君の素顔が見たいから─3
厄介なことになったな。
皆守は他人事のようにそんなことを考えている。
「おいっ、貴様何をやってる!」
「アロマを吸ってるだけだが。この車は禁煙か?」
皆守は車の後部座席に居る。両側にちんぴらのような男たち。助手席の男のみ、スーツを着ていた。怒鳴ったのはスーツの男だ。右隣に居た男がそれに反応し、無言で皆守の顔目掛けて拳を振り上げた。
避けたが。
「これで大人しくさせてもいいんだぞ?」
左側の男に拳銃を突きつけられる。
密着された状態では、さすがに避けることは出来ないだろう。それでも銃弾を怖くないと思ってしまうのは、元墓守の力のせいか。さすがに今の体で銃など食らえば大怪我は間違いないのだが。
「……わかったよ。で、この車はどこに行くんだ?」
男たちのもとへ戻ったとき、その人数が足りないのにはすぐ気付いた。皆守が蹴り上げて倒れたままの3人。その側に座り込む男が2人。1人足りない。
逃げたか、と思いつつ5人に近づいた。男の一人がびくりと反応したが、それは気にしない。とにかく警察が来る前に、と思ったときやってきたのがこの男たちだった。
2台の車から降りてきたのは、見ただけで暴力団関係者とわかる、荒事に慣れていそうな男たち。1台の車の後部には、意識を失っているらしい男が居るのも見てとれた。
そしてそれに反応したのが、残っていた男たちの方だった。
「ダイさん!」
「な、何でダイさんが……」
倒れた男たちは呆然としている。
車に乗せられている男は、発砲事件の被害者だった。
「……貴様、本当に何者だ?」
そのときのことを思い返している皆守に、助手席の男が問う。
倒れていた男たちはまとめて車から降りてきた男に取り囲まれていた。
側に居た皆守も同類と見なされたのか、一緒に銃を突き付けられた。
関係ないとは言ったのだが、信じたかどうかはわからない。関係がなくても、見られた以上放っておくわけにはいかなかったのだろう。
怯える振りでもしておけば、一般人で通ったかもしれないが。自分にそんな真似は無理だろうともわかっている。
「ただの通りすがりだ。このまま降ろしてくれれば、何も見なかったことにするんだがな」
そして自分の態度が悪すぎる自覚はある。
まして男たちの攻撃は全部避けてるのだ。こちらから攻撃はしなかったが、既に一般人の認識からはほど遠い。
「そうか。大門とも墨木とも関係がないと言うんだな?」
「!?」
思わず顔を上げた。
大門、は確か撃たれた男の名だ。そんな奴とは本当に何の関係もない。
だが。
「……墨木が何の関係がある」
そこばかりは、流すわけにはいかなかった。
助手席の男が少し驚いたように振り返る。
「そうか、貴様、あの男の関係者か。友人か? 残念だが縁を切っておいた方がいい。あの男は近々殺人罪で捕まる」
面白そうに言う男に怒りが湧いた。
墨木を巻き込んだのは、この男たちか?
つまりこの男たちは、墨木に罪を着せるつもりなのだ。殺人罪ということは、誰かを殺して。
皆守が口を開きかけたとき、男の携帯電話が鳴った。場が一瞬静まり返る。
「はい、近藤です。……はい、はい。わかりました。……ええ。……いえ、どうやら墨木の友人のようで」
男はそこでちらりと皆守を見た。
皆守は何も言わない。
「……わかりました。……はい、乗ってます。……はい」
男はそこで皆守の左側に居た男に携帯を渡す。男は右手に銃を持ったまま、左手を出した。
「もしもし? ……はい、わかりました」
適当な対応と口調だったが、一応男にとっては上司らしい。頷きながら何度か皆守に目を向ける。
「はい? だったらここで始末……あ、はい」
何やら物騒な話になっているのを感じる。
男の銃を握る右手に、力が入ったような気がした。
車は、人気のない方向に向かっていた。
「ま、真理野くん、墨木くん。本当に行くの?」
取手は前を歩く2人に必死で声をかける。
元々飛び出した真理野を止める、という目的で着いてきたのだ。駅からまっすぐ暴力団事務所に向かう2人は、止まる気などなさそうだった。
「別に喧嘩をしにいくわけではない。関係があるかどうかの確認だ。まあ……多少の罰は受けてもらわねばならないだろうが」
ああ。
取手はそこでようやく気付いた。
そもそも真理野は暴力団が嫌いなのだろう。好きな者も居ない気がするが。真理野にとって暴力団に対する実力行使は暴力ではない。懲罰だ。この闘志溢れる男に乗り込まれて、相手側が素直に会話に応じるとも思えなかった。
「墨木くんは……」
真理野の隣を歩く墨木に目を向ける。墨木もまた、何かを決意したような目をしていた。
「暴力で他人を苦しめる者などあってはならナイ! まして怪我人に対する卑劣な行い、許すわけにはいかないだろウ!」
墨木の中では、犯人は完全に暴力団になっているようだ。真理野も隣で頷いてる。
取手は意を決して2人の前に出た。
「それはまだわからないんだよ。もし違ってたらどうするんだ。墨木くんだって疑われて辛い目にあったんだから。根拠もなく決め付けちゃいけない」
「だからまずは聞いてみるだけだと、」
「本当に? 暴力は振るわない?」
取手の真剣な目を真理野はしばらく見つめた後、頷いて取手に持っていた木刀を差し出した。
「え……?」
「武士に二言はない。これはお主が預かっておいてくれ」
暴力を振るわないという証。
