指輪と遺跡と護るもの─2

 小雨が降り続く中、九龍たちは遺跡の入り口へと辿り着いた。本当に、崩れ落ちた山の一部。なんとか人が一人通れそうなほどの小さな穴。よくもまあ気付いたものだと思う。大して険しい場所でもないし、よく人が来るところなのだろうか。
「……見張りは居ないのか?」
 九龍の後ろで皆守がぼそりと呟いた。その言葉に反応したのは案内人のすぐ後ろを歩くヤアマだ。華美な衣装は、山歩きにはそぐわない。ロングスカートに覆われて見辛い足元も、ヒールでこそないものの、山歩きに相応しいものとは思えなかった。
「……居るはずなのですが。雨で避難しているのかもしれません」
 ヤアマは一旦立ち止まって振り返らずに言う。動きが取りづらいのだろう。それだけ言うと、また歩き出す。皆守が呆れたように言った。
「意味がないにも程があるな」
「いっやぁ…おれたちには結構そういうのありがたかったりするけど」
 後ろを向いて、九龍は小声でそう言う。遺跡の入り口の見張り番。結構下っ端が任せられることが多く、そうなると責任感なんてものが薄い。買収して中に入ることもよくあった。遺跡を守る側にはたまったものじゃないだろうが。
 入り口の目の前まで来たところで案内人が足を止め、何事かヤアマに言う。自分はここまで、ということらしい。
「んじゃ、行くとするか」
 差していた傘を畳んで、九龍は気合を入れた。装備の確認、HANTの確認。うん、問題なし!
 ゴーグルをセットし、九龍は穴の中へと入っていく。緩い斜面はもろい土で構成されていて油断すると滑り落ちそうだ。入り口付近は雨が吹き込んだのか大分ぬかるんでいた。
 それでもしばらく歩けば乾いた固い地面に行き当たる。最初は腰をかがめなければ歩けない高さだったが、次第に背が伸び、九龍の身長を越した。横幅は2人並ぶのが精一杯か。九龍はちらりと後ろを振り返る。
 そこに少し緊張気味のヤアマの顔が見えた。
 ──ヤアマの同行が、王国から出された今回の探索の条件だ。
 秘宝を持ち逃げされては困る、ということだろうが、本気で見張るつもりならこんな少女一人に任せないだろう。あくまで遺跡を余所者に荒らさせているわけではない、監視のもとに行っているという建前のためだ。
 それに。
「お……石碑だ」
 少し広い部屋に着いた。といっても集団にはちょっときつい。普通の教室の半分ほどか。天井も2メートルあるかないかだ。目の前には石碑と、その両側に道。
「……ええと」
 一応HANTに取り込み、石碑の文字を読み取る。だが、それは九龍には読めなかった。九龍がこれまで学んできた古代文字とは違う。勿論英語でも日本語でもない。
「お願い出来る?」
 九龍の言葉に、ヤアマが一つ頷いて石碑の前に立った。
 これはこの国の言葉、ハムニム語だ。
 今後出てくる石碑も、おそらくこの国の言葉で書かれている。ヤアマには、その通訳の役目もお願いしていた。
 ヤアマはすらすらとそれを読み上げる。
「最奥を目指しなさい。秘宝はあなたのものになる。そのとき、あなたは全てを手に入れる。それは1000年に1度の奇跡になるでしょう」
 なんだか翻訳機にかけたみたいな言葉だったが、大体出発前に聞いたものと同じだ。
「……この先の道については何も書いてない?」
「はい」
 ヤアマはそれだけ言うと、自分の出番は終わったとばかりに下がる。代わりに七瀬が興味深げに石碑を覗き込んだ。
 ──結局、七瀬と八千穂は着いて来ている。まあ最初の方ならいいかと思ったのだ。実際、ここまでで引き返したものはみな無事に帰れてるし。
「少なくとも1000年近く前の言葉なんですよね。現代語との齟齬……違いはあるのでしょうか」
 七瀬の言葉にヤアマは頷く。
「多少はあります。ですが、言葉の意味を間違えるほどではありません」
 淡々とヤアマは言った。訳を疑われていると思ったかもしれない。七瀬ははっとして謝っているが、ヤアマはそれにも表情を変えなかった。まあ七瀬のは単なる好奇心だろうが、そこは確認しておく必要のあることだ。
 聞いた言葉に頷いて、九龍はまず二つの道を見比べた。
「まぁ、両方行ってみるしかないかな」
 右の道。左の道。
 HANTを向けてみても、どちらにも特に何の反応もない。右の道はかなり長く真っ直ぐ続いており、左の道は1メートルほどで左に曲がっていて先がわからない。とりあえず完全に別方向だ。
「じゃ、まずは右からなー」
 さあ新しい遺跡の第一歩!
