指輪と遺跡と護るもの─9

 その後、九龍たちは回復した男たちと共に王宮へと戻った。とりあえず命の恩人という扱いはしてくれたらしい。怯える視線が混じっているのは気のせいだと思っておこう。秘宝は、何故か九龍たちに渡された。持っているのも怖かったのか。あんな目に合えばそうかもしれない。
 九龍たちと共に帰った男たちは5人。半数が死に、残った内の半数も、逃げたということだった。
 危険だと。あれほど言ったというのに。
 自分たちが部屋を抜け出したことを抜きにしても、王宮へ戻るのは気が重い。危険を伝え切れなかったのは、結局九龍の態度が軽いせいではないかという思いもある。察したのか「九龍くんに責任はありません」と七瀬が言ってくれたが気は晴れない。
 辿り着いた王宮の入り口付近には多くの人が集まっていた。逃げた者の中に、途中で傷だらけで発見された者が居たらしい。既に王宮は大騒ぎだった。
「だから無謀だと言ったんだ!」
「一体何人犠牲にすれば気が済むつもりだ!」
「先に犠牲者を出したのはそっちだろう!」
「何故もっと調べなかった!」
「勝手な抜け駆けをするからだ!」
 よりにもよって英語のやりとりで、全てが理解出来てうんざりする。九龍たちに話が振られないのは幸いなのかどうなのか。
 いや、ここで──ここでこそ、ちゃんと伝えるべきなのかもしれない。
 この先も、おれたちに任せてくれと。
 秘宝は渡す。1〜2人の監視者なら面倒は見る。
 そうだ、それを主張するべきだった。
 今は傍観しているときじゃない。
 そう思って一歩踏み出したとき、背後が何やらざわついた。
「騒々しいな。やはり駄目だったか」
 思わず振り向けば、恰幅のいい中年男性がのそのそと歩いてくるところだった。言い争っていた男たちの言葉が止まる。
 明らかにこの国の権力者──それも、この中では一番上に見えた。
 だがそれより九龍は、その男の隣に居た若い男の姿の方に目を奪われる。
「ミシケさま…。その者は?」
 ミシケと呼ばれた中年男性はその言葉ににやりと笑う。
「私の雇ったハンターだ。次は、こちらに任せてもらおうか。──ロゼッタのハンターなどより優秀だと思うがね」
 ちらり、とミシケが九龍たちを見る。
 隣の若いハンターも、その言葉に笑った。
「彼はなかなか優秀ですよ。まあ確かに──ぼくほどじゃありませんが」
「ん? 知っているのかね」
「ええ。──久しぶりだね、葉佩」
 にやりと笑った男の顔は、忘れようにも忘れられない。九龍は苦々しい思いで呟いた。
「喪部……」
 そこに居たのは、かつて天香学園にて遭遇したレリックドーンの若きハンター。喪部銛矢だった。





「もう2度と会いたくはなかったんだけどな……」
「ふっ、優秀なハンター同士、いつか出会うのは必然さ」
 気障ったらしい仕草が少しも変わっていない。っていうかこいつ、結構おれのこと評価してるよな。
「まあ今度こそ、ぼくの邪魔はしないでもらおうか」
「それはこっちの台詞だ」
 天香学園以来、喪部とは何度か遭遇している。知る限り、ずっとレリックドーンに居たが、今はどうなのだろうか。そういえば会うのは久しぶりだった。そんな挨拶、したくもないが。
 睨みあう2人の雰囲気に、誰も口を挟めない。
 というか、なんか目を逸らしたら負けの気がする。
 皆守何か突っ込んでくれ。ああ、今英語だから駄目か。
 じゃあこれから日本語でもう1回言ってみるか。
 馬鹿なことを考え始めたとき、一触即発のその空気を打ち破ったのは、外から駆け込んできた数人の男たちだった。
 口々に叫ぶ言葉が九龍たちには理解出来ない。だが、何か大変なことが起こったのは感じ取れた。
 聞くべきかどうか迷っているとき、喪部が英語で言った。
「街に化物が現れた──というところかな」
 男たちが驚いて振り向く。喪部も、さすがにこの国の言葉はわからないのだろうか。わかって言ってる可能性はあるが。
 というか──街に化物!?
