人間とアンドロイドの

 好きです。
 頭の中をぐるぐるとその単語が回る。
 もうすぐ二学期も終わろうかという時期。放課後突然中庭に呼び出されたレンは、人通りのないその場所でクラスメイトからの告白を受けた。
 告白。
 ──そう、告白だ。
 ようやく頭が回ってきた。
 目の前に居るのは俯き気味の女の子。かろうじて肩にかかるぐらいの短い髪。身長はレンより少し低く、おそらく小柄な部類。あまり、話した覚えはない。クラスの中で特に目立つ子でもなく、誰と仲が良いのか、どんな喋り方をするのかさえ知らなかった。
「えっと……」
 沈黙が長くなり慌ててレンは声を出す。
 何だ。何を言えばいいんだ、この場合。
 さわさわと揺れる木の葉の音、運動場辺りで聞こえる野球部の大声。余計な音ばかりレンの中で大きくなる。一瞬、時間を忘れそうになった。
 早く部活に行かないと。
 いつの間にかそんなことまで考え始めていたレンは女の子がじっとこちらを見つめているのに気付かない。
 やがて痺れを切らしたのか、女の子がぽつりと言う。
「ご…めん」
「え?」
 レンが視線を戻したときには既に女の子の顔はそらされており、そのまま何も言わずに駆け出した。
「あ…」
 小さな声が出たが女の子には届かない。歩調を緩めることもなく校舎の角を曲がり、姿が見えなくなって、レンはゆっくり肩の力を抜いた。
 緊張していたらしい。
 大きく息を吐いてもう1度彼女の言葉を思い出す。
 ごめん。
 ごめんって。
 普通、おれが言う言葉じゃないか?
 そこまで考えて初めて、レンは自分が返答できなかったのだと気付いた。





「あれ……」
 部室代わりの社会科教室。レンが入った瞬間に顔を上げたのはミクとリンの2人だけだった。
「あ、レン」
「おそーい、ちょっと来て」
 机の上に何か広げて向かい合わせに座っていた二人が手招きをする。レンは向かいながらも一応教室内を見渡した。
「先輩らは?」
「まだ。それよりレン、ちょっとこれ」
「あ?」
 机の上にあったのは数学の問題集とノート。レンは思い切り顔をしかめる。
「何やってんだよ」
「お勉強」
「もうテスト終わっただろ」
「……終わってない」
「……うん、終わってないね」
 レンの言葉にミクとリンが暗い顔で頷きあう。
 期末テストはつい先日終わり、ちょうど昨日で全ての教科が返って来た。もうあとは冬休みに向かって残りの日々を消化するだけのはず。そう思ったとき、レンはふと二人の数学の点を思い出した。
「……追試か」
「あああああもうっ!」
 リンが頭を抱える。
 頭の出来に差があるのかどうか、ミクはテスト初っ端から赤点連発だった。リンは、それでも今まで何とかなってたはずだが。
「もう嫌ー。誰か私の頭にインプットしてー」
 べたり、と机の上に突っ伏すリン。ミクは慣れているせいか諦め気味の笑 顔だ。
「……もうちょっと知識入れといて欲しかったよね…」
 そもそもは生まれた時点で中学生レベルの知識だったのだ。中3から始めたレンたちに比べ、いきなり高1だったミクにはきつかったのかもしれない。何故年齢設定の違うミクとレンたちで知識レベルに差がなかったのかはわからないが。
 とりあえずレンはリンの隣に座る。リンは机に顔を乗せたままレンを見上げ た。
「レンは追試ないの」
「お前結果知ってるだろ」
「何でー! 一緒の頭のはずなのに!」
「……知るか」
 一応。
 テスト勉強のようなものはしてる。リンたちにはばれたくなくてこっそりと。それでもリンと顔を合わせてない時間はそうあるわけでもなく、レンの点も結局はリンと似たり寄ったりだ。赤点がなかったのはほとんど運だろう。
「MEIKOさんたちはどうなんだろう」
「頭良さそうだよねー。何かずるい。同じボーカロイドなのに」
 ミクとリンが愚痴る。もう勉強する気はなさそうだ。どうせ聞かれても答えられる気はしない。ちょうど良かったと思っているとき、ようやく二人が姿を見せた。
