今すぐ行くから待ってろよ!─13

 化物が消え、そこに残ったのは一本の刀だった。
 唯一立っていた真里野がそれを拾い上げる。HANTが反応を示した。これは秘宝、なのだろう。
 少年が床に膝を付いたままこちらへ寄ってくる。爆風で飛ばされていた九龍も、ようやくそこで体を起こした。
「みんな……大丈夫か」
 七瀬と春奈は位置が遠かったので大丈夫だろう。八千穂は少年の直撃を食らって倒れていたが、既に体を起こし立ち上がっている。化物の背中にあった弱点のイレズミに爆弾を叩き付けたのだが、正面に居た真里野と皆守は、化物自身が盾となったのか、爆弾による被害はないようだった。
 皆守は寝転がったままだが。
「おーい、甲太郎ー」
「……聞こえてる」
 息切れしてやがる。
 まあ少年の攻撃の直撃を食らったのだ。手当ては必要だろうとそちらへ向かう。七瀬と春奈も駆けて来た。
「九龍、これは……」
「……ひろくんの、でいいんじゃねぇか」
 刀を持った真里野が戸惑いながら少年を見る。少年は呆然としたまま、それを見上げていた。
「ひろくん、大丈夫!?」
 春奈が少年の側に膝をつく。
 少年がぽつりと言った。
「お父さん……死んじゃった……」
 その言葉に九龍は思わず唇を噛み締める。
 だが、すぐに七瀬が言った。
「あれは……お父さん、なのですか? あなたと血のつながりがあると?」
「わかんない……。でも、お父さんだから守れって言われた。今度からお前が守るんだって。ぼくの家は、お父さんが死んでお母さんしか居なかったから、」
「お父さんが死んで……?」
「え?」
 七瀬の言葉に少年が戸惑いながら返す。
 九龍はそれを耳だけで聞きながら皆守の側に腰を下ろした。
「起きろ」
「だりぃ」
「置いて帰るぞ、ホント」
「ああ、そうしてくれ。寝てから帰る」
「ふざけんな」
 怪我らしい怪我は擦り傷ぐらいで、見た目はそれほど酷くもなかった。多分あちこち打ち付けてはいるだろうが。
「痛ぇ」
「あー、骨は大丈夫そうだな」
 自己申告してくれる気がしないので勝手に診察する。
 嫌がられたが。
 背後で、七瀬が九龍に向かって呼びかける。
「九龍さん、この子は……」
「あぁ。多分血縁があるのは間違いないんだろうけど、」
 墓守の力がある。
「連れてこられただけ、だろうな」
 化物の寿命を引き延ばす場所。
 少年が成長しない場所。
 HANTに記録しながら九龍は振り向かずに頷く。
 とりあえず刀もデータとして取り込んだとき、HANTがすぐさま分析した情報を伝えた。
「……名工の刀だってよ、真里野」
「ああ、そうだろうとは思っていた」
 やっぱりわかるもんなのか。
 刀は権力者が墓に入るとき持っていた唯一の値打ち物だったようだ。
 財宝はなかったか。
「九ちゃん」
「やっちー。やっちーは大丈夫?」
「私は全然平気だよっ。皆守くんは?」
「寝てるだけだから大丈夫」
「お前が答えるな」
 皆守は言いながらも体を起こそうとしない。九龍は笑いながら辺りを見回した。
「多分、あっちが出口だな。みんな帰るぞ。春奈ちゃんも。積もる話があるかもしれないけど、ひろくんは外に出るからな」
 ひろくん、と呼ばれた少年はぽかん、として九龍を見つめると慌てたように首を振った。
「だ、駄目だよ。ここに居ろって……。誰か生贄にするまで出ちゃいけないんだ」
「だから。捧げる相手がもう居ないっての」
 少年が、まだ誰も捧げていないことが今の言葉で証明された。思わずほっと息をつく。
「真里野、ひろくん引っ張ってこい」
「私がやるよ」
「よ、ようちゃん……!」
 春奈が少年の手を握った。その手を、お互いが妙に感慨深げに眺めている。
「帰ろう。今度はちゃんと、」
 春奈の言葉は最後まで聞き取れなかった。
 少年には伝わったのだろう。やがて、小さく頷く様子が見てとれた。










