今すぐ行くから待ってろよ!─11
金属バットを握り締める。
物が何であれ、何かを握っているというのは少し落ち着く。
九龍と合流した次の部屋は、水で溢れていた。離れた場所にいくつか足場があったが、どうやってもジャンプでは届かない。水の中を泳ぐか……ぎりぎり足が着くか? などと考えていたが、九龍がロープを使って一人足場を渡り、奥で何かの作業をした後、水は引いていった。完全ではなかったが、これなら足首が濡れる程度ですむ。
トレジャーハンター。
春奈たちが迷った最初の部屋の解除方法も早々に見つけていたようだし、これがプロの仕事なのかと納得する。
ぞろぞろと九龍の後を着いて歩きながら春奈は考えていた。
この遺跡の意味、そして目的。
七瀬の語った話は、あまりに荒唐無稽だと思っていたが、こうして小さな部分で実体験を繰り返すと、大きな部分もまた、正しいのではないかと思えてくる。
寒さで弱らせ、敵で弱らせ、水で弱らせる。
嫌な仕掛けだ。敵、に関してはお守りを持っている限り襲われないはずだが、弱らせるまでならありなのだろうか。
あまり考えたくもない。
九龍が次の部屋の扉を開ける。次は針だ、と言われた。
春奈は再びバットを握り締める。
もう、はっきり思い出していた。
この遺跡で会った一人の少年。
お守りの板を渡されて、春奈は奥まで進んだ。
化物から身を守ってくれるはずのそれを、最後の最後で奪われた。
少年の顔が浮かぶ。
笑っても泣いてもいない。むしろ、どこか怒っているようだった。
逃げて。
その子の声が浮かんだ。
あのお守りは生贄の証だという。
ならば最後にその証は少年に移った。春奈は、ようやくそれを理解した。
少年は、自分を守ったのだ。
「……何で」
これだけはっきり思い出しても。少年と遊んだような覚えがない。地元の子だったとは思えない。自分の身代わりになるほどの、何があったのか。
「どうしました? 春奈さん」
「う、ううん。何で……忘れてたのかなって」
あんなに長い間はっきりしなかった記憶が。遺跡の奥に向かうたび鮮明になる。七瀬は言った。
「おそらく遺跡の呪い……に近いのかと。皆守さんが遺跡に呼び寄せられたこと、私があの板について忘れていたこと。何らかの力が作用していると思われます。この遺跡のことも……もし、誰かを逃がしたのなら、その存在を隠すために忘れてしまうのかもしれません」
「……そっか」
井戸を覗き込んでいた自分。
誰かに生贄として捧げられたわけではない。本当に、事故で落ちたのだ。あの場所への立ち入りは、あれ以来厳しくなった気はする。小屋に置いていた私物も全て出されていた。大人たちは、何かに気付いていたのだろう。
「春奈さん、危ないです」
「わっ」
目の前の八千穂にぶつかりそうになり、慌てて足を止める。八千穂の前に居た九龍と皆守が居ない。何か風を切る音がいくつもしていた。
「これが針の部屋ですか……」
「あ、針が飛んでるの? 矢かと思った」
「矢かもしれません……私には確認できません。ただ、普通の矢よりは小さい気がします」
八千穂の軽い疑問に七瀬は答える。
殺傷能力が低い、ということだろうか。死なせないためなら……当然か。
前の2人は、仕掛けを解除に行ったのだろう。考え事をしていたせいで周りの動きに気付いていなかった。七瀬の後ろ、最後尾を歩いていた真里野が、女性陣を守るように前に出る。
「……こういう部屋が続くの?」
「伝承の通り全てを行うなら……あと7部屋」
「わあ……」
言葉を失った。
化物が出てこないなら、九龍たちに任せるだけなのでそう問題もないかもしれないが。
だが、その思いとは裏腹に、続く部屋では立て続けに化物に遭遇することになる。
春奈はバットを構えたまま、壁から動くことが出来なかった。
仕掛けは面倒だが、敵は弱い。
既にほぼ回復している皆守と、九龍とで1〜2撃与えるだけで敵は消滅する。勿論、武器を持たない普通の人間にとっては脅威だろうが、九龍がこれまで踏破してきた遺跡からすると、少し物足りないとも思えた。そんなことを言えば怒られるだろうが。
おそらく最後の部屋となるであろう部屋の化物を倒し、仕掛けを解除する。
化物そのものより、部屋の寒さや暑さが体力を削いでいる。仕掛けは、道具がないと難しいものが多く、まともに皆守だけで進んでいればかなりの時間がかかっただろう。
これじゃ最後の部屋までに体力残らないだろうが。
先に進んでいた皆守への怒りは、まだ多少あった。それは皆守だけの責任ではない。あの板を持ったものを意識的に誘導していたのだろうとはわかっている。
多分、真里野も含めた全員が先に向かったことで、置いていかれた感覚が強かったことも、もやもやの原因だろう。認めたくはないが。
「……もう日が暮れてるなぁ」
遺跡の中では時間がわかりにくい。自分の腹具合で判断したが、HANTで確認すると、確かにもう夜と言える時間だった。九龍は背後を振り返る。
最後尾を任せていた真里野は、部屋の中に入ると女性たちの前に立った。八千穂はラケットを握り締めているが、ほとんど出番はない。真里野も同じだ。
お守りの方は、人を変えても効力があるようだったので真里野に渡した。
七瀬に持たせるのが一番いいのかもしれないが、最終的に生贄にされる人物が持つものだ。どこでその判断がされるのかわからないので怖い。
