確認されたとき

「君はアンドロイドだね」
 学校も終わり、夕暮れに近い時間帯。部活のない生徒が自宅への道を急いでいる。人通りの少ないその道で、茶色のコートを着た怪しい男が、近づいてきた。唐突な言葉に足を止めた男子高校生は目をぱちくりとさせた。自分が話しかけられたことに気付かず、きょろきょろと辺りを見回す。やがて、そこに自分一人だとわかると、何か不気味なものでも見たような顔をして、何も言わず足早にそこから去って行った。残された男は追うことはせず、ただじっとその後姿を見送っている。やがて、また元の場所へと戻り、壁に背をつけ次の相手を探していた。





「……何それ」
 かなりの間を置いて、ぽつりと呟いたのはリン。
 わけがわからない。
 出てくる感想なんて、それぐらいのものだ。もうちょっと捻れば出来の悪い怪談話にでもなるかもしれない。
 レンも、ほとんどリンと同じ感想を持っていた。
「……嘘とか、誰かのいたずらじゃなくて?」
 真剣な目をして聞いているのはミク。話をしたMEIKOはそれに軽く頷いた。開きかけた口を遮るように声を出したのはレンだった。
「それ、おれも聞いたよ。おれのクラスの奴も何人か言われてるから。嘘じゃねーと……思う」
 それでも、少し自信なさげに。実際直接話をされたわけではない。休み時間、他の男子生徒の間で話題になっていたのを聞いただけだ。ただの噂を信じてると思われるのも嫌だった。
「学年もクラスもばらばらの証言だからね、嘘じゃないと思うわ。ただその男のいたずらならいたずらで、何でそんなことをしてるのかって話よ」
 MEIKOが補足した。
 アンドロイド5人が集まっている合唱部部室。3学期になり、本来は部活に出てくることもない3年のMEIKOたちだが、当たり前のように2人揃ってそこにいる。しばらくして、KAITOがおそるおそる言った。
「……ばれたかな」
「あんた何かやった?」
「そんな覚えないけどなー」
「声をかけられてるのは男だけなの?」
 惚けた口調のKAITOから視線を外し、MEIKOはレンに目を向けてきた。
 問われて、レンは今日の教室の様子を思い出す。男子たちが集まって話す不気味な男の話。その周りに居た数人の女子は…それに反応した様子はなかった。
「多分…。おれが知ってる限りだけど」
「私なんて、さっきまで聞いたことなかったよ、その話」
「私もー」
 リンとミクはあまり男子と話すほうではないらしい。その2人は、今の今まで、男子の間で話題になっているこの話を知らなかった。
 MEIKOは2人の反応に頷いて、言う。
「男子だけって考えるのが無難かしらね。女子がそんな男に声かけられてたらもっと話題になってそうなもんだし」
 やっぱあんた何かやったんじゃない、とMEIKOはKAITOを睨んだ。
 アンドロイドだとばれるようなこと。この2人が、今更そんなヘマを犯すのだろうか。あれだけ目立たぬよう、ばれぬよう過ごしてきているというのに。
 もしかしたらばれたのは自分の方かと、それに思い至ってレンは緊張に拳を握る。ないはずの心臓が音を立てている気がした。
 アンドロイドであることなんて、そう簡単にばれるものではない。ないはずだ。記憶を探ってみても、該当する状況はない。そもそも怪我でもしない限 り──。
「あ」
 唐突にそれが思い出されて、レンは思わず声をあげる。全員の視線がレンに向かった。
「何よ、レン」
「あ……いや、あの…」
 思いついてしまったことを言うべきかどうか迷う。だけど注目の視線は、適当なごまかしを許してくれそうにない。
「KAITOさん……前に……車……」
「あ」
「ああ……」
 それでも言いにくくて、単語だけで喋れば2人は理解したらしい。一瞬遅れて、リンとミクが納得したような顔をした。
 以前レンが車に轢かれそうになったとき、助けてくれたのがKAITOだった。車の前に立ち塞がり、力尽くで止めるという、強引な手段で。
 あのとき結局逃げるように去ってしまったが、運転手は間違いなく気付いていただろう。車を止めた男子高校生は、アンドロイドであると。
 そうでなくては、ありえない。
「……そんなことあったわね、そういえば」
 MEIKOがため息混じりにそう呟く。レンは慌ててフォローのために叫んだ。なにせあれは、レンを助けるための行動だったのだから。
