指輪と遺跡と護るもの─11

「えええええええっ!?」
「どわあああああああっ!?」
 六角形の広間。
 その全ての地面が、消え去った。いや、崩れたのか。
 体が落下しているのを感じ、慌てて辺りを見るが、手やワイヤーを引っ掛ける場所もない。っていうかワイヤーガン今持ってねえ…!
 焦りつつ下に目を落とせば、迫り来る地面。とりあえず針山ではない。ないけど…!
 必死で態勢を整え、何とか受身を取ろうと思ったとき、ふわりと浮いた感覚があった。
「え……?」
 どすん、と。打ち付ける痛みはあったものの。この距離の落下にしては随分と楽だ。
「痛たたたた。なんなんだ一体…」
 声に振り向けば、鴉室もほぼ無事に着地したようだった。これもまあ、遺跡の神秘か。
 喪部が普通に立っているのが気に食わない。
 とりあえず九龍も立ち上がる。何やら黒い霧が、辺りを覆っているのがわかった。
「おいっ、来るぞ九龍くん!」
「わかってます…!」
 銃をリロードして構える。黒い霧が、巨大な人型へと変わっていく。二足のそれは、完全に形作られる前に、腕を振って来た。
「おわっ…早いな、くそっ…!」
 辺りをコウモリが飛んでいる。くそぉ、鞭使いたい。レリックドーンは誰も持ってなかったんだよな、鞭!
「鴉室さん、お願いしますっ!」
「任せろ! っと、クラウダークロス!」
「そっち!?」
 それは防御の技じゃなかったか。攻撃を受けているらしい。ええい、どの敵も動きが早いな!
 距離を取りつつ、九龍は銃を撃つ。
「喪部っ! お前も手伝えよ!」
「ふん。雑魚は君に任せたよ」
「雑魚じゃねぇよ、これっ!」
 壁に背をついて、腕組みなどしてる喪部。面白そうにこちらを見ている。あああ腹立つ…! こちらが敵を倒したあとに、横取りする気満々なのだろう。わかっていてもどうにも出来ない。
「ああ、くそっ…! お前あとで覚えてろよ…!」
「くくくっ、精々頑張ってくれたまえ」
 弱点は早々に発見した。
 巨大な人型の腹に当たる部分。宝石のような丸い何かが埋め込まれている。そこを撃てば、大きな悲鳴が上がった。
 だけど、足りるか…!?
 レリックドーンから回収した弾は残り少ない。くそぉ、せめて弾寄越しやがれ喪部…!
「おい、予備の弾ないのかよ、弾っ!」
「普段は銃なんて使わないからね。とっくに弾切れしてるよ」
 一応叫んでみれば肩を竦められた。普通に答えられて逆に力が抜ける。
 ああ、人外能力持ってる奴ってやっぱあんま武器には頼んないもんなのか。大体あいつ、多分あのとき使ってたハンドガンしか持ってないよなぁ。
 九龍が今持っているアサルトライフルとは、弾薬が違う。
 試しに近付いてナイフを振るったが、ほとんど効いてない。
「ぐっ……!」
「九龍くんっ!」
 近付きすぎて、逃げ切れなかった。もろに攻撃を受け、弾き飛ばされた九龍を鴉室が受け止めてくれる。鴉室も息を切らしている。雑魚も、多かった。
「くそっ…」
 それでも、何とか回避しながら撃ち続ける。いけるか、と思ったところで──弾切れ。
「やばっ……」
「えええ、ちょっと、九龍くん!?」
 敵が間近まで迫っている。もう、逃げるスペースすら──。
「九龍っ!!」
 そのとき、頭上で大声が聞こえた。
 ああああ甲太郎ー!
「甲太郎っ! 銃!!」
 叫べば、銃が降って来た。
 九龍愛用のロゼッタ特製マシンガン!
 受け取ってすぐさま弱点を狙い撃つ。早撃ちは、得意だった。
「がああああああっ!!!」
 そうして、決着は付いた。
 九龍の、勝利だ。










