指輪と遺跡と護るもの─7

「あ、雨止んでる」
「ホントだー。晴れてきてるのかな…?」
「んー……月は見えねぇなぁ…」
 遺跡から出れば、やはりもう日は沈んでいる。雨は止んでいたが天候はよくわからない。
「あれ、見張りは…?」
「またどっか行っちゃったのかな…?」
「ホント意味ねぇなぁ」
 そもそも昨日も、今日来たときも、1人しか居なかった。昨日も今日も同じ人物だ。さすがに交代制だとは思うが、一体一人で何時間見張っているのか。一応他の奴らが入ってこないようにはして欲しいんだけどな、と九龍は勝手なことを思う。
 やがて見張りが戻ってきたので、深く突っ込むこともせず、九龍たちは王宮へと戻った。










 何だか雰囲気が変わったな、というのは、王宮に入ったときから気付いていた。
 帰る前に連絡を入れたおかげか、着いた途端の夕食はありがたく、そのまま直ぐに風呂に入ったのであまり仲間内で会話する時間もなかった。再び呼ばれた大広間は昨日より広く、そして昨日より人数が多い。
 九龍は改めて、現在の遺跡の状況、踏破状況について英語で説明する。英語からハムニム語に訳している通訳もいるが、半分以上は英語がそのまま通じているようだった。言語自体が、英語に近い。
「『余所の国の者に任せるのは反対だと言ってるんです』」
「『この国の自称ハンターがどうなったか知っているでしょう。誰も帰って来なかったじゃないですか』」
「『せめてハンターと一緒に研究員を入れるべきではないですか』」
「『ならば私は自分でハンターを雇いたい。ユスケラ氏の雇ったハンターなど…』
「『勝手なことばかり言うな。今まで遺跡の存在など信じていなかったくせに』」
「『私たちは研究をしていました。勝手な行動を取ったのはそちらでしょう』
「『そもそもあれは本当にそんな価値のあるものなのか?』」
 そして説明が終わったあと、九龍たちの目の前で繰り広げられているのは役人たちの言い争い。ヤアマが九龍の隣で律儀に小声で訳しているのは気付いてるのかどうか。
「……こうなる気はしていました」
「うん、まあおれも」
 七瀬の言葉に笑って返す。
 遺跡の秘宝など、信じていない者の方が普通は多い。そしていざ見付かれば、争いが勃発する。
 面倒なことになったなぁ、とは思うものの、九龍が口を出すことでもない。直接の雇い主であるユスケラのこの王国での立ち位置もよくわからない。とりあえず無駄に偉そうには見えるが。
「ハンター九龍」
「え、は、はい」
 そこへ突然一人から名前を呼ばれた。明らかにこちらに視線を向けているし…「ハンター」って言ったよな、今?
「君が与えてくれた情報には感謝する。特に階下の道を示してくれたのはお手柄だ。報酬は支払おう。だが、ここから先は、我が国の研究員たちに任せてもらおうか」
「…………」
 そういう結論が、出たか。
 いや、何人かそれに声を荒げているので独断かもしれないが。
「先ほども説明しましたが──まだ罠も、化物も残っていますよ?」
「護衛を雇う。問題ない。とにかく……緑の指輪を置いていってもらおうか」
「…………」
 青の秘宝は既に渡してあった。
 緑の指輪は、まだこの先踏破に使うために持ったままだ。
 九龍は仕方なく指輪を机の上へと置く。
 ばっ、と一番近くに居た男が奪うようにそれを取った。
 あーあ……。
「『今まで何人行方不明になったかわかっているのか』」
「『やり方はもうわかっただろう。わざわざ余所者に頼ることもない』」
「ヤアマ……」
 淡々と訳し続けるヤアマに苦笑する。多分これ、嫌がらせじゃないのか。
 ヤアマが、あまりいい扱いを受けていないことは大体わかった。そもそも、年齢も若いし、本当に日本語が話せるという一点だけで連れてこられたのだろう。報酬はどうなってるのか。死の危険があったんだからそれなりに貰ってるのかなぁ。
 大人たちのやり取りを聞く気も段々失せて、九龍はそんなことばかり考えていた。










