これが私の新たな一歩─4
「クローっ、そっちの石像だ! 壁に向かうように回せ!」
「ら、ラジャー!」
敵の群れをくぐりながら九龍は何とか石像へと向かう。次から次へと湧き出る化け物。罠を解除しないことには止まらない仕掛けだ。九龍たちが離れたのをこれ幸いとジャックが爆弾を使っているが、焼け石に水だ。勿体ないだけだと思う。
「これかっ!」
石像に飛びつく勢いのままぐるりと回す。言われたとおり正面を壁に向ける。ほっと思わず一息ついて……次の瞬間吹き飛ばされた。
「がっ……!」
「九龍!」
皆守が慌てて駆け寄ってくる。石像から何かが飛び出たのだとは気付いたが、その確認も出来ない。
敵の流出も止まらない。
「ちっ……」
壁にぶつかり、そのまま尻を付いてしまった九龍の前に皆守が立つ。寄ってくる化け物を皆守が蹴散らしているのを確認しながら痛む体を起こした。
「ああ、くそっ。ジャック! 止まらないぞ!」
「何!? ああ、ホントだ、すまん、こっちが先だった!」
ジャック側でがしゃん、と何やら音がする。
九龍の側の石像が再び元の位置に戻った。
「ったく、もう一回かよ!」
皆守の影から出て石像を回す。今度こそ、かちっと音がして敵の動きが一瞬止まる。
出てくる敵はなくなったが、既に部屋に居る敵には影響がないらしい。
九龍は鞭を構えて皆守の前に出ようと走る。
「うおっ」
「な、ど、どうした?」
突然皆守に向かって何かが飛んだ。皆守が慌てて避けるが、ちょうど隣に来ていた九龍にぶつかり、2人してよろける。
飛んできたのはナイフの欠片だった。
「すまんっ! ナイフがやられた!」
「…………」
「…………」
ジャックの言葉に何も返せず、とにかく部屋の中の敵を殲滅する。
数分後、静かになった部屋の中で、九龍は思わずへたりこんでいた。
「細かい部屋がいくつもあり、隠し部屋も多く、探索にはまだ時間がかかりそう……と」
HANTに協会へのメールを打ち込みながら、九龍は背後を振り返った。
探索開始から一週間。
九龍の負傷と、装備の補充もあり、一行は一度町のホテルまで戻って来ていた。机に向かっていた九龍は、既にベッドの上でうとうとしている皆守に声をかける。
「ジャックたちのことはどうしよう?」
「起こったことそのまんま書いとけ」
「嫌味になんねぇかなぁ……」
一つ一つは、単なるミスだ。同行のハンターがミスばかり繰り返してます、と。そう書くことになってしまう。
自分の立場に置き換えると、つい遠慮が出た。九龍だって、ミスは多い。
「お前はともかく、おれの方は普通の奴なら大怪我だぞ?」
手が止まってしまった九龍に、皆守はそう言う。
最後に皆守に向かって飛んできたナイフの欠片。
皆守の視力がなければ避けることは出来なかっただろう。あんなものが顔に突き刺されば確実に流血沙汰だ。だが、あれはさすがに狙って出来ることでもないと思う。飛んできたのはナイフではない。敵にぶつかって欠けた、その一部分だ。
「っていうかお前が一般人じゃないのばれたな」
「おれは一般人だ」
「言ってろ。あー、上手く隠してりゃいざってときの切り札になったのに!」
「……だったら最初からそう言っとけ」
「お前だってずっと動かなかっただろ。ああ、まあおれがピンチになったのが悪いんだけどな!」
九龍がへまをしなければ、あれだけ敵が居た場所でも皆守は自分から攻撃を仕掛けはしなかっただろう。避けるのは得意だし。
九龍はため息をついてHANTを乱暴に閉じると皆守の隣のベッドにダイブする。
疲れた。
頭を使うのは嫌いだ。
「あ、ちなみにいざってときってのは向こうがお前を人質に取るとか考えたときな」
「お前な……」
皆守は呆れた顔はしているが責めては来ない。ある程度、覚悟はあったのかもしれない。こんなところに付いてきた時点で、覚悟がないとは思わないが。
「まあ、もう無理だろうな。っていうか結局あいつら何なんだ、どっちなんだ、わかんねぇ!」
遺跡自体は非常に九龍好みだというのに、気になって集中出来ない。会話はどんどん過激になるし、夜に薄暗い中で聞いているとうっかり反応しそうに……いや。
……本当に。心底八千穂を連れてこなくて良かったと思う。
「協会から何か連絡はないのか」
「ないなぁ。大体ホント、単なる疑惑っていうか、そもそも何を疑われてんのかもよく知らな」
言い終わる前にぼすっ、と顔面に枕が直撃した。
「返せ」
「返せじゃねぇよ!」
蹴りだと届かなかったのだろう。言われて思わず枕を投げ返す。
皆守は返ってきた枕をそのまま自分の頭の下に敷いた。
「えーと、いや、な? どっか別の組織と手組んでるんじゃないかってのは聞いてんだよ。けど、あいつらの関わった遺跡の情報が漏れてるってだけだしなぁ。探索中に監視したって意味ねぇだろうと思うんだけど……」
それともなかなか尻尾が掴めないから、とりあえず逃がさないように、ということだろうか。
……あ、それか?
相変わらず、渦中になるまで思考を働かせない九龍は、そこで漸くそれに思い至る。皆守に言ってみればため息をつかれた。
「まあ、とりあえず秘宝手に入れるまでは何もないと思うぞ? 別の組織と繋がってるにしろ、目当ては秘宝のはずだしな」
「まだかかりそうなのか?」
「何せ広いからな。それに、天香と一緒で一度遺跡から出ると化人が復活する。なるべくぶっ続けで行くつもりだけど……まだわかんねぇな」
水、食料、弾薬。長く潜れば潜るほど必要分も多くなる。魂の井戸があればいいのだが、まだ見付かってはいない。規模と仕掛けからいってある可能性は高かったが、確信が持てない以上頼るわけにもいかなかった。
「だからまあ、とりあえずは探索に集中しようぜ。今度はちゃんとおれも石碑見るし」
ジャックに任せきりにしていると危ない。
故意にせよ、事故