指輪と遺跡と護るもの─12

 皆守と、九龍が戦っている。
 鴉室が途中で何か攻撃を仕掛けていたが、やり返されて倒れている。九龍も皆守も、何度か倒れた。2人とも、血を流している。
 七瀬月魅はその光景を見ながら、ぎゅっと手にしたままだった本を抱きしめた。
 目の前には、八千穂が居る。
 コウモリを倒してスマッシュを使いきり、それでも七瀬を守るようにラケットを構えたまま立っている。2人の戦いを見ているのが辛そうだ。おそらく、七瀬よりもよっぽど。
 こういうとき、自分の知識は何の役にも立たない。
 歯噛みしながら見ていたとき、皆守が九龍の攻撃を受けて再び倒れた。
 銃が、皆守に向けられる。
「皆守くん! 九ちゃん止めて…!」
 叫んでも、何の意味もないことは既にわかっている。でも言わずにいられない。泣きそうな八千穂の声に──九龍は笑うのだ。
「いやぁ…おれももう限界…。っと……」
 倒れたままの皆守が、九龍の銃を蹴り飛ばした。手も傷だらけであまり力が入っていなかったのか、それはあっさりと弾け飛ぶ。
「あああ、もうっ! しつけえな…!」
「お前もなっ…」
 皆守の息が乱れている。しかし九龍の動きも、大分緩慢になっていた。なのに、皆守の方が限界に近い。
 皆守が立ち上がろうとするのを阻止するかのように九龍が足を振り上げる。それを掴んだのは──鴉室だった。
「おっさん…!」
「おれをまだ忘れてもらっちゃ困るよっ…! …立てないけど…!」
 座り込んだまま両足にしがみついた鴉室を、九龍は振りほどけない。体力は、やはり人間のままではあるのだ。
 皆守が何とか立ち上がって宝石に手を伸ばすが、九龍はすぐさまナイフを取って、皆守を寄せ付けない。あの宝石にも、何度か攻撃が入っている。もう砕けそうに見えるのに──砕けない。
「ちっ…」
 ナイフを避けて回り込んだ皆守が、そのまま九龍を後ろから羽交い絞めにした。
「なっ…ちょっ…!」
 足を鴉室に、上半身を皆守に押さえつけられた九龍が慌てたような声を出す。
 皆守がそこで叫んだ。
「八千穂っ!」
「わ、私っ…!?」
 もうスマッシュはない。
 ラケットで壊すなら、近付かなければならない。
 皆守が押さえ込んでいるとはいえ、かなり危険だ。それに、八千穂の力で壊せるものなのか──。
 覚悟を決めたように九龍に向かって行く八千穂の肩を、七瀬は震える手で掴んだ。
「え……?」
 戸惑ったように振り向く八千穂。七瀬は持っていた本を八千穂に押し付けると、九龍に渡されたハンドガンを手にした。
「私が──やります」
 銃、が一番確実だろう。
 隠していた銃弾をセットして、安全装置を解除する。
 手順は、全部覚えている。
「七瀬……っ」
 暴れる九龍を皆守たちが必死に抑えている。
 もう時間はない。
 七瀬の腕では、近付かないと当たらない。
 銃を両手で構えたまま、九龍に近付く。駆け寄っているぐらいの気分だったが、実際はじりじりと、擦り寄るようにしか動けていない。
「な、七瀬ちゃん! 早くっ…!」
「七瀬、撃て…!」
 銃を持つ手が震える。
 駄目だ。こんなんじゃ駄目だ。
 私が、九龍くんを助けなきゃ──。
「やれやれ…」
 必死で力を込めて震えを止めようとしていたとき、背後から低い声が響いた。
 七瀬はびくっとその声に体を揺らす。
「喪部くん…!」
 八千穂の声で、それが誰なのか知った。
 ずっと倒れていたはずの喪部が、いつの間にか七瀬の後ろに居る。
 喪部のダメージも酷い。立っているのがやっとのようにも見える。
「究極の力ね──こんなくだらないものだったとはな」
 吐き捨てるように言った喪部が、七瀬の銃に手を伸ばした。
「えっ……」
「まあそれでも──みすみすキミにくれてやることはないか」
 するりと七瀬の手から銃を抜いて。
 喪部は片手でそれを撃った。
 弾丸が、正確に九龍の腹の秘宝を射抜く。
 やはりそれまでに蓄積されたダメージもあったのか、秘宝はついに砕け散った。
「ふん……。助けられたとは思わないよ。これで、おあいこだ」
 喪部は銃を七瀬の手に戻すと、そのまま八千穂の張ったロープに向かい、するすると登っていく。
「九龍っ…!」
「九ちゃん!」
「九龍くん!」
