あなたの代わりはどこにも居ない─6

「ふぁ〜あ……」
「皆守さん、また欠伸ですかー」
 皆守の仕事場、家の裏手。
 いつもの如く適当に木にもたれかかってうとうとしていたところ、ひょっこり顔を覗かせたのは同僚の倉田だった。先輩だが年下。おかげで口うるさく言われることは全くない。
「何か用か」
「皆守さんがさぼってないか見に来ました」
「見たならとっとと帰れ」
「いいんですか? 報告しますよ、さぼってたこと」
「さぼってねぇよ」
「いや、さぼってるでしょ!」
「これからやるところだ」
「そんな小学生みたいな」
 そうは言いながらも、近付いてきた倉田も結局日陰に入って木に背をもたれさせている。さぼりに来た、としか見えない状況だ。
 実際この屋敷は広いとはいえ、毎日毎日数人がかりで掃除するほどのものでもない。秋になると落ち葉が酷いらしいが、今の季節関係ない。秋が来る前に辞める予定の皆守にとっては、そんな先の話はどうでも良かった。
「あら、今日は2人なのね」
「え?」
 倉田が慌てて木から離れて姿勢を正した。
 やってきたのは北条晶子。主人の奥さんの姪で、大和の婚約者。たまにやってきては、どうでもいい話をしていく女だった。最近は単なる暇潰しかとも思っている。
「いいわよ、さっきのままで。どうせ大してやることないんでしょ」
「いや、それは、皆守さんはそうかもしれませんがっ!」
 皆守がろくに仕事してない姿ばかり見ているため、晶子がそう思うのも無理はない。さすがに普段は真面目にやっている倉田は、そう言われると反発したくなるだろう。晶子はごめんなさい、など笑って言ってるが真剣味はない。倉田に対する興味のなさがあからさまに出ている。どうしてこんなわかりやすい女に騙されるんだ、と皆守は九龍のことを思い出しながら思う。そこをフォローするのが皆守だ、と夕薙にも言われているが、実際なかなか言えるものでもない。皆守自身も──かつて九龍を騙していた経験がある。
「それじゃあ、そろそろ仕事に戻らないとまずいんじゃないの? あなたの仕事場は向こうでしょ」
 邪魔だ、と表現でも表情でも言ってる晶子に、倉田は少し休んでから、などと返していた。鈍いのか、嫌がらせなのかこっちはさっぱりわからない。天然染みた奴ほど掴み辛いものはない。こちらの常識が通用しないからだ。
「そう。ねぇ、甲太郎。ちょっと大和と九龍のことで聞きたいことがあるんだけど」
 いつの間にか名前呼びになっている女は、ちらりと倉田を見つつ言った。
 ここでは話せない話、と言いたいのだろう。皆守はそれに気付かない振りをする。
「聞きたいことがあるなら自分で聞きに行けよ。九龍なんか単純だからな、言っちゃいけないことまで話す」
 それを言ってしまう自分もどうかと思う。
 九龍は──自覚はないが──口が軽い。
 口止めされたことなら喋らないかもしれないが、言っていいことと悪いことの判断がついてない。
「そうね。単純で──可愛いわ」
 晶子は最近、九龍にターゲットを絞っているようにも感じる。
 それが何のターゲットかまではわからない。馬鹿で扱いやすい、と判断されてのことだったら、あまり好ましいことではないのは確かだ。
「……あいつは友達の女に手出すような奴じゃないぞ」
 一応お前の立場は大和の婚約者だろうが、と頭の中だけで突っ込んでみる。
「それは厄介ね」
 晶子はまだ笑っていた。
 言葉の意味を読み取って、倉田が驚いたように晶子と皆守の顔を見比べている。冗談のようなやりとりの中、妙な緊張感が流れて3人は沈黙する。
「あれー」
 空気の読めない声を出したのは、表側から回ってきた爽やか青年青野だった。
 この男も、真面目に仕事をやっているように見えて、こうして時々さぼりにくる。
「なかなか帰ってこないと思ったら。倉田くん、坂本さんが呼んでたよ」
「えっ、マジっすか! すみません、行ってきますっ!」
