指輪と遺跡と護るもの─3
通路が真っ直ぐに伸びている。九龍を先頭に、皆守、ヤアマ、七瀬、八千穂の順で来るように指示しておいた。通路は女性陣なら3人並ぶことも出来そうなので、そうきっちりした並びでもないが。
「赤の力ってなんだろうねー」
一番後ろからでも明るい八千穂の声はよく響く。
「赤というと…炎、熱、太陽辺りが一般的な解釈でしょうか。この国独特の表し方という可能性もありますが…」
「そうだなー。何か赤の力って言われて心当たりある?」
「ありません」
ヤアマに振ってみればとても簡単に返された。そうですか。
赤…あと思いつくのは血、とか。でもそれで力ってこともないか。
「青だと…水とか癒しってイメージだな」
ゲームとかで。
九龍はそこまでは口に出さない。
「そうですね、緑は草木や自然…でしょうか」
「紫とか黒は?」
「それはさすがにわかんねぇ」
紫…ラベンダーしか思い浮かばなかった。
あと、えっと、ぶどうとか。
力でも何でもない。
「色はただの区分け、という可能性もありますしね。あくまで宝石の色で呼んでいるだけかもしれません。そもそも力というのも具体的な何かなのか…」
まずはこの国の伝承について、もっと詳しく調べるべきかもしれない。そこにヒントがあることもある。
「お、部屋だ」
言ってる間に部屋についた。真っ暗だ。
「甲太郎、何かあるか」
「中央に宝箱。奥に扉。それからあちこちに…燭台か?」
「しょくだい?」
何だそれ、と思いつつ九龍は暗視ゴーグルのスイッチを入れる。言われた通り、中央に箱、壁に四角く切り取られた穴がいくつかあり、それぞれに太い蝋燭のようなものがあった。なるほど、燭台か。
「石碑はねぇな…。七瀬たちはちょっとそこで止まってて」
部屋の中に踏み出す。宝箱は鍵もないただの箱だ。中には石がいくつか詰め込まれていた。
「……火打石?」
HANTが正確にその物体を読み取ってくれる。
「あれに火をつけろってことか」
「まあそうだろうな。…別にこれ使う必要はねぇよな」
火打石はとりあえず回収しつつも、九龍はベストからライターを取り出した。慎重にそれぞれに灯していく。大した明かりでもないはずだが、それで部屋の中は大分明るくなった。
「これでいいのか…?」
「…次の扉、開かないぜ」
「えー……」
まだ何かあるのか?
それともこの火打石使って付けろって?
「九龍。上だ」
「へ?」
そこへ皆守が上を見上げて言う。ここは天井が結構高い。その天井ぎりぎりに、確かにいくつかの燭台。
「あれもかよ…!」
「一応輪もあるな」
「あ、ホントだ」
ワイヤーガンを引っ掛けるのにちょうどいい輪。誰か遺跡の盗掘者が埋め込んだのか、元々あるものなのか。最近のものではないだろう。
九龍はワイヤーガンを発射し、ぐいぐいと引っ張って強度を確かめる。
「いけそうだな…」
まあ万一落ちても死ぬような高さでもない。
ワイヤーを引っ張り壁を登っていく。全部に灯せば、かちり、と扉の開く音がした。
「よっし、完了!」
「お疲れさまです」
手招きすれば七瀬たちがようやく部屋に入ってくる。
ふと、ヤアマと目が合ったのでにっと笑って言ってみた。
「面白いだろ、遺跡の仕掛け」
ヤアマはやはりほとんど表情を動かさなかったが、ほんの少し、頷いてみせた。
「さすがはロゼッタのハンターさまです」
「あれ、そっち」
いや嬉しいけど。
遺跡の神秘については興味なしかなー。
それに誉め言葉にもどうにも感情が篭っていない。
寂しいな、と思いつつ九龍は次の扉を開いた。
「や、やっちー! スマッシュ! スマッシュ!」
「おいっ、九龍そっちにもいる!」
「うおおおっ」
その先3部屋では立て続けに敵に遭遇した。
「馬鹿っ、お前はそこを離れるな!」
「わ、わかってる!」
ヤアマと七瀬を守りながら、九龍は銃を構える。弱点を探すのに時間を食った。敵も結構な強さだが、まだ攻撃は食らっていない。
「これで最後っ!」
