今すぐ行くから待ってろよ!─4

 遺跡で取った写真を添付して九龍に送るメールを作りながら、七瀬はちらりと手持ち無沙汰にしている春奈を見た。
 夕食も済ませ、現在旅館の部屋の中。1〜4人部屋という曖昧な和室は当然2部屋取ってある。皆守の部屋は隣だ。現在八千穂が傷の手当に行くと言ってそちらに向かっていた。八千穂はあまり器用ではないが、手当ては上手い。これも慣れなのだろう。
「春奈さん……テレビ付けても構いませんよ?」
 暇そうにしているので言ってみた。
 春奈は曖昧に頷いて、そのまま七瀬の方に寄ってくる。携帯の小さな画面を覗き込んできた。
「見たいのとか特にないしねー。それより何か大変そうだね。それって誰に送るの?」
 携帯は字数制限があるので何度かに分けて送る。今3通目で、多分これで終了だ。七瀬は手を休めずに答える。
「葉佩九龍という……トレジャーハンターです」
「トレジャー…ハンター……? 宝のハンター……ええと、宝探し屋……でいいのかな?」
「はい。特に超古代文明の遺跡を専門にしている方です」
 まだ戸惑いのある春奈に、七瀬は説明した。
 超古代文明は本当にあったこと。
 この世界には数々の遺跡が眠っていること。
 そしてそこには不思議な力を持つ《秘宝》が存在していること。
 ついでに、七瀬や春奈が講義を受けている大学の教授に、それらを扱う組織と取引のある人が居ること。
 七瀬が今の大学に決めたのは、そういう理由があってのことだった。
 七瀬は将来ロゼッタに所属することがほぼ確定している。
 だが、ロゼッタのことだけははっきりとは言わず「組織」として説明した。
 熱っぽい説明に春奈は多少引き気味だったが、七瀬は構わず続ける。遺跡の発見への興奮がまだ覚めない。どんな秘宝があるのか。どんな叡智が眠っているのか。考えるだけで、今日は眠れなくなりそうだ。九龍へのメールも打ち終わり、七瀬は考えを整理するためにも語り続けていた。
「ただいまー。ねー、そろそろお風呂入ろうー」
 七瀬の言葉を止めたのは、ようやく隣室から帰ってきた八千穂。気付けばもう夜の10時を過ぎている。九龍からの返信はまだない。
 七瀬もそうですね、と漸く肩の力を抜き、同時に春奈がほっと息をついたのにも気付いた。やはり、興奮しすぎたようだ。
「皆守さんは大丈夫でしたか?」
「うん。傷はホントに大したことないよ? 眠い眠いって言うからもう放って来ちゃった」
 明るく八千穂は言う。
 実際あの後、特に痛みを感じてる様子でもなかったのでそれは正しいのだろう。七瀬がちらりと見た背中は、シャツに少しの破れと焦げ目があって、出血はなかった。焼かれて塞がれたとも言えるが。
「一応シャワーは夜中でも使えるけど、お風呂は12時までだって。早く行こう」
 帰りが遅かったのは宿の人と話していたのかもしれない。八千穂は誰とでもすぐ打ち解ける。七瀬と春奈も頷いて準備を始めた。
「皆守くんは行かないの?」
 風呂場に向かいながら、春奈が気にするように隣室を振り返る。僅かにアロマの匂いがした。
「寝ちゃってるもん。どうせお風呂には入れないだろうし、いいんじゃない?」
 背中の傷は湯船に浸かるのは辛いかもしれない。シャワーで済ませるならいつでもいいとのことだが、それでも常識の時間帯というのがあるのではないだろうか。
 まあ、皆守のことだからこのまま朝まで起きないかもしれないが。
「あの……ホントごめんね、やっちー」
「ん? え、私?」
 春奈が八千穂に謝り、八千穂は首を傾げる。
 七瀬も同様だった。春奈が八千穂に謝ったわけがわからない。
 八千穂と皆守が付き合っていると春奈が誤解していたのに気付くのは、もう少し後だった。










「おおお、すげぇ」
 七瀬から受け取ったメールと写真を確認しながら、九龍はホテルの一室で一人声を上げていた。現在九龍は中国に居る。日本との時差はほとんどない。今日の仕事は終了していたのもあって、九龍はそちらの解析に集中する。