おそるおそる受け取り、そしてそのことで、2人を止める手段がなくなったのを知った。
受け入れてしまったのだ。
「……うん。でも、もうちょっとだけ待とうよ。七瀬さんたちが何か、」
言いかけたとき、がしゃん、と何かの割れる派手な音がした。取手たちは一斉にそちらに視線をやる。向かっていた事務所の、2階の窓が割れている。ばたばたと辺りが騒がしくなってきた。
「行くぞ!」
「オウっ!」
真理野と墨木が走り出す。取手も慌てて追いかけた。事務所の前には数人の男。ガラスの散らばる辺りに、血の跡も見えた。誰かが飛び降りたのだと、反射的に思った。
「おい、何があった」
真理野は平気で声をかける。男たちが振り向き、真理野たちの姿を見て眉をひそめる。
「何だ、お前ら? 関係ないだろ、引っ込んでろ」
相手にするのも面倒なのか、特に強い口調でもなかった。それよりも血痕に気を取られている。後ろに居た男2人に、ガラスを片付けるよう指示してい
た。
真理野は男に近づく。
「何があったと聞いておる。この血は何だ」
「ああ? だから関係ねぇだろ!」
男の蹴りが真理野に向かう。真理野はそれをかわし、更に男に近づいた。
「では関係のある質問にしよう。大門という男を撃ったのはお主らか?」
直接的だった。
男が目を見開く。
「どうなのダっ。病室から怪我人を攫ったのも貴様らなのであろウっ!」
やはり決め付けている墨木だったが、男たちは反論をしなかった。舌打ちして、事務所の中を振り返る。
「おい、こいつら何とかしとけ。適当に痛めつけて──っ」
言いかけた男の声が止まる。男の目の前に真理野の拳があった。
「肯定と見て良いな?」
「我々は暴力には屈しナイ!」
出てきた男たちに、真理野と墨木が構えを見せる。取手はおろおろしながらも真理野に駆け寄る。
「真理野くん、これ……」
木刀を渡した。こうなってしまっては、必要なものだろう。
真理野はこちらを見ずに受け取って言う。
「うむ。お主は下がっておれ」
「……ううん、ぼくも戦うよ」
この男たちのせいで、墨木は閉じこもるはめになったのだ。
それに対する怒りは、最初から強かった。
「おい、お前ら待て、そいつ、墨木じゃないのか?」
臨戦態勢に入った男たちと3人に、最後に事務所から出てきた男が声をかける。男たちの間に動揺が走った。
「何?」
「何でこんなところに」
墨木を、知っているのか。
「ったく、どこでかぎつけられやがった。ああ、お前ら。ここで暴れるな。友達の命が惜しかったらな」
スーツの男はタバコをくわえたままそう言う。言われたのは取手たちだろう。男の言葉が理解できずに立ち竦む。男はタバコの煙をゆっくり吐きながら言った。
「もじゃもじゃ頭の兄ちゃんはお友達なんだろ? 今おれたちの仲間と一緒に居てな。始末する予定だったが、まあそっちが大人しくしてるなら助けてやってもいい」
にやにや笑う男には不快感を覚える。
言われているのが皆守のことだと、全員が気付いた。
「ふっ、皆守は貴様らなどにどうにか出来る相手ではない」
「そうダっ。皆守ドノの蹴りは天下一品でアルっ!」
そういう問題じゃない気がする。
取手は慌てて言った。
「待って。どういう状況かわからないんだから……」
「その兄ちゃんを捕まえてんのは確かなんだがな?」
墨木たちの態度が面白くなかったのか、男の目つきが変わる。
「まあお前らが気にしないんならいいさ。とっとと殺すよう指示しとこう」
「待って!」
取手は思わず大声を上げる。
真理野と墨木の服をつかんで、男たちを見た。
「本当に捕まえたんだったら……証拠を」
睨まれて怯むが、ここで引くわけにはいかない。取手の態度の方には多少気を良くしたのか、男が表情を和らげる。それでもまだ不機嫌そうに、男は携帯を操作した。
「ああ、おれだ。おい、捕まえた男に代われ。……あ? お友達とやらがこっちに来てるんだよ。そうだ、声を聞かせてやれよ」
本当に、居るのか。
男はそこで取手たちに目をやり、全員が固まってるのを見て笑った。
「ほらよ。お友達からだ」
男が携帯を投げ、受け取ったのは正面に居た真理野だった。
真理野は携帯をしばし見つめ、やがて決意したように耳に当てる。
墨木がその前に立った。
「皆守、か? お主何故そこに……」
墨木は、隙だらけになる真理野を守っているのだろう。男たちは成り行きを見守っているのか、戦闘態勢は解いていた。
「今、そこの事務所に乗り込んでいるところだ。……ああ、墨木と取手が居る。……来てるわけがなかろう! 女子をこんなところに連れてくるなどっ……あ、ああ、すまん」
何を言われているかが何となくわかる。
八千穂は七瀬が止めなければ着いてきていたかもしれない。
「……ああ、そうだ。……わかった」
真理野は少し笑みを浮かべて携帯を切った。それに、男たちが戸惑う。
「おい……?」
真理野は男に携帯を投げ返した。男はそれを受け取り、通話が切れているのを確認する。
「問題はないそうだ。墨木、取手、行くぞ」
真理野の木刀が閃く。
それが合図となって、男たちも動き始めた。
ただ一人、タバコを吸っていた男が呆然としている。
取手も力を振るいながら、少しおかしくなってつい笑みを浮かべていた。
武装した兵士たちを相手にしたことだってあるのだ。何の問題も、ない。
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