指輪と遺跡と護るもの─10

 王宮内には別の混乱が満ちていた。
 あちこちに人が倒れている。呻き声や悲鳴。叫び声。その中心に居たのは──喪部だった。
「お前っ……!」
「くくくっ、これさえ手に入ればこんなところには用はない」
「き、貴様…」
 喪部の足元にすがりつく男を、喪部が軽く払うように蹴り飛ばす。喪部を雇った男だった。喪部の手には、紫と黒の指輪がある。
「喪部さま! こちらもありました!」
 喪部の背後から駆け寄ってくる見覚えのある武装の兵士──レリックドーン。
 手には赤、青、緑の秘宝がある。ただこれを奪うためだけに、喪部はやってきたのだ。手っ取り早く位置を知るために雇われる振りをしたのだろう。ああ、もう、何でこんな奴に騙されるんだみんな!
「ああ、どうせなら証人は消しておけば、君たちの仕業に出来るかな?」
 喪部が取り出した銃を、床で蹲る男に向ける。かつて喪部が──仲間を殺したときの姿が蘇った。
「止めろっ!!」
 本気で怒鳴ったが、喪部は笑っている。
「冗談さ。いちいち全員始末するのも面倒だしね。これ以上ここに留まる理由もない」
 喪部は銃を仕舞うと、何の気負いもなく外へと向かう。
「このっ…」
 九龍は思わず駆け出した。
「待て、この野郎……!」
 外には車が待機している。くそっ、山道それで行くつもりか…!
 走り出した車を、それでも九龍は追う。行かせてたまるか──秘宝を、奪わせてたまるか……!
「九龍っ! お前素手で追う気か!」
「装備はあとで持ってきてくれっ!」
 皆守の言葉に叫び返す。銃もナイフも、HANTもない。それでも、引き返す選択肢はない。
 走っているとき、誰かが隣に並んだのがわかった。
「おおい、協力者を置いていくなよ! これから遺跡に行くんだろ?」
 鴉室だ。軽い口調に、少しだけ力が抜ける。
「……協力お願いします」
「おれが協力すんのかよっ! ……まぁいい。どうせ目的は一緒だしなっ」
 こちらとしても、丸腰で戦える男が居るのはありがたい。遺跡への道には、確かに化物たちが居た。
「こいつらっ、遺跡から出てきたのか…!?」
 蛇やコウモリ、遺跡でしか見かけなかったはずの化物。
 鴉室が妙な技でそれらを倒しながら言う。
「いや〜、あの遺跡の入り口が出来た時点で、相当な陰気が漏れ出てんだよね。その気に当てられた小動物が、こういう化物になっちゃうってわけっ」
 化物たちが吹き飛んで行く。大して強くはない。九龍もとりあえず拳で戦う。
「じゃあこれ、元は普通の…?」
「クモやコウモリ。ああ、あれはウサギかなぁ」
「うわぁ……」
 赤い目、長い耳。確かにウサギのようだ。随分とでかくて、凶悪だが。
「この陰気が、あまりに強くなると……人も、変質する」
「……!」
「そうなる前に、塞がなきゃいけないんだよね〜」
 それが、M+M機関の仕事。
 ああ、本当にのんびりしている場合じゃない。
「これ……入り口が出来た時点でって…」
「九龍くんたちが秘宝を取ったのとは関係ないよ。元々、そろそろ解かれる封印だったんだろうよ」
 封印は1000年後に解かれる──。
 そういえば、そうだった。
「まあ、こんなに早く外に溢れるとは思わなかったが。おれ以外まだ誰も来てないんだもんなぁ」
 本来、鴉室一人でやる仕事でもないのだろう。たまたま近くに居たとかか? 何かすぐさま捕まってたが。
「お、あれが入り口か」
 見えてきた入り口に、やはり見張りはいない。だが、血の跡が見える。……大丈夫だろうか。
「はぁっ…。あー……疲れた」
「ここからですよ鴉室さん…!」
 全力で敵を倒しながら走って来たのだ。むしろここまでよくもってる。
 それでも休む間なんてない。
 無理矢理腕を取って引っ張れば鴉室が情けない声をあげた。
「あああ、もう、君は元気だなぁ! 少しはおじさんの体力気遣ってくれよ!」
 ついに自分をおじさん呼ばわりしだしたか。
 そういえば、もう30越えてるよな、この人。
「ああ、くそっ、やっぱ開いてる…!」
「九龍くん聞いてる!?」
 聞いてはいたが答えずに、九龍は扉に手をかける。
 残っていた紫の部屋。黒の部屋。両方が開いていた。レリックドーンごと来てるのだ。いっぺんに攻略することも可能なのだろう。
「鴉室さん行きますよ!」
 さすがにこちらは二手に分かれるわけにはいかない。
 何やら愚痴愚痴言ってる鴉室の手を引いて、九龍は紫の部屋へと飛び込んだ。










