あなたの代わりはどこにも居ない─5
「何だここは……」
皆守の呟きを聞きながら夕薙は階段を下りる。板を乱暴に繋ぎ合わせただけの道はところどころ土が見えていて手作り感があったが、すぐに固い石の地面に着いた。小さな部屋。先には上へ向かう梯子と扉。そして扉の前には──石碑があった。
「……これは……」
石碑の前にしゃがみこむ。
そこに彫られた文字は夕薙には読めない。目の前の扉に手をかければ、どうやら開いているようだった。
「……まさかこんな場所があるとはな」
「九龍が大喜びしそうだな」
「ああ……。ひょっとして主人は、この遺跡で秘宝を手に入れたのか?」
遺跡の上に立つ屋敷。
遺跡の存在を知った上でのことだろう。偶然ということはありえない。何のためにかはわからないが。
「おい、行くのか?」
「行ってみなければわからないだろう。あの男の居場所も気になるしな」
部屋からここに連れてこられたのかもしれない。だが、次の部屋も小さな部屋があるだけで、男の姿はない。罠もなければ化人も居なかった。
「次の扉も──開いてるな」
どこまで行くのか。後ろで欠伸をしていた皆守が眠そうな声で言う。
「さっきの梯子の上はどうなんだ? 距離的には地面までそうないだろうが」
「そうだな、そっちも見てみるか」
これ以上は九龍を連れて来た方がいいかもしれない。
どちらにせよ皆守は帰すか。皆守にはまだ仕事がある。
最初の部屋に戻り梯子を上る。2部屋分上がったが、最後の部屋には何もなかった。出入り口すらない。
「塞がれてる可能性もあるが……」
適当に叩いてみる。ヒビ割れのようなものも確認出来ない。九龍のHANTがあれば空いた空間も把握できるのだが。
「……戻ろうぜ。九龍に話せば喜んでくるだろ」
「そうなんだがな……」
確かに協力することにはしたが、夕薙は基本一人でやっている方が気が楽だ。こういうとき特にそう思う。わざわざ待つのも面倒だった。
「……いや」
それ以前に、捕らえられた男のことが気になる。あの短時間で、そう奥まで連れて行かれたとは思えない。
それを告げるとため息をつかれた。
嫌なら着いてこなくていいぞ、と言ったが睨まれただけだった。
夕薙は苦笑して先に進む。
皆守はずっと夕薙の後ろに居た。後ろに立たれるのは正直気になるが、今現在自分がハンター代わりなのだと思うと少し楽しい。
いくつかの扉を開けて、分かれ道も確認し──夕薙はようやく立ち止まった。
「……もうこんな時間か」
「ふぁ〜あ。どこにも居ないじゃないか、男なんて」
あるいは縛られもせずに放り出されたか。それなら男が自力で奥まで進んだという可能性はある。
既に時刻は午前3時。皆守は半分眠っている。
「仕方ない。引き返すか」
男が見付からないなら装備も持たず急ぐ必要はない。途中いくつか石碑も見付けてある。それを解読すれば、別の道も出来るのかもしれない。行き止まりがない分、ついつい進みすぎてしまった。
「悪かったな。もう寝る時間はあまりないだろう」
「仕事中なら立ったまま寝られるから問題ない」
「おいおい……」
苦笑しつつ来た道を引き返す。それはどうも本当のことらしかった。皆守は仕事中うとうとしていることがあると、晶子からも聞かされている。晶子は屋敷の人間への聞き込み──怪しい場所がないか──を主にやっているが、どうにも声をかける人選が偏っているとは思う。特に若い男とは──必ず2人きりになる、と夕薙はメイドの1人から聞かされていた。陰口のようなそれをそのまま本気にすることはないが、それもあるだろうと思っている。実際夕薙が声をかけられたときも、大抵の男なら勘違いするタイミングと雰囲気だった。口説いていたのだろう、と夕薙は正直に思っている。好きな人間が居ると仄めかすのは、牽制でもあった。
「甲太郎」
「ん?」
「お前は、晶子に声をかけられたか?」
「あー……何なんだ、あの女? お前に興味があるのかおれに興味があるのかさっぱりわからないぞ」
そういう声かけだった、ということか。
そのときのことを思い出しているのか、皆守は居心地悪そうに視線を逸らす。
「いや……まぁ、お前なら騙されることはないか?」
「九龍には言っとけよ」
「それはお前の役目だろう」
女に騙されやすいとは聞いたことがある。女に限らず、九龍は基本的に騙されやすいのだが。