「あ、ああ。今あちこちから報告が上がっている! 遺跡のあった山の麓住民たちが…今避難を…」
 答えた男の言葉も混乱している。喪部は落ち着いた態度のまま続ける。
「そうなるとは思っていましたよ。それは彼らが──遺跡を暴いた影響です」
 喪部の言葉に、英語のわかるものたちが一斉に九龍を見た。わからないものも、つられるようにこちらを見る。
 え、ちょっと…?
「彼らは秘宝のために妖魔を解き放ち、あとのことはお構いなし。放っておけば、この国はこのまま化物で溢れることになるでしょうね」
 くっそ、なんか微妙に反論し辛い!
 確かに遺跡を暴くことは、魔の封印を解いてしまう可能性がある。それを──九龍は説明していない。
「……フォロー出来ないな…」
 皆守がぽつりと呟いた。日本語とはいえ、今そういうことを言うな甲太郎! っていうか今の英語理解したのかよ!
「混乱に乗じて──秘宝を奪って逃げるつもりでしょうね」
 最後の喪部の一言で、こちらに向かう敵意が強くなる。ちょっ、ちょっと待て!
「馬鹿言うなっ。むしろそれはお前たちのやり方だろっ! と、とにかく化物が出てるなら行って倒す! 遺跡で大元を何とかすれば…」
「逃げるのですか」
 思わず反発したが言い争っている場合じゃないと気付いて九龍は街へ向かおうとする。そこへかかった声は、聞き覚えのある日本語だった。
「や、ヤアマ……?」
 ヤアマの隣には見知らぬ男も居た。ええい、この国の役人は誰が誰だかさっぱりわからない。
 男は、ヤアマをちらりと見たあとよく通る声で九龍に言う。
「街へ行かせるわけにはいかない。貴様たちが化物を街に解き放つのを見たと──ヤアマが証言してくれた」
「はっ……!?」
 男がヤアマに何事か言って、ヤアマが頷く。もう1度確認をとったような仕草だった。
「とんでもない男を連れて来たもんだなユスケラ。大体こんな娘一人に監視させて。何かあったところで抵抗できるわけがないだろう」
 ヤアマは脅されていたのだと、そう言いたげな雰囲気だった。
「そんな……」
 七瀬が絶句している。
 九龍も、言葉が出なかった。
「ヤアマ……」
 俯いたヤアマは、九龍たちに怯えているようにも見えるだろう。ショックで動けない九龍たちの耳に、喪部の笑い声が響く。
「くくくっ、どうやら結論は出たようだね。君たちはもう──遺跡には行けない」
 その言葉が合図になったかのように、武装した数人の男が九龍たちを取り囲んだ。
「え、な、何? 何?」
 状況を理解していない八千穂が、九龍の腕にすがり付いてくる。
「おい九龍……」
 皆守はわかっているのかいないのか。とりあえず男たちに腕を取られても抵抗はしていなかった。
 九龍の視線の先で、ヤアマが男にこの国の言葉で何か伝えている。
 男は頷いて言った。
「地下牢に連れていけ!」
 ああ、フォローはないんだな。
 男たちに腕を取られながら、九龍は諦め気分でため息をついた。










「どうしてこんなことになったのでしょう…」
「おれが聞きたい」
 装備は全部奪われた。八千穂のラケットやボール、隠していた七瀬のハンドガンも。九龍のゴーグルは、眼鏡扱いでもされたのか何故かそのままだ。皆守のアロマパイプも危険物ではないと判断されたのか残されている。あんな武器ありそうなのに。ライターは回収されていたが。
「……で、どうするんだこれから」
「私たち、どうなっちゃうの…?」
 牢屋は本当に普通の牢屋だ。チェックはいい加減だったし、男女一緒に押し込めているし、まあとりあえず、なのだろう。この先取調べでもあるのかもしれない。今は街の混乱でそれどころじゃないかもしれないが。
