指輪と遺跡と護るもの─4

「もう日沈んでるなぁ」
 最奥の部屋には他に扉はなかった。九龍たちは魂の井戸で休んだあと、来た道を引き返している。炎が噴出す部屋は来たときと同じ状況で、行きは無傷だったのに少し火傷をしてしまった。まあ大した怪我でもない。服に焦げ目がついたぐらいだ。
「眠ぃ…」
「そんな時間じゃねぇよ」
 皆守のいつもの言葉だったが、今日は初めて聞いたのでとりあえず突っ込んでおく。
「っていうかおれは腹減った…」
「うん、もう夕ご飯の時間だよね…」
 八千穂もお腹を押さえて少しぐったりしている。
「とりあえず今日は帰るか」
「そうですね。調べたいこともありますし」
 最初の六角形の部屋に戻った。来たときと状況は変わっていない。台から落ちた円盤は、重すぎて戻せなかったので台に立てかけてあった。
「これ…あとの奴も外さなきゃな」
 円盤から落ちた指輪は赤と緑。他はまだ、円盤に嵌ったままだ。
「一応開くかどうか確認しとくか」
 秘宝に変化した赤の指輪は既に仕舞ってある。九龍は緑の指輪を手にして、緑の扉に手をかけた。
「……あれ、開かない」
 押しても引いても、ついでに横にずらしてみても、扉は開かない。
「んんー? これじゃ駄目なのか?」
 ベストから赤の秘宝を取り出して台に一旦置く。これ持ってるから駄目だったりして──と思ったが、それでも開かなかった。
「やっぱり順番があるとか?」
「赤が開いたのはたまたまってことか…?」
 八千穂の言葉に首をかしげつつ、九龍は円盤の前に座り込む。
 赤の力…伝承では、次は青か。本当にそのまま順番を意味していたのか。
「これどうやってとるんだ…」
 宝石は手をかける部分もない。仕方なくナイフで周りを削ってみるが、宝石を傷つけそうで怖い。
 地道に作業している間、皆守たちも辺りを見ていた。
「九龍は既に呪いにかかってるから駄目ってことか?」
 呪いとか言うな。
 いや、確かに呪いかもしれないんだけど!
「ああ! そうかもしれません。だとすれば…」
 七瀬は皆守の言葉にはっとしたように声をあげ、九龍が台の上に置きっぱなしだった緑の指輪を手に取った。
「って、おい。お前が付けるのか!?」
「試してみる価値はあるかと思います」
 皆守が慌てて指輪をつけようとした七瀬の腕を取るが、七瀬は毅然と言い放った。さすがだ。
「……やるなら一応甲太郎の方で試してみようぜ。……その指輪つけた奴が、化物倒さなきゃいけないとかだったらまずいし」
「あ……」
「だが、それだとこの先どうするんだ? 一人一つしか付けられないなら、どっちにしろ全員でやっても数が足りない」
「だなぁ…」
 バディを追加で呼び寄せるか。そもそもそれも推測でしかない。まずは状況の見極めだ。
「……とりあえず持って帰って調べてみるか。今日は止めとこう」
 ホントに呪いの可能性もあるわけだし。
 っていうかお腹空いて頭も動きません。
 九龍は円盤を削るのも諦めて立ち上がった。今度は何かもうちょっと削りやすい道具持ってこよう。
「よっし、じゃあ一旦帰るぜー」
「はーい」
 階段を上り、細い坂道を戻って行く。遺跡を出れば、辺りはやはり暗くなっていた。
 遺跡の前に立っていた男が驚いたようにこちらを見ている。
「お、見張りの人? お疲れさま」
 日本語は通じないだろうが、そう言ってみる。
 相手も何か言ってきたが、この国の言葉のようでさっぱりわからない。
「……ヤアマー」
 お願い、と目を向けてみるが、ヤアマは動かない。
 ぽつりと、何か呟いていたが、それもこの国の言葉のようだった。
「ヤアマ?」
 再び呼べばようやくはっとしたように九龍を見る。そこに、初めて感情が宿った気がした。それは──驚き? ──安堵?
