指輪と遺跡と護るもの─5

 翌朝。九龍は持っていたノートパソコンにHANTを繋いで、ギルドサイトを見ていた。
 ネットショップも検索してみる。さすがにこの国に、ロゼッタと取引のあるショップはなかった。だとすると頼んだものが届くのにも時間がかかる。探索道具ぐらいなら街で買ってくるか、それとも王宮の人間に頼めばいいのだろうか。
 とりあえずは宝石を掘り出す道具だよなぁ。あの場合ノミかな。大工道具ならここにもあるか。
 そんなことを考えていたとき、誰かが部屋をノックした。
「おはようございます。九龍くん。入ってもよろしいでしょうか」
 七瀬だ。
 八千穂の声も聞こえてくる。
 九龍の後ろではいまだ皆守がベッドで眠っている。夏だが、まあ裸で寝ているわけでもないし、クーラーが効いているからか、布団もしっかりかぶっている。女性陣が来たところで問題はない。
 ──と、いうことを全く考えることはなく、九龍は「いいよー」と即答していた。
 一応朝起こしはしたのだ。反応はなかったので放っておいてる。
「おはよー九ちゃん」
「おはよう」
 パソコンを閉じて七瀬たちに目を向ける。七瀬は胸元に数冊の本とノートを抱えていた。
「……七瀬」
「……はい」
「徹夜しただろ……!?」
「そ、そんなことはありません! 少しは…寝ました…」
 俯いて七瀬が呟くように言う。七瀬が抱えているのはおそらく昨日渡された資料本。我慢出来ずに夜の内に読んでしまったのだろう。明らかに寝不足の顔をしている。
「あははは、もう月魅のこれは病気みたいなもんだよねー。でも私が起きたときは机で寝てたからちゃんと寝たのはホントだよっ」
 八千穂がフォローなのかそうでないのかよくわからない言葉を入れる。ちゃんとって言わないぞ、それ。
 九龍はため息をつきつつも笑った。
「まぁ、気持ちはわからなくはないんだけどな。何かわかった?」
「ええ。とりあえずこの国の伝承についてまとめてみました。実は途中のクーデターで文献がかなり失われたらしく、残っている文書も創作と記録の区分が曖昧なのですが…」
 九龍の手招きにやってきた七瀬がソファに座る。ううん、普通の机と椅子じゃないとやりにくいな。
 机に広げられたノートには七瀬の字がびっしり詰まっている。
「5つの力、についても創作という説の方が強かったようです。文献によっては色が違うものもありました」
「えええー」
 色は九龍たちも直接目にしている。語り継がれている内に変わったのか、昔は別の色だったって可能性も、なくはないんだよなぁ。
「力の種類もばらばらで、おそらくは伝承を元に書かれた創作が入り混じってしまっているのだと思います」
 ああ、そうだよな。日本だって神話を元にした創作とか結構多いしな。いろいろぶっ飛んだものもある。元ネタ程度でしかない改変だってあるだろう。そもそもの「元ネタ」からして、正しい記録か判断がつかない。
 これはなかなか面倒そうだ。
「大雑把には、5つの力を手に入れたものに究極の秘宝が授けられる、ということで共通しているのですが。呪いについて触れているものもありません。ただ指輪、という言葉を使っているものも…ありませんでした」
「それすらなしか…」
「ただ、まだ読めた資料は少ないです。日本語のものはありませんでしたし、とりあえず英語版は読んだのですが、歴史書のようなものはあまり翻訳されてなくて」
「あー…だよな。ヤアマか…英語わかる奴に読んでもらうしかないか?」
「そうですね。辞書も借りてみましたが、どうしても時間がかかってしまって…」
 って、この国の本も読んだのか。
 …やっぱほぼ徹夜だろ七瀬!