間近まで迫っていた敵を鞭で叩いた。
『敵影消滅。安全領域に入りました』
HANTの音声に息をつく。
「さて、と…」
次の部屋の扉は開かない。またギミック。だが特に頭を使うようなものではなかった。ここは全て、燭台や松明に火をつけることで次に進む。
「さっきの敵の攻撃…炎だったよな?」
「ああ。食らってりゃ火傷じゃすまないな」
「やはり炎に関係あるのでしょうか」
火をつければ、また開錠音が聞こえる。
「火傷に効く薬でも持ってくりゃ良かったなぁ」
「日焼け止めなら持ってるんだけどねー」
「それでどうするつもりだお前は」
「冗談だよっ!」
八千穂の言葉に皆守が律儀に突っ込んでる。お前らホント余裕だよな。ヤアマはさすがに敵が出てきた辺りから体が強張っている気がする。
九龍はもう1度ヤアマに笑顔を向けてみた。
「怖い? 大丈夫大丈夫、おれが守るからね!」
「はい。お願いします」
表情は変えず、淡々とヤアマは言った。九龍に対する感情は全く見えない。
ああ、そろそろくじけそうだ。
「よし、次行くぞー!」
今度は石碑があったときに読んでもらって大袈裟に喜んでみようか、とか考える。それで少しでも、こちらを気にしてくれたらいいのに。
かっこいいところを見せたい、かっこいいと思って欲しい。いつまで経っても九龍の思考回路は変わってない。
「うおっ!?」
「何だ、これ…」
そして次の部屋は、それまでとは様子が違っていた。床、壁、天井、あちこちの噴射口から吹き出る炎。出る順番もばらばらだ。
幸い、部屋に入ったばかりの部分は安全地帯のようだが。
「次の扉まで…上手いことタイミングはかっていけ、ってことか?」
「ど、どのタイミング?」
八千穂が不安げに言うが、答えられない。
「待て待て、ちゃんと見極めるから」
「お前がか?」
「……お願いします」
「ふざけんな」
言いつつも皆守も真剣に噴射口を見ている。七瀬も同様だった。
「あっ、九ちゃん! あっち蛇のレバーある!」
「え? あっ、ホントだ」
部屋は結構広い。だが正面に扉があったため、あまり左右を見ていなかった。左側の壁に、レバーがある。
「あれ下ろせば止まるのか…?」
「どちらにせよ、開錠の条件だとは思います。あちらに迂回しないと、多分扉にも辿り着けないかと…」
「だな…」
「炎が吹き出ている時間は、一つの穴につき約5秒。パターンは…5回セットで繰り返されてますね」
「おお……」
七瀬がもう見極めてる。
「安全範囲が狭い上に結構細かく動くな…。先におれたちだけでいくか?」
「いや、なるべくセットで動いた方がいい。離れるの不安だし」
「わかった」
九龍の言葉に、皆守はそれ以上は言わなかった。広い部屋、罠のある部屋ではなるべく固まって動く。それは九龍個人のやり方だが、皆それを尊重してくれる。
ああ、ハンターだな、とこういうとき実感できる。
「では次のタイミングで動きます」
……こういう指示を出してるのがバディでも。
「左へ!」
七瀬の言葉に従いながら九龍たちは蛇のレバーを目指す。本当に、結構細かいな!
炎が吹き出ているせいもあって、暑い。汗を拭いながら九龍はついにレバーに手をかけた。
「下ろすぜっ」
がちゃっ、と慣れた手応えを感じる。
次の瞬間、あちこちの噴射口からぞろぞろと現れたのは……化人!
しかも炎も止まっていない。
「ちょっ…!」
「ちっ、面倒なことになったな…」
「は、早く動かないとここも炎が…!」
七瀬の焦りの声を聞きながら、九龍は目の前の敵にナイフを振るう。
「みんなこっちっ!」
とにかく道を開けなきゃならない。
敵を倒し、開いた空間に全員で飛び込む。
しかし敵の攻撃範囲も広い。横から迫ってきているのがわかった。なんであいつらは燃えないんだよ!
九龍は急いで銃を構える。
「甲太郎っ、正面頼む!」
「ああっ!」
遠距離の敵は九龍の銃で。道を開ける役目は皆守に任せた。
「よしっ、いける!」
迫ってくる敵を粗方倒し、もうすぐ扉!