真里野は常に七瀬を守るようにして立つため、真里野が持っていても同じだろう。
「あー、だるい……」
「あー、漸くいつもの台詞だ」
仕掛けを解除し、皆守の声を聞いて九龍は笑う。その場に腰を下ろして、真里野たちを呼んだ。
「……いよいよですか」
「多分な。その前に腹ごしらえしとこう。ここはまだ過ごしやすそうだし」
「……そうか?」
皆守の疑問の声。
壁や天井から杭が飛び出している部屋は、見た目も不気味で壁にもたれかかることも出来ないが、仕方ない。座れる場所があるだけマシというものだ。
この扉の先が通路である可能性も高く、それなら一番平和なのだが、確信は持てないのでこの部屋に留まる。手持ちのパンを分けていると、八千穂がいまだ持ったままだったコンビニ袋からハンバーガーを取り出した。自分用のもあったのか。
「さすがに九ちゃんは準備がいいね!」
「その言葉、そっくり返すよ」
笑いながら皆守にはカレーパンを投げる。昼間も同じものを食べていたが、別に気にしないだろう。三食カレーでも気にしない男だ。むしろ喜んで食べる。
「春奈ちゃん、アンコとか大丈夫ー?」
「あ、うん、ありがとう」
春奈にアンパンを投げる。
真里野には当然おにぎりだ。七瀬にもそれを渡した。八千穂にはやきそばパンだったが、ハンバーガーを食べてるのでこちらはいいだろう。
「次が……最後?」
「ああ、聞いた? 多分な。ここアイテムも何もなくてつまんねぇなぁ」
HANTを開いて情報入力しながら九龍は言う。
化物から回収出来た品物はあったが、お宝の類がない。伝承通りなら、眠る権力者の周りは財宝に覆われているらしいが。
「その、生贄ってのは……どうなるの? 襲われるの?」
「さあな。まあ殺されるか……それに近い状態になるのは間違いないだろうな」
行方不明者は帰って来ない。
純粋に襲われ、精気を吸われるのか、腹を満たされるのか。
それとも天香のときのように遺跡の力となるため仮死状態におかれるか。
おそらく前者だろうと九龍は思っている。
鬼に食われる、との伝承。これは、元は比喩ではない。その権力者にかかっていた罪の疑惑は──人食い。
七瀬も知ってはいるが、お互い口には出さなかった。
「あ、そうだ。真里野、お守り返せ」
「ああ。……九龍が持つのか?」
「いや、甲太郎」
「……だろうな」
「カレーパンで完全回復しとけ。攻撃はしなくていいから」
回避能力が一番高いのは皆守だ。
真里野から受け取った板を九龍は皆守に投げる。
「それで、出来れば最後の部屋はおれと真里野と甲太郎だけで入りたい。おれたちが帰らない場合……そうだな、1時間経っても動きがなかったら七瀬は引き返す方法を考えてくれ。八千穂はみんなを守る」
「うんっ」
「……わかりました」
八千穂と七瀬はすぐさま頷いた。ここまで来たら最後まで、と言われるかとも思ったが。最後だからこそ、引けるのか。あるいは春奈を連れているからかもしれない。
だが、難色を示したのは真里野だった。
「七瀬どの……たちを置いて行くのか?」
「ボス戦ってのは厄介だしなー。真里野も戦力になってくれないと困る」
最悪、板を持たせた皆守は、攻撃できないという可能性もあった。七瀬や春奈という戦力外の女性陣を守る者も、一名必要だ。出来れば、扉の外で。
「むう……」
それはわかっているのだろう。真里野が納得しているのかしていないのかわからない声を上げる。
真里野と八千穂を逆にする、という手もあるのだが、こういうときは男だけで行く方が自然かとつい思ってしまう。ここに春奈がいなければ、浮かばない発想なのだが。
その春奈が、しばらく迷うように視線を彷徨わせた後、言う。
「私……着いて行っちゃ駄目?」
「え?」
予想外の言葉に九龍は目を見開いた。
春奈は、この中で一番怯えているように見えた。戦う力はない一般人で、慣れもないから当然だろう。出来れば早く帰りたいのではないかとすら思っていたところに、この発言。
九龍が思わず皆守を見る。
どういうことだ、と目で問えば、おれに聞くなと言葉で返された。
再び視線を戻す。
「いや……最後の部屋は絶対危ない。守れる自信がない」
きっぱりと切り捨てるように言う。
さすがに無理だ。
だが春奈は言った。
「……それでもいい」
「へ?」
「そいつを……生贄を食う奴を、見たい」
危険を承知で。
春奈の目に決意が宿っている。
一番遺跡への関心も薄いかと思っていたのに。
思い出した記憶に、何かがあったのだろう。
「って言ってもなぁ……」
「駄目って言われても勝手に着いていくから。私のことは放っといていいよ」
「だから無茶を言うな、無茶を」
九龍がため息をつくと、横から更に声がする。
「じゃあ、私が守るよ!」
「……ならば、私も行きます。生贄は一人です。他の者は狙われない可能性もあります」
「な、七瀬どのが入るのなら、」
真里野は言いかけた言葉を止める。
そうなると、七瀬を守るのは真里野になるだろう。七瀬から離れろと言っても無理な話だ。
九龍はもう1度ため息をついた。
「知らないぞ、ホントに。じゃあ攻撃はおれと甲太郎とやっちー。真里野、七瀬と春奈を頼むぜ」
真里野の意図を勝手に了解して、そう指示する。
誰も疑問の声は上げなかった。
次へ
戻る
|