指輪と遺跡と護るもの─13

 ぱぁん、と軽い音が射撃場に響いた。
「わ、凄い! 丸の中入ってるよ!」
 八千穂の叫びに七瀬は少し口元が揺るんで慌てて俯く。
 右手には九龍から貰ったハンドガン。片手でも撃てるから、と言われたがやはり両手でないと不安だった。思ったより軽い反動に、確かにこれなら片手でも大丈夫かとは思ったが。
 七瀬は顔を上げ、先ほど自分が撃ち抜いた的に目を向ける。八千穂の言う通り四角い板に書かれた丸の中。それも、中心部に近い方に銃痕がある。
「……でも、これほど時間をかけては意味がないかと…」
 狙いをつけ、撃つまでに時間がかかる。撃ってみてわかったが、銃口をしっかり固定することなど無理だった。どうしても、揺れる。そしてその微妙な揺れが、大きな誤差を生む。
「でもあのときだったら、正確な方が大事だよね」
 八千穂には明るくそう言われた。
 あのとき。
 九龍を侵食する秘宝を撃ち抜こうとしたとき。
 確かに、必要だったのは正確性。いや、それ以上に、銃を撃つ覚悟。
 あのとき喪部が居なければ、果たして自分は撃てたのか。
 せめて一度なりとも撃って、自分の腕を確認できていれば。
 そう思った七瀬は、ロゼッタ支部に戻ってきてから真っ先にここに来ていた。探索に参加したい、自分の目で遺跡を見たい。そう思うなら、九龍の言う通り、身を守る術ぐらい身に着けておいて損はない。ああいった場で──ハンターの助けに、なりたい。
「ね、私も撃ってみていい?」
「はい。──どうぞ」
 八千穂に銃を渡せば、八千穂はそれを片手で構えてみせた。そして間髪いれず、撃つ。
 銃弾は的にすら当たらなかった。
「あれえ……」
「八千穂さん、狙いはしっかり定めないと…」
「やっぱそっかァ〜」
 九龍は確かにほぼあれくらいの速度で撃っているが。九龍と同じことは出来ない。真似しても、仕方ない。
 だが。
「あ」
 八千穂の手から銃を奪い、同じようなタイミングで撃ってみる。的の隅をかすった。
「あ、当たった!」
 八千穂はそう叫んだが当たったと言えるほどでもなく、七瀬は苦笑する。
 ──出来ないことの確認は、重要だ。
「……片手撃ちは、出来そうですね」
 代わりに威力はほとんどないとは聞いた。
 よっぽど当たり所が悪くなければ人に当たっても死なないから、とも九龍は言っていた。実際は──当たり所の悪い位置、など多そうでやっぱり怖いのだが。
「練習すればもっと当たるかなァ。九ちゃん帰ってきたら教えてもらおっか」
 八千穂は無邪気に笑っている。
 七瀬は苦笑いしつつも、それに頷いた。