駆け寄ろうとしたところ、ぐいっと首元を掴まれて引き戻された。
目の前を炎が横切る。
「……最後まで油断するな」
「さ、サンキュ…」
何はともあれ、開錠には成功していた。
「おおお、魂の井戸……!」
「久しぶりだな、これを見るのは…」
「うわー懐かしいねー」
その先は通路になっていた。そして明らかに今までと違う物々しい扉もある。
とりあえず九龍たちは魂の井戸で体を休めることにした。
装備の補充が出来るのもありがたい。大した怪我はなかったが、疲労回復にもなるのだ、この部屋は。
皆守が左腕に巻いた包帯を解いていた。あ、それも治ったのか。
「さて、こっからだな…」
探索用の準備から、完全な戦闘用準備へと切り替える。あの扉を開けば何があるか。もうみんな、わかりすぎるぐらいわかっている。
……いや。
ヤアマに目を留めて、そうじゃないと思い直した。
「ヤアマ。これからおれたちはこの遺跡の番人と戦うことになると思う」
「……番人?」
「秘宝は近いってことさ」
出来るだけ安心させるように笑ったが、そもそも不安がってるのかどうかもよくわからない。
ヤアマは「わかりました」とだけぽつりと答えた。
「んじゃ行くか。七瀬、ヤアマをお願い。甲太郎、やっちー、フォロー頼むぞ」
「任せてっ!」
「ああ……」
皆守がアロマに火をつける。戦闘前にこんなリラックスしていいのか。
だが最早九龍にも染み付いている香り。自然と力も抜ける。
重々しい扉を開けば、そこは予想通りの広い空間。そして中央に祭壇。階段付で、高さは2メートルほどか。
「甲太郎、発射口とか見えるか?」
「いや…見当たらないな」
祭壇の上には小さな壷。手にした途端矢が降ってくるとか、まあよくあることだ。
九龍はそれでも無造作にその祭壇に向かう。後ろには皆守が居る。だから大丈夫。
そして階段に足をかけたとき、九龍は左手に熱を感じた。
「……ん?」
「九ちゃん、それ」
「指輪が…」
七瀬がぽつりと呟いて気付く。左手人差し指に嵌めたままだった赤い指輪が、光を放っている。
九龍が左手を上げたとき、その光が壷へと吸い込まれた。
かちっ、と何かの発動音。
「な、なになに!?」
ごごごご、と部屋全体が揺れる。
『高周波のマイクロ波を検出、強力なプラズマ発生を確認』
「番人のお出ましってとこだなっ!」
揺れているのは壷だ。九龍は咄嗟に祭壇から離れる。
「伏せろっ!」
思わず叫んだと同時に壷が大きな音を立てて割れた。破片がぱらぱらと降ってくる。
壷から湧き出た煙が巨大な化物を形作っていく。
実体を持った、と思った瞬間に九龍はその化物に銃弾を放った。先手必勝。だが、あまりダメージになっている感じはしない。
いつも通り、弱点を探して化物のあちこちを撃ってみる。
そのとき、かさかさとこれまた聞き慣れた音が聞こえてきた。
「クモか?」
「蛇だ」
「……やっちー、お願い!」
聞き慣れているが聞き分けはまったく出来ていなかった。
皆守の冷静なツッコミを聞いて九龍は叫ぶ。
「はーい! いっくよー!」
八千穂の声を聞きながら、ようやく敵の弱点を発見する。敵がのそりのそりと近付いてきた。
「七瀬、やっちー、後ろに回れ!」
「はい!」
「わかった!」
七瀬がヤアマを引きずって回り込んでいく。九龍は敵の注意をひきつけ、敵が攻撃態勢に入るのを冷静に見ていた。
「……行くぞ、甲太郎」
「ったく…」
後退はしない。攻撃は、皆守が避けてくれる。
「おっ、ナイフよく効く!」
そしてぎりぎりまで近付いて。あとは接近戦でけりをつけた。
途中皆守の回避が間に合わず一回地面に叩きつけられたが、まあ問題なし!
HANTが安全領域を告げ、無事戦闘は終了した。
「終わったか?」
「おお、さて秘宝は……」
言いかけたとき、左手の指輪が再び光った。先ほどよりも強い光に、寄ってきた皆守たちが思わず目を瞑る。九龍はゴーグルのおかげか、目を開いたままそれを見つめることが出来た。
「これは……」
ただの丸い、それもほぼ光を失っていた宝石が、装飾に満ちた輝く指輪へと変化している。
『秘宝を入手しました』
HANTがその状況を、的確に告げてくれていた。
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