 九龍が役人たちを相手している頃。
 皆守と八千穂は大広間近くの図書室に来ていた。八千穂はとりあえず絵本のようなものを開いてはしゃいでいる。
「ね、これツチノコみたいじゃない?」
「……どこがだよ」
「だってほら、蛇みたいだし」
 それは蛇なんじゃないのか。
「あ、ツチノコって蛇みたいな奴だからね?」
 それはもう知ってる。
 八千穂は言葉も読めないのにページをめくっては内容を想像して楽しんでいるようだった。
 元々、大広間には皆守たちも含め全員で呼ばれていたのだが。やりとりはほぼ英語で統一されていた。あの中で一番通じる言語がそれだったのだから仕方ない。
 皆守も多少の英語はわかるため聞くだけ聞くつもりだったが、八千穂があまりにも退屈そうだったのを見て、結局八千穂を連れて退室していた。九龍と七瀬が居れば、あちらは問題ないだろう。
「ねえ、これってあの遺跡みたいだね」
「ん……?」
 八千穂の声のテンションが、少し変わったのを感じて、皆守も思わずその本を覗き込む。
 子ども向けにしか見えない、絵本。そこには、水で埋まった部屋が描かれていた。
「………」
「あ、そっちは火があった」
 皆守が前のページをめくると、先に八千穂がそう言う。
「……これも、伝承から書かれた創作か?」
「でも凄い似てるよねー」
 確かに、実際に遺跡を見ていなければ描けないものではないだろうか。
 とはいえ、大雑把な絵なので偶然ということもなくはない。
「この先……何があるのかな」
 わざわざ次のページをめくるのを勿体ぶって、八千穂は言う。
「知るか。さっさとめくれ」
「あ、やっぱ気になるんだー」
 えいっ、とわざわざ声をかけてめくられるページ。
 何やら雑な線がぐしゃぐしゃと人物の周りに描かれている。
「ええと……風?」
「これは……矢か?」
 風、の表現にも見える。木の葉のようなものが舞っている。しかしその中に、矢もいくつか飛んでいるように見えた。
「木の葉があるし、緑かな?」
「さあな」
 文字までは読めない。八千穂が次のページをめくれば、今度は……煙、か?
「何かアスレチックみたいだねー」
 部屋の内装がまるでパズルだった。そこに煙が充満しているように見える。
「これ何色だろ」
 絵本は何故か黒一色で描かれているためわからない。
「面倒そうな部屋だな…」
「え、面白そうじゃん」
 でもこの部屋、月魅はきついかな、と八千穂が呟く。確かに、ジャンプしなければならない場所、ロープを登る場所がやたら多い気がする。
「じゃあ次はー」
「……黒か」
 ページ一面が、真っ黒。文字は白抜きで書かれている。それまであった人物の姿すら見えない。
「真っ暗な部屋、かな」
「かもな」
 だったら得意分野なのだが。
 何故かは皆守もよく知らないが、皆守の目はかなりの暗さでもはっきり物を識別出来る。電磁波を見ているわけでもないので、本当に光が欠片もなければ無理なのだが。
「さっきの部屋は紫か?」
「あ、そうかも。何で紫なんだろうね」
 八千穂の疑問には答えられない。
 黒のページの次は──真っ白だった。
「あれ、終わり?」
 文字すらなかったので皆守も一瞬そう思う。だが、ページには続きがあった。
 これまで描かれていた人物が何かを手に立っている。それは、随分凶悪に笑っているように見えた。周りには、倒れている人たちの姿が見える。黒は…血、だろうか。立っている人物の手も、それに塗れているように見えた。
 次のページは遺跡のある山。人物はない。
 それで、本当に終わりだった。
「…………」
「…………」
「……み、皆守くん」
 ばたん、と皆守は無言で絵本を閉じた。
 そしてアロマに火をつける。
「……そういや、伝承絡みの創作は多いんだったな」
「あ、うん。月魅が言ってたね」
「これもその一つってことだろ。絵本だしな」
 真面目に受け取るものでもない。
 そう言えば、八千穂は笑って頷いた。
「うん……そうだよねっ」
 なんかちょっと怖かったね、となるべく軽い調子で済ませようとしている。
 八千穂はいつも単純だが、その分鋭い。何かを感じたなら、それは正解なのかもしれない。
 皆守は黙ってアロマを吹かす。
 遺跡を暴くってのはそういうことだろう。
 「封印」されていたものなのだ。何が起こったって、不思議ではない。
 それでも皆守は、その言葉を口には出さなかった。










