告白とその反応の

「レンー」
「何だよ」
「ここ教えて」
「自分で考えろ」
「そんなこと言ってわかんないんでしょ」
「…………ああ、わかんない。全然わかんない」
 一瞬沈黙したレンは、そのままわざとらしく顔をそらしてきっぱりとした口調でそう言った。
「あーもうっ! お願いだから教えてー」
 夜。わざわざテレビを見ているレンの前でノートを広げているリン。たまにそのリボンがテレビ画面を隠す。それほどテレビが見たいわけでもないが、邪魔だ。
「MEIKOさんに教えてもらわなかったのかよ」
「……時間なくて」
「嘘つけ」
「ほんとだよー。ちょっと話してたら時間経っちゃって。ねー、レンは告白されたことあるー?」
「なっ! ……」
 予想外の流れで予想外のことを言われて予想外の大声が出る。
 そしてその反応に驚いてレンを見つめるリンと目が合った。しばらく時間が止 まる。
 やがて、にやりと笑ったリンが近づいてきた。
「あるんだ」
「ま、ちょっと、待て」
 ゆっくりと、にじりよる。
「私なんか一度もないのに。しかも何その反応ー」
 目の前まで来た。リンがにっこり笑ってレンの目を覗き込んでくる。わざわざ伸びをして、レンを見下ろすように。
「……いきなり変なこと言うからだろ」
「変なことって何よ。ね、誰から?」
「あ?」
「告白。されたんでしょ」
「……言ったって知らないだろお前」
「クラスの子?」
「そうだよ」
「名前は?」
「だから聞いてどうするんだよ!」
 早く話題を切り上げたいのにしつこいリンにまた大声を上げる。リンが不満そうに唇を尖らせた。
「知りたいよ。お話でしか知らないもん恋なんて」
「…………」
「ね、好きですって言われたの? どんな感じだった?」
「…………」
「レンー」
「あー、うるせえ! どうせ断るんだからどうでもいいだろ。聞きたいならKAITOにでも聞けよ!」
「え、断るの? え、KAITOさんって告白されたことあるの?」
 疑問を二つ並べられて、レンは答えやすい方にだけはっきりと反応する。
「あるって言ってたよ。別に普通なんじゃね。合計で7〜8年は学生やってたみたいだし」
「えー……そうか…あるんだ」
「? 何だよ」
「レンさ、」
 覗き込む姿勢だったリンがようやく力を抜いて座り込む。レンと同じ目線になった。
「あの二人、付き合ってるように見える?」
「付き合ってないだろ」
「あー、そうじゃなくて。はたから見たら付き合ってるように見えるよね?」
「ああ……」
 それはそうだ。
 登下校は基本一緒だし、MEIKOが呼ばれた用事に普通にKAITOが付いていってる。 あれだけいつも一緒にいて、付き合ってないという方が違和感だろう、おそら く。
 第一付き合ってるのか、と言われたとき大きく否定することもない。どうでもいいのだろう。レンたちは事情を知っているのでその辺は深く考えたことがなかっ たが。
「まあ…見えるんじゃねぇ?」
「……じゃあ何でKAITOさんだけ告白されてんの」
「は?」
「MEIKOさん、告白されたことないって言ってたんだもん! 信じられる!?」
「マジか」
「マジで」
 結局勉強は投げ出してリンはレンの隣に座り込む。レンも既にテレビの内容は意識から消えていた。
「MEIKOさんも…同じぐらいやってるはずだよな、学生」
「ねー。確かに美人過ぎたら告白しにくいってのはあるかもしれないけど、それにしたってさ」
「……気付いてないだけだったりしてな」
「え?」
「付き合ってください、って言われて『どこに?』とか返しそうじゃねぇ、あの人?」
「あ、それミクがやってた」
「……マジか」
「それをおかしいと思ったんだからそれは言ってないと思うけど……そうか、でも似たようなのありそう」
 今度KAITOさんに聞いてみよう、とリンは拳を握り締め、元居た場所を振り返り、固まった。
「……それより先に追試だな」
「あーっ、もう! 何で私たち学生なのよー!」
「そこに行くのか」
「だって私たちの年齢じゃそれしか出来ないじゃん! MEIKOさん今回は大学まで行くんでしょ? いいなー」
「大学生はさすがに無理あるなぁ、おれたち…」
 レンが窓へと目を向ける。外は暗闇でガラスに映った自分たちの姿が見えた。
 高校生としても、かなり小柄だ。レンより背の高い女子も多い。そういえば、あの子は自分より背が低かった。
 唐突にそれを思い出してしまい慌ててレンは顔を背けた。
 そんなレンをリンが不思議そうに見る。
「何」
「何でもない」
「今何か考えてた」
「何でもないって言ってるだろ。それより勉強だろ勉強! 何年かやったらこんなもん楽勝じゃねぇ?」
 大声を出してレンは机に広げられたノートを手に取る。
「……KAITOさん赤点ギリギリって言ってた」
「……そうならないよう頑張ろうぜ」
 わかるところは教える、と言えばようやくリンが机の前に戻る。こっちに集中してしまおう。そしたら、とりあえずは忘れられる。





