君の素顔が見たいから─2

 真昼間の発砲事件。
 撃たれた男は現在も入院中。意識不明の重傷で証言は取れていない。そもそも背後からの銃弾で、相手を見ているかどうかも怪しい。
 男は、暴力団と揉め事を起こしており、その絡みによる事件だと思われている。
「……じゃあ墨木くんが疑われる要素ないじゃんっ!」
「まさか、墨木が暴力団と関わりがあるとでも思われているのか!?」
「もし、本当に警察に目を付けられているのなら、そのまさかかもしれません」
 七瀬が調べた情報に八千穂と真里野が反応する。情報と言っても、これらは全て新聞等の報道で手に入れることが出来るものだ。実際聞き込みを行ったわけでもない。
 それを聞いていた取手がおずおずと言葉を出した。
「警察というより……近所の人たちは完全に犯人扱いだよ。どこかから噂が出てるんだと思う」
 七瀬は頷いてくいっと眼鏡を上げた。
 目立つ人間は噂の対象になりやすい。
 ガスマスクを外した墨木は、容姿が特に目立つわけでもなく、それほど注目されていたとも思えないが、部屋の中を見たことがある人間の中には異常だ、と感じる者は居るだろう。そこからの噂だと思う。理解されにくい趣味は面白半分か、嫌悪感を持って語られるものだ。
「そういった噂を止めることは難しいです。取手さんの言う通り、真犯人が見付かることが一番だと思います」
 それについては九龍も賛成してくれた。
 探索の合間を縫ってメールを送ってくれている。墨木が最初に素顔を見せたのが九龍であるだけに、再びガスマスクをしていたことはやはり気になるようだ。
「でも……犯人って……やっぱり暴力団?」
「その可能性は高いですが、断定するのは危険です。特に警察が張っているのならば、何らかの根拠があるはずです」
 あまりに手がかりがなくて噂を頼りに、ということもあるだろうが。
 それにしても事件から二週間。墨木はずっと部屋の中に閉じこもったままだ。それをただ見張っているだけとも考えにくい。
 だからとりあえず墨木を外に出してみる。
 それは九龍からの提案だった。
 七瀬だけが聞いたその案を、八千穂たちも皆守すら知らない。墨木が動けば、見張り(居るとして、だが)も動くだろうと。危険ではないのかと言えば、皆守に任せとけと言われた。だから、七瀬は信じることにした。
「暴力団だった場合、暴力団を捕まえるんだよね……出来るかな」
 そして取手はそんなことを言っている。出来るかもしれない、が前提になる辺り、この人も九龍のバディなんだと思う。
「暴力団ならば拙者が成敗してくれる。問題ない」
「……警察に任せてください……」
 七瀬は小さくそう言ったが、誰にも聞こえなかったようだった。










「おいおい……」
 墨木を連れて外に出れば、見張りの視線が動くのがわかった。どうしたものかと思う間もなく、皆守たちは囲まれている。金属バットや木刀はまだともかく、鉄パイプはいかにも凶悪だ。どうやら見張っていたのは警察などではなかったらしい。
 皆守は背後の墨木に視線をやった。
「こいつらに心当たりは?」
「……ナイ……」
 視線に怯える墨木だが、こういった輩には逆に強い目を向ける。あからさまな敵意。反抗してもいいと思うからだろうか。
 皆守はアロマパイプを取り出すと火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。その間、男たちはただ黙ってその動きを見守っていた。視線を動かしながら人数を数える。6人。墨木と2人なら問題はないレベルか。
「……で」
 状況が動かないので皆守が自ら声に出す。
「何の用だ?」
 睨みつけるのも面倒で、どうでも良さげな声になる。正面に居た男がようやく声を上げた。
「お前に用はない。その男を引き渡せ」
「渡せと言われても、おれのものじゃないしな。墨木、付いていく気はあるのか?」
「貴様らッ、何故自分を狙ウ!」
 墨木は既に戦闘の構えだ。殺気だった連中に囲まれて興奮しているのだろうか。銃は手にしていないが、ここで取り出しでもしたらやばい。例えエアガンでも。
「惚けるなっ! ダイさん撃ったのお前だろっ!」
 男の一人が叫んだ。
 ダイさん?
