今すぐ行くから待ってろよ!─12

 金色で、両開きの大きな扉。
 見覚えのあるそれが、遺跡の最終地点であることを示していた。
 九龍はゴーグルを付けると、剣は一旦仕舞い、銃を取り出す。大型の敵相手には迂闊に突っ込むわけにはいかない。弾の確認をしてしっかり両手で抱える。九龍のほぼ後ろに皆守、斜めには八千穂が付いた。数歩下がって真里野、後ろに七瀬と春奈が並ぶ。
「……行くぞ」
 扉に手をかける。
 錠は付いていなかった。ここまで来ること自体が、おそらく開錠の条件。
 ゆっくりと開かれていく扉。HANTが新しい空間を感知する。広い。あまり明るくはなかったが、暗視ゴーグルを使うほどでもない。見通しは良さそうだ。
 中に入ってすぐさま目に付いたのは、中央付近に立っていた……子ども。
 化人には見えない。ごく普通の現代人の格好をした、少年だ。
「え……?」
「だ、誰?」
 少年が九龍たちを振り向いた。その瞬間、背後で叫び声が聞こえる。
「ひろ……くんっ。ひろくんなの!?」
 春奈だ。
 駆け寄るように動いたのを、真里野が背後で制している。
 少年が春奈を見た。
「……誰?」
 小さな声だったが、静かな空間にはよく響く。
「陽子……春奈陽子。ひろくん……」
「ようちゃん? ようちゃんなんだ……」
 少年は少し悲しげに言った。銃を握り締める九龍に、背後で皆守が囁くように言う。
「おい、あいつ」
「……わかってる」
 少年は7〜8歳ぐらいだろうか。近付いてくる少年に、九龍は緊張を走らせる。春奈が真里野に止められたまま、叫ぶ。
「ひろくんっ、あのとき私、私、ひろくん置いて逃げちゃって……」
 ああ、やっぱり。
 予想はしていたが、この少年が春奈の言う「妄想だったかもしれない男の子」なのだろう。春奈の言葉に、少年は益々悲しげに顔を歪める。
「春奈さん、落ち着いてください」
「な、何なの? 陽子の友達、なの?」
 八千穂はまだ事態を理解していない。九龍は少年から目を逸らさず、ゆっくりと近付いてく。それは、春奈たちから離れるためでもある。
「ようちゃんのお守りを取ったのはぼくだよ」
「で、でも、あれ、生贄の証だったんでしょ! 私を助けるために……」
 春奈の言葉が途切れた。
 何故今この少年がここに居るか、何故成長していないのか。
 そこまでは考えが及んでいない。
 真里野と七瀬が春奈を引き剥がしていくのを気配だけで感じる。
「そっか……。知ってるんだ……。生贄の、」
 少年が前触れなく右手を上げた。はっとした九龍が動くより早く、何かがその手から放たれた。熱風が九龍に向かう。瞬間、九龍の体は左へよろけていた。
「ちっ……」
 九龍を引っ張ったのは背後に居た皆守。
 だが狙われたのも皆守だろう。皆守が九龍から離れる。少年の視線は皆守の方を追った。
「あー、やっぱりそうか……」
 九龍は改めて銃を構えた。
「き、九ちゃん!?」
「お前、墓守だな?」
 少年に照準を合わせる。少年は振り向きもしない。
 最後の部屋に居た人間。微かに漂う魔の気配。部屋の空気と同調している。
 HANTが音を立てた。
『敵影を確認。移動してください』
「遅ぇ」
 少年の攻撃が出るまで反応しなかったHANTに愚痴る。仕方ない。本当の人間、はわかりにくい。九龍も理論より勘で判断する。少年は、生贄を捕えるために居る。
「おい、こっち向けひろくん」
 名前を呼ぶと少し反応した。だが少年は皆守から目を逸らさない。皆守がやれやれとため息をつく。
「どうするつもりだ?」
「殺す」
 少年が跳んだ。皆守が避ける。蹴りを入れられるタイミングだと思ったが、皆守の足は上がらない。九龍は思わず叫ぶ。
「おいっ、ちゃんとやれっ!」
「って言ってもな……!」
 さすがに子どもの姿だと攻撃しにくいか。
 だけどこっちは攻撃しようと思ったら武器だぞ。蹴りの方がまだいいんじゃないか。