 通路の先は最早部屋ではなかった。
「なんっだ、これー!?」
 天香遺跡では、双樹のエリアが一番近いだろうか。吹き抜け5階分。かなりの高さで、あちこちにブロックが突き出ている。やたら細い板や、切れそうなロープがあちこちにあった。ジャンプだけできつい場所に、先人が置いたのだろうか。真新しいのはレリックドーンの仕業か。ありがたく使わせてもらおう。
 扉は下の方に見えたので、距離を測りつつひたすら飛んで降りて行く。鴉室も着いて来ている。ああ、ここ、七瀬連れだと辛かったかもしれない。
「っとー……あれ、次そっち?」
「そっちから行ったら途中で詰まりますよ」
 行き止まりもいくつかある。これもある種の迷路か。ぽんぽん止まることなく進む九龍に、鴉室が感心したような声を上げていた。
「よく見てるねぇ。君は頭使うのは苦手なのかと思っていたが」
「鴉室さんほどじゃないです」
「ぐっ……可愛くねぇ…」
 誉めてくれそうだったのに思わず余計なことを言った。でもな。鴉室に誉められてもあんまり嬉しくないんだよな。
 最近気付いたが、鴉室は何か──自分に似てる気がする。おれ、将来こうなりそうだよなぁ。
 あまり深く考えたくないことが、頭を過ぎった。
「よっし、扉……」
「九龍くんっ!」
 もうすぐ着く、と思ったところで、ざっと影から出てくる男たち。
 レリックドーン!
「ええいっ、ジェネティックキャノン…!」
 駆けつけた鴉室が敵を吹き飛ばす。くそっ、待ち伏せてやがったのか!
 吹き飛んだ敵が態勢を立て直す前に体当たりで沈める。奪った警棒のようなものでもう1人倒した。
「おお…さすが、強いねー」
 鴉室も残りの男を倒していた。ああ、鴉室のレベルもまた上がってる気がする。
「もう少しってとこで油断するのが悪い癖なんですけどね…。お、これ貰っとこう」
 レリックドーンたちの武器を回収し、装備する。使い慣れないものだが、まあないよりマシだ。ああ、重い銃使ってやがんな。
「さっきはありがとうございます。この調子で次もお願いします!」
「人使い荒いなァ…」
 ため息をついているが、それでも間違いなく助けてくれる。
 その後の部屋でも、存分に活躍してくれた。
 さすがに完全にばてた、というところで、魂の井戸。
「……あいつら、まだ中に居るよな……」
 秘宝を入手していながら、部屋に兵士を残してはいないだろう。最後の部屋にまだ居るからこそ、撤収がされてない。
 レリックドーンと、遺跡の番人。
 三つ巴になるのか、どちらかはもうやられているのか。
 どうせ扉は一つしかないのだから、秘宝を持って出てきたなら、それを奪えばいい。
 そんな頭の中の声には耳を貸さず、九龍は扉を開く。おれは、遺跡を攻略しに来たんだ…!
 中では、倒れているレリックドーンと、遺跡の番人が居た。
 緑の部屋のときと同じ状況だな。
「おいおいおい、これは結構やばいんじゃないか」
「強そうですか?」
「強いだろっ! 確実に!」
「でもやるしかないんで」
「……ま、そうだな」
 辛いお仕事だねぇ、と軽口を叩きながら鴉室も構える。雑魚はレリックドーンが始末してくれているようで、助かる。
 秘宝を持っている男はしっかりチェックしながら、九龍は番人に向かってナイフを振り上げた。