「九龍っ」
「九ちゃん!」
 皆守が上から降ってくる。お前っ、ここ結構高いぞ危ないだろ!
 八千穂はさすがに降りて来なかった。皆守は綺麗に着地して駆け寄ってくる。あの不思議な浮遊感はあったのだろうか。皆守ならそのまま降りられるのだろうか。
「八千穂っ、どっかにロープ結んで来い!」
「うん!」
 皆守が上に向かって叫ぶ。皆守の手には、九龍の装備一式。
「普通に結んでから降りてくりゃいいだろー」
「状況がわからないからな。とりあえず、必要だろ」
「うん…サンキュ」
 ベストを受け取り、上に着込んだとき。
 崩れ落ちた人型の砂が、何かを形作り始めた。
「……まだ何かあるのか?」
「何かっていうか…あれでしょ」
 鴉室が少し呆れた声を出すのを聞いてはっとする。
 集まった砂が1メートルほどの小さな円柱になり、その上に現れたのは──
「秘宝かっ!」
 白く輝く巨大な宝石。
 九龍は全速力でそれに向かった。喪部より早い、先に取れる!
 だが。
「ダメェェエエエエエ!」
 ぴたっ、と秘宝直前で九龍の手が止まった。
 頭上から聞こえてきた叫びの主は──ヤアマ!?
「えっ…え?」
 戸惑った九龍を余所に、秘宝に近付いた喪部はあっさりとそれを手にする。
「あっ……」
「くくくっ、ご苦労さま。やはり秘宝はぼくのようなものの手にこそ相応しい。これが──究極の力を…」
 相変わらずのいやらしい笑いを浮かべた喪部の顔が、突然強張った。
「……喪部?」
「くっ……」
 秘宝を持った手が僅かに震えている。じんわりと柔らかい光を発する秘宝。
「うがああああああっ!」
 その光が、喪部の全身を覆い始めた。
 駆け寄ってきた鴉室が慌てたように叫ぶ。
「おいっ、今すぐ離せっ! 飲み込まれるぞ!」
「誰、がっ……っ!」
 苦しみつつも喪部は秘宝を手放さない。というより離せないのかもしれない。震える手は、コントロールが効いてないように見えた。
 喪部の肌が異様に脈打ち始める。鬼への変生とは違う。目が白く濁り始めた。喪部の意識が──消えるっ!
「く、九龍くんっ!」
「おい何やってんだ!」
 九龍は思わず──その秘宝へ飛びついた。
 触れた瞬間、九龍にもその光が浸食する。
「き…さま、何……」
 喪部が僅かに自分を取り戻した。だが、その意識は途切れがちだ。そして九龍も──。
「お前にっ……制御できるのか、よ…。秘宝は、おれが…」
 これはただの、奪い合いだ。
 違う、せめて、分けられれば──。
「ああああああっ!」
 どちらのものかもわからない悲鳴が部屋に響いて、九龍は意識を失った。










