君の素顔が見たいから─4

「お前ら何やってんの……」
 帰国した九龍はそのニュースを見せられて絶句した。
 暴力団事務所に何者かが押し入り、重軽傷者多数。そこに捕えられていた男のみ、病院に運ばれ一命を取り留める。男は2週間ほど前、撃たれて入院しており、病院から何者かに連れ去られた後だった。
 助けた男たちの名は出ていない。元々仲間と共に暴力団と揉め事を起こしていた男だ。おそらくその仲間なのだろうと……思うだろう。誰でも。
「当然のことをしたまでだ。九龍は、あれを見逃せというのか?」
「悪ぃ、おれ全然状況把握出来てないから」
 九龍はそう言いながら墨木に目をやる。
 墨木が発砲事件の犯人と疑われ、中傷を浴びている。
 閉じこもってしまった墨木を救いたい。
 それが元々の話だったはずなのだが。
 確かに暴力団が関わっていると七瀬からは聞いたのだけれど。
 墨木は素顔で真っ直ぐ九龍を見ていた。ああ、曇りがない。
「撃たれた男は捕らえられ拷問を受けていたのでありマス! 更に皆守ドノも奴らに捕まり、卑劣にもあの連中は我々に脅しをかけてきまシタ。よって制裁を加えたのでありマスっ!」
 墨木より、少し詳しい説明がなされた。
 九龍は驚きに目を見開く。
「ちょっと待て、甲太郎が捕まった!?」
「うん、結局自分で帰ってきたんだけど……」
 皆守はこの場に居なかった。現在、一番広いからという理由で真里野の家に集まっている。皆守の家はここからは割と近いはずだが、来ていない。おそらく寝ているのだろうと勝手に思っていたのだが。
「え、まさか怪我したとか?」
「まさか。皆守があのような連中に遅れを取るわけがなかろう」
 お前のその信頼はどこから来てるんだ。
 まさか自分からとは思わず、九龍は思う。皆守が探索中に怪我を負うことだってあった。大抵が誰かを庇って、ではあったが。
 だからこそ、単独でどれだけ強くても万が一がないとは思っていない。特に皆守は多数を相手にするのは苦手なはずだ。そちらはむしろ墨木や取手の得意分野だ。真里野もどちらかというとタイマン型だが、狭い場所なら力を十分に発揮出来ただろう。こちら側には誰も怪我人は居ないようだし。
「……まあ、いいけどさぁ。何かなぁ。慌てて帰ってみればこれって」
 ああ、そうか、自分に出番がなかったことが何となく悔しいのだ。
 仲間のピンチと言うなら当然──ん?
「あれ? このニュースじゃ結局犯人出てねぇんじゃねぇの? 墨木、疑い晴れたのか?」
 墨木が暴力団の一員、と思われているのならこの報道では意味がないだろう。墨木は視線を逸らした。
「そ、それは……」
「うん、だからこれから近所の人に言ってやろうかなって。墨木くんは暴力団とは関係ないですよって!」
「やっちーがやると説得力あるんだかないんだかわかんねぇな」
 暴力団関係者には見えないが、正直簡単に騙されそうな気がする。
 そこに七瀬が口を出した。
「被害者は意識を取り戻しているようですし、事件の前後関係も報道されています。これで墨木さんに警察の手が来なければ噂も自然消滅するのではないでしょうか。そもそも噂をばらまいていたのは暴力団員のようですし」
「いや、元々は広まりつつあった噂を利用しようとしたってとこらしいぜ」
 横からまた別の声がかかった。
 欠伸をしながらだるそうに入ってきたのは皆守。やっぱり寝てたか。
「皆守くんっ、遅いよ!」
「うるせぇな。おれはもう関係ないだろ。何度もメールしやがって」
「だってせっかく九ちゃんが帰って来てるのに! それに、まだ墨木くんの問題が解決してないんだよっ!」
「真犯人は捕まったんだろ? 心配しなくてもすぐニュースになる」
「あ、そうか、発砲事件の方の報道がないのか」
 何か違和感があると思ったら。まあ被害者は同じ人物なので関連して今後明かされていくのだろう。
「この被害者ってのは何やったんだ?」
「さあな。暴力団から何か盗んだらしいな。病院から連れ出されたのも、その在り処を吐かせるためじゃないか」
 さあな、と言いながらしっかり把握している。
 捕まった、ってまさか情報収集のためじゃないだろうな。
