これが私の新たな一歩─7

「何だ貴様……がっ」
「おい、どうし……ぎゃっ」
 慣れたやり取りは省略して、九龍は付近に居たレリックドーンの連中を気絶させる。出てきたのは遺跡の裏手側だった。銃声は止んでいる。戦闘が終わったのか、膠着状態なのかはわからない。九龍は静かにナイフだけ手にして移動する。
 クイーンが情報を与えていた組織はレリックドーンではない。ならば、クイーンにとってもレリックドーンは敵のはずだ。
 レリックドーンがどこかと協力関係になることは考えられなかった。
「おいっ、まだ見付からんのか!」
「はっ……先ほど姿は発見したとの報告が」
 入り口付近から声が聞こえる。なまりの強い英語で聞き取り辛い。ばたばたと兵士が行き来する様子が見える。
 クイーンの姿はなかった。
「全く……何のために入り口で張ってたのだ。奥まで行かれると面倒だな……」
「そのことなのですが……どうも化物たちの姿はないようで」
「何? あの女が全て倒して回ってるとでも?」
「いえ……秘宝を取り出すと出現しなくなるのか、もしくは……まだ中に誰か居たものと」
 ……そうか。
 クイーンは入り口でレリックドーンと対峙し、そのまま遺跡の中に戻ったのだろう。中は入り組んでいるし、一旦身を隠すには持ってこいだ。ただし、時間稼ぎにしかならない。進み過ぎると、攻略していない地点か、もしくは皆守たちとぶつかる。
 皆守たちが中に居る限り、化物たちは復活しない。
「……くそっ」
 クイーンが中でどういう判断を取るかわからない。
 命を優先にするなら秘宝を渡すか。
 だが、レリックドーン相手に命乞いが効くとも限らない。命をとられずとも、無事ではすまない可能性もある。
 ならば出来るだけ奥まで進み、レリックドーンを誘導し……九龍たちとぶつけるのが一番得策……そう判断するか。
 九龍はHANTを取り出すとジャックへメールを打つ。
 皆守が気付いてくれるか。
「おれは入り口を張る、お前は秘宝を優先して……」
 奪え、と打って何となく気に食わず奪還、に打ち直した。そんなことをしている場合ではなかったかもしれないが。
 送信した後にもう1度考える。
 クイーンと、レリックドーンと皆守がぶつかった場合。
 滅多なことはないだろう。皆守は銃弾すら避ける。だが、ジャックを守らなければならない場合は……。
 ジャックを隠す場所はあっただろうか。
 いや、そもそも相手を全滅させない限りはどこでぶつかっても逃げるのに都合が、
 そこまで考えたとき、HANTが震えた。さすがに音は消してある。
 手早くメールを確認する。ジャックのHANTからだが、皆守だろう。日本語入力モードに出来なかったのか、ローマ字で打ってある。
 ジャックがやばい。
 逃げる方を優先出来ないか、と。
 ……そうか。
 九龍はHANTを閉じると、もう1度レリックドーンたちへ目をやった。
 あそこに居る奴らを蹴散らすぐらいなら簡単だろう。中に何人入っていったか知らないが、皆守たちが遺跡から出れば化物たちが復活するかもしれない。既に遺跡に入りこんでいる以上、確信は持てないが。
 秘宝を捨てるなら、何とかなる。
「……よし」
 九龍は銃を構え、レリックドーンのリーダーらしき男に照準を合わせる。
 殺す気はない。動けなくなればいいのだ。
 だが、銃を撃つ前に近づいてきた轟音に動きを止められる。
 頭上にヘリが2台。
 1台はロゼッタ協会のものだ。
 もう1台はわからない。
 九龍のHANTが再び震えた。
 どうやら、助けが来たようだ。
「何だっ、あのヘリは!」
「ロゼッタと……おそらくクエスタ」
 それ以上はヘリの音にかき消された。
 クイーンの情報先か?
 九龍は銃を握り直す。
 ならばまとめて潰してしまった方が、いい。