2人は元の部屋に戻ると、用心しつつ廊下へ戻る。
「……かけ直すのかよ」
「一応な」
鍵が開いていれば騒ぎになる。
鍵をあける以上に、針金で閉めることは難しかった。
「……朝、九龍に任せるか」
「おい」
どうにも出来そうになかったので、結局夕薙は諦める。
皆守の呆れた声を聞きながら、とりあえず自分の部屋へと戻って行った。
「広いなぁ、ここ……」
何部屋通ったかわからない。HANTで確認すると13部屋。おいおい。
夕薙に聞いてやってきた地下の遺跡。小さな部屋ばかり大量にあって、ひたすら道が続いている。いくつかの石碑にも、大したことは書いてない。中には罠の警告もあったが、発動はしなかった。入ったときも既に感じていた。ここは、既に開放された遺跡。やはり秘宝は元々ここにあったものなのだろう。
遺跡を発見できなかったのかよロゼッタ。
愚痴りながら九龍は先へと進む。何の罠もなく、普通に開く扉ばかりだとさすがに面白みがない。背後の夕薙はいろいろ興味深げに見渡しているが。
「って甲太郎、寝るなっ」
「なぁ、おれが来る意味はあるのか?」
眠たげな目で皆守は九龍に問う。思わず叫び返した。
「お前はおれのバディだろうがっ」
「大和がいれば十分だろうが」
「おれもそんな気はするが、お前おれに雇われてんだぞ一応っ!」
どこまでもやる気がない男は、アロマなど吹かしている。今回いまいち気力が感じられないのは、ひょっとしたら屋敷内が禁煙だからかもしれない。
一応自室で吸う分には構わないようだが、昼間は外ですら喫煙は無理だ。タバコじゃないと言ったところで無駄らしい。
「おいおい、喧嘩するなよ」
「大丈夫、いつものことだから」
「そうか」
「そうかじゃねぇよ」
突っ込んだのは皆守だった。
いや、いつものことには違いない。皆守は、どんなときでも着いてきてくれるが、どんなときでもぶつぶつうるさい。……何でこいつ連れて来たんだおれ。
「おっ……?」
「どうした九龍」
「ドアが開かない!」
「嬉しそうに言うな」
何部屋も何部屋も、飽きるほど同じ風景の部屋を通り過ぎ──ついに開かないドアを見つけた。辺りを見回す。石碑がひとつ。他には何もない。
「さーて、何なにー?」
石碑をHANTに取り込み、文字を読む。む、難しい……ええと。
「何て書いてあるんだ?」
夕薙が後ろから覗き込んでくる。しばらくの沈黙のあと、九龍は言った。
「この先に居る奴を倒せ、か?」
「は?」
「ええー、だからそこに行くにはどうしたらいいんだよ!」
石碑にはそれ以上書いてない。辺りを見回すが、壷もなければ、怪しい穴もない。立ち上がり、調べるために壁に沿って歩きながらHANTをかざした。
『不連続な反響音を確認』
「お、あった……けど……」
爆弾を持っていない。小型削岩機もない。
九龍は皆守を振り返った。
「これ、お前の蹴りで何とかなるか?」
「無茶言うな」
「やるだけやってみたらどうだ」
夕薙も九龍の言葉に乗る。
だってお前の蹴り、壁ぐらい壊すじゃんかよ。
皆守は渋々といった感じでひび割れた壁の前に立つ。それ以上文句を言わないってことは、出来るかもしれないと思ってるんだよな?
「行け甲太郎! 大丈夫、壁は薄そうだ!」
「どんな根拠だそれはっ──と」
ポケットに手を入れたまま、足が振り上げられる。相変わらずその軌道はほとんど見えない。そして次の瞬間──壁が崩れて煙が舞い、本当に何も見えなくなった。
「げほっ、な、何だこれ」
「随分もろかったな……土か何かじゃないか、これ?」
「えええ?」
表面はどう見ても石だったが。
それでもやけに呆気なく崩れたのは確かだった。煙が収まらないので、ざっとペットボトルに入れた水を撒いた。やはり土煙か。視界はすぐに元に戻る。
「え、梯子?」
そこにあったのは小さな空間の中、下へと向かう梯子。
「……甲太郎」
「……ったく」
皆守はそれ以上言わなくても、承知して勝手に梯子の下へと降りていく。九龍は梯子が嫌いだからだ。それから直ぐに皆守は戻ってきた。
「どうだった?」
「今までとほとんど一緒の部屋だな。片方は開かない。片方は開いてる」
「うええ……」
何もない部屋が延々続くのはもう嫌だ。
開かない方が、この上の部屋と対応しているのか。ひょっとして吹き抜けになってたり?