 坂本は倉田以外の名前を覚えていないのかどうか、用件といえば倉田を呼ぶ。それに対する不満をもらしていたこともあったが、多分今はありがたかっただろう。緊張感が少し霧散する。
「で、あなたは戻らないの?」
「ええ、ぼくもお話に参加させてくださいよ」
 青野が晶子を見て笑う。
 皆守の方には一切目を向けてこない。
 浮かれたように晶子に話しかける青野は、晶子の迷惑そうな顔が見えてないのだろうか。
 晶子が居ないとき、青野からたまに向けられる視線は敵意だったと皆守は思っている。恋愛ごとに巻き込むな面倒くさい。
 そう思いながらさりげなくその場を離れようとしたときだった。
「だ、誰かー!」
 屋敷の正面の方から、悲鳴のような倉田の叫び声。
 同時に警報がけたたましく鳴り響いた。
「な、何?」
 驚いたように振り返るのは青野。
「侵入者かしらね」
 多少は慣れているのか、冷静に晶子はそう言った。
 皆守はそれを聞かず、表側へと走る。
 高い壁で囲まれたこの屋敷。乗り越えようとすれば警報が鳴る、とは聞いていた。そちらに向かったのは侵入者であればその姿ぐらいは確認しておこうとの思いからだ。高い身体能力が、危険かもしれないという思いは押しのける。勿論、倉田たち、表側に居た者が心配だという思いも多少あるが──。
 ぱんっ、と皆守の耳には聞き慣れた音が響いて、そこで思わず足を止めた。
「み、みみみ皆守さんっ……!」
 倉田は木の上に張り付いていた。侵入者らしき男──2人──は、黒ずくめで顔まで覆った見るからに怪しい格好をしている。庭先には……撃たれたらしい警備員が蹲っていた。
 九龍と一緒に居ると麻痺しかけるが、ここは日本。ただの警備員は銃など持っていない。力押しでこられると、弱い。現に他の警備員たちは既に遠巻きに見守る体勢だ。下手に近付けば撃たれる。
 男たちはそんな空気の中、堂々と屋敷正面に向かって行く。銃で威嚇され、数人が道を開けた。
「ちょっと! 何やってんのよ、あんたたち!」
 さてどうするか、と様子を見ていたとき、皆守の背後から声が上がった。
 晶子だ。
 逃げた警備員たちに厳しい目を向け、叫び声を上げている。
「情けないわね! 何のための警備員なのよ!」
 銃を持っている相手にそれは無茶だろうと思う。
 というか、この場でそんなことを言ったら──。
「えっ、ちょっ、何……」
 男たちは晶子に目を向けると、何やら小さく言葉を交わして近付いてきた。
 屋敷の人間だということは見ればわかる。
 案内。人質。
 利用出来る人物が、堂々と姿を現わしてどうする。
「……隠れてろよ」
 皆守はため息と共にそう言って、無造作に男たちの方に歩いていく。
 警告はなかった。
 ぱんっ、と男の1人が皆守に向かって銃弾を放つ。
 何の気負いもなく放たれたそれを、皆守はあっさり避けた。
 屋敷の角に隠れた晶子に、出てくるなよ、と頭の中だけで呼びかける。
 男は、僅か動揺を見せつつもう1発。
 当たらない。
 皆守の目には、その軌道がはっきりと見える。
 見えたからって避けられるもんでもないだろうと言われるが、避けられるんだから仕方ない。皆守の能力は人外だ。
「くっ……」
 銃が効かないと判断したか、男は直ぐに銃を仕舞い、腰に手を回しながら走ってきた。右手がナイフを掴み、皆守の心臓目掛けて一直線に向かうところもはっきり見える。
 だが、そちらは囮。
 背後からもう1人の男が動いているのが見える。
 何をするつもりかまで見極めるつもりもない。
 向かってきた男の手首を掴み、捻りあげると、体をずらしてそのまま背後の男に向かって蹴り飛ばした。背後の男も巻き込まれ、一緒に倒れる。
 あまり吹っ飛ぶと面倒なので、それほど力は入れてない。
 案の定すぐに体を起こそうとするが、さすがにそのときには──既に警備員たちが集まっている。
 倒れた男を取り押さえるぐらいなら、数人がかりで何とかなるだろう。
 と思っていたのに──男たちはあっさり群がった警備員たちを跳ね除けた。