 それでも九龍は少年の動きに合わせて銃を揺らす。墓守は墓の奥で守られている。銃で撃っても大したダメージにならなかったりするが……。
「邪魔」
「うおっ」
 少年の呟きが聞こえた瞬間、あたりにクモやサソリが現れる。九龍は慌ててそちらに照準を変えた。弱い、が、数が多い。
「やっちー! 真里野!」
 銃から剣に持ち替え九龍が跳ぶ。ついでに叫べば、スマッシュも飛んできた。真里野が木刀を振るう音も聞こえる。九龍はクモを払いながら、その勢いで少年に向かった。少年の肩目掛けて剣を振り下ろす。
「や、止めて……!」
 叫ぶ声は春奈のもの。一瞬動きが止まった九龍に、少年が振り返った。
「やばっ……」
「九龍っ!」
 攻撃態勢の途中。避けられない。
 だが少年の攻撃が振りかかる寸前、九龍の体は背後に吹っ飛んだ。
 皆守の蹴りだった。
「お、お前っ! もっと優しく出来ないのか!」
「無茶言うなっ!」
 床に体を打ちつけた九龍が文句を言うが、皆守の方もそれどころではなさそうだった。先ほどより威力の低そうな攻撃が、連続して繰り出されている。背後に追い詰められていく。九龍は急いで立ち上がると、八千穂に言った。
「やっちー! ひろくんにお仕置き!」
「よーし。いっくよー!」
 相変わらず自分のスマッシュの威力をわかっているのかいないのか。
 八千穂の放ったテニスボールが、少年に直撃した。
「あれっ?」
 あまり効いていない。やはり、墓の力がある。
 今度は躊躇わなかった。
 九龍の放った銃弾が少年を背後から襲う。
 肩、腕、腰、足。
 順番に打ち込み、大きな反応があったのは足。
 立て続けに打ち込むと少年がよろめいた。
「止め……」
「春奈さん、待って……!」
「春奈どのっ!」
 春奈の声と、近付いてくる気配。
 まずい。
「九龍くんっ! お願い止めて!」
「ちょっ、春奈ちゃん……!」
 腕を取られ、慌てて振りほどこうとするが、がっしり捕まれ離れない。説明しておくべきだった。墓守のこと、墓守の力。
 そんな時間がない。
「皆守くんっ!」
 少年が体勢を取り戻し、再び皆守に向かっている。
 八千穂の声に顔を上げれば、皆守が壁に叩き付けられるのが見えた。
「ぐっ……」
「甲太郎!」
 避け切れなかったのか。こちらに気を取られたのか。
 少年の右手が再び上がったのを見て、九龍は銃を構え直した。
「ちょっ……」
「危ないよ!」
 春奈にしがみつかれたまま、少年の足元に銃を乱射する。狙いがふらついて何発も外すが、確実にダメージは与えている。足元で良かった。胴体辺りだったら、その先にいる皆守にも当たる。
「大丈夫! 死なないし怪我しない! おれが、助けるから!」
 理解してくれるかどうかはわからないが、何も言わないよりマシだ。必死で止めようとしてくる春奈に叫んだ。少年の大きな悲鳴が聞こえる。ついに、その場に倒れた。
「ひろくんっ! もう止めとけっ!」
 倒れたままの少年が怒りの目を向ける。床の上で呼びかけるように大きく叫んだ。
「お父さぁぁんっっ!」
「え?」
「わっ……!」
 少年は叫んだと同時に意識を失ったかのように完全に床に突っ伏した。
『高周波のマイクロ波を検出』
「おしっ、今回は早い!」
 HANTの声を聞きながら、九龍は銃のリロードをする。部屋の隅にあった大きな石造の影からのそりと何かが現れた。人の何倍もある体。明らかな、化物。
 七瀬たちが駆け寄ってくる。
「七瀬っ、ひろくん頼む! 春奈ちゃんも!」
「え、あ……」
 少年が倒れた時点で、呆然と手を離していた春奈が七瀬に引きずられるようにして少年のもとへ向かう。入れ替わるように、皆守が向かってきた。
「大丈夫か?」
「……ああ」
 皆守がアロマをくわえる。八千穂も九龍の側まで駆け寄ってきた。
「これが、遺跡に眠る権力者って奴か?」
