これが私の新たな一歩─6
「うお……」
秘宝はあった。
部屋の奥の祭壇に捧げられるようにして存在するそれは、どこからか入りこんだ光に照らされている。HANTが肉眼より少し遅れて、その存在を確認する。
呆気ない。
ついそう思ってしまった。
「やった! やったぞ! こんなに早く秘宝が……!」
ジャックとクイーンが駆け寄っていく。九龍は慌てて叫んだ。
「待て! まだ罠があるかもしれない!」
「お、そ、そうだったな」
ジャックが足を止める。だがクイーンは止まらなかった。
「おいっ、クイーン!」
「大丈夫よ! 何があっても守ってくれるんでしょ!」
「そ、そりゃそうだが……!」
クイーンが秘宝を手にする。瞬間、光が消え失せた。
クイーンの持ったHANTが秘宝の入手を告げる。
「だ、大丈夫なのか……?」
駆け寄ったジャックがクイーンの手元を覗き込む。クイーンはにっこりと笑って秘宝を胸に抱いた。ほっとした空気が流れる。
だが次の瞬間、どん、と低い音と共に地面が揺れた。HANTが音を立てて警告を発する。
敵だ。
「ジャック! クイーン! 下がれ!」
祭壇の裏から出てきた巨大な四足の化物。犬のような顔に目が四つ付いている。それが、ぎょろり、と九龍たちを見た。
「これが番人かっ!」
「番人ってより番犬だな!」
「やるぞジャック!」
とりあえず銃を構えてそう叫び──気付く。
秘宝さえ入手すれば、後はどうでもいいと……そう考えるかもしれない。
九龍はこの数日ずっとジャックのことを気にしていたが、結局ジャックがスパイであるという確証はつかめなかった。同時に、スパイでないという確証も。
「よしっ、クイーンお前は下がって……クイーン?」
ジャックは九龍の言葉に力強く答えたが、後半で戸惑いを見せる。九龍も思わず振り返った。クイーンが秘宝を抱えたまま、躊躇うように扉を見ている。
扉の前には……皆守。
「甲太郎っ、何やってんだお前も手伝え!」
「……ああ」
皆守は返事をしたが動かない。
いつも通り両手をポケットに入れたままだが、体に緊張感が漲っているのがわかる。戦闘態勢だ。なのに、動かない。
「ジャック」
「どうしたクイーン?」
数歩扉に近づいたまま止まったクイーンに、ジャックが近づく。その間にも、九龍は敵に銃弾を撃ち込んでいた。牽制にしかならない。弱点はどこだ。
「ごめんねジャック」
「クイー……」
どさっ、と何かが倒れる音がした。
「え……」
「ジャック!?」
皆守の焦ったような声。
振り向けばそこには腹から血を流し倒れるジャックと……ナイフを構えたクイーン。
「な、何やって……」
「九龍! 危ない!」
皆守の叫びに我に返る。敵が直ぐ側まで迫っている。
九龍はジャックを抱え、逃げようとするがこれは下手に動かせない。
「っ……甲太郎っ! 頼む!」
「ちっ……」
ようやく扉から離れた皆守が駆ける。そのまま九龍たちを飛び越えるようにして地面を蹴り、敵に一撃を食らわせた。
九龍たちから大きく離れた場所に着地した皆守に、敵が向き直る。敵が、皆守を追って離れて行く。
九龍はそれを確認することもなく慌てて救急キットを取り出していた。
応急処置。
急げ。
落ち着け。
クイーンのことも敵のことも、考えから消さなければならない。
とにかく、治療に専念することだ。
ジャックの服を切り裂き、傷口を水で洗う。ジャックが呻き声を上げた。まだ意識はある。
治療を続けながらも九龍は戦闘音だけ耳で拾う。
皆守の動体視力と身体能力があれば、ダメージを食う確率は低い。だが大きな問題として。
皆守には体力がない。
あれだけだらけた高校生活を送っていれば当然だろう。
あまり時間はかけられない。
「ジャックっ、大丈夫か!」
聞こえてくる音を振り払うように大声を出す。
止血が完了し、九龍は傷口を押さえて何とかジャックの体を部屋の隅へと引きずっていく。
扉は……開くか?