 を、踏み出して三歩目、足元が崩れた。
「うおっ!?」
「九龍!?」
「九ちゃんっ!」
 広範囲に崩れて手をかける場所もない。九龍は咄嗟にワイヤーガンを発射した。かなりの勢いで飛び出すワイヤーを、皆守が一旦かわして左腕に巻きつける。そこまでは九龍には見えなかった。がくん、と落下が止まったことでとりあえずは助かったと理解する。
 がらがらと落ちていく欠片を目で追えば、下は明らかに上に向かって突き出している針山。……串刺しの死体も、見えた。
「やっべ…」
 大した高さではないだけに、態勢を整える暇もない。
「九ちゃんっ、大丈夫!?」
「九龍くん!」
 頭上から八千穂と七瀬の声が聞こえてきて慌てる。ワイヤーは、多分皆守が掴んだ。だが、この状態で皆守が引っ張り上げられるだろうか。九龍の体重を支えるだけで精一杯か。
 九龍は腰に差していたナイフを取ると、側の壁に思い切り突き刺す。しかしあまりしっかり刺さらない。それでもそこに体重を逃せば、少し余裕が出来たのかワイヤーが引き上げられるのがわかった。
 そんな調子で何とか上にあがれば、完全に地面に座り込んでいる皆守と、同じくぐったりしている八千穂と七瀬の姿が見える。2人も、引き上げを手伝ったのだろう。
「……いきなりこれかよ」
 皆守の言葉に九龍も座り込んだまま脱力した。
「悪ぃ…助かった…」
 あれだけあからさまな空間なら探知しろよなHANT! と思いつつ穴から離れる。隅に居るヤアマはほとんど表情を変えず突っ立っていた。あれ、反応なしなのか。
「警告も何もない罠というのは厄介ですね…」
「これって落ちたらどうなるの?」
「あっ、やっちー、見ない方がいい!」
 覗きこもうとした八千穂は、皆守が首根っこ掴んで止めていた。さすがだ。
 そして九龍の言葉で少なくとも七瀬や皆守は状況を理解したようだった。
「とりあえず、帰って来なかったっつー奴らの一部は…あそこだろうなぁ」
 その言葉にようやくヤアマが少しだけ反応を見せる。九龍がついじっと見つめると、気付いたのかヤアマが口を開いた。
「……誰かが穴を塞いだのですか?」
「いや。…その可能性もあるにはあるけど、そこがまあ超古代文明の神秘っていうか」
 罠は遺跡自身の力で元に戻ったのだと思う。
 ……おそらく、生贄となった者たちの力を使って。
 九龍はそこまでは説明せず、ようやく立ち上がる。
「って、甲太郎、大丈夫か!?」
「遅い」
 ワイヤーガンを巻きつけた皆守の左腕からは血が滲んでいる。確かにもっと早く反応するべきところだった。
「こういうときは利き腕じゃない方使えよ」
「無茶言うな」
 まあ咄嗟の場合は、やはり利き腕が出てしまうものだろう。とりあえず消毒して包帯を巻きつけつつ、九龍は八千穂たちにも目を向けた。
「2人は? 大丈夫?」
「私は何ともないよー」
「怪我はありません。九龍くんこそ、怪我は?」
「大丈夫大丈夫。ちょっと擦ったぐらい」
 そういえば夏だから全員半袖だ。擦り傷が出来やすくなるので上着ぐらい買っとくべきか。暑いけど。
「この道、もう行けないのかな?」
 そして皆守の手当てを終えたところで、八千穂が崩れた道を見つめつつ言った。一応注意したからか、奥まで覗き込んではいない。
 皆守がいつのまにかくわえていたパイプを揺らしながら言う。
「この先数メートル全部崩れてるな。はなから通す気はない道だろ」
「やっぱそうなのか…。これ、本来は集団で入って奥までいったところで崩れるタイプだよな?」
「……ああ、確かに随分先にも白骨が」
「言わんでいい」
 皆守の目はそれもしっかりとらえているのだろう。さすがに見えないが。数メートル先まで行って落ちた者も居るらしい。ならばすぐ崩れたのはかなり幸運だ。全員が通ってる間だったら…咄嗟に、下の針山を爆弾で壊してとか…出来る気がしないな。
「たまたま…なのか?」
「お前が重すぎたせいじゃないか」
「んな馬鹿な」
 一定重量で──というのはわかるが、九龍一人、装備入れても80キロか精々90キロぐらいだぞ!