「ヤアマ……」
「生きて…」
「え?」
「……生きて戻れるとは、思っていませんでした…」
 泣きそうに顔を歪めたヤアマに九龍は慌てる。そして同時に理解した。
 探索に向かった者たちが、誰も帰って来ない遺跡。
 そこに実力もよくわからない若者たちと向かえと、ヤアマはそう言われたのだ。死を、覚悟していたのだろう。九龍たちにとってはいつもの探索だったが、ヤアマには──楽しむ余裕も、悲しむ余裕も、怯える余裕すら、なかったのだ。
 ああ、またおれ、相手の状況全然考えてなかった。
 自分の言葉がどれだけ軽く聞こえるかにも自覚はある。安心なんか、出来るはずもなかったのだ。
「なんか…ごめん」
「え?」
「いや……」
 謝られるわけは多分わからないだろう。
 九龍も思わず出た言葉に苦笑いする。
「おれたちの力、わかっただろ? 安心していいから──帰りの道案内お願い」
「……はい」
 出来るだけ落ち着いた声で言ったが、さて通じたかどうか。ヤアマは見張りの人間と少し言葉をかわしてから歩き出す。
「あの女……捨て駒だったのか?」
「え……」
 そんな後ろ姿を見つめていると、側にやってきた皆守がそう漏らす。
「……少なくとも本人は、そう思っていたかもしれませんね」
「うわあ……」
 そうなのかもしれない。
 嫌な想像に、九龍は落ち込みかける。
「でも…そうならなくて良かったねっ!」
「やっちー…」
 本当に。八千穂の言葉はいつもありがたい。










 夕食は驚くほど豪華だった。待たされている間に適当にパンやらお菓子やらを齧っていたのが勿体無く感じるほどだった。
 部屋も隣にもう一部屋用意してくれ、図書室への立ち入りも許可された。
 そして夕食と風呂のあと、通された広間では、明らかにお偉いさんだとわかる男が、待ち構えていた。
「『さすがはロゼッタのハンターさま。本当に素晴らしい』」
 男性の隣に控えるヤアマが男の言葉を通訳した。
「……つまり、やっぱり期待されてなかったってことだな」
 九龍の隣で皆守が小声で言う。ヤアマには聞こえただろう。九龍も苦笑いで頷いた。そうだな。雇い主の挨拶すらなかったんだな。
 それもまあ当然のことと言える。これまで何人の人間が探索に入って行方不明になったのか知らないが。ロゼッタがプロとしてどれほど信頼できるのか、今までの探索隊とどう違うのか、など理解しているはずがない。
「『私はユスケラ・ルアコ・ハヌ・ケハサ』……」
 律儀に自己紹介もそのまま訳したヤアマが一瞬止まった。
 何だ?
「……『あなたは、英語が出来ますか』」
「え……まあ出来るけど」
 ヤアマがそれを伝える。
 ユスケラは頷いて九龍に向かって英語で言った。
「ならば直接言おう。ありがとう。正直、まさか一日で秘宝を持ち帰ってくれるとは思わなかった」
「いえ…。まだ途中ですから」
 秘宝は少なくとも5つあるだろう。あれを全部手に入れればいいのか、5つ手に入れることで更に何かが手に入るのか。
 まだまだ調べなければならないことも多い。
 だが九龍のそんな言葉にも、ユスケラはにこにこと笑っている。
「それでも私の面目が立ったよ。今までも何人かハンターは雇ったんだが、本当に役に立たなくてね。やはり最初からロゼッタに依頼するべきだったな」
 何だか深く聞きたいような聞きたくないような発言をしている。
 九龍はとりあえず流しておいた。
「……これでもプロ…の、トップハンターですから」
 今まで探索に入った者にもプロが居たかもしれないので、ハードルは上げておいた。
 そうだ、九龍はこれでも若手実力派とか言われているのだ。そこらのハンターと一緒にしてもらっては困る。
「ああ。報酬は弾ませてもらおう。それと…英語は出来るんだね? では明日からは同行者も変えよう。悪かったね、日本語が話せて探索についていけるものなどそう居なくて」
「え……」
 その言葉に、ヤアマが顔を強張らせたのがわかった。英語もわかるのか。俯いてしまった少女に、ユスケラは気付かない。
 ああ、やっぱそういう扱いなんだな。
 九龍は気まずく感じながらも反射的に言う。
「いえ、出来れば……この先もヤアマさんでお願いしたいんですが」
「は?」
 ばっ、とヤアマが顔を上げた。遺跡から帰って来てから、こんなにも言動が素直だ。どれだけ心を閉ざしていたかがよくわかる。
「すみません、おれはともかく、バディたちは英語がわからないもので」
 単純にヤアマがいい、と言えればいいのだがさすがにこの場面で口説く勇気もない。九龍はちらりとバディたちに目を向けた。七瀬は英語がわかるはずだ。少なくとも読み書きは完璧だと聞いたことがある。ロゼッタに来るからには会話も学んでいるだろう。目を向けても戸惑いの視線は返ってこない。
 八千穂はまあ、英語は全然駄目なはずだ。今も全く会話が理解出来ずに困ったように笑っている。
 皆守は──
「お前、英語わかるか?」
「勉強しろって言ったのお前だろ」
「じゃあわかるのか!?」
「………」
「……おい」
 顔をそらされた。
 それはあれか。結局勉強してないのか。しようとして駄目だったのか。
「……まだ途中だ」
 ぼそっと呟かれた。
 ……半端にしかわからないってことかな……?