 視線を戻せば、九龍がゆっくりとその場に倒れるところだった。
 慌てて支えようとした皆守も、力が入らないのか一緒に崩れ落ちる。
「間に合ったのか…!?」
「あー……大丈夫じゃないかな…」
 鴉室が九龍の腕を取り、脈を取るような仕草をする。
 それで、七瀬もどっと力が抜けた。
「つ、月魅っ、大丈夫?」
「私は…大丈夫です。それよりみなさんが…」
 思わず座り込んでしまったが、そんな場合じゃない。
 遺跡が、僅かに揺れている。
「ね、ねえこの揺れ…」
「おいおい、崩れちゃうんじゃないのか、これっ!」
「……最後の秘宝が、消滅したからな…」
 皆守が大きくため息をついて、九龍を担ぎ上げる。
「ちょっ、大丈夫なの皆守くん!?」
「いいからお前らもとっとと逃げろ」
 七瀬はそんな皆守に駆け寄る。
「……何だ」
「せめて装備だけでも。私たちが持ちます」
「っていうか上から引き上げようぜ。一緒に! 全員で!」
 鴉室がそう言うと、とっとと自分はロープの元へ向かう。
「……そうだな」
「んじゃ、先に上るぜー」
 鴉室と八千穂に続いて、七瀬もロープを上る。
 見下ろせば、皆守がロープに九龍をくくりつけるのが見えた。
「早く早く! 崩れちゃうよ…!」
「わかってる」
 ここで死ぬわけには、いかないからな。
 皆守の呟きに、八千穂の言葉が止まった。
 するすると上がってきた皆守が、ロープを掴む。
「……上げるぞ」
「う…うんっ!」
 八千穂は、何だか嬉しそうに笑っていた。










 九龍が目覚めたのは遺跡が崩れて3日後のこと。
 後始末はほぼ終わり、報告書も七瀬が作ってくれたらしい。王国にある病院のベッドの上でそれを読み、事の顛末を聞いた九龍は、思わず頭を抱えてしまった。
「……覚えてないのか?」
「ぜんっぜん。マジかよ、これ…」
 白の秘宝を手にしたところまでは記憶がある。激痛が走り、意識が消えていく感覚もはっきりとあった。だが、そこから先はわからない。自分の脳を使われていたのだから何か覚えがあってもおかしくないのに。
「……まぁ、あとでいきなり思い出すよりはいいか」
 鴉室と皆守と戦って、最後に喪部に助けられただ…?
「あいつ、おいしいとこ持っていきやがって…!」
「そこかよ…」
 既にレリックドーンも、ついでに鴉室も撤収したあとだった。鴉室の怪我は自分がやったものだと思うと謝罪ぐらいはしておきたかった気がするが。…あとでメールは送っとくかな…。
「秘宝は結局消滅かぁ…」
「まァ、まだ諦めてないのか捜索隊は出てるがな」
「え、マジで」
「崩れた遺跡を漁ってる。鴉室のおっさんが、もう妖気はないっつってたから大丈夫だとは思うが」
 まあ、そうでなくては鴉室も撤収してないだろう。結局妖気を生み出していたのは──秘宝だったのか。
「秘宝は完全に砕けたんだよな?」
「だと思うが。残ってたとして、化け物を生み出す秘宝なんてどうするつもりなんだか」
「それは……結構需要あるとは思う…」
「…………」
 嫌な話だが、それは事実だった。
 それで制御出来ない化け物を生み出してしまうのが人間だ。ホント、古今東西そんな話は山ほどある。
「まァ、妖気がないってことは秘宝も完全消滅だろ。あれが──人の気を吸ってたんだな…」
 秘宝どころか、あれ自身が呪いの品だったのだろう。
 秘宝を守るために人を誘き寄せ、選別し、番人を選ぶ。5つの秘宝にはそれぞれそれなりの力があったらしいが、結局それを調べる間もないままだった。
 九龍は報告書を読み終わってHANTを閉じる。
 ちょうどそのとき、病室の扉が開いた。
「八千穂さんっ、ノック……」
「あ、ごめん……! ええと…」
 コンコン、と開いたままの扉を八千穂がノックした。
 おい。
 九龍は苦笑いして2人を手招きする。
「七瀬ー、報告書ありがとな」
「あ、はい。あれで大丈夫でしたか?」
「完璧。おれが作るより多分いいわ」
 自分のミスについてはホントはごまかしたいところだったが。どうせそれで送ってもあとで突っ込まれるんだから一緒だ。
「王国の人とのやりとりも全部やってくれたんだろ? マジでありがと」
「いえ…皆守さんも手伝ってくれましたから」
 え、マジで。
