あなたの代わりはどこにも居ない─2
「あら、知り合いなの大和?」
「ああ、高校時代の後輩さ」
いやいやちょっと待てお前!
一瞬突っ込みそうになったが。そういうことにしたいならその方がいいのだろうか。そっちの方が説得力があるのは確かだ。
大和が何故ここに居るかわからず、九龍は迷う。
だが背後の皆守は遠慮なく言った。
「何が後輩だ。同級生だろうが」
「え、同い年なの?」
それに突っ込んだのは青野。確かにそうは見えないだろうとは思う。大和は3年前と全く変わっていないようにも見えるが、そもそもあの頃から20歳には見えなかった。
夕薙は苦笑してそれに返す。
「2つ年上だが……病気で留年しててね。わざわざ言わせないでくれよ」
「九龍が大和とか呼んだ時点で先輩後輩じゃないと思うがな」
そりゃそうだ。
あそこで咄嗟に知らない振りを出来るほど、九龍は器用じゃない。大体、こんなところで夕薙に会うなんて思いもしなかった。
実は天香の次に向かった遺跡でも一度遭遇はしている。夕薙は九龍を通じてロゼッタと取引があるが、基本的には自分で勝手に秘宝を探している。九龍も夕薙の狙いまでは完全に把握していなかった。
「へぇ。留年なんかしてたのね。あなたが病気って何だか信じられないけど」
「高校時代も誰も信じてなかったな」
「そうなのか? 嘘じゃないんだがな」
皆守は少し笑みを浮かべながら言う。夕薙はやっぱり苦笑していた。
「あのー、ところでこちらの方は?」
会話の間もずっと大和と腕を組みっぱなしの女性を九龍は示した。夕薙とナイスバディなお姉さん。合わない、とは言わない。言わないが……。
「ああ、紹介しよう。北条晶子。おれの婚約者だ」
「は……?」
「えええええっ!?」
さらりと言い放った夕薙に、皆守が絶句する。九龍は思わず大声を上げていた。だが驚いたのは2人だけだ。青野など当然という顔をしている。それはそうだ。腕を組んでいちゃつきながら現れた男女。恋人だと思うのが普通なのに、何故か九龍はそんなこと欠片も考えていなかった。反応を見る限り、皆守もそうじゃないかと思う。
そこへ来て漸く前方で止まったままだったメイドが言った。
「そうです。こちらがご主人さまの奥さまの妹さまの娘さまの晶子さまで、こちらはその婚約者の大和さんですよ」
「……ええと、」
奥さんの妹さんの……。
九龍は先ほど見せられた名簿を思い出そうとするが、全然辿れない。まともに覚えようとしていなかったことにそこで気付いた。大和という名前は……あったようななかったような。何故気付かなかったおれ。フルネームでは書かれてなかったのだろうか。それすらわからない。
「で、お前たちの方は何故ここに?」
「あー……使用人としてですね……」
九龍は思わず敬語で答える。さすがに意図ぐらいは伝わるだろうし、ここで邪魔はして来ないだろう。夕薙もへぇ、と納得したように頷いた。
「九龍はともかく甲太郎もか? 何だ、九龍と一緒に仕事をすることに決めたのか?」
おいこら大和。
突っ込まないで欲しいところに微妙な角度で突っ込んでくる。ばらすつもりはないよな……? さすがに。
「ああ、引っ張ってこられた。九龍が一人じゃ心細いとか言うもんでな」
そしてお前の返答も何だ甲太郎。
しかしここだけ聞くと否定しきれないのも確かだった。
「ふうん、お友達と一緒に来たってわけね。そっちの子も?」
夕薙と共にいる晶子が目を向けたのは青野だった。青野はまた爽やかに笑ってそれを否定する。
「いえ、今日会ったとこですよ。ぼくは一緒に来てくれる人は居なかったもので」
じっと見つめる視線に熱が篭っているようなのは気のせいだろうか。
青野が見ているのは晶子だけだ。
「まぁ、それが普通だろうな」
軽く返した夕薙にも反応はしない。
「どこの担当かしら? 今足りないところって言うと、外の掃除?」
「はい。皆守くんと一緒に」
「九龍は違うのか?」
「おれは厨房だと。おれの方が力仕事得意なのになー」
「厨房はかなりの力仕事だぞ? 大体初めて来る奴は翌日筋肉痛だそうだ」
「マジで」
「そうねぇ。でもあなた、ホント力ありそうだし、大丈夫かもね」
女性が笑う。
悪い気はしないが、夕薙の婚約者、と思うとにやけにくい。というか……これもマジなのか?