気付けばクイーンの姿がどこにもない。皆守が扉の前を離れた隙に逃げたのだろうとわかる。
くそっ! 何でこう、おれは馬鹿なんだ!
扉の外には何があるかわからない。九龍は結局ジャックを隅に置いたまま皆守の方へと駆け寄っていく。
「ジャック! 包帯は後だからな! 生きてろよ!」
救急キットを投げるようにそこに放り出し九龍は怒鳴った。
銃を構えて敵の足元に乱射する。
敵の動きが一瞬止まった。
「甲太郎! 大丈夫か!」
「遅ぇよ……!」
既に息が切れている。九龍は皆守の前に出ると剣を取り出す。銃は効き目が悪い。
「首を狙え、九龍!」
「おっけー!」
地面を蹴り、一気に距離を詰めると下から薙ぐようにして首に剣を叩き込む。初めて、大きな悲鳴が上がった。
「よしっ……!」
このまま、何とかなるか!?
皆守は既にばてている。
ほとんど一人で戦うことになるとは思わなかったが、剣が効くのはありがたい。九龍は近接戦闘の方が得意だ。
すぐ後ろには皆守が居る。
「危なくなったら頼むぞっ!」
「危なくなるんじゃねぇよ」
皆守の冷めた言葉には突っ込まず、九龍は再び飛んだ。
やってしまった。
秘宝を胸に抱えたまま、遺跡の中をクイーンは走る。
罠が解除され、敵の居なくなった部屋は、戻るだけなら楽なものだった。だが、距離が長い。
梯子を上り、不安定な足場を飛び越え、次々と扉を開いていく。
血に染まったナイフは、気付けば手にしていなかった。どこかで捨ててきてしまったのだろう。敵が居ないとはいえ、少し不安になる。
元々は護身用のナイフだ。
恋人を刺すつもりで持ってきたわけでもない。
……ジャックは、無事だろうか。
走りながら考える。
思ったよりも呆気なく、深く刺さったナイフと、引き抜いたときの出血。
部屋に出現していた化物。
全滅の可能性も高いと言える。
クイーンはそれを承知でやったのだ。どうせ今回の秘宝を手に入れたら、そこでロゼッタ協会とは別れるつもりではあった。
もっと穏便に行きたかったが。
ジャック相手なら、穏便に行けると思っていたが。
いや、ジャックと九龍だけであれば。
仕方がない。
九龍のバディはずっとクイーンを見ていた。それが、女性に向ける熱視線などではないことぐらいは理解出来ている。騙すのは無理だっただろう。
あそこで男3人相手にするわけにはいかない。
入り口が近づき、クイーンは足を緩める。
思ったより早く入手出来たため、組織との連絡が取れていない。
迎えの要請をするために、クイーンは懐に手を伸ばし、いまだHANTを持ったままなのに気付いた。
「あっ……」
慌てて投げ捨てる。
HANTを持っているとロゼッタから位置を特定されてしまう。そう簡単に壊れるものではないので置いて行くのが一番無難だろう。
動転しすぎだ、とクイーンは落ち着くために何度も深呼吸を繰り返す。
そして入手した秘宝を改めて見返した。
笑みが浮かぶ。
ロゼッタを裏切ったことは後悔していない。
最初から、自分の肌には合わなかったのだ。
これで、もっと自由に、
「………!?」
入り口から外に出た。夕暮れの時間帯。そこにあるはずの車がない。
代わりに、武装した男たちがその場に居た。
銃を向けられ、動きが止まる。
「ご苦労、お嬢さん」
レリックドーン。
クイーンは思わず舌打ちする。
クイーンがこれから渡ろうとしている組織とはまた違う、ロゼッタの敵だ。
何てタイミングだ。ずっと張ってたとでも言うのだろうか。
そういえば、今回一緒になったハンター九龍は、ことあるごとに彼らとぶつかるのだと言っていた。
九龍を同行させたロゼッタ協会には、まさかこんな意図でもあったのだろうか。
秘宝を抱きしめたまま、クイーンはじりじりと後ずさりしていった。
「はぁっ……はあ……あー」