「あったッ! これだよ、皆守くん!」
「これで全部か? 八千穂っ、お前のラケットは!」
「ええとええと…」
「面倒だ、全部持ってけ」
「ええええっ」
「……皆守さんも、人のことは言えませんよね」
 九龍くんに似てきました、と七瀬が失礼なことを言っている。
 奪われた装備は全て同じ部屋にあったが、余計なものも混じっていて取り出すのが面倒だ。他人のものなら、あとで返しておけばいい。
 そもそも、ここの居場所も脅して吐かせ、扉は蹴破っている。今更善人ぶる場面でもない。
「これとこれで…って皆守くん! そんなことしてる場合じゃないでしょっ!」
「うるせぇな。これぐらいいいだろ」
 ライターも見付けていた。八千穂が荷物をまとめている間に一服するぐらい許されるはずだ。
「はい、これ持って」
 八千穂はラケットを手にすると、まとめた装備を皆守に押し付けた。八千穂は手を塞ぐわけにはいかない。七瀬も本を抱えているのでまあ当然だ。
「──七瀬」
「あっ……」
 九龍が七瀬に渡したハンドガンと、銃弾。
 七瀬に渡せば、複雑な顔でそれを見つめている。
 今はそれに突っ込んでいる時間もない。
 部屋を飛び出した皆守たちは真っ直ぐ外へと向かう。
「おいっ、車はあるか!」
 拙い英語でその辺の男に問いかければ、怯えたように車のある場所を示される。
 キーは付いてない。九龍なら、こんな状況でも勝手にエンジンをかけられるのだが。
 七瀬が冷静な口調でキーの場所を聞いている。怯えきっている男たちは、七瀬の言葉にもすぐに頷いていた。少々、やりすぎたか。
 車に乗り込んでエンジンをかけたところで、誰もが遠巻きにしているところ、こちらに走ってくる人影に気付いた。
「ヤアマ……!?」
「お願い…お願いします…」
 呟きながら駆けつけて来たヤアマ。
 息を切らせながら、連れて行ってください、と消え入るような声で言う。
 七瀬と八千穂が戸惑ったように顔を見合わせた。
「ならとっとと乗れ。車の中では喋るなよ」
 会話する間も惜しい。とっとと示せば慌てたように乗り込んでくる。
 喋るな、と言うのは単にこれからの道行きを思ってのことだ。舗装もされてない山道を車は無理矢理突っ切って行く。がたがたと揺れる車内、当然誰も口を開こうとはしなかった。










「全く……使えない連中だな」
 六角形の部屋に戻ったところで、九龍と鴉室は足を止めた。
 祭壇のすぐ側に立つ喪部は、黒の秘宝を手にしている。
 九龍の手には、紫の秘宝があった。
 それを見て、喪部は顔をしかめる。だがすぐに口元を緩めてこう言った。
「まあ、これで5つ全部だ。それをよこしてくれるかい?」
「誰が渡すか。お前こそ、そっち寄越せよ」
 祭壇の上には赤、青、緑の秘宝。喪部は笑いながら黒の秘宝もそこに置く。
「どちらにせよ、ここに揃えるしかないんじゃないかな。最後の秘宝の入手法、もうわかってるんだろ?」
 相変わらず随分とこちらを買い被っている。
 九龍は表情を変えずに言った。
「だから、そこをどけって言ってんだよ」
 5つの秘宝を揃えたとき、最後の扉が開かれる。
 七瀬の調べた中の伝承に、そういった表現は多かった。確実ではないが、これだろうと検討をつけつつ、九龍は言う。
「扉開けちゃうとまた陰気が強くなるんだけどなぁ…」
 背後では鴉室がそんなことを呟いていた。
 いや、今言わないでそういうこと。
「くくっ、確かにね。だが、最後の秘宝を制御すれば、それも全て収まるさ」
「まぁ、多分そうなんだけど」
 喪部が鴉室の言葉に答えた。あれ、そうなの。
 鴉室は気が進まなそうにしているが、止める気はないらしい。
 その方がいいのだろうか。他に方法はあるのか。どちらにせよ、とりあえず喪部には出て行って欲しい。
 九龍は秘宝を手にしたまま、右手にナイフを構えた。
「おっ、やるのかい?」
「先にこっちをどうにかしないとなっ…!」
 喪部に向かって切りかかれば、喪部も舌打ちしながら応戦する。鬼に変化する間は与えない、慣れない武器でも、1対1なら勝てる!
「ちっ……」
「うおっと…」
 喪部の攻撃を避けつつナイフの柄を叩き付けるように振る。喪部が、体ごとそれを受け止めた。
「ぐうっ……! くくっ……甘いね…」
 喪部は呻きつつ、九龍の腕を取る。
「こ、この……」
「何故刃の方を向けなかったんだい?」
 いや、だって、お前一応人間だろ…!
 あのときとは違い、遺跡の加護もない。確実に殺すやり方など──九龍には出来ない。
「あっ……」
 それをわかってダメージ覚悟で九龍を受け止めた喪部が、九龍の左手を祭壇に押し付ける。そこには、紫の秘宝。
「しまっ……」
 5つの秘宝が、祭壇に揃った。
 強い光を発するのに、思わず顔をしかめる。
 ゴーグルをしてなければ、目が潰れそうなほどの、光。
「おいおい、なんだこりゃ…!」
 そういえば鴉室はサングラスをしている。ならば、見えるか。喪部は──やっぱり少しは人と違うのか。
 思った瞬間、ごごごご、と嫌な音が響き始める。
「最後の扉が開く──」
 喪部の言葉が聞こえたと同時。
 地面が消失した。


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