 主を失った遺跡が崩壊する。
 明かりが消え、支えの柱もいくつか倒壊した。
 だが、形はまだほとんど残っている。危険だが、後日また調査に来るかな、と九龍は考えつつ遺跡から出た。
 出口の扉からはいくつかの梯子を上り、出た場所は最初に入った井戸から随分遠い、ほぼ山の頂上付近。
 錆びた鉄板で蓋がしてあったが、普通に歩いていて発見は出来ないだろう。辺りは木や草に覆われている。
「……これは……降りられるか……?」
 既に夜中である。月は出ているが、その光は頼りない。夏だし、方向はHANTで何とかなるが、これから数時間かけて山を降りるのはきついだろうか。怪我人も居る。
「とっとと降りろ。おれは眠い」
「お前、途中で寝るんじゃないか、これ」
 っていうか怪我人はお前だ。
 九龍は皆守を無視して、他の5人に目を移す。七瀬は既に懐中電灯を取り出していた。降りる気満々か。確かに遺跡で野宿の方が、彼女たちにとってはありえないかもしれない。
「九龍、誰か来るぞ」
「え」
 真里野の言葉に反射的に振り向く。
 ぱっ、と辺りが強い光で照らされた。
 がさがさと音がしているのには気付いていたが、こんなところに人が来るとは思わなかった。
 明かりを照らした人物は光の影になっていてよく見えない。
 だが、皆守が気付いた。
「あのときのばあさんか……」
「何? ああ……そういえば」
「ばあさん? 誰だ?」
 九龍以外は心当たりがあったらしい。ようやく九龍もその姿を捉える。70……いや、80近いか?
 老婆は九龍たちの顔を順番に照らし、途中で驚いたように光が揺れた。
「おばあちゃん!」
 叫んだのは少年。老婆は何かに怯えるように後退さる。
「あんた……あんた、何で」
「お父、さんが、」
 少年が左手に持った刀を老婆に見せた。老婆の目が見開かれる。
「中の奴は死んだよ。遺跡も半壊だ」
 九龍が淡々と告げ、光が大きく揺れたあと、地面に落ちた。
 少年が老婆に駆け寄る。
「……あのばあさんが、子どもを騙したのか?」
「……まあ……多分な」
 伝説や伝承に縛られる家系というのはある。それは例えば……阿門のように。
 皆守にも伝わったのだろう。それ以上は何も言わず沈黙した。
 老婆が少年を抱きしめ、涙を流す。
 遺跡に捕らわれたものたちは、解放された。
 九龍はふと、皆守を見上げる。
 薄暗い中、表情はよく見えないが、皆守はじっと少年たちを見つめていた。










「ただいまぁ〜!」
「や、八千穂さん、お静かに」
「あっ、そっか。うん」
 真夜中になって、九龍たちは宿に辿り着いた。老婆の照明と道案内のおかげもあり、思ったよりは早く辿り着いたと思う。
 そんな時間にも関わらず、宿は扉を開けてくれ、九龍や真里野といった追加宿泊客も淡々と受け入れた。
「やっちーたち、シャワー浴びる?」
「浴びる浴びる。もう、土だらけだよ。汗もかいちゃったし」
「春奈さんはこちらで良かったのですか?」
「何を今更ー。まだいろいろ話したいこともあるし、聞きたいこともあるし。何か今日も寝られないかも」
「あっ、私も。久々の遺跡探索だったしね!」
 3人は部屋に戻って準備をするのだろう。手を振りながら入っていく女性陣を見送り、九龍たちも隣の部屋へと向かった。
「甲太郎はどうすんだ」
「眠ぃ」
「だろうな」
 部屋の真ん中には布団がしきっぱなしだ。
 皆守がそれに向かって倒れこむように眠る。
 九龍と真里野は顔を見合わせたあと、自分たちの布団を引っ張り出した。
「真里野、悪かったな。合宿中だったのに」
「何、九龍の頼みとあらば当然のことだ。皆守の危機でもあったし、」
「七瀬にも会えるしな?」
「そ、それはっ」
「相変わらずだなお前」
 慌てる真里野に笑いながら、九龍も着替えを引っ張り出す。
 慌しく準備をしたため、荷物の大半は、まだ中国にあったりする。
「……悪かったな」
 ぽつりと、眠る皆守の方から声が聞こえた。
 一応、両方に向けたのだろう。
 九龍はにんまりと笑うと、その隣へ移動する。
「おう。で、明日にはもう戻らなきゃならないんだが、勿論お前も来るよな?」
「…………………は?」
 しばらくの間を置いて、皆守が驚いたような声を上げる。
「言っただろ。バディが居なくなってんだよ今。暗闇に参るような奴じゃ困るしさ。手伝ってくれよ。っていうか手伝え」
 こちらに向かいながら、それはもう九龍の中で確定事項だった。
 皆守なら手っ取り早いじゃないかと。
 暗闇でも平気だし。
「おれはごめんだ。もう疲れた」
「皆守……九龍の頼みを断るというのか」
「お前がキレんな」
「断らせないから大丈夫。あー、パスポート取りに一度東京に戻るか。じゃあ真里野、明日は七瀬たち頼むぜ」
「はっ? い、いや、拙者はもう、合宿に……」
「後一日ぐらい居てやれよ。七瀬にはいろいろ調べもの頼みたいしさ。男手必要だろ」
 八千穂が居れば要らない気はするが。
 真里野は納得したのか、納得したかったのか、結局頷いた。
 皆守だって、明日になって引っ張っていけば着いて来るに決まっている。
 ……バイト代は払うんだから。
 それはまだ言ってやらないことにして、九龍はひとまずシャワーを浴びに外へと向かった。
 皆守は朝まで眠ったままだった。


 

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