 ──弱ぇ。
 自分が特別製だという自覚はあるが、さすがにそれはないだろう。
 警備員を人質に取ろうとする動きを読み取って、皆守は一気に相手の間合いに踏み込んだ。脚力は──敏捷性にも結びつく。
「きさ……」
 ま、まで言い切らせず、皆守は足を振り切った。
 そのままかけ蹴りの要領で返した足をもう1人の男に引っ掛ける。
「ぐあっ……」
 地面に叩き付ければ、そのまま動かなくなった。
「すっげぇ……」
 誰かの呟きが聞こえる。
 ざわざわとこちらを見る視線が鬱陶しい。いいから早く倒れた男を縛り上げろ、と言えば慌てて何人かが動いた。さすがにここまでやれば、抵抗も出来ないらしい。縛られていく男をとりあえず見張って、戻ろうかと思ったとき屋敷入り口近くで叫び声がした。
「あーっ!」
「ん……?」
 そこに居たのは──九龍。
 昼時なので、忙しいはずだが。制服姿のまま、汗をだらだら流して、九龍は皆守に駆け寄ってくる。
「お前っ! もう終わらせたのか! 今こそおれの出番だと思ったのに!」
「……知るか」
 警報が鳴ってから来たとしたら遅すぎる。
 冷たい声に、九龍が情けない顔で男たちを見やる。
 覆面がはがされ、屋敷の中に引きずれて行っていた。まだ若そうだ。とりあえず日本人であろうことはわかる。
「……あれもハンターか?」
「いや、ああいうのは強盗って呼んでくれ」
「どう違うんだ」
「全然違うだろ! おれらはもっとこっそり……」
 そういえばどこかの国では強盗より泥棒の方が罪が重いらしいな。
 強盗の方が、こちらに抵抗のチャンスがあるからだそうだ。
 相手と対峙しない方が卑怯者、と思われるところもあるのだろう。
 それを言ってやろうかとも思ったが、そもそも泥棒の片棒を担いでいる身。まあ見逃してやるかと偉そうに考える。
「……あなた……強いのね……」
 そこへようやく晶子が顔を出した。
 ずっと見てはいたのだろう。呆けたような顔に居心地が悪くなる。晶子の背後の青野は──やっぱ敵意じゃないのか、これ。
「あー強いっすよ、こいつー。でもおれの方が強いけどね!」
「あぁ? お前がおれより強いって?」
「勝っただろ、おれ」
「武器使いまくってか」
「お前が重火器使ってもおれが勝つね」
「当たり前だっ」
 くだらないやりとりをしている間に、警備員も男たちも庭から居なくなってしまった。木から下りてきた倉田が駆け寄ってくる。
「皆守さん、凄いっすよー! 何やったんですか、さっき!」
「蹴っただけだ」
「えええっ、全然見えませんでした!」
 遠くて──というのもあるのだろうが。
 実際皆守の蹴りはほとんど見えないらしい。皆守はもはや、普通の動体視力で見えるものの範囲がよくわからない。
「で、すみませんけど──」
「ん?」
「警報で坂本さん腰抜かしちゃってるんで。一緒に運んでもらえませんかね」
 あの痩せた老人一人自分でどうにかならないのか。
 一瞬思ったが、何故か九龍が任せろとそちらに駆けて行く。思わずその襟首を引っつかんだ。
「ぐえっ」
「お前は仕事中だろうが。さっさと戻れ」
「うーわー。こういうときだけ真面目。晶子さんの前でいいかっこしようってんだろ!」
「何でだ。いいから行け」
「わかったよ」
 渋々といった様子で九龍が戻る。
 屋敷に入る前に、少し振り向いた。
「甲太郎っ。晶子さんは大和の婚約者だぞ。手ぇ出すなよ」
「誰が出すかっ!」
 九龍は笑いながら去って行く。おそらくからかってるつもりなのだろうが──状況が悪過ぎる。
 あの馬鹿、と思いつつ、皆守はあえて晶子を意識から外して、坂本の方に駆けつけた。
 突き刺さる視線が痛い。
 早く秘宝を見つけろ九龍──。
 遺跡を見付けてから一週間。
 九龍はまだ、全ての区画に到達していない。


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