指輪と遺跡と護るもの─8

 空は快晴。台風一過。
 しかし、その分、日差しが暑い。
「日焼け止め塗ってくれば良かったァ〜」
 八千穂はそんなことを呟いている。
「昨日までは曇ってたもんなぁ。……お」
 遺跡の入り口が見えてきた。一応、発見されないように隠れながら進んでいる。拓かれた道を通ってないだけなので、同じく道を通らないものからは丸見えの位置なのだが。
「また見張り居ないのかよ…」
「まあ、好都合ってことで」
 やっぱ見張りがいい加減っておれたちにはいいことなんだな、と考えながら向かおうとして、ふと足を止める。
「あ、そうだ、忘れてた」
「ん?」
「どうしたんですか?」
「あのね……これ」
 九龍が懐から取り出したのはハンドガン。それを七瀬に渡せば、目を丸くして見つめてくる。
「あの……」
「一応、持っとかない? こっから周りが敵だらけになるかもしれないし。護身用ってことで」
 皆守には蹴りがある。八千穂にはスマッシュがある。
 だけど、七瀬には何もない。
 九龍の差し出した拳銃をじっと見つめて、七瀬は首を振った。
「すみません…。多分、私には撃てないと思います」
 だから持っていても無意味だと、七瀬は言う。
 まあ予想はしていた。七瀬は射撃練習場ですら、一発も撃てていなかった。
「まあ…そうだよな。実際銃なんか奪われたときに困るのも確かだし。だからさ…」
 九龍は七瀬の目の前で弾を抜く。そもそも、一発しか入ってなかった。
「脅しにぐらいは使えるよ?」
 軽い銃なのでそれほど負担でもないと思う。
 やはり、どうしても、七瀬はこの中では一番舐められてしまう存在だ。これを渡すことがいいことかどうかはわからない。だけど、元々この銃は、そのために買ったものだった。七瀬がようやく、おそるおそる受け取る。
「これもお守り。…どっかに隠してて」
 弾も一発。銃とは別のところに持っているよう指示する。今度は、七瀬も躊躇わなかった。
「……いいのか?」
「基本はおれたちが守る。あ、それと甲太郎はこれな」
 もう一つ、取り出した銃を渡した。
「は……?」
「えー、皆守くんもあるの!?」
 じゃあ私も欲しい、と八千穂は拗ねたように言ってくる。いや、ごめん、さすがにやっちーに銃持たせるのは怖い。スマッシュの方が絶対確実だし!
「お前の場合は逆だな。銃に注意ひきつけといて蹴れ!」
「……普通に蹴ったんでいいだろ」
「……まあ遠距離の敵にも効くし」
 素早さもあるとはいえ、蹴りで戦う以上、どうしてもリーチの問題が出る。一応受け取った皆守が感触を確かめるように何度も握っていた。
「これは…あそこで撃ってた奴か?」
「そうそう。あのとき言い忘れてたけど、墨木特性だぜ!」
「なるほどな…」
 どうりで馴染む、と皆守は笑った。それに何だか嬉しくなる。わざわざ墨木の元まで出かけて作ってもらったものだ。左利きの皆守に合う銃は少ないし。ハンドガンは、九龍も墨木の物を愛用している。自分専用カスタマイズがどれほど使いやすいか実感しろ。
 ……と思ったが、他の銃と比べてなきゃ意味ないな。
「えーいいな〜。私も作ってもらおうかなぁ」
「一応法律違反だからな、これ?」
 ちなみに自衛隊に居る墨木の元には勝手に侵入した。墨木は相当驚いていた。でも多分感激もしていた。あいつ、おれが何やっても責めない気がする。
「……あんまり無茶はさせんなよ」
「わかってるって。……でもあとで礼言っとけよ」
「ああ」
 畜生、墨木相手だと素直に言いやがるな。
 銃を弄ぶ皆守は、何だか随分慣れてるように見える。お前、実は勝手におれの銃使ってたりしてないだろうな。
 そんなことを思いつつも、九龍たちはようやくそこで動き出す。
「んじゃ、ミッションスタート!」
 見張りが居ない間に素早く侵入。
 九龍を先頭に、最後尾には皆守についてもらった。もしものときのために、前後に戦闘能力のあるものを入れるのが基本だ。
 最初の二股の部屋。階下の六角形の部屋。どちらも、人が大勢通った雰囲気はあるが、誰も居なかった。
「……中に入っているようですね」
「だなぁ」
 緑の部屋が、開いている。
 ついでに円盤も砕かれていた。残った指輪も回収されたのだろう。せっかく丁寧に掘り出したのに結局壊されたのはちょっと悔しい。
「追いかけるの?」
「おお。紫と黒のリングも向こうが持ってるだろうしな」
 ゴーグルを下ろして、戦闘準備。
 ラケットを持った八千穂。火は付けずにパイプだけくわえている皆守。七瀬は、辞書とノートを抱えていた。上着を買ったおかげで、銃は隠せている。
「さあ、行くぜー」
 探索隊はどこまで進んだだろう。
 そんなことを思いつつ、扉を開けた。










