うかどうか以前の問題。そりゃそうか。
「服に入れてごまかせる量でもないしね。髪形変えて色塗れば何とかなるかな」
「っていうか、私それずっとカツラだと思ってたよ。染めてもなかなかそんな色にならないよね」
「だよなぁ。そういやおれたちも本来は黒じゃないけど」
 レンは自分の髪をいじりながら呟く。
 紫の髪は、最初からテレビで見ていたからあまり違和感がなかったけれど。アンドロイドの特徴の一つだったようだ。
「それはおれもだよ。黒く染める奴ならあるから使う? あまり長続きしなくて使ってない奴があるんだ」
 KAITOはそう言いながら部屋に入り、レンを押しのけて押入れを漁りだした。とりあえず方針は決まったらしい。
「髪形どうする? 三つ編みとかどう?」
「男にそれってどうかな……」
「普通に下の方でくくればいいんじゃね? 変装は下手に凝ると却って目立つって言うし」
「何でそんなこと知ってんの、あんた」
 漫画知識だ、とは何となく言えなかった。


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