「それで、出来れば今日は調べものに当てたいのですが…」
「あー……そうだなぁ」
 本を読んで知識を得る。
 それが七瀬にとっては一番重要で、楽しいはずだ。探索にも物凄く役には立つのだが。
「じゃ、頼む。おれたちはもう1回遺跡の方行ってみるわ」
 先に進めるならそれに越したことはない。
 九龍はやはり実践型のハンターだ。
 七瀬は一度頷いて、戸惑ったように辺りを見回した。
「あの、そういえば皆守さんは……」
「ん? 寝てる」
 九龍がそう言って初めて気付いたのだろう。七瀬がベッドに呆れた目を向けていた。
「ええー、そろそろ朝ご飯って言われたのにー」
「そうだなぁ。やっちー、起こしといて」
「任せてっ!」
 八千穂が元気良くベッドに駆け寄るのを見つめたあと、九龍は視線を戻す。
「やっちー、残しといた方がいい?」
「いえ、一人で大丈夫です」
 七瀬はきっぱり言い放つ。
 調べものにはな。向かないしな。
 八千穂は遺跡に行きたがるだろう。やはりやりたいことをやるのが一番だ。
「痛ぇっ…!」
 ベッドから皆守の悲鳴が聞こえてくる。
 起きた起きた、と九龍は笑ってそちらに向かった。










 雨はまだ降り続いている。
 遺跡の中に入った九龍は、昨日と状況が変わってないのをまず確認した。手元には緑の指輪。赤の秘宝は、王国に回収されている。必要ならば、あれももう1度借りなければならない。
「ふあぁ〜あ。おい、まだやってんのか」
「うるせぇな。お前も手伝えよ」
「蹴り砕いてやろうか」
「……もうなんか、それでいい気もするな」
 九龍は六角形の部屋の中。円盤を抱え込んで指輪を削りだしているところだった。
 宝石を傷つけないように、と慎重にやっているせいで時間がかかる。実際は既に擦り傷がついてしまっている気がするが、気のせいだと思うことにした。
「でも皆守くんの蹴りだと指輪まで壊れちゃわない?」
「そう簡単に壊れるか…?」
「リングが外れるってのはあるかもなぁ」
 宝石も、そもそも宝石宝石と言っているが実際何なのかはよくわかっていない。ガラス玉……じゃあないと思うんだけど。
「七瀬の情報が来るまで下手に動くのもなぁ」
 この遺跡に来て最初に確認したが、赤の扉は開いたままだった。火は灯したときのまま。敵は復活している。
 最後までは進まず、九龍たちはそこで引き返した。
「じゃあ今日は扉開けないの?」
「……いくつか考えてはいるんだよ」
 じっとしててもつまらない。調べものは手伝ってもいいのだが、やはり体を動かす方が九龍の性には合っている。
「考え?」
「扉を開ける方法。一つは、おれが人差し指以外に指輪をつけてみる」
「ああ……」
 扉は5つ。指輪も5つ。指は5本。
 単純な話だった。指1本に指輪が対応してるなら、それもありだろう。
「もう1個は…まあ昨日言ってた奴」
 皆守に、指輪をさせてみる。
 正直これが一番確実かな、とも思っている。
「っと、取れたー!」
 話しながらも作業は続けていた。
 ようやく、円盤から青の指輪が転がり落ちて九龍は思わず叫ぶ。
「やったね九ちゃん!」
「おおー! でも1個に時間かかったなぁ」
「ねー。赤と緑なんか落ちただけで取れたのにねー」
 八千穂が笑う。それを聞いて皆守が九龍に近付いてきた。
「ん? 何だ?」
 皆守はそれに答えず円盤を見つめる。
「……赤と緑のリングがあった場所。円盤自体にヒビが入ってるな。……やっぱり壊してもいいんじゃないか?」
「…………」
「裏から割った方が取り出しやすそうだな」
「今更言うなっ!」
 そもそも削り取ってるのだから最初から壊してるには違いない。ついでに、ひょっとしたら簡単に取る方法があるんじゃないかという気もしてきたが、それは考えないことにする。
「とりあえず青の指輪で行くぜ。…順番関係あるかな?」
 青の指輪を人差し指に嵌める。開かない。
 九龍は指輪を中指に差し替えた。