「で……さっきからこっちを見てるのは?」
「へ?」
皆守の言葉に、九龍を含め全員が振り向いた。
40代ぐらいの太った男と、50代過ぎてそうな痩せた男。
九龍たちが向いたのをきっかけに、こちらに向かってきた。
「すみません、お話中でしたか」
「どうしたの?」
「あ、いえ、新しい使用人がなかなか来ないもので気になって……」
ちらり、と男たちが九龍たちに顔を向けた。
ああそうだ。こんなところで立ち話してちゃいけない。
女性はちょっと笑って夕薙の腕を握る。
「そうね、ごめんなさい引き止めちゃって。積もる話はまた今度ね。それじゃ大和、行くわよ」
「ああ。またな」
「お、おお」
「ちゃんと働けよ甲太郎」
「余計なお世話だ」
それぞれのやりとりを、使用人らしき男たちが妙な顔で聞いている。
仕えるべき相手とタメ口を聞く九龍たち。どう判断していいか迷っているのだろう。
九龍はさっさと大きな声を出して言った。
「ええと、おれ……じゃない、ぼくは厨房の雑用として来ました葉佩九龍です。すみません、こんなところで高校時代の友人と会っちゃって」
精一杯やりますんでよろしくお願いします、と背筋を伸ばして言うと、太った男が笑って歩み寄った。こちらが厨房関係者か。
「いやいや。屋敷の人たちとの会話は最優先だよ。じゃあ君はこっちだ。なかなかいい体格をしてるな」
「よく言われます」
実際はほとんど言われない。
でもにこやかに笑って、九龍はそちらに着いて行った。敬語は下手だ。何とか元気で押し切れ、と自分に言い聞かせる。
歩きながらちらりと皆守たちを振り返った。
青野が相変わらず爽やかな応対をしている。おかげで皆守は何も言わずに済んでるようだ。安心して九龍は自分の仕事へと意識を切り替えた。
「だ、だりぃ……」
ベッドに倒れこんで九龍は呟く。
天香の寮ほどの広さの自室。使用人1人1人に与えられるものとしてはかなりのものではないだろうか。さすがにテレビやパソコンはないが、持ち込みはOKらしい。まあ完全な住み込み制だ。それぐらいは当然かもしれない。
それにしても……。
窮屈な制服のボタンをもそもそと外しながらため息をついた。
厨房の仕事は、言われた通りの力仕事だった。今日から早速仕事開始だ。力にも体力にも自信はあるが、やはり慣れない仕事は疲労度も高くなる。おまけに現在──既に夜の11時近く。朝は5時に来いとか言われた。ふざけんな。今日は教えることが多く、これだけ時間がかかっただけのようで、本来はもっと早く上がれるとは言われた。それでも、朝早くからの仕事というのは憂鬱だ。っていうかあれは一体何人分を作ってるんだ。この屋敷──一体何人いるんだ。
そこまで考えて九龍は身を起こし、ポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出した。最初に渡された家系図のようなもの。一応自分の分を貰ってきている。
「ご主人さまと奥さまと娘さまと、奥さまの妹さま夫婦とその息子夫婦と……」
本気で覚える気がしない。
とりあえず夕薙の名前は直ぐに見付かった。奥さんの妹の娘の婚約者か。そういや、この人たち何歳なんだ。九龍は結局、その婚約者とやらとしか顔を合わせていない。基本は裏方仕事だからだろう。
あの女性は──22〜23ぐらいだろうか。ならば大和と同い年ぐらいか。そうだ、大和はまだ23歳なのだ。
高校時代は20歳と言われてやたら大人に見えたものだが、21になると23と言われても大して違いはないと思ってしまう。いや、九龍はまだ20歳だが。
「さて……」
HANTを起動しながら考える。
もう今日ぐらいはゆっくりしていようか。
いや、でもあまり時間はない。屋敷内ぐらい把握して、怪しい場所のチェックはしておくか。皆守とも相談を。
一つ一つ確認するように考えていたとき、突然ノックの音が響いた。
反射的に立ち上がる。
「………はい?」
外したボタンを片手で留めつつ、ドアに近付く。
部屋の外に出るときは制服着用が規則だと言われていた。出ることはないにしても、あまりだらしない格好を見せるわけにもいかないだろう。
だが、九龍の声に応えたのはとても聞き覚えのある男の声だった。
「九龍、ちょっといいか」
「大和!」
ドアの外に立っていたのは夕薙大和。
辺りに他の人影はなかった。
「いいのか? 入って」
「別にいいだろう。逆だと問題かもしれないが」
使用人が屋敷の人間の部屋に、ということだろうか。
それはこれから存分にやらせてもらうつもりなのだが。
九龍はドアを引いて夕薙を中に入れる。とりあえず、扉の鍵は閉めておいた。
「……びっくりしたぜ、ホント」
「それはこっちも同じだがな。まぁ、同じ時期に噂が流れたのかもしれない」
「噂?」
「……秘宝を狙ってきたんだろう?」
声を潜めて言った夕薙に、思わず姿勢を正す。
突っ立ったままだった九龍はそこでようやく部屋にあった椅子に腰を下ろした。夕薙は何も言わず、ベッドの方に座る。
「……まさか、お前も?」
「まぁな。知っているだろう? どんな病も治すと言われる悪魔の秘宝──」
「……ああ」
夕薙が狙って当然の獲物だった。その、呪われた身体を元に戻す可能性のある秘宝。
「……お前、まさかあの人……」
夕薙が婚約者として紹介した女性。この屋敷の人間だ。
誑かしたのか、と目で問えば夕薙は苦笑した。
「一応言っておく。……彼女も、協力者だ」
「へ……!?」
「……秘宝はおれに渡すと。まぁ、どこまで本気かは知らないがな」
「……いや、お前、それって、渡す気なら、その」
お前に惚れてってことじゃないのか。
いや、もうそこは突っ込まない方がいいのか?