 攻略中の遺跡はあと一歩だ。九龍は秘宝そのものより、探索の過程を楽しむタイプのハンターである。既に攻略間近な遺跡より、目の前に突きつけられた自分好みの遺跡への興味が溢れるのを止められない。
「最初の扉か……おれが絶対開けてやるからお前ら勝手に進むなよ〜」
 七瀬からの情報では、扉の開錠方法はまだわからない。しかし手がかりはいくつかある。
 七瀬は扉に板をはめ込む部分がないと言っていたが、扉でなくてもいい。特定の場所に特定のものを置くことで開く扉もある。それらしきものは写真では見つけられなかったが、どこかに隠し部屋がある可能性もあった。後から突貫で塞いで、もろくなっている壁があれば。
 HANTがあれば奥の空洞を感知できる。爆弾か小型削岩機も必要だ。石碑の類はなかったようだが、地域に伝わっている伝承にヒントがある場合もある。
「……どこまで言うかなー」
 全て伝えるべきではあるだろう。
 だが、どうせなら自分の手で開けたいとは思っていた。何より、武器を持たない七瀬たちだけでは不安だ。そこは、化人の出る遺跡なのだ。雑魚なら皆守と八千穂で何とかなるかもしれないが、早速皆守が負傷しているらしい。大した怪我ではないとのことだが、最初の部屋でそれでは、先が不安だ。
「……聞いてみるか」
 九龍はHANTを放り出し、携帯を取り出した。
 電話の相手は皆守。
 七瀬との情報の違いを確かめるためでもあった。
「もしもし、甲太郎ー?」
「眠い」
「第一声それかよ。怪我、どうだ?」
「大したことはない。お前はまだ来れないのか?」
 本当に眠そうな声で皆守は答えた。ちらりと時計を見る。皆守ならもう寝ていてもおかしくはない。時間さえあれば横になっているような男なのだ。だから体力がつかないんだ、と思いつつ九龍は続ける。
「おれはもうちょっと。いや、ホントは今日もう一部屋行ける予定だったんだけどな。今回のバディがへまやって。もう行きたくないとか言うし、これから先一人になりそうできついんだよ。仕掛け自体は大したことないんだけどさ。ずっと真っ暗で全然先が見えないし。仕方なく永久電池取り寄せたんだけど、ずっとあの視界ってのもストレスたまるぜー。バディの分まで用意出来なかったから結局電池も持ってかなきゃなんないしさ。まあバディが嫌がったのはそのせいもあるんだろうな。戦闘系の奴じゃないし、遺跡に長く潜ることもあんまりなかったんだってさ。でも一応契約して金払ってんだぜ。そりゃ先払いした分は返ってくるけどさ」
「……九龍」
「お、何だ?」
「お前は愚痴を言いに電話してきたのか」
「…………」
 怒濤の喋りを止められた九龍は、しばし沈黙した。
 そうだった。
 ついいつもの癖で。
「そうだった。ついいつもの癖で」
「嫌な癖を付けるな。おれはもう寝るぞ」
「あー待て待て待て!」
 口に出して言えば心底嫌そうな声で告げられて仕方なく九龍は声を張り上げる。
 これぐらいなら、まだ皆守は電話を切らないとは思うのだが。
「ええと、そっちの遺跡の方だけど」
 ロゼッタには大まかなところは連絡済みだ。今の遺跡の攻略が終わったらそのまま向かえ、との指令が入っている。ロゼッタの人遣いの荒さには愚痴ることも多いが、今回はありがたい。ロゼッタにより、その地名から五善遺跡と名付けられたそこは、間違いなく超古代文明の遺跡のようだった。
「敵はどうなんだ? 強そうか?」
「最初の部屋はおれと八千穂で何とかなる。そこから先は微妙だな。七瀬たちも連れてるし、春奈もあまり運動神経は良くない」
「そっかー。おれが行くまで待っててくれって言って七瀬、聞くと思うか?」
「少なくともおれには止めるのは無理だな。そもそもお前、自分で探索したいだけだろうが」
「そうだよ。悪いか」
 開き直って言えばわざとらしいため息の音が聞こえてきた。
 皆守はため息が多すぎると思う。
「まあ、明日は情報収集に行くとか言ってたからな。どっちにしろ扉の開け方がわからないと先に進めないだろ」
「お、そうか。伝承とか伝説とかだろ? 結構そういうの地元に残ってるもんだしな。天香みたいに墓守が居る場合も……そうだ、何か怪しい奴は居たか?」
「地元の人間は大体普通だな。山で脅しをかけてきた女は居たが」