 疑問に思う間もなく、その一人が動く。他の連中も一斉に飛びかかってきた。
「やれやれ……」
 パイプを噛み締め、ポケットに手を入れたまま、皆守は攻撃を交わし、2〜3人まとめて蹴り飛ばす。
 墨木も綺麗に木刀を受け止め肘を男の腹に叩き込む。そのまま木刀を奪い、別の男の武器を弾き飛ばした。
 肉弾戦は苦手だとか近接戦闘は苦手だとか言っていたこともあるが、一般的に見れば十分強い。皆守がそれを眺めながら体を引くと、背後から迫ってくる男が視界の端に見えた。手にしてるのは──ナイフ。
 皆守は咄嗟にその腕を掴むとその状態で蹴り飛ばす。刃物まで持ち出してくるか。あまり騒ぎになるのもまずい。
「墨木っ、一旦引くぞ!」
「逃がすかっ!」
 皆守の言葉にかぶさるように男が叫び、墨木にしがみつく。その間に別の男がまた何か取り出した。
「スタンガンかよ……!」
 完全に喧嘩をしにきている。皆守は駆け寄って男たちを蹴り飛ばす。起き上がってくると面倒なので、今度は完全に手加減抜きだ。骨ぐらい折れているかもしれない。
「行くぞ墨木!」
 確認もせずに走り出す。墨木が着いて来ているのは気配でわかった。背後で女性の悲鳴が聞こえる。思わず振り向いたが、どうやら倒れている男たちを発見して驚いただけらしい。慌てて逃げる前、確かに女性の視線がこちらに向かったのがわかった。
「……まずいな」
 墨木の姿が見られたかもしれない。倒れている男たちも、誰にやられたかと問われれば墨木の名を挙げるだろう。実際はほとんど皆守なのだが。
「墨木、先に行け」
「はっ?」
「携帯は持ってるか?」
「持ってるガ……充電していないので使えナイ」
 それで通じなかったのか。
 皆守はため息をついて自分の携帯を墨木に投げた。
「八千穂か七瀬か取手か……場所がわからなかったら誰でもいいから連絡しろ。 おれもすぐ追うが、待つなよ」
「皆守ドノ!?」
 皆守は来た道を引き返す。
 口封じぐらいしておくか、無理ならば警察には一緒に行き、言い訳ぐらいはしておこうかと考えたのだ。
「面倒くせぇ……」
 心底そう思いつつも、皆守は倒れた男たちのもとへ向かった。










 墨木は息を切らしながらも駅に向かっていた。
 皆守の意図はわかる。自分があの場に居るわけにはいかない。それに、皆守ならば大事にはならないだろうとも思っている。九龍の皆守に対する信頼が、バディたちの間では同じように広まっていた。
 人ごみが近づいて墨木は足を止める。こちらを見ているたくさんの、視線。墨木は思わずガスマスクを握り締めた。
 これをしていれば怖くなかった。誰が自分を見ていようと関係なかった。いや、違う。本当は怖かったが、虚勢を張れた。軍人墨木になることで自分の個は殺せる。
 ゆっくりと歩き出す。
 皆守はまだだろうか。
 先に行けと言われたが、駅で待つぐらいなら。
 自分の姿を隠したくてガスマスクを持つ手に力が入る。
 そのとき、渡された皆守の携帯が震えた。音は消してあったようでその振動だけが伝わってくる。
 携帯に表示されていた名前は、八千穂。
 取っていいものか墨木は悩み、後ろを振り返る。皆守がやってくる気配はない。
 墨木はそれからかなり迷ったあと、ようやく携帯を取った。
「もしもし、」
「あ、皆守──って墨木くん?」
 声ですぐ伝わったようだ。八千穂の声で少し落ち着いた墨木はああ、と頷きもう1度後ろを振り返った。
「先ほど皆守ドノから携帯を渡されたのダ。自分の携帯は充電をしておらず使えナイ。今、皆守ドノは……」
 言いかけたとき、墨木の耳にサイレンの音が響いてきた。