「……そう、だな」
 お父さん、と叫んだ子どもの声が頭に響く。
 九龍はそれを振り払い、敵に向かった。










 春奈の目の前に、少年が横たわっている。妄想だったかもしれないとも思い、誰にも言えなかった。名前すら、ここに来るまで忘れていた。その少年が、当時と変わらぬ姿でそこに居た。
「春奈さん、もう少し下がりましょう」
 七瀬が少年を抱き抱える。少年はぴくりとも動かないが、呼吸をしているようには見えた。銃で撃たれたにも関わらず、どこからも血は流れていない。
 春奈はそこでようやく思う。
 ……本物の、銃のわけがないんだ。
 麻酔弾、にしてはおかしいし、音と反動に驚いてしまったが、玩具の類だったのだろうと思う。
 七瀬と共に壁際に下がりながら、春奈は九龍たちへと目を移した。
 部屋の中央付近で、巨大な化物と戦っている。人の形をしてはいるが、異様に大きな腕と膨れ上がった背中が異質を感じさせる。先ほどまで銃を撃っていた九龍が、今度は剣に持ち変えていた。皆守が飛び、背中へ蹴りが入る。
 化物の悲鳴が響いて、春奈は耳を塞ぎたくなった。
「……ひろくん」
 遺跡では、不思議なことばかり起こる。
 鬼に食われたと思っていた少年が生きていた。それだけなら、喜び溢れる出来事なのに。
「ようちゃん」
「ひ、ひろくん!?」
 少年の声に、慌てて春奈は視線を移す。「ひろくん」が目を開けていた。春奈を見つめ、不思議そうに瞬きをする。
「ようちゃん、大人になっちゃった」
「……うん。何で、ひろくんは子どものままなの?」
「……わかんない。ここにずっと居たらそうなるんだって。だからお父さんも」
 少年が体を起こした。そして、化物と戦う九龍たちの姿を目に入れる。
「お父さん……!」
 立ち上がりかけた少年を制したのは七瀬だった。意外に強い力が、少年を押さえつける。
「あちらは危険です! お父さんとは、」
「あそこに居るのはお父さんだよ! お父さん、もうずっと食べてないから、早くあのお兄ちゃん食べないと死んじゃう!」
 その発言に、春奈も七瀬も顔を強張らせた。
 動きが止まってしまった隙を縫って、少年が駆け出す。聞こえていたのか、九龍は振り返らずに怒鳴る。
「やかましいっ! 人食って生きる奴は人に倒される運命にあるんだよ! こいつはもう寿命だっ!」
 そんな言い方──。
 春奈も思わず立ち上がる。
 少年は一瞬足を止めたが、そのまま再び駆け出した。向かう先は、皆守のもと。皆守の目の前には、敵が居た。
「あ、危ないっ!」
 皆守への攻撃範囲に少年が入る。皆守が咄嗟に少年を抱えて跳んだ。間一髪避けるが、少年は皆守の腕を振り払い、皆守に攻撃を仕掛ける。
「うあっ……!」
 体勢の悪かった皆守がまともに食らい悲鳴を上げた。少年が「父」と呼んだ化物を振り返る。
「お父さん! 生贄は──っ」
 化物が振り上げた腕は、少年を弾き飛ばした。
「きゃっ……!」
 どんっ、とその直線上に居た八千穂に少年がぶつかる。2人はもつれるように床に倒れる。
 皆守は腕で上半身を起こしているが、ダメージが大きいのかそれ以上動けない。
 振り下ろされた腕を止めたのは──真里野。
「剣介さん!」
 いつの間にか七瀬たちの側を離れ、九龍たちの方へ向かっていたらしい。
 化物の力を受けた木刀がみしり、と嫌な音を立てる。
「くそっ! これでも食らえっ!」
 九龍の声は化物の背後からだった。
 瞬間、銃声とは比べ物にならない爆音と、爆風、そして煙が辺りを包んだ。
 思わず目を瞑った春奈は、どおぉん、と化物が倒れたのであろう大きな音を聞く。
『敵影消滅。安全領域に入りました』
 静かになった空間に、そんな機械音が響いた。


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