 赤の部屋、青の部屋と同じく真っ直ぐ続く通路。途中で、九龍は足を止める。
「どうしたの、九ちゃん?」
「九龍くん?」
「ちょっと静かにー」
 しぃー、と指を唇に当てれば2人が口を閉ざす。しばらく、そのまま4人で無言になった。
「……何か聞こえるか…?」
 痺れを切らしたのか、最後尾の皆守がぽつりと言う。九龍はそれに頷いた。
「やっちー、七瀬、悪い、ちょっとだけここで待ってて」
「え?」
「やっちー、一応何かあったときのためのスマッシュ準備」
「う、うんっ」
 といっても八千穂は常に万全だ。いつでもラケットは構えている。
「甲太郎、行くぞ」
「ああ……」
 真剣な顔の九龍に、誰も何も言わなかった。
 普段おちゃらけている分、真面目な顔をするだけで気圧されてくれるのはありがたい。狙ってやっているわけではないが。
 多分、九龍の顔は強張っている。
「……なるほどな…」
 通路の先、部屋の中を見た皆守がぽつりと言う。
 何本もの柱で入り組んだ部屋の中。あちこちに──人の死体が、あった。
「何か聞こえたわけじゃなかったのか」
「ああ……。感じたのは…血の臭い…」
 ここまで近付くとはっきりわかる。
 だから、ハンターに任せろと言ったのに!
「これは…罠か?」
「だろうな。一応解除はしてあるみたいだけど…」
 そこそこに倒れていたり柱に磔になっている人たち、全てに矢が刺さっていた。あちこちに発射口が見える。天井や、床にまで。
「大勢で入り込んだなら逃げるスペースもなかったのかもな…」
「でも、先に進んだのか……」
 先の扉は開いている。側の宝箱は空だった。全員が引き返したなら、九龍たちが王宮に居る間にその話が伝わってるだろう。勝手に逃げた者は、王宮に帰れない。進んだものは──まだ先だ。
「行くのか?」
「この部屋にやっちーたち連れてきたいか?」
「…………」
 皆守も少々顔色が悪い。九龍だって、死体なんて見慣れたものではない。明らかに盾にされたであろう人たちも居て、気分が悪い。
「……あまり放っといたら勝手に入ってくるかもしれないぞ」
 扉に手をかけたところで、皆守がようやくそう言った。それは、そうかもしれない。
「……話してくるか」
 覚悟なしにこの光景を見てしまうよりは、マシか。
 ああ、くそっ、何でこんなことに。
 扉から手を離し引き返そうとしたところ──突然向こう側から扉が開いた。
「うわっ…」
「何だ?」
 出てきたのは40代ぐらいの髭の男性。九龍を見るなり、がしっと、その腕にすがり付いてきた。
「ちょっ、何……何だ?」
 とりあえず英語で聞いてみるが、男は青ざめた顔でこの国の言葉をまくし立てるばかりだ。だが、その中に「ヘルプ」という単語が混じったのを何とか聞き取った。
「ヘルプ! ヘルプ!」
 その単語は知っているのだろう。九龍の表情で通じたと思ったのか、ひたすらそれを繰り返す。九龍は皆守と顔を見合わせた。
「あんた一人か?」
 皆守が英語で言った。男はそれに「ノー!」と叫ぶ。え、他に誰が。っていうか通じたのか今の英語?
 男自身の英語が曖昧過ぎて意味がない。とりあえず、助けを求めていることはわかるが。
 九龍が男の手を離し、中に入ろうとするのは止められなかった。ということは、中に向かって欲しいのだろう。男自身ではなく、この先に居るものへの助けを求めている。
「甲太郎……」
「ああ…後で追う」
 今、九龍が引き返せば男を不安にさせてしまう。皆守が男を引きずって通路へと戻って行く。八千穂たちへの説明も引き受けてくれたのだろう。
 ああ、矢が飛ぶ空間なら皆守が居てくれた方がいいんだけどな。
 次の部屋の中は薄暗い。だが、暗視ゴーグルを付けるほどでもない。ここにも死体がいくつか見えた。突き刺さっているのは、先ほどの矢よりも小さい…ダーツ、だろうか。
 敵の姿は見えない。罠の作動も聞こえない。この部屋も、既に解除されているようだった。
 ならば、男が来たのはこの先か。
 人の気配のしない部屋を歩き、奥の扉へと辿り着く。
 慎重に歩いたので時間がかかった。扉に手をかけた瞬間、背後から手をかけられてびくりとする。
「おまっ、びびらすな!」