 皆守もさすがに本気ではないようでそれ以上は言って来ない。
 七瀬が考えるように罠と石碑辺りを見比べているのを見て、九龍もとりあえず辺りを探る。
 そして右の道の手前に、僅かに切れ目があるのに気付いた。
「これ……」
 手でざっと砂を払う。
「どうした?」
「……わかった」
 手前の地面、人一人立てるぐらいのサイズに四角く切れ目が入っている。それはほんの僅か沈んでいた。
「多分、ここで重量探知」
 ぐいっ、と抑えてみるが、さすがに少々手で押したぐらいではびくともしない。
「なるほどな…。そこに重量がある内は崩れないってことか」
「え、どういうこと?」
「集団で入った場合、最後の人物が通ってから崩れるようになっているのですね」
「へ、へええー」
 理解したのかどうか怪しい八千穂だが、誰もそれ以上は説明しなかった。
「ほんっと、たまたまだったな…」
 九龍の後ろ、そこに立ったまま誰も付いてきていなかったのが幸いだったのか。っていうか何で誰も来てなかったんだ!
「まあともかく、崩れた道は放っといて。次だ次!」
 誰かがあそこに立っていればかなり奥までいけるかもしれない。だが、もう試すのは無理だ。九龍は立ち上がって左の道の方へと向かう。こちらはすぐに左に曲がっているため先は見えない。今度はさすがに気軽に踏み出さず、とりあえず足だけ伸ばしてみた。
「……それで何かわかるのかよ」
「いやぁ気分的に…」
 ぽんぽん、と足で叩いてみるが、先ほどと同じ罠ならこれぐらいじゃわからない。
 こちらは手前に切れ目もないので重量探知はないだろうが。
「……じゃあやっちーに命綱つけて…って痛ぇっ! 冗談だ冗談!」
 言い切る前に皆守の蹴りが入った。
「私、頑張るよ!?」
「いや、やっちー、マジで冗談だからね」
 さすがにちょっとひどかった。
 ……皆守ならいいかなぁ。でもまた落ちた場合、皆守の体重支えんのもしんどいしな。
「せめてこれで反応が…」
 九龍は座り込んだままHANTを地面にかざす。
『不連続な反響音を確認』
「……あれ?」
「反応してんじゃねぇか…」
「……先ほどは、道全体にかざしただけでしたからね。地面に近づければわかったのかも…」
「みたいだねー…」
 HANTはかなり近付かなければ反応を示さない。わかっているはずなのに、ついいい加減に済ませてしまう。実際に慎重にやりすぎても時間がかかるだけで意味がないことの方が多いからだ。間違った経験則だよなぁ…。
 古人曰く、愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ──なんて七瀬の口癖が浮かんだ。これ、前に言われたっけ。
 とにかく、このすぐ下にも空間があることは判明した。反省は、後回しにしよう。
「ちょっとみんな下がっててー」
 ベストから威力の低い安物の爆弾を取り出して投げる。
 九龍たちは慣れたものだが、ヤアマは驚いてワンテンポ遅れて耳を塞いでいた。ああ、先に言っとくべきだった。
「おっ、道だ!」
「うわーホントだ」
 こちらは針山ではなかった。
 下に向かって伸びる、かなりしっかりした造りの階段。
 おそらくこここそが、本来の入り口。素通りして左の道を行ってしまえば、ただひたすら罠しかなかったのかもしれない。それに、探索隊は引っかかってしまったのだろう。この場所の報告は上がっていない。
 うきうきしつつ九龍は階段を降りて行く。
 階段の下は、六角形の部屋になっていた。
 部屋の一面が、この階段。残りの五面全てに扉があり、それぞれ色つきのレリーフがはまっている。中央には祭壇と、石碑。
「ヤアマ。お願い」
「……5つの部屋に5つの力が宿っています。全ての力を手に入れなさい。月が変わらない内に」
「……月が?」
「一ヶ月で、ということでしょうか?」
「マジか……」
 七瀬の補足に顔をしかめる。
 期限付き、は苦手だ。
「5つの力…は先ほど案内人の方が言っていたこの国の伝承とも一致します。伝説の遺跡であることは間違いないようですね」
 案内人は道すがら、軽く伝承の説明をしてくれていた。思い出して九龍は頷く。
「そして伝説やトラップ、造りから、超古代文明の遺跡であることも、間違いありません」
 七瀬の顔が輝いていた。
 八千穂は緊張気味にラケットを握り締めている。
 皆守はいつも通りやる気のない素振りで突っ立っていた。
 ヤアマは……相変わらず感情の読めない顔をしている。
「これ、順番とかは?」
 とりあえず扉の一つの前に立ち、九龍は言う。