「何か鍵開けるもんあったか?」
「石碑ならあるが」
「マジで。ちょっと読んでみる」
皆守が梯子の下に顔を引っ込め、大した高さではないと判断して飛び降りる。石碑には──上とほぼ同じことが書かれていた。ただし、上を倒してから、と言うようなことが追加されている。
「……やっぱ上からだなぁ」
しかしどうすれば開くのやら。
まぁ、今までの退屈から比べれば考えることがある方が──
「九龍」
「ん?」
梯子の上から夕薙が覗き込んでいる。そして妙な顔で九龍を見ていた。
「上の扉──開いてるぞ」
「はあっ!?」
慌てて梯子を駆け上る。
言われた通り、先ほどまで固く閉ざされていたはずのそこは──開いていた。
「え、何? 下に降りたら開くのか?」
「さあな」
「何なんだよ、ここはっ!」
それならそうと書いとけっ、と文句を言いつつ扉を開ける。
そこは今までになく──広かった。
高さはそれほど変わらないが、教室4〜5個分はあるんじゃないかという広さ。どこか、墓守の居場所を思わせる。
前へ数歩進む。
途端に、地面に震えが走った。
「来た来た、ついに出たぞっ!」
「だから嬉しそうに言うな」
遺跡の墓守。
巨大な化け物。
九龍は銃を構えた。この場所に来るまで人目に付かないように持ち込むのはなかなか難しいため、今回は装備が大分軽装だ。銃も小さなハンドガン。あとはナイフと鞭。鞭もかなり短めだ。
「っと、早いな……!」
ふわふわ浮いている敵が音も立てずに近づいてくる。巨大な顔に向かって銃弾を放った。
「ぎやあああああっ!」
「弱点っぽいな」
「わかりやすっ」
更に撃ち込んでいく。ああ、でもあんまり弾持ってないんだよな。
「甲太郎行けっ!」
「ったく」
皆守の蹴りが炸裂する。飛び上がった皆守が地面に降りたと同時、夕薙も攻撃を放った。敵が吹き飛ばされる。
それを追ったのは九龍だけだった。
銃を仕舞い、今度は鞭。
これでも、いけそうだ。
「九龍っ、伏せろっ!」
「おおおっ……!?」
敵が攻撃態勢に入った。
慌てて下がろうとしたが、皆守の言葉に咄嗟に伏せる。頭上を何かが過ぎていく。ぶおっ、と風が吹き付ける。大きさとスピードがかなりものだ。
「何だ今のっ……」
「腕が伸びたんだ、気を付けろよ九龍」
「お前もなっ」
駆けつけてきた夕薙と並んで攻撃。飛び上がらないと弱点に届かないため、下で夕薙がフォローする。
皆守はその後ろに居た。
やがて、化け物は悲鳴を上げて消滅する。
こちらは怪我ひとつない。まっ、こんなもんか。
「あー、やっぱ居るんだな。墓守ぐらい出てきてくれないとつまんねぇもんなぁ」
「お前はそれ目当てに潜ってんのか」
「正直それもあるぞ?」
言いながら辺りを見回す。ふと、夕薙が膝を付いているのに気が付いた。
「どうした大和? 怪我したか?」
「いや……これを見てみろ」
「ん? ……げ」
明らかな、血の跡。
焼け焦げた部分や傷ついた床。
九龍たちとは違う、別のものによる戦闘の跡だ。
「……この量だと……生存している確率は低いだろうな」
「マジで」
勿論遺跡で人が死ぬなどよくあることなのだけど。
こういう跡を目にしちゃうとなぁ。
「あ、ひょっとして、ここに捕まってたって奴か?」
「いや、それほど新しい血じゃない」
ならばかつての侵入者か。
死んだのなら死体はどうなったのだろう。化物が食べてしまうということも遺跡ではあるが。
「……まぁ、気にしてても仕方ないな。次行くか」
「どこまで行くつもりだ? もう随分遅いぜ」
「あー……うん……」
正直九龍も朝5時起きは辛い。今から引き返そうとすると、今日の睡眠時間は2時間に届かないかもしれない。
「今日はここまでにしておくか?」
「だな……。悪ぃ大和」
「いや。今回の仕切りは君だからな」
あわせるよ、と笑う夕薙を何やら皆守が微妙な表情で見つめている。
何だ?
「ああ、そうだ九龍。言おう言おうと思ってたんだが」
来た道を引き返し始めていると、隣に並んだ夕薙が思い出したように言う。
「ん?」
「お前、晶子には声をかけられたか?」
「晶子……あ、お前の婚約者か」
突然言われた名前に一瞬思考がつながらない。
いい男だと言われたことを思い返してちょっとにやけていると、夕薙が苦笑いをして、皆守がため息をついた。
「な、何だよ」
「……あの女には用心しとけ。それだけだ」
「…………」
えええー……。
皆守の言葉に思わずげんなりする。
おれ、また騙されかけてた?
「おれ、騙されやすいから無理」
「だから用心しろってんだろうが」
「九龍は一度信用してしまうとどんどん踏み込ませてしまうからな。……最初の段階で線を引いておけば大丈夫だろう」
「…………」
「…………」
夕薙の言葉には、皆守と揃って沈黙した。
お前な。どこまで意識して言ってんだ。
かつて監視目的で近づいた皆守を信用しきっていたことを思い出す。
……でも、ないよな。
あそこで最初から線を引いて、今の皆守との関係を捨てる選択肢はな。
次へ
戻る
|