 救急車と、パトカー。
 墨木は携帯を握り締める。
「妙な男たちに囲まれて応戦しタ。どうやら撃たれた男の仲間のようダ」
 ダイさんを撃った、と男たちは言っていた。墨木もニュースで撃たれた男の名前ぐらいは確認している。大門耕治──ダイさん、とは彼のことだろう。
「えっ、じゃあ警察は?」
「警察……ではナイ」
 もし警察が見張っていたなら、喧嘩になった時点で出てくるか、応援を呼ぶだろう。元々墨木は警察が自分に目を付けているとは思っていない。自分は何もしていないからだ。墨木は警察を信用している。
「自分はここで皆守ドノを待つ。もし皆守ドノが捕まるようなことがあれば警察へ向かウ」
 確認するように一言一言墨木は言う。そうして、自分はそうするべきだとわかった気がする。だが八千穂は言った。
「ま、待って! 墨木くん、今どこに居るの?」
「駅前だガ。もう少し確認しやすいところに戻」
「ちょっと待って! あのね、今ニュースでね、撃たれた人が失踪したって。病室が荒らされてて、何か怖い人たちがいっぱい出て行くのを見てた人がいてね。それで、それで真理野くんたちがそっちに行ってて、」
 多少混乱しているような八千穂が必死で伝えてくる。墨木も混乱した。
 墨木は最初犯人を見つけようだとか、疑いを晴らそうという思いはなかった。ただ視線が過ぎ去ってくれるのを待っていたのみだ。皆守に連れ出されて男たちに囲まれたときも、敵意に対して反応しただけだ。
「真理野ドノはどこへ」
「あっ、えっと、多分、その、暴力団?」
 暴力団?
 被害者の男が関係していたというところか。名前はニュースでは出ていなかったし、心当たりがない。
「場所はわかるのカ?」
「うん、月魅が調べてくれたんだけどね。多分だけど、その駅の近くの」
 八千穂の声がそこで途切れた。少し電話口から離れる気配がする。微かに七瀬の声も聞こえてきた。咎められたのだろう。べらべら喋るものではないと。
「……ごめん、墨木くん。そこは、まだ関係あるかどうかわからないから……もし真理野くんたちがそっちに行ったら止めてくれる?」
 やがて再び電話口に戻った八千穂はそう言った。
 駅の近くということは、真理野たちはこの駅に降りてくる可能性が高い。墨木はそれに思い至り、人ごみに視線を移した。
「自分も真理野ドノも関係ない者を、傷つけたりはしナイ!」
「うん。そうだよね。月魅も気にしてるんだ。暴力団が怪しいって情報ばかり与えちゃったから……」
 でも撃たれた人どこに行っちゃったんだろう。
 八千穂が呟くように言う。心配しているのがわかって、墨木は思わず姿勢を正す。
「心配ナイ! 病室から怪我人を連れ出すような卑劣な奴らには必ず正義の鉄槌が下ル!」
「そうそう! 真理野くんもそう言って……あれ?」
 おそらく同じ考えで真理野もこちらに向かっている。
 見逃すまいと墨木は駅を見つめたままそう言う。
 八千穂の慌てたような声が聞こえてきた。
「だ、駄目だよ? 乗り込んだりしたら。まだわからないんだからね!」
 ならば確認に行けばいいのだ。
 墨木はそう思ってる。
 最初から暴力に訴えるつもりはない。それでは、先ほど墨木を襲ってきた連中と同じだ。
 奴らは……。
「あの者たちは何故自分を……」
 そうだ。元々暴力団絡みとはニュースでもやっていたはずだ。ならば自分が犯人扱いされたのは何故か。暴力団の一員とでも思われているのか。
 そのとき駅から出てくる真理野と取手の姿が墨木の目に入ってきた。


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