「こんにちはー」
「お待たせ」
「遅いー」
「MEIKOさん、ちょっと、こっち!」
 リンが先ほどと同じように手招き。入れ替わりに、レンは立ち上がった。MEIKOと一緒にやってきたKAITOのかばんを掴む。
「ちょっと」
「ん?」
「あ、どこ行くのよレン」
「……お前らどうせ勉強するんだろ。すぐ帰るって」
「あーレンもやっぱり勉強ー?」
 リンのからかうような声に、最初に反応したのはKAITOだった。
「勉強? おれ勉強はあんまり…」
「違う! って駄目なのかよ!」
「赤点は取ってないよ」
「同レベルかよ! …じゃなくて、ちょっと! いいから来い!」
 かばんを掴んで引きずれば、そのまま付いてきた。後ろから聞こえる不満の声には耳を閉ざす。何とか声が聞こえない場所まで辿り着いてから、ようやくレンはKAITOを振り返った。
「……えーと」
 KAITOが戸惑い気味の視線を向けてくる。それはそうだろう。レンもほとんど勢いだけだったためさて、どうしようという気分になる。
「どうした?」
「あー……その」
 リンたちと話して少し最初の気分は薄れていたのだけれど、こうして話そうとするとやっぱり妙なもやもやが浮かぶ。とりあえず、何とかこの気分を理解してもらおうとレンは言った。
「KAITOサンは……告白されたことある?」
「告白?」
「女の子から」
「ああ……」
 きょとんとしたKAITOが直ぐに頷く。何だかあまり頼りになりそうにない。とりあえずミクとリンが居ればからかわれることは確実だったのでKAITOを選んだのだが。
「1回…いや、2回かなぁ? 直接受けたのは1回だけ。学生はそんなにやってないしねー」
「2回……。直接じゃないのって?」
「バレンタインに机の中にチョコ入ってた。一応手紙付きだったから告白じゃない?」
「それ…どうしたんだ?」
「どうした?」
「その…直接含めてさ。何て言った? 何か、何て言えばいいかわかんなくて」
「ああ、レン、告白されたんだ」
「うっ……」
 しまった。
 適当にごまかす気だったのにすっかり忘れてた。仕方なく頷く。KAITOがそれに一瞬笑みを消した。…ように見えた。
「……まあ、ごめんなさい、とかでいいんじゃない? 好きな子居るとか言ってもいいけど、面倒なことになる可能性もあるし」
「言ったのか?」
「直接来た子には言ったよ。レンのは直接?」
「まあ…直接」
「何て言ったの」
「……何も」
 何も言えないでいる内に去られてしまったのだ。明日またクラスで顔を合わせるというのに。それを考えると気分が重い。
 ため息をついて、そこでふと先ほどのKAITOの言葉を頭の中で繰り返す。
「あれ……断ること前提?」
「え」
 KAITOが驚いたような声を出す。
「付き合いたいの?」
「いや……付き合うとか…そういうのはわかんないけど…あんまりよく知らない人だし…ちょっと可愛いけど、いい子かどうかもわかんないし…」
 ああ、全然まとまってない。
 正直に。
 本当に正直に言うなら。
 よく知らないし面倒なので断りたい、でも可愛かったしいい子かもしれないしちょっと勿体無い気もする。
 そんなところだった。
 伝わったのかどうか、KAITOは少し真面目な顔でレンに言った。
「その子……人間でしょ?」
「あ……」
「……止めた方がいいよ」
 KAITOの言葉に目を見開く。
 考えてもいなかった。
 そうだ、自分たちは、アンドロイド。
 人間とは……付き合えない。





「一回も? ホントに?」
「ないわよ」
「えー、絶対嘘だー!」
 机の上にノートを広げたまま、女3人話題になったのは恋の話。
 リンには信じられない。
 MEIKOは、告白されたことがないと言う。
「そういうあんたたちはあるの?」
「う……」
「私! 私ある!」