 夜、テレビの前で本を読んでいたKAITOがその音に気付いて台所に向かって声を上げた。
「電話だよ」
「ちょっと出て」
「はいはい」
 フライパンを振りながら、MEIKOは右手の菜ばしで電話を指す。明日の弁当作りの最中だ。自分たちアンドロイドは人間と同じ食事は必要ないけれど、学校に居る以上食べないわけにはいかない。栄養にならないなら勿体無いとは思うものの、MEIKOは毎食弁当を作っていた。作ることそれ自体が楽しくもあるらしい。
 それを眺めていたKAITOは膝立ちで電話に近寄って手を伸ばす。受話器を取って、MEIKOの学校内での苗字を名乗る。相手の言葉は返って来なかった。
「? もしもし?」
 息遣いははっきりと聞こえてくる。それが男性であることもKAITOにははっきりわかった。だけど、何も言ってこない。いたずら電話かと切ろうとしたとき、ぼそっと呟くような声が聞こえた。
「ん? そうだけど」
 聞こえたのはKAITOが学校内で名乗っている苗字。だから肯定すると相手が一瞬慌てたような声を出した。
「お前…何でそこに居るんだよ…!」
「え?」
 はっきり声が聞こえたことで相手が誰かを理解する。KAITOとMEIKOのクラスメイトだ。ああ失敗したな、と思うがごまかすのも面倒くさい。KAITOは正直に答えた。
「今弁当作ってもらってるから」
「…………」
「MEIKOに何か用?」
 がちゃん、とそこで電話は切られた。叩きつけるような音にKAITOが顔をしかめ る。
 そこでMEIKOがようやく一段落ついたのかKAITOの元までやってきた。
「誰から?」
「えーと……」
 何と言おうか迷っていると、すぐにMEIKOは興味なさげに目をそらす。
「まあ用がなかったんならいいわ。弁当大体出来たわよ」
「んー」
 適当に返事を返す。KAITOも、もう相手の名前は忘れている。そのまま本の続きに目を落として、ふともう1度顔を上げた。
「……何?」
「MEIKOさ、告白されたことある?」
「ないわよ」
 即答だった。だが予想はしていたのでKAITOは次の問いを口にする。
「告白されたらどうする?」
「断る」
「……それも即答なんだ」
「あんただって断るでしょ? それとも人間の女の子に興味ある?」
「んー……」
 KAITOは何となく手にしていた本を見る。女の子への興味は、実際全くないわけではない。触ってみたい、その反応を見てみたい、と思うのは興味だと思う。それでも、同世代の男子と話していれば微妙な食い違いには気付いている。人間に限りなく近く作られているはずなのに、どうしてそういう気持ちがないのかと思ったこともある。恋すれば、変わるのかとも。
「じゃあさ…レンに告白されたら?」
「は?」
 目を丸くしたMEIKOはしばらく固まって、やがて「そっか」と呟いた。
「……今、居るのよね。身近にアンドロイドが」
「うん」
「……でも同じことじゃない? 子どもが作れるわけじゃないし、よくあんたと付き合ってるのって言われるけど、私はあんたとの関係が、普通の恋人と何が違うのかわからない」
 はきはきと流れるように言い切ったMEIKOは、多分以前にもそういうことを考えたことがあるのだろう。それはKAITOも同じだった。だからすんなり返せた。
「恋愛感情があるかないか…かな」
「私はあんたを好きで、大切だと思う」
 MEIKOは同じ口調で続けて、ふっと息を吐いた。
「だけど…違うのよね」
「うん……違うんだろうね」
 そもそもそういった感情がないのか。ないと思い込んでいるだけなのか。ただ、そういった相手との出会いがなかったのか。それとも今お互いに感じている「特別」がそうなのか。
 生まれて既に22年。いまだに答えは出ていない。
「レンがさ」
「うん?」
「告白されたみたい」
「誰から」
「……人、としか言えないけど」
「ああ、まあそうね」
 少しの、間。
「……どうするって?」
「……わからない。…本人もわかってないみたいだった」
「断ってないってこと?」
「付き合ってみたいんじゃないかなぁ。そういう好奇心はわからなくはないんだけどね」
「何て言ったの」
「止めた方がいい」
「……でしょうね」
 3人に出会って、KAITOたちは再び歌い始めた。
 だけど、やはり勧められない。安易に人と深く関わることは。


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