 とりあえず八千穂と皆守に一通りの状況を説明したあと、九龍は立ち上がって檻を掴んだ。
「まあ……脱出は…出来るよな?」
 九龍は皆守に目を向ける。座ったまま檻に近付いた皆守がこんこん、と檻を叩いた。
「蹴り壊せないことはないと思うが。その後どうする」
「……壊したら音でばれるよな」
 静かに壊す、のはさすがに無理だろう。誰かが駆けつけてくれば、すぐさま戦闘になる。あまり、一般人相手に暴れたくないんだけど。
「……街に化物がいるんだよね」
 八千穂がそこでぽつりと呟く。
「奴らに対処出来るのか? 喪部が化物退治をしてくれるとも思えないが」
「武器があれば、制圧は出来ると思いますが、遺跡から出て来ているのなら、そちらを何とかしないと根本的な解決になりません」
 皆守、七瀬がそう続ける。
 ああ、そうか。
 のんびりしている場合じゃない。
 看守と交渉だとか、状況を見るとか──言ってるときじゃない。
「甲太郎」
 呼べば、皆守が黙って立ち上がる。
 装備の奪還。そこまでに出来れば自分も何か武器を手に入れる。
 今後の動きを急いで計算して、檻を壊す指示を出そうとしたとき。
 何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「痛たたたた! ちょっ、もうちょっと優しくしてくれよ! っていうか何! ねぇ、誰か日本語出来る人いないのかよ! おれは怪しいもんじゃないって!」
 ちょっ、この声……!
 慌てて檻にすがりつく。
 男2人に後ろ手に腕を捕まれ、見覚えのある男が押し出されるように歩いて来た。
「あ、鴉室さん……!?」
「へ…? あ、ああああ! 九龍くん! 九龍くんじゃないか!」
 鴉室洋介。
 M+M機関のエージェント。
 何やってるんだ、こんなところで……!
「ちょっ、鴉室さん何やらかしたんですか」
「何もやってないって! なあ助けてくれよ九龍くん! 日本語全然通じなくてさー」
「投獄されてる奴に証言を求めてどうする」
 皆守の冷静なツッコミに鴉室が一瞬言葉に詰まる。
「そ、そりゃ……って、あれ? そもそも何で君たちも捕まってるんだい?」
「いや、まあいろいろありまして」
「まぁ、いつもいろいろやってるよな」
「今回は冤罪ですからね!?」
「今回は、な」
「お前は余計なこと言うな甲太郎!」
 騒がしく会話する九龍たちに、鴉室を掴んだ男が怒鳴り声を上げる。静かにしろと言うことだろうか。
「痛てててて! 痛いってば!」
 ひねり上げられた腕に力が込められたのだろう。鴉室が悲鳴を上げる。余計騒がしくなったんじゃないか。
「今、あんまり話が通じる状況じゃないと思いますよ」
 言葉が通じる以前の問題だ。
 九龍の言葉に鴉室がため息をつく。
「やっぱりなぁ〜。なーんか騒がしいとは思ってたけど、問答無用なんだもんなァ。……なぁ九龍くんは逃げないのかい?」
 少し面白がるように鴉室はこちらを見つめてくる。
「……逃げるつもりですが」
「だよなぁ。ほんじゃ──」
「!?」
「ぐあっ!?」
「ぐはっ!!」
 鴉室が動いた。
 つかまれていた腕がするりと抜け、次の瞬間には背後の男たちが悲鳴を上げて倒れていた。
「おれも一緒に行っていいかい? 言葉が通じないと困るんだよねー。お、鍵あった」
 腕を軽く回したあと、鴉室が男たちから鍵を奪う。檻の鍵だ。
「……この国の言葉はどうせわかりませんけど。協力はします」
 おそらく、鴉室は化物たちへの対処のために来たはずだ。
 鴉室はおっけーおっけー、と軽く言いながら、檻の鍵を開けた。


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