「……で、どうするんだ」
 翌日。八千穂と七瀬は再び九龍たちの部屋に来ていた。朝食は既に取った。探索準備も万全だ。七瀬が調べたことについての伝達も、もう終わっている。だけど。
「……そうだなぁ……」
 九龍たちはしばらく部屋から出ないようにと通達されていた。ユスケラは負けたのか。まだ保留状態なのかはわからない。廊下を覗き込んだ九龍は、見張りの姿を確認して、扉を閉じた。こういうところの見張りは変に律儀なんだよな! 英語も通じなかったので買収も出来るかどうか。
 九龍は部屋の中央に戻るとソファに腰を下ろす。
 正規の依頼で来ていても、あとからハンターの扱いに揉めることはよくあるらしい。何せ伝説の規模が結構でかい。だがこのままだらだらと軟禁状態になるのは勘弁だった。
 いっそのこと、もう帰れと言われた方が動きやすいのだが。帰るつもりは勿論ない。緑の指輪は取られたままだが、盗み返すぐらいの気持ちもある。
「……昼ご飯食べたら動くか」
 時間的にも、それでいいだろう。九龍の言葉に皆守が笑う。
「しっかりメシだけは食べて行くんだな」
「そりゃせっかくだしな。それにまあ、抜け出したことがばれるまでに時間も欲しいし」
 立ち上がった九龍は窓から外を見て言う。ここは2階。1階部分の天井が高いので、飛び降りるにはきつい高さだが、ロープでも何でも使えばいい。
「やっちー、七瀬。昼メシのあととりあえず荷物持ってきといてくれ。もう帰れないかもしれないし」
「……うん」
「何だか緊張しますね」
 とりあえず九龍の出した結論に異議はないらしい。少し安心して息をつく。だがそこで皆守が言った。
「それで秘宝を取ったとして…その後どうするんだ? ヘリは王宮にあるんだろ」
「そこはまあ、ロゼッタに迎えの要請かなぁ」
 正式依頼だったので正式な発着場に降りたが。こっそり侵入するならするでやりようはある。
「そうそう、おれ船の運転だって出来るんだぜ!」
「えっ、すごーい!」
「お前はホントとんでもないな…」
「さすがです九龍くん…」
 おおお、久々に何か嬉しい反応! しかも全員から!
 ああ、ヤアマがここに居ないことが悔やまれる。
「……そういや石碑の解読は、ヤアマなしじゃきついかなぁ」
「どうせそれぞれの部屋は石碑ないんじゃないか? 最初の2つだけだっただろ」
「まあ今まではそうだけど」
「大丈夫です。時間はかかりますがこれで何とか」
 七瀬がそう言って掲げたのは──この国の辞書だった。
「お前、それ持っていくつもりか?」
 皆守の呆れた声に七瀬は頷く。
「……お借りしただけのつもりでしたが。返せないなら仕方ありませんね」
「……九龍、お前の悪い影響出てるぞ」
「わ、悪い影響って何だよ…!」
 立派なロゼッタ職員になったなぁ、とか一瞬思ってしまった。
 いや、ほんとすみません。悪いことなのはわかってます!
 その後、準備や打ち合わせをしているところに部屋の扉がノックされた。昼食だ。
「なぁ、おれはいつ探索に出れんの?」
 ついでに軽い口調で言ってみれば、給仕は意外にも英語で返してきた。
「探索は我が国の者が行っています。アドバイス、ありがとうございました」
「えええー……」
 そんな話になってるのか。っていうかアドバイスって! おれは実際に攻略したいんだよ!
「……もう探索隊は遺跡に向かってるようですね」
「大丈夫かなぁ…」
 昼食を詰め込んで準備を急ぐ。
 窓からの脱出は、意外に容易かった。


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