「で、でもあれは不可こうりゃく…りゃく…力? だろ!」
 ……笑われてしまったが。
 慌てたせいで舌が回ってない。
「そうね…。でも男子片っ端からってことははっきりばれてはいないのね」
 特に突っこみはいれず、MEIKOはそう続ける。
「俯いて震えてたし、顔なんか見てなかったと思うけどな」
 KAITOは一応運転手のことは見ていたらしい。レンはホントに全く目に入っていなかった。運転手が男だったか女だったかすら思い出せない。
「『君はアンドロイドだね』……か」
「完全にかまかけだよね。こっちの反応で探ろうとしてるのかな」
 面倒なことやるね、とKAITOはどこか気軽に言う。
「あんた、言われてもばれない反応できる?」
「大丈夫だと思うけどなー」
 KAITOは笑顔だった。本当に、気にした様子がない。
 だけどレンは、そんな反応をする自信はない。アンドロイドかと言われたら…どう反応するのが自然なのだ。人間は。
 迷いと戸惑いのまま視線をリンに向けると、同じことを考えているのか、同じような表情をしたリンが居た。ミクも珍しく真剣な顔をしている。
 それに気付いたのか、MEIKOとKAITOがまずミクに目を向けた。KAITOが笑ってミクに顔を寄せる。そして低い声で言った。
「君はアンドロイドだね」
「うん。……あ」
「……まあミクならそんな気はした」
 集中して身構えて、これか。レンが呆れていると今度はKAITOがレンに目を向ける。顔を寄せられて緊張が走った。
「君はアンドロイドだね」
「……は? 何言ってんの。アンドロイドとか。居るわけねーじゃん。ってか何を根拠にアンドロイド? おじさんアンドロイド知ってんの?」
「レン、喋りすぎ」
「う……」
 緊張する。真剣な目は緊張する。
 普段これほど、こちらの言葉を聞こうという体勢になられることはない。これはあれだ、教室の前での発表とか、面談とか、そういった緊張だ。
「リン」
 リンに向かったのはMEIKOだった。待ち構えていたリンは「はいっ!」と元気良く返事する。
「……あなたはアンドロイドね」
「違います!」
「………」
「………」
 どれも、不正解。
 レンの頭にそんな言葉が過ぎった。
 そもそも、アンドロイドならどう反応するものなのかもわからない。今のが自分たちの自然な反応では…ないだろう。ミクはともかく。
「……どうすりゃいいんだよ、おれが声かけられたら……」
「普通に戸惑って逃げればいいんじゃない。話聞いてる限りでは、見るからに怪しい人みたいだし」
「かなぁ…」
「でも……まずいかな」
「また引っ越す? ……今回は転校って時期でもないわよねぇ」
 学生はしばらく止めた方がいいかしら。
 そんなことを言い出したMEIKOに驚いていると、ミクが立ち上がった。
「え、え、MEIKOさんたち居なくなっちゃうの?」
「もしものときは、よ。場合によっては…ばらして逃亡、かな」
「何でばらすんだよ」
「片っ端から確認されても困るでしょ」
 KAITOが肩をすくめる。レンは納得いかずに続けた。
「だから何で。おれと…KAITOさんがばれなきゃそれで終わりだろ? 別に変なことしてくるわけじゃないみたいだし」
「今はね」
 KAITOはどこか複雑な顔でレンの言葉を切った。
 MEIKOが右腕を上げて呟くように言う。
「人間かアンドロイドか。一番手っ取り早い確認方法は」
「あ」
「血!」
「……そう」
「一応探知機みたいなのもあるけどね、優秀な品は高価だし、そう出回ってはない。それよりナイフ一本あれば確認は出来るんだ。ただ……その場合、人間が血を流すことになる」
「………」
「最初におれたちに当たればいいけど。そうでなければ関係ない人が傷つけられるよ」
「な、何なんだよ、何でそこまでやるんだよ! アンドロイド処分したいだけなんだろ?」
 そのために人間を傷つけるなんて──本末転倒だと思うのだ。何が本で何が末だかわからないが。
 レンの疑問に、KAITOとMEIKOは答えなかった。
 ただ、KAITOがぽつりと言った。そうか、きたんだ、と。小さな声で。誰も反応しなかったので、レン以外の誰にも、聞こえなかったのかもしれない。


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