 がりっ、とアロマパイプを噛み締める音がやけに響く。
 部屋は異様なほど静まり返っていた。
 誰も、動かない。
 皆守は部屋の中心に立つ男を、ただ見つめていた。
 吹き飛ばされた喪部が部屋の隅に転がっているが、視線を向ける余裕はない。
 中心に立つ男──九龍は、俯いたまま動かない。
 どれくらいそうしていたか、ざっ、と小さな音が背後で聞こえて、皆守は思わずそちらに目を向ける。
「九ちゃん……?」
 八千穂だ。
 ロープをようやく結んできたらしい。七瀬まで降りてきている。これは最悪のタイミングじゃないか。
「え、どうしたの? 九ちゃん──」
「近付くな」
 九龍に駆け寄ろうとする八千穂を、手で制す。八千穂が戸惑ったように皆守を見上げてきた。
「こりゃ……飲まれちゃったかな…」
 隣で、鴉室がぽつりと呟いた。口調は軽いが声は真剣だった。
「飲まれ……え?」
 八千穂が声を上げたとき。九龍がゆっくりと顔を上げる。
「九…ちゃん…?」
 そこに見えるのは確かに九龍の顔なのに。漂う雰囲気でこれほど別人になるものなのか。
 九龍の腹部分に、先ほど現れた白い宝石が見えた。
「皆守くん……だったかな」
「あ?」
 鴉室がそこで皆守に目を向けてくる。
「このまま放っておけば──九龍くんはさっきの化物になる。多分あと1000年、ここに封印されるんだろうなァ」
 鴉室は笑っているが、目は真剣だ。
 1000年に1度。
 究極の力とは、これか。
 新たな番人に、選ばれることなのか。
「ど、どうにか出来ないの?」
 八千穂が皆守の腕にすがりつくが、答えられない。
 鴉室がその肩を叩いた。
「おいおい、ここはこのお兄さんにすがりつくとこだろ。まぁ方法がなくはない」
「えっ?」
 八千穂と同時に、皆守も鴉室を見る。
 鴉室はにっ、と笑った。
「簡単なことだ。あれを壊しゃあいい。喪部ってガキと2人で分けたからかなぁ。融合が完全じゃない。まだ──間に合う!」
 鴉室が九龍に駆け寄る。皆守もゆっくりと八千穂の腕を解くと、九龍に向かった。同時に、九龍側から放たれるコウモリ。
 くそっ、本当に番人かよ!
 攻撃は見切って避ける。隣で鴉室が「痛たたた!」と情けない悲鳴を上げている。
「八千穂!」
「うん! いっくよー!」
 そちらは八千穂に任せて、皆守は九龍の腹目掛けて足を蹴りだす。だが次の瞬間、慌てて下がった。
 九龍が、ナイフを皆守の足目掛けて振りぬいていた。
 間一髪避けた皆守に、九龍が嫌な笑いを見せる。
「ちっ……似合わねぇ顔しやがって」
「戦闘能力は、まだ九龍くんに近いだろうね…」
 体は変化していない。向かってくるものに反応しているのか、九龍が戦闘態勢を取った。腹の秘宝が、じわじわと飲み込まれているように見える。
「あれが中まで入ったら終わりだぞっ」
「わかってる!」
 何とか回り込もうとするが、九龍も早い。先ほど装備を全て渡したのを後悔した。
「おいっ、おっさんの技は!?」
「いやぁ、さすがにもうバテ気味で…」
「役に立たないなっ」
「あ、あと1〜2発はいけるって!」
 態勢を崩すことすら出来ない。九龍の腕力、バランス感覚、武器の扱い。確かにこれは、九龍自身だ。
「またお前と戦うことになるとはな…」
 以前とは逆の立場だが。
 距離を取り、パイプを噛み締める。アロマを、つけていれば良かった。
 離れれば今度は銃弾が来る。一発も、当たるわけにはいかない。回り込まれないよう動きながら銃弾を見切って詰め寄っていく。近付けば、ナイフと鞭。遠距離近距離、九龍は戦闘において──苦手分野がない。
 こちらは長引けば不利だ。体力勝負で勝てる気はしない。ならばある程度は怪我を覚悟で──。
「くっ……」
 鞭を腕で弾いて蹴りを繰り出す。
 宝石を的確に狙ったはずのそこへ、九龍の手が割り込んだ。
「なっ……!?」
 止めきれず、九龍の手に皆守の蹴りが入る。本気の蹴りだ。下手すれば、手が砕ける。
「てめえ……」
 庇った手をだらん、と見せて九龍が笑う。
 番人の本体は、あの宝石だ。九龍の体を犠牲にすることに、なんの躊躇いもない。
「──来いよ。甲太郎」
「!?」
 その知識や記憶──声を使ってくることも。
「……こりゃ厄介なことになったな」
「鴉室さんはもう戦力外ですよね」
「うおいっ! ……ホントに九龍くんだな、これ」
 何故か鴉室には厳しい九龍の言葉がそのまま再現されている。思わず突っ込んだ鴉室が苦笑いしていた。
「……戦力外かよ」
「い、いや…もうちょーっと休めばいけるって…!」
 鴉室も戦いっぱなしのはずだ。それはもう仕方ない。そう考えると九龍の体力は本当に底なしだ。
「なら…先に潰そうかな!」
「は……えっ!?」
 九龍が鴉室に向かっていく。慌てて防御の姿勢を取った鴉室だが、間に合わず蹴りを受けていた。
「おっさん!」
 二撃目は、何とか皆守が避けさせる。だが攻撃をしかければ、九龍はそれをかわして鴉室を狙う。弱い敵から潰す──それも、九龍のやり方だ。
 八千穂や七瀬が狙われないのは、九龍に攻撃を仕掛けていないからなのか、そんなとこまで九龍だからなのかわからない。
「下がってろよ、おっさん!」
「ん、んなこと言ったって…!」
 九龍の攻撃が止まない。皆守の体勢が崩れた瞬間でも、九龍が狙ったのは鴉室だった。
「ええいっ、こうなったら…」
 鴉室が構えを見せる。やる気か。皆守はタイミングをはかって、鴉室から離れた。
「ジェネティックキャノンっ!」
 九龍が吹き飛んだ。宝石に、僅かにヒビが入ったようにも見える。
「やったか……っ!?」
 だが次の瞬間、九龍が鴉室にナイフを突き出した。
 慌てて避ける鴉室の腹をナイフがかする。浅く切れただけ──と思った瞬間、九龍の肘が鴉室に深く突き刺さった。
「あ……ぐっ……」
「おっさん!」
「鴉室さん!」
 ナイフは、囮か。フェイントもまた、九龍が得意とするところだ。九龍は左手でも、かなりの武器を操れる。
 鴉室が崩れ落ちたのを見て、九龍は皆守に視線を戻した。
 隙があったはずなのに、皆守は動けない。
「これで一対一かなー」
 九龍の口調は、あくまで軽い。
 皆守は一つため息をついて構えた。
 やるしかなさそうだ。
「……行くぜ」
「ああ。決着つけようぜー甲太郎」
「っ……」
 嫌な記憶ばかりが蘇る。
 あいつの意識は──今どうなってる。
「おっと……このっ!」
 軽い呻きやかけ声まで再現してきた。ああ、だが…だったら。喧嘩だと思えばいい。どうせ、殺すことなど出来るわけでもない。
 背面に回りこんでの蹴りに、九龍が悲鳴を上げる。
「くっそ、手加減なしかよ…!」
「負けるわけにはいかないんでな…!」
 あのときと違って。
 そこまでは口に出さず、皆守は九龍に向かって行った。


次へ

 

戻る