 リンが詰まると手を上げたのはミク。リンは思わず大声を上げて立ち上がっ た。
「ええええっ! そんなの聞いたことない!」
「あるよー! 去年の終わりにね。クラスメイトの人から告白された!」
「何で言ってくれなかったの?」
「え、だって、ホントに、好きだって言われただけだし……」
 その後何もないし、とミクは膨れる。
「……断ったんだよね?」
「好きですって言われて……わかりましたって言って」
「わかりました?」
「それ何かおかしい」
「付き合ってくださいって言われて…どこに? って言ったら」
「……なるほど」
「しばらく何も言わなくて、そのまま帰っちゃった」
「……惚けられたのか天然か迷ったのかなあ」
「この子に告白するなら天然だと思ったんじゃない」
「でもそれだったらちゃんと説明しない?」
「その辺で勇気使い果たしちゃったのかもねー」
 MEIKOと勝手に語り合う。
 告白の意味はわかってるのに、付き合う意味はわからなかったのだろうか。それともホントに計算か。
「あー、でもミクでもそんな経験あったんだ。何かショックー」
「えー、何で」
「私今年中に誰かに告白されないと負けた気分かも」
「告白されてどうするのよ」
 MEIKOが笑いながら言う。えー、と不満の声を出しながらふとリンは顔を 上げた。
「何?」
「……MEIKOさん、さりげに拒否ってそう」
「何よそれ」
「男に興味ありません! みたいな雰囲気出してるとか」
「普通でしょ。そりゃ興味はないけど」
「あ、ないんだ」
「ほらー。それだから告白されなかったんだよ、多分」
「じゃああんたたちはあるの?」
「え」
「男の子に。興味ある?」
「…………」
「…………」
 どうだろう。
 言われてリンは考えてみる。
 男の子。
 クラスの子、廊下ですれ違う子、校庭で見る上級生。
 男の子への興味、と言われると確かに違う気がした。「恋」への興味はある。恋の歌は多いし、漫画や小説で知るその世界は面白い。だけど。
「……ないかな」
「……ないね」
 リンとミクの声が揃った。
「でしょ? でもそんなの外からわからないと思うけど。ちゃんと友達との話には乗るわよ?」
「あー誰が好きかとかねー」
 リンがうんうん、と頷いてるとミクは首を傾げて言う。
「私はあんまりないなぁ。レンと付き合ってるのって言われたことはあるけど」
「え、何で」
「……レンの教室に行ったから、かな?」
「あー」
 上級生の女子がいきなり下級生の男子を訪ねてくれば何かあるのかとも思われるか。確かミクとリンたちは従妹だと周りには説明していたはずだ。それも、特に聞かれない限りは言わないのだけれど。
「あ、そっか」
「何?」
「MEIKOさんが告白されないのってKAITOさんいるからじゃん!」
 そもそもが高嶺の花の雰囲気がある。それでいつも同じ男が側にいればはなから諦めてしまうだろう。リンの言葉にMEIKOは数回瞬きをしたあと軽く首を傾げた。
「彼氏って言ったこともあるけど…実際そんな付き合ってる設定なかったわよ? 今もただの友達って言ってあるし」
「ただの友達、毎日二人で一緒に帰らない」
「家、隣よ」
「それでも……帰らないと思う」
「そう?」
 改めた方がいいのかしら、でもフリーと思われる方が面倒?
 ぶつぶつ呟くMEIKOはリンたちより長く生きているはずだというのにどこか抜けている。その辺はKAITOも同じなのだが。
「あ、帰って来た」
 ミクの言葉に振り向けば、KAITOとレンが入ってきたところだった。
 何だか表情が……暗い。
「揃ったわね。じゃ、歌いましょうか」
「あーっ! 結局何も出来てない!」
「お前ら追試終わるまで来なきゃいいんじゃないか」
「でも歌いたいー!」
 追試は三日後。
 恋の話なんてしている場合じゃなかった。
 本当に。


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