「……開かねぇ」
 その後、全ての指で試してみるが、扉はびくともしなかった。
「駄目か」
「仮説は一つ潰れたな」
「だなぁ…」
 九龍は指輪を抜くと、軽く皆守に放り投げる。皆守が左手でそれを受け取った。
「……おれがやるのかよ」
「お前以外誰が居るんだよ」
「ねえ、月魅の情報待たないの?」
 八千穂が言ったときには、既に皆守が指輪を嵌めていた。ごめんなさい、最初から探索する気満々です。
「……開いたぜ」
「おおー、こっちが正解かよ」
 順番、は結局関係あったのかどうか。しまった、先に緑でやってみれば良かったな。
「じゃ、行くか。……ヤアマ」
「はい」
 部屋の隅で、ずっと黙っていたヤアマが九龍の呼びかけでようやく動く。今日は昨日に比べて随分と軽装だった。なんとGパンにスニーカーだ。昨日の服は、ひょっとしたら死を覚悟してたからこその、最後のお洒落だったのかもしれない。
「今回も絶対帰れるからな。おれたちを信じろよ」
「……はい」
 九龍の口調はいつでも軽いけど。実績さえあれば重みを増す。そうだ、天香遺跡のときだって解放した執行委員たちはみんな九龍を信じてくれた。
 昨日より表情の出てきたヤアマに九龍は力強く笑ってみせた。
 かっこよく思われたいなら、かっこいいとこ見せないとな!










「ふう……」
 七瀬月魅は読み終わった本を閉じて一息ついた。ちらりと時計に目を落とせば、図書室に入って、もう4時間が経過している。
 一度立ち上がり、伸びをする。ついでに、積み上げられた本の上のメモを手に取った。
 本の種類や内容についての注釈を英語でつけてくれている。途中まで通訳も居たが、休憩に行ったまま帰って来ない。本に夢中になっている内にそのことも忘れていた。
 七瀬はメモを戻して図書館の外へと出る。トイレはどちらだったか。
 来た道を思い浮かべながら歩いていると、階段上から人の声が聞こえた。
 ……聞いてみたほうがいいだろうか。
 下手に歩き回るよりは。
 七瀬はそのまま階段を上る。聞こえてくる言葉はこの国の言語なので意味はわからない。昨日からの数時間で散々辞書をめくったため単語は大分頭に入ったが、発音は怪しかった。
 英語が通じてくれればいいのだが。
 階段を上ると、男たちがぱっと七瀬の方を向く。スーツ姿の2人。役人のような雰囲気だった。
「すみません」
 トイレはどこに、と言おうとしたところで、男が何やらまくしたてる。
「あの……」
 英語は、やはり通じていないか。早口のハムニム語に七瀬は戸惑う。これは、怒られているのか、表情が険しいが七瀬には判断がつかない。
 そこへもう1人、男がやってきた。こちらは民族衣装だ。
 3人が、再び何事か会話をする。
 そして、民族衣装の男の方が七瀬に顔を向けた。
「ロゼッタのハンターだな?」
「あ、は、はい」
 男の言葉は英語だった。一瞬理解できなかったが、すぐに七瀬は頷く。
「……余計なことはかぎまわらないでもらおうか」
「え……」
 その後、またこの国の言語で呟かれる。あまり友好的な雰囲気でないのはわかった。
「あの……失礼します」
 慌てて頭を下げて階段を駆け下りた。
 ひょっとしたら、聞いてはいけない会話をしていたのだろうか。
 ハムニム語はわからないと言うべきかと思ったが、下手に言い訳染みたことを言う方が怪しまれるかもしれない。
 緊張でばくばくと高鳴る胸を押さえつつ、七瀬は図書室へと戻る。
 秘宝を手に入れるためにやってきたハンター。
 日本に比べればはるかに小国とはいえ、それなりに多くの人が暮らす王国。
 思惑も、いろいろあるのだろう。
 遺跡に居なくても、危険はあるかもしれない。
 七瀬はそれに気づいて表情を引き締める。
 逃げる、止める選択肢などは、あるはずもなかった。


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