「いや、気付けよ」
 皆守だ。走ってきたのか少し息が切れてる。確かに足音はしてた気がするが。っていうかこの部屋も普通に突っ切ってきたのか余裕だなお前!
「……ここも解除されてんな」
 死体は減っていた。解除に慣れて来たのだろうか。それでも…既に10人以上の死体を見た。どうして──せめて途中で引き返して、おれたちを頼ってくれない。無駄に犠牲を重ねるだけだとわかんないのかよ…!
「……行くぞ」
 次の部屋。
 こちらは、血の跡は多かったが人の死体がない。それだけで、少しほっとする。もっとも、血の量はとても安心できるものではないが。もう少しでおそらく魂の井戸。そこに辿り着けているなら──。
「九龍」
「ん? おわっ……」
 ぐいっ、と引き寄せられた瞬間、何かが横切ったのがわかった。
「……え、解除終わってないのか?」
「……違う」
 皆守が見上げた先には、ボウガン。……発射口ではなく、ボウガン。
「……マジかよ」
 遺跡の罠ではない。人の罠だ。これだけの目にあったあと、自ら罠を仕掛けたのか…!?
 糸で発射する単純な仕掛け。一発限りの罠。それでも、皆守が居なければ怪我か、下手すれば──。
「ああ、もう何考えてんだ、あいつら…!」
「ホントにな…」
 皆守がアロマに火をつけた。皆守の抑えた低い声にも、怒りが篭っているのがわかる。
 それでも、ラベンダーの匂いに少し落ち着く。
「……行くぞ甲太郎」
 腹立ち紛れに、ボウガンは破壊しておいた。普段ならゲットレ、というところだが。皆守は何も言わない。
 そして部屋の先には、魂の井戸があった。
「あいつら、最後まで行ったのか…?」
 助けを求めてきた男は、どこから来たのか。先ほどの部屋から引き返していたとも考えられるが。
 一応魂の井戸に入って装備を整える。
 ほとんど休む間もなく、2人は最後の部屋へと入った。
 そこは、悲鳴に満ちていた。
「ぎゃあああああ!」
「ああああああ!」
 九龍たちにはわからない言語に混じって、叫びや呻き声。中央で暴れている化物は四足の獣の形をしていた。
 銃を構えた九龍に誰かが何事か叫ぶ。わかんねぇよ、この国の言葉じゃ!
 とりあえず額を撃つ。同時に、撃たれた場所から何かが噴出した。
「うえええええ!?」
「危ねぇっ……!」
 皆守に引っ張られた。液体かと思ったが、違う。細かい針。何百本も。何これ怖っ!
 同時に辺りで呻いている人たちの状況を理解してぞっとする。
「銃はやめたほうがいいか?」
「ナイフでも一緒じゃないか…?」
 傷を付けたら駄目なのだろうか。だったら…これはどうだっ!
 飛び上がって鞭を振るう。
「ギアアアアア!」
 効いた!
「甲太郎っ! 打撃有効! 行けっ!」
 皆守の蹴りと、九龍の鞭なら、楽勝か。
 皆守が敵に向かうのを見ながらそう思う。だが、途中ではっとした。
「あっ、待て甲太郎!」
「あ?」
 皆守の動きが止まる。同時に敵の攻撃が振ってきて、皆守はざっと後退した。
「あれ使え、あれ」
 手で銃の形を作って言えば、訝しげな顔をされる。その視線を受けて、九龍はあちこちで倒れる男たちに目を向けた。こちらの動きに注目している者もいる。
 皆守の蹴りは、出来れば見せたくない。あれは、切り札だ。
「ったく……」
 理解したのか、皆守は懐からハンドガンを取り出した。砲介九式・甲(九龍が勝手に名付けた)。ついでに弾も投げておく。皆守が弱点を探して細かく撃っていくのを見ながら、九龍も鞭を振るう。撃たれた箇所からはやはり針が吹き出ているが、ダメージにはなってる。針の回避も、皆守ならなんの問題もない。
 たまに九龍側に飛んでくる針も、鞭で弾ける程度だった。
『安全領域に入りました』
 そしてこちらはダメージを受けることもなく、戦闘は終了した。
 部屋の隅で強烈な光が放たれるのが見える。
「……あいつが秘宝を持ってるな」
「ああ……」
 怯えて蹲っていた男の指に、秘宝が見える。指輪をしているからには、リーダーか。単にそういう役目を任されただけかもしれないが。
 九龍が男に近づいて行く間に、皆守が動けない男たちを魂の井戸へと運んでいた。


次へ

 

戻る