九龍はやったことはないが、現地の女性を口説き落として秘宝をせしめるハンターは居る。
酷い男だ、と思うと同時に凄ぇあやかりたいとも思ってしまうのが九龍の駄目なところだと思う。
「おれと彼女は半年ほど前に北海道で出会ってな、」
九龍の慌てたような呟きは綺麗に無視して夕薙は語り始めた。
秘宝の情報を探しているとき、ある遺跡跡地で出会ったこと。
最初はごく普通にその遺跡についての話をしていただけだったが、そのとき「彼女の家にも秘宝と呼ばれるものがある」という話になったこと。
その秘宝について夕薙が自ら情報を集めたところ、確かにその屋敷の主人が所有しているという話がいくつも出てきたこと。そしてその秘宝は──どんな病も癒すと言われていること。
「それが何故悪魔の秘宝を呼ばれているのか──それはわからない。ただ、彼女はその秘宝を奪うか──出来れば壊して欲しいとすら思っている」
「え、何で」
それは人々に救いをもたらすものではないのだろうか。
同時に──金儲けにも使えるものだとは思うが。おそらく公になれば秘宝目当ての強盗や盗賊が相次ぐだろう。既に九龍たち──これから盗人になる予定──が侵入している。
まぁロゼッタは、存在さえ確認出来れば買取という手段も取るのだが。
駄目だったら……なぁ。
「まず、彼女はその秘宝の効能を信じてない」
「え?」
「何せ使われたことを見たことがないらしくてな。世の中にそんな奇跡を起こせる品物があるはずがない──ということだ」
「耳が痛いんじゃないか大和」
「彼女は根拠もなくただ感情的に否定しているだけだ。それが科学で解明出来ないものとは限らない──そうだろ、九龍」
「そうだけどな」
あっさり流しやがって。
「それから──その秘宝を手に入れるために、やはり無茶はしたらしいな。こんな山奥に閉じこもっているのもそのせいだ。彼女からすれば──馬鹿なものを掴まされて主人が変わってしまった、というところだろう」
「なるほどなぁ……」
秘宝は人生を変える。
それは良い方にも、悪い方にも。
九龍たちの仲間も言う。
手に入れた秘宝は、大事に持っているようなものじゃない。それは、個人で持つには過ぎた力だと。
だから九龍も、遺跡で手に入れた秘宝は全てロゼッタに提出している。正確には、それで金が手に入るのだから売っている、とも言えるのだが。
金に換算した方が面倒がないのは確かだ。
「……で? 秘宝は見つけたのかよ?」
大体の事情はわかった。
肝心なところを直球で聞けば肩を竦められる。まあ、そうだろうとは思った。
先を越されてたらショックなのでちょっと安心する。
「おれがここに来て、まだ2週間ほどだしな。屋敷内は大体見回った。ただ、おれにも入ってはいけないと言われている部屋がある」
「ふうん……」
屋敷の人間の婚約者。
将来家族になる人間にも見せられない場所。
「それは、あの婚約者の……えーと」
「晶子だ」
「晶子さんも見れないのか?」
「見れない部屋もあるな。聞きたいか」
「『聞きたいです』『よしじゃあ協力しろ』『仕切るのはおれだからな』『ああ、それぐらいは任せてやるよ』『わかりましたお願いします』」
一人で勝手にやりとりを終了させると、今度こそ夕薙が声を上げて笑った。
どうせそういう展開だろ。
「部屋は鍵がかかってるところばかりでな。開錠に手間取りそうだと思ってたが、お前が居るなら心強い」
「おれもお前のおかげで手っ取り早くていいよ。とりあえず──おれが覚えておかなきゃならないことは?」
「そうだな、まず……当たり前だが、屋敷の構造、使用人が入れない場所の確認、屋敷の人間関係、それから」
「……大和ー、これから甲太郎の部屋行ってこないか」
何だか頭が痛くなってきた。
夕薙は笑っているが、きっぱり駄目だ、と言い切る。
「勿論甲太郎にも覚えてもらうがな? いざってときに大切なことだ。ハンターならちゃんと覚えとけ」
「はーい……」
今回は説教が2倍になりそうな予感。
くそぉ、甲太郎の奴、もう寝てんのかなぁ。
うつらうつらしながら聞く九龍に、夕薙は結局ため息をついて途中で話を切り上げていた。
時間はあまりない。
でも、無理して失敗しても意味ないと思うんだよな。
寝不足で仕事してクビになるとか……な……。
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