「そこまでは……確か5つの力はそれぞれ赤の力、青の力、緑の力、紫の力、黒の力、と言われていました。これが順番を示しているのかはわかりませんが…」
 単に力を並べ立てただけ、にも確かに聞こえる。というかそんな順番まで覚えている七瀬が凄い。
 九龍も話は聞いていたが、どうせ七瀬や皆守が覚えてくれるだろうと細かい記憶は放棄していた。……ほら、覚えようと頑張ってると全体が把握出来ないっていうか。
 誰にでもない言い訳をして、九龍は赤のレリーフのある扉の前に立つ。
「まあ、じゃあ赤から…」
 扉は、開かなかった。
 ……うん、まあよくあること。
「何か仕掛けがあるんでしょうか」
「仕掛けなら楽でいいなぁ」
 天香のように墓守がキーになっていると自分たちのタイミングで動けない。
 とりあえず部屋の中を探ってみる。皆守は動かないが、九龍の動きに注意しているのはわかった。九龍がどこを見落としているか、を見ているのだろう。こういうフォローがありがたい。
 八千穂もきょろきょろしているが、まあこちらはあまり期待出来ない。七瀬は九龍と同じように石碑を覗き込んだりレリーフを調べている。
「やっぱこれか…?」
 そして中央の祭壇の前に九龍は来た。
 子ども一人が寝られるくらいのサイズの四角の台。上には岩で出来た円盤。そこに、扉の位置に向かって5色の宝石が嵌っていた。
「なんか回せそうだよな」
「……位置をずらすのか…?」
 皆守の疑問の声。ううん、確かに赤の宝石が赤の扉に向くように、ってのが一番考えやすいが。既に向いてるんだよな、それぞれに。
「とりあえず動くかどうか──おお、重い…っ」
 ずずっ、とそれでも岩は確かに動く。乗せてあるだけだ。固定されてるわけじゃ──
「おおおおっとぉおお」
「おいっ!」
「あっ……」
 ほぼ持ち上げる形になったとき、思い切りバランスを崩した。ホント、見た目より重いってこれ……!
 円盤は九龍の手から離れ、そのまま台からも滑り落ちる。どぉおおん、と地響きのような音が響き渡った。
「きゅ、九ちゃん大丈夫?」
「おれは大丈夫だけど……」
 なんかさっきもこんなやりとりしたな。
「おいこれ、壊れたんじゃないか?」
「げっ……」
 九龍より先に円盤の前に座り込んだ皆守が、円盤から外れてしまった宝石を手に取る。それを見た七瀬が、ばっとその手を取った。
「なっ、なんだ」
 いきなりのことに皆守も少し焦った声を出す。七瀬は全く気にすることなく、皆守の手にある宝石を見つめる。
「九龍くん、これ……」
「え? ……なんだこれ…」
 円盤に埋まっていた部分。そこにはリングがついていた。皆守の手から奪い、かざしてみる。
「なんか指輪っぽい……な」
 指輪にしては宝石がでかいが。大体指2本分の幅がある。だが宝石についているリングは、確かに指に嵌めるのにちょうど良さそうだった。
 確認するように九龍は左手のグローブを外し、人差し指に嵌めてみる。
「あ、なんかぴったり」
「九龍くん……」
「お前……」
「え、何?」
「うわー、ホントだ。あ、こっちもリングある」
 七瀬と皆守に呆れられてるというか驚かれてる内に、八千穂が円盤から落ちたもう一つの宝石を拾い上げた。指に嵌めようとしたのを皆守が腕を掴んで止める。
「止めろ。……呪いにでもかかったらどうする」
「え」
「あ……」
 八千穂がきょとん、と目を丸くし、九龍の方はそこで初めて気付いたような声をあげた。
 ……いや、うん、気付いてませんでした。
「……で、でもこれ別に取れなくなるとかじゃないし…」
 確認するように慌てて指輪を外した。もう1度つけて、外す。うん、付け外しは可能だ。
「そういう問題じゃないと思います……」
「ったく、相変わらず考えなしだな」
「……でも、動かなきゃ始まらないんだよ」
 開き直ってそう言った。実際、これが呪いのリングかもしれないと考えてたとしても。最終的にははめるしかないかもしれないじゃないか。……おれか、皆守が。
 言うと皆守には間違いなく蹴られるが、正直皆守の方が適任ではある。
「例えばこれ嵌めてたらドアが開くとか……」
 言いながら赤の扉に手をかけた。
 開いた。
「…………」
「…………」
「…………」
「ほ……ほらなっ!」
 ああ、くそっ。最初から自信満々にやってたらかっこいいとこだったのに、これ……!
 まだ呪いを受けてないという確証は全くないのだが、とりあえず先に進めたことには満足しておこう。


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