断末魔を残し倒れた番人は、そのまま煙のように消えた。九龍は膝をつきかけ、剣を地面に刺して何とかこらえる。ずき、と痛みが走ったのは手のひら。血が滲んでいる。力を入れすぎたかもしれない。体も敵の攻撃を食らってぼろぼろだ。近接戦闘はどうしてもダメージを受ける率が高くなる。
「ジャック! 生きてるかー!」
部屋の隅に居るジャックに呼びかけた。返事は期待していなかったが、動く様子がないのに不安は募る。体を引きずるようにしてそちらへ向かった。
「……死んじゃないないだろ」
ぐいっ、と横から持ち上げられる。皆守だ。そのまま腕を取られて肩を貸される。九龍は剣を仕舞った。
「見えるのか?」
「目も開いてるし、呼吸もしてる。意識もあるんじゃないか」
「お前の視力どうなってんだよ」
その動体視力による見切りに、戦闘中何度助けられたかわからない。
ここまで頼ることになるとは本当は思っていなかった。皆守が後ろに居たからこそ、無茶な行動をしてしまったとも言えるが。
その分戦闘が早く終わったのなら、それでもいい。
歩いているとき、祭壇の方で音がした。光と風が、もれてくる。
「何だ?」
「ああ、多分……出口が開いたんだ」
番人を倒すと、入ってきた入り口とは別に扉が現れることがある。扉というよりは穴か。
そこから外に出られれば大幅な時間短縮だ。そういった遺跡は、秘宝がなくなると共に崩壊する場合があるが、とりあえず今のところは何ともないようだった。
「ジャック……?」
「……クロー……」
ジャックも何とか無事だ。
手早く包帯を巻いていく。治療を再開しながら、九龍は皆守に言った。
「甲太郎……お前、クイーンが怪しいって思ってた?」
「いや? 一応見張ってはいたが」
「何で? おれ、ジャックの方疑ってたよな?」
ジャックが自分の名前を耳にして少し瞬く。
日本語なので何と言ったかはわからなかっただろう。苦しそうな表情に、疑っていたことを申し訳なく思う。
「お前がジャックばかり見てるから、おれはクイーンを見てたんだろうが。確証がない確証がないって言いながら何でクイーンへの疑いをとっとと晴らしてんだ」
「……だよな」
ああ騙されていたんだ、と今更理解する。
やっぱりこういう仕事は自分には向いていない。
何故ロゼッタは自分にこの任務を回してきたのだろう。
「それよりとっとと出るぞ。ジャックは動けそうなのか?」
「無理だろ。甲太郎、背負って出られるか?」
「……やるしかないんだろ」
九龍の両手を塞ぐわけにはいかない。
ジャックの体を起こし、何とか甲太郎の背に乗せて立ち上がる。ジャックが小さく謝罪と感謝を口にし、皆守もそれを理解したようだったが特に何も言わなかった。
皆守が英語をわかっていれば、もっと早くに確証を得られたのだろうか。
ロゼッタも、こんな任務で英語のわからない男を連れてくるとは思わなかったかもしれない。
だって誰もバディになってくれなかったんだから。仕方ない。
「お、階段だ。何とかなるか?」
梯子だったらきついところだったが、階段なら両手が塞がったままでも上れる。ほとんど外へ直通のようだった。上手くいけば追いつけるか。いや、さすがに無理だろうか。
「車は無事だと思うか?」
「あー、やばいな。乗って帰られてそうだな」
HANTを開いてロゼッタへ通信を送る。緊急コールだ。ジャックは治療を終えたとはいえ、危ない状態だ。顔色が悪く、意識もはっきりしていない。
「……甲太郎、ストップ」
「? どうした?」
出口が見えてきて、九龍は足を止めた。
嫌な音が聞こえる。
複数の銃声。足音。
「そこに居ろ。出来れば隠れとけ!」
「おい、九龍!?」
皆守たちを置いて走る。
聞き慣れた音にいち早く事態を理解してしまった。
結局、7度目の正直は成らなかったようだった。
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