 そういや元々高校時代も、英語の成績はそんなに悪くなかったはずだ、皆守は。
 っていうかテストの点だけならおれより良かったんだよな。…英語話せるおれより! …いや、それは今はどうでもいい。
「ええと、まあそういうことなんで…あと」
 可愛い子が一緒の方が…いや、やっぱこれは絶対言っちゃ駄目だ。
 適当に言葉を濁すと、ユスケラは戸惑ったように頷いた。
「はあ…まあそちらが良ければ良いのだが。何か失礼はなかったかね」
「いえ、全然!」
 探索中は少女の態度にくじけそうになっていたが、あれは完全に自分が悪い。というか多分一番失礼だったのはおれだ。
「では…ある程度のことは教えておくので、今後もお願いしますよ……ヤアマ」
 男はヤアマに視線を向けると、この国の言葉で何事か伝えている。ヤアマが頷いた。こういう動作は共通なんだなーと、呑気に思うが、ヤアマの固い表情に、ちょっと内容が気になる。
 ……この国の言葉、少し覚えるかな。
 簡単な単語だけでも、知っておいて損はない。石碑の解読も、ある程度は自分で出来ないときつい。でもさすがに勉強してる時間はないよなー。
「それでは…打ち合わせがあるなら、まだ残すが、どうするかね?」
「いや…今日はもう遅いですし。あ、一応この国の言語と遺跡に関しての資料とか欲しいんですが」
「わかった。用意させよう。他に何かあったら、いつでも言いたまえ」
 にこやかな笑顔でユスケラは言った。九龍たちは一礼してその場を去る。
「対応が早いのはありがたいなー」
「……これで探索に詰まったらどうなるんだかな」
「うわ、怖いこと想像させんな…!」
 ただでさえ、すでに次の扉が開かないというのに。
「九龍くん、資料が届きましたら先に見せてもらっても良いでしょうか」
「いいけど……今日はちゃんと寝ようぜ、ホント…」
 徹夜で調べものをしかねない七瀬に言うと、残念そうな顔をされた。やっぱりやる気満々か!
「そうだねー。私もさすがに眠いや…」
 八千穂が珍しく欠伸などしている。
 探索の疲れもあるのだろう。それでなくても今日は朝から遊んでたし。
「んじゃ、明日改めてちゃんと計画立てよう」
「うんっ、じゃあおやすみー」
「おやすみー」
 八千穂と七瀬が隣の部屋へと戻って行く。そして九龍が部屋に戻ったときには、既に皆守がベッドに突っ伏していた。
「早ぇよ…!」
 寝息まで聞こえる。
 これだけ早く寝ても、起きるのは一番最後なんだろうな。
 九龍はため息をついてベッドに腰かけると、HANTを開く。
 現在までの探索結果は簡単に送ってあった。特に新たな情報も届いていない。
「好きにやってよさそうだな…」
 ふあぁ、と一度欠伸をして、九龍もベッドに横になる。
 明日…午前中は資料を整理して…場合によっちゃそっちは七瀬に…。
 急速に襲ってきた眠気で、それ以上は考えられなかった。


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