 真里野と墨木は相変わらずその暴力団のやり口に怒っている。九龍もレリックドーンなどを相手にしていると気持ちが麻痺してくるが、こういったことに怒れる心は大事だ。
「盗んだってことは……悪い人?」
「おれや墨木を襲ってきた奴らを見る限り、カタギじゃなさそうだがな」
「そうダ、あの連中は……無事であろうカ……」
「暴力団に捕まってたが」
「おい、やばいだろ、それ」
「事務所に連れて行かれたんだから一緒に助けられたんじゃないか? 盗んだ奴への脅しに使うつもりだったみたいだから痛めつけるぐらいはされてるかもしれないが」
 そうか、2階から飛び降りたのはそやつらか、と真里野の呟きが聞こえる。
 無事ではすんでないということだが、それならそもそも皆守の蹴りを食らった時点で無事ではないだろう。あれは本気を出すと骨を砕く。
「しかし例え悪人でも裁くときは正々堂々とやるべきだ! 怪我人相手や、まして一対多数など言語道断! さらには人質などと…!」
 真里野の言葉を聞きながら、九龍は真里野と戦ったときを思い出した。
 ……コウモリとか、その辺はやっぱ数じゃないのかな。あのときはバディも居なくて正真正銘一人だったなぁ。
 さすがにそれは口に出せなかった。そもそも真里野も墨木も、あの頃とは変わったのだから。
 九龍はもう1度墨木に視線を移す。
「墨木」
「ハイっ!」
 途端にぴしっ、と背筋が伸びる。
「何か、困ったこととかさ、嫌なことあるなら最初から相談しろよ? 何かショックだし」
 再びガスマスクを付けていたことが。
 あれだけ外すまでに時間がかかったこともある。
「はっ……も、申し訳ありまセン!」
 墨木は謝ったが、それはちょっとずれてる気がする。
 九龍が困っていると取手が言った。
「そうだよ。ぼくは家が近いから何かあったらすぐ行けるし」
「我々だってそう離れてはおらん。いつでも駆けつける」
「そうそうっ! また一人でガスマスク被っちゃわないでよね!」
 結局八千穂がそう続けた。墨木が視線を落とす。
「自分は……自分はまだ弱いのでありマス。逃げているときも、マスクを付けて隠れてしまいたくて仕方なかっタ!」
「うん、だから付ける前に相談しろっての。おれたちの前なら大丈夫だろ?」
 そこを否定されると本当にショックだが。墨木は当然のように頷いてくれた。
「それから墨木さん」
 そしてそれまで黙っていた七瀬が、話が終わったのを見計らったように言う。
「ご近所付き合いも大切にされるといいです。私たち以外にも、味方になってくれる人はたくさんいます」
 ああ、そうだ。
 仲間内だけで閉じこもっていては一緒なのだった。
 そこに思い至らなかった九龍は反省しつつ、こういう意見が出てくるのも仲間の良さだと思う。
 九龍は皆守を見た。
「……何だよ」
「お前も何か言え」
「おれは巻き込むな」
「おいこら」
 求めてる答えと真逆だろうが!
 九龍は怒ったが、何故かみんなは笑っていた。墨木まで。何でだ。
「皆守ドノは本当に困っているときは、助けになってくれるでありマス!」
「拙者もそう思う。それに」
 真里野は八千穂と目を合わせる。
「え?」
「八千穂どのが居れば、いつでも引きずってこられるだろう」
「そりゃそうだ」
 九龍も笑った。皆守一人苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 別に八千穂に限らず、皆守は誰に言われてもそうなのだろうが、皆守にそれを言える人物の代表が八千穂なのだ。学園時代は怖いもの知らずとも言われていたが、何のことはない、皆守を怖がっていないだけだ。
「よしっ、それじゃ解決したなら遊びに行こうぜ。急いで探索終わらせたから時間あるんだよな」
「ホントにっ? 行こう行こう!」
 いつも一番にはしゃぐのは八千穂だが、誰もが反対もせず付いていく。皆守は文句を言ったり面倒くさげにしながらも必ず最後尾に居る。
「墨木。心配かけた詫びだ、今日はお前が仕切れよ」
「え、えええっ!?」
 慌てた墨木の背中を八千穂と2人で押しながら、3人はまとめて駆けて行った。


 

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