 思わず皆守を見るが、いつもの如くそっぽ向いてアロマを吹かしていた。なんでこいつは褒められそうなときでもこの態度なんだろう。
「あと、あの…」
「ん?」
 七瀬が扉の外に目を向ける。
 誰か居るのか、と思ったとき入ってきたのはヤアマだった。
「ヤアマ……」
「…………」
 質素なワンピース姿で、目を伏せたままヤアマが九龍の前に出る。
 そのまま、揃って沈黙した。
 ちょっ、どうすりゃいいんだ、何言えばいいんだ、これ。
「あの、ヤアマ……」
 言いかけたとき、突然ヤアマが床に座り込んで手をついた。
「ちょっ……!」
「申し訳ありませんでした。本当に…申し訳」
「ちょっ! ちょっと待て! 待って! っていうか誰が土下座なんて教えたの…!」
「……この国でもやるらしいぜ。九龍相手にはやるなっつったんだが」
「……えええー……」
 顔を上げたヤアマは、泣きそうな顔をしている。
 とりあえず九龍は言うべき言葉を探す。
「ええと、おれは…その、気にしてないから──あ、謝んないで?」
 そもそも何に謝罪されてるんだっけ。
 ああ、九龍たちが投獄されたのはヤアマの嘘のせいだった。
 あと、秘宝を手にしようとしたとき止めたのはヤアマだ。
 でも、あれ? あれって…。
「……おれが番人にされちゃわないようにしてくれてたのか……!」
 そこでようやく叫べば、やっぱり気付いてなかったか、と皆守の呆れた声が聞こえた。いや、だって考える間なかったんだよ今まで…!
 ヤアマが小さく頷いた。
 促せば、ようやく立ち上がる。
「って、あれ…じゃあ…知ってたの? ヤアマは秘宝のこと…」
 ヤアマがもう1度頷いた。
 そのまま沈黙したので、七瀬が補足するように話す。
「正確に知ったのは2度目の探索時──青の部屋に入るときだったようです。ヤアマさんは──」
「墓守の一族、なんだとよ」
 皆守の言葉に思わず体が強張る。
 墓守。
「遺跡が開くとき、人を欲してるのはわかっていた。だから、王国に報告して遺跡に人が集まるよう仕向けた。ヤアマが知ってたのはそこまでだ。だから──最初は、自分も生贄にされると思ったんだろう」
 実際、遺跡について入り、戻ってこなかった墓守も居たらしい。
 だが、九龍たちが戻ってきたことで、事態は一歩進む。
「本当は遺跡の攻略法も墓守の一族には伝わってたはずなのですが、歴史の中で失われてしまったようです。新たな番人を得るためには遺跡は攻略されなければならないのに…」
 ヤアマが七瀬の言葉に頷く。
「誰も、遺跡の謎を解けなかった。そしてまだ何も教わっていなかった私の番が回って来てしまったんです」
 最早誰も期待はしていなかった。
 九龍たちも、そしてヤアマも、ただ惰性で送り出されていたのだ。
「……で、おれが攻略できたから、おれを番人にするために協力する……って方向になったわけか。……じゃ、やっぱり謝る必要ないだろヤアマ…!」
 助けようとしてくれたんじゃないか。
 思わず叫べば、ヤアマが驚いたように目を見開く。
「……おれたちもそう言ったんだがな」
「逃げ出す方法も、残されてましたしね」
 七瀬は苦笑してそう言った。
 そうだ、牢に入れられたとき。
 皆守の蹴りについてヤアマから報告があれば、何らかの対策はされていただろう。最悪──皆守の足が潰されていたか。さすがにそうなると抵抗しただろうが。
 まあ結局鴉室に助けられたんだけど。
「でも、私は、ずっと騙してました……」
 知っていたのに黙っていた。
 ワケも説明せずに、はめるようなやり方で、九龍を止めた。
 九龍は思わず皆守を見た。
「……別に、なぁ…。そっちにはそっちの事情があったんだし…」
 ああ、なんだか凄く言い辛い!
 皆守は今どう思って聞いてるんだ、これ!
「そもそも、最後──ヤアマが居なきゃ、多分おれはとっとと秘宝に取り込まれてた。マジでありがとう」
「…………」
 罪悪感なんて感じて欲しくない。
 こっちは──遺跡を荒らすハンターなのだ。
 元々ほら……悪い奴だし。
 九龍の言葉に、ヤアマは少しだけ笑った。
 そのあと呟かれたこの国の言葉は──やっぱり感謝と、謝罪だった。


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