「全く、お前と絡むとろくなことにならないな」
 ヘリの中で、緊急コールにやってきたハンターが愚痴る。
「言われ慣れたよ。今回も秘宝は入手したんだ。問題ないだろ」
 九龍も口をヘの字にしてそれに返した。
 自分が悪いわけではないと思う。それに、レリックドーンはともかく、ジャックやクイーンのことは初めからロゼッタに依頼されていたものだ。
「ジャックは……大丈夫そうか?」
「命はな。何とかなるだろ。あいつも結構頑丈だし」
 男はそう言って、いまだ医者に付き添われているジャックに目をやる。レリックドーンとの戦闘や、そこからの脱出の無茶で、傷口は再び開いていた。
「それよりあっちの男は何なんだ? 日本人だろ?」
「あー、おれの高校時代の友達。ジャックたちと3人で探索が嫌だったから付いてきてもらった」
「…………」
 男が絶句する。
 わかりやすい反応に九龍は思わず笑った。勿論どう思われるかは承知の上での発言だ。
 ちなみに皆守は、ヘリに乗った瞬間から役目は終わったとばかりに眠りに入っている。まあ今はいいだろうと思う。ジャックを背負ったまま戦闘するはめになっていたし、結局クイーンから秘宝を奪い返したのは皆守だった。蹴りがなかったのは、背負ったジャックに響くのを考慮してか、単に女は蹴れないだけなのかわからないが。
「よく生きてたな……」
「あいつ銃弾避けるから」
「ほお、運が強いんだな」
 本気にしてはいないようだった。
 九龍もそれ以上は言わない。そもそも説明が面倒くさい。
「おれももう寝ていい? 今日はすげー疲れた」
 考えてみればぶっ続けで戦闘していたのだ。体は傷だらけ痣だらけだし、疲労も強い。だが男は許さないとばかりに九龍の肩を掴む。
「待て。まだ聞きたいことがある。ジャックとクイーンの動向だが、」
「あー……おれ、クイーンはあんまり見てなかった……」
「それについても説明してもらおうか」
「……おれが馬鹿だったってことで」
「そんなことはわかっている。何て言って騙されたのか教えろ」
 九龍はため息をついた。
「これ……報告書代わりになるか?」
「全部話せばこっちで作ってやる」
「わかったよ……」
 ならば口で説明する方が楽だろう。
 落ちてくるまぶたを必死で押し上げながら、九龍はジャックたちとの探索について詳しく語る。どうしても自分を庇いがちになってしまうが、的確に突っ込まれてフォローの仕様もなくなる。
「……クイーンはそれなりに戦闘能力のあるハンターだぞ? 日本の少年一人どうにでもなるんじゃないか?」
 そして裏切りの場面。
 皆守が扉の前に居たことが、クイーンの行動の原因ではあるのだろう。
 クイーンは、皆守と対峙することを避けた。
「……あいつ強いんだって。銃と剣と鞭揃えたおれと、素手でほとんど互角だったんだぞ」
 勝ったけど、と付け加える。
 ほぼ2対1、しかもこちらが2だったことは伝えない。
「戦ったことがあるのか」
「それについては今度詳しくな」
 眠ってるとはいえ、皆守の前では言いにくい。
 男は、ふむ、と考えるような姿勢になって、それから何やら書類のようなものを取り出した。
「何だよ?」
「いや、お前に出てる次の依頼なんだけどな。そんな男と一緒なら大丈夫だろう? バディ探し兼ねて少し間を置く予定だったが、このまますぐ行けるか?」
「はあっ……!?」
 椅子にぐったり座り込んでいた九龍は思わず跳ね起きる。
 同時に、HANTが音を立てた。
 件名:探索要請。
 九龍はがっくりと肩を落とした。
「……人使い荒すぎだろ……いくら何でも……」
「だから今回は報告書はなしでいいと言ってるんだ。それじゃ、もう着く頃だが、それまでは寝てていいぞ」
「ふざけんな……!」
 喚いてもどうにもならない。
 九龍は眠る皆守にちらりと目をやった。
 ……次の任務も絶対引きずって行ってやる。
 夏休みは、まだ長い。










「へぇー。いろいろあったんだねー」
 ずず、とオレンジジュースをストローで吸いながら八千穂が感想を述べる。身振り手振りで今回の冒険譚を大げさに伝えていた九龍は、ゆっくりと椅子に沈んだ。
「……いろいろあったな」
「おれに振るな」
 カレーをとっくに食べ終えた皆守はアロマに火を付け、一服している。これのためにわざわざ喫煙席に行くのが本当に面倒だと思う。九龍たち3人は全員未成年なので、たまに妙な顔をされてしまう。まあ成人してると言って通じないほど幼いわけでもないが。
「でもやっぱり2人とも凄いなー。私、レリックドーンにまた会ったら正直足が竦んじゃうな……」
 いや、多分スマッシュで何とかなるんじゃないかな。
 そう思ってはみるが、そういう問題でもないのだろう。
 素直に凄いと言われた部分だけを取っておくことにする。
「八千穂、こいつに付いて行きたいならそれぐらいの厄介ごとは覚悟しといた方がいいぞ。結局8回連続だからな」
「ううう……」
 そう。
 あの後、ヘリの中で告げられた次の任務。それにもまた、レリックドーンが現れたのだ。そろそろロゼッタ内では九龍に関する情報が漏れているんじゃないかという話が出ている。九龍自身が疑われていないのは、なんだかんだで秘宝を入手し続けているから。失敗したら危ない。
「そっかー。そうだよね。私ももっと鍛えなきゃ!」
「そっち方向に行くのがやっちーの素敵なとこだよ。ああ、やっちーが来てくれると癒しになるなぁやっぱり」
「なら今度は八千穂を連れていけよ。……まあ今回みたいな仕事ならともかく。おれはもう巻き込むな」
「それぐらいはおれも考えるって。で、お前冬休みはいつから?」
「ふざけんな」
 さすがに探索するほどの期間はないだろうか。まあ正月付近はおれも日本でゆっくり過ごしたいしなぁ、と独り言のように続ける。休みが取れるかどうかなんてわからないが。
「月魅もねー。超古代文明の遺跡なら見たいって言ってたから、次は絶対誘ってね」
「あー、七瀬ちゃんも自分の目で見たいタイプだもんなぁ。真里野連れて行けばボディガードは十分だしな」
 七瀬を守れというなら絶対来るだろう。
 楽しくなって八千穂とそんな会話を続けていると、隣でため息が聞こえた。
「お前な……あんまり素人巻き込むんじゃねぇよ」
「今更だろー。それに! 誰だって最初は素人! お前ら散々天香で探索してたんだから、もう素人じゃねぇと思うけど」
 どうにも自分と境界線を引きたがる皆守に思わず言う。
 今回の皆守の働きなど、誰が見たら素人だとでも言うのか。
「それに、おれはやっぱりまだまだ駄目な部分多いからなー。フォローしてくれる奴が居ると助かるんだよ」
 九龍は一人で遺跡に潜ることは滅多にない。
 協会だって、なるべく2人以上で、を推奨しているのだ。
 全てを一人でフォロー出来てこそ一人前なのかもしれないが、一人前でなくても仕事はしなければならないのだから。
「というわけで、これからもよろしくな!」
 八千穂に笑顔を向け、皆守の背を思い切り叩く。
 咳き込んだ皆守に睨まれたが、嫌だとは言われなかった。
 せっかく出来た仲間だ。この先も、手放したくはない。


 

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