「普通じゃねぇだろ、それ。気を付けろよ。地元民の忠告は何かしら示してくれてる可能性が高いしな」
 生徒会に気を付けろとか、と九龍が言うと皆守はまた黙ってしまった。まだこの辺の話題はタブーだとでも言うのか。単に返す言葉がないだけか。
「まあともかく、あんま無茶しないようには見張っててくれよ。春奈ちゃんって子はその辺どうだ? 大丈夫そうか?」
「八千穂や七瀬よりは大人しいがな……。この後何を目的にするか次第だな」
「あー、そっか。遺跡の確認が第一目標だったんだもんな。わかった。それで、手に入れた板ってのは……」
 七瀬から得た情報を、皆守の口から説明される。七瀬には気付かなかった何かがあったかと思ったが、特に新しい発見はなかった。まあ狭い範囲だし、そんなものかもしれない。
「それとな、九龍」
「ん?」
「お前、春奈の話は全部聞いてるのか?」
「ええっと、七瀬が教えてくれたことは全部」
 最初はその情報が元だったのだ。
 九龍は七瀬がその話を聞いたその日に、連絡を受けている。それを話せば、間を置いて皆守が言う。
「子どもの頃迷い込んだ……って話なんだがな」
「ああ、聞いてる」
「子どもが無事出られるような場所じゃない」
「…………」
「化物を見たのも確からしい。最初の部屋は敵を倒さないと入った扉も開かなくなる仕組みだった。数年で条件が変わってるってこともあるのか?」
「さあ……おれは聞いたことはないけど。ああ、でも開く扉がランダムってのはあるぜ? 実際は本当にランダムじゃなくて一定の法則があるんだが、そう見えるって奴。入ったのが別の扉ってことはないか?」
「それも考えたがな。子どもでも開錠出来る仕掛けがあるのかもしれないし。春奈と一緒に居た子どもってのは聞いたか?」
「え、何だそれ」
 聞いてなかった。
 九龍は思わず姿勢を正して聞く。新情報だ。
「春奈自身も曖昧な記憶みたいだがな。同じ年頃の男と一緒に探索したと」
「へえ……」
「で、そいつは今でも誰だったかわからないらしい」
「何だそれ」
「さあな。とりあえず、まだわからないことは多いってことだ」
「お前も考えろよ」
「ハンターはお前だろ」
「おれが頭使うの苦手なの知ってんだろ」
 ああ、やっぱり実際に行ってみないとわからない。
 遺跡の空気も敵の気配も、自分の肌で感じてこそだ。そうでないと勘も働かない。今の状況で自分に出来ることがないのが歯がゆい。
「……まあいいや。とりあえず甲太郎も、伝えといてくれるか」
 扉を開けるためのあらゆる可能性。
 やはり、これだけ細かく情報をくれた七瀬に、教えないわけにはいかない。
 そう言うと自分で言え、と返されてしまった。
 もっともだ。
「まあどちらにせよ最初にやるのは情報収集だろうな。明日は遺跡には入らないだろ」
「そうだな……で、お前は何する」
「寝る」
「そうだろうな! ったく、危ない奴とか居たらどうすんだ。女の子だけなんだぞ」
「八千穂が居れば大丈夫だろ」
「おれもそんな気はするが、それは間違った安心の仕方だ!」
 人間相手にスマッシュを撃つわけには、と言い掛けてそもそもあれはテニス競技の一貫だと気付いた。
 あれ? ありなのか?
「……とりあえず七瀬にメール打っとくわ。おれもなるべく早くこっちの遺跡終わらせる。あと一週間もあれば……」
「あー。早く来い。おれはもう寝る」
「はいはい、おやすみ」
 眠そうな声になってきたので切り上げて電話を切る。
 時計を見ると11時過ぎだった。ということは向こうではもう日付が変わったくらいか。
「七瀬……は、いつ送っても大丈夫だよな……?」
 メールならいいだろう。
 九龍は七瀬へのメールを打ち始める。
 七瀬は夜更かし気味なので起きている可能性の方が高くはある。
 女の子3人揃ってるしな。
 よく考えたら皆守は女3、男1での旅行中か。畜生。
 今更なことを思いつつメールを送信する。
 自分も、興奮でしばらく寝られそうになかった。


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