 九龍の放つ銃弾が的確に敵の弱点を貫いていく。
 皆守はそれを眺めながらアロマを吹かしていた。HANTが安全領域を告げてようやく、もたれていた壁から離れる。
「ここの敵はやっぱ銃だなー」
 九龍が笑いながら振り返り、銃弾を込めなおす。
 2人は再び、ハムニム王国の崩れた遺跡の中に入っていた。山の周囲を巡り見つけた別の入り口。内部が崩壊しているため足場は悪く、部屋の内装もめちゃくちゃだったが、通るスペースも、敵の出現もあった。
 5つの秘宝はまだ残っているかもしれない。行って回収して来いというのがロゼッタからの依頼だ。王国は通さなかった。次に秘宝を入手した場合、王国には渡らないのだろう。ちゃっかりしている。
「おっと、また出た!」
 扉も壊れているため、敵の出現がかなりランダムだ。これも崩壊から生き残っただけの残党なのだろう。九龍は一発でその敵を沈める。
「相変わらず正確だな…」
「お? そうだろ! まあほとんど勘なんだけどな!」
 九龍は笑って言うが、それが本当なら大した才能だと思う。天香の頃から、皆守は九龍が状態異常にかかったとき以外で狙いを外すのを見たことがない。弱点を探すとき、同じ場所を二度撃ったこともない。九龍はまるでそれが普通のことのように語るので、おそらく初めからある程度出来ていたのだろう。そうなると勘、というのも間違いではないのかもしれないが。
「ここから狭いな…。ああ、しかも暗いっ」
 九龍が暗視ゴーグルのスイッチを入れるのがわかった。皆守の目にはそのままでも問題ない。
「……なぁ甲太郎」
 内部を大分進んだところで、九龍が少し声の調子を変えて言う。
「なんだ?」
「ヤアマ…っていうか墓守ってさ。付いてきてどうするつもりだったんだ?」
 その言葉に、皆守は一瞬止まる。だが沈黙するわけにはいかない。
 間を置かず、皆守は言った。
「最初は墓の奥までの誘導──が、第一だろうな。即座に引き返されちゃ意味がない。まともに攻略が始まってからは、現状の監視と報告、だろうが」
 皆守たちは九龍が眠っている間に話を聞いていた。
 考える時間は、九龍よりも長かった。
 九龍はそれに考えるように口を閉ざす。
「……それってお前もか?」
 しばらくして、緊張気味な声が聞こえた。前を行く九龍は振り向かない。皆守はため息をついた。
 ずっと、お互いが避けていた話題。九龍が気にしているのはわかっていた。だが皆守には、今更だ。
「どこまで攻略したか、どの程度の実力か──の、監視に関してはそうだな。まァ一番最初は……」
「最初は?」
「…………」
「おい」
「……八千穂を守るためだ」
「…………」
 言い辛く、またなんと言っていいかわからず、結局間が空いた。
 そして九龍もそれに沈黙した。
「……え? え、ちょっと待てどういうことだ!」
「言ったまんまだ」
「最初──って取手のときだよな? 八千穂を……ああ、やっちーを死なせないためか!」
「だからそう言ってるだろうが」
 会ったばかりのハンターだけならともかく、八千穂まで遺跡に入ることになった。八千穂を死なせるわけにはいかない。ハンターの腕の確認などより、それが第一だった。
「え、お前、えと……や、やっちーのこと好きだったのか?」
「なんでそうなる」
「なんで違うんだよ」
「取手のあとは──お前を死なせないためだったが?」
「…………」
 そもそも最初の探索中からして──もう「見知らぬ他人」ではなくなった。これが冷酷非常な墓荒しならともかく、九龍はあまりにも──普通の男だった。
「言っただろ。もう──知ってる奴が死ぬのはごめんだったんだよ」
 眠らされるか記憶を消されるか──それなら良かった。その内に──それすら嫌になった。
 だから皆守はずっと九龍についていった。「守る」ために。
 そうして出来れば、探索自体を止めてくれれば、それで終わっていたはずだった。
 そう言うと、何故か九龍はその場でうずくまってしまった。
「……おい」
「お前……お前ホント……」
 何やらぶつぶつ呟くと、突然勢い良く立ち上がる。
 そしてばっと振り向いてきた。
 ゴーグルに覆われた顔は、表情がよくは見えない。
「……なんかおれ、ずっと勘違いしてたかも」
「は?」
「あー、やっぱちゃんと聞かなきゃ駄目だな…!」
 しょっちゅう自分の中で勝手な結論を出してしまう九龍は、そう言って再び歩き出す。皆守は黙ってその後を追いながら考える。言うべきか、どうか。
「……最後に、お前を殺そうとしたのは間違いないがな」
 そして結局口に出した。
 九龍の足が止まる。
「……やっぱそうか」
「ああ」
 実を言えば、探索中にも1度だけ諦めたことがある。
 九龍が止められなかった、天井から落ちてくる杭。
 全員一緒に死ぬなら──それでもいいかと思っていた。
 あのときも、勝とうが負けようが、皆守は死ぬつもりだったのだ。
 だからこそ──やれた。
「そうかぁ……」
 九龍は呟いて、それ以上何も言わなかった。
 また何か変な方向に考えているのかもしれない。だがもうこれ以上皆守に言えることはなかった。
 その日、結局九龍たちは2つの秘宝を入手することになる。










「秘宝を入手、つけてると何か特殊能力が使える模様──と」
 HANTに報告を打ちながら九龍は一つ伸びをする。
 思ったより時間がかかり、遺跡の中で野宿をしている。七瀬たちにも今日は帰れない旨を伝えておいた。
 皆守は隣で眠っている。
 九龍はそれを見ながら、頭の中だけで呟いた。
 墓守ってなんなんだろうな…。
 九龍には、逃れられない使命なんてものはピンと来ない。ピンと来ないからこそ、それについて何も言えない。
 だけど、だからといって放置してどうする。
 自分で自分に突っ込んでため息をつく。
 聞けて良かった、うん。
 ぐるぐる悩んでいたことだって、聞けばあっさり解決することだってある。いや、きっとその方が多いな!
 九龍は勝手にそう結論付けると、HANTを閉じて目を瞑る。
 結局最後は逃避に走るが、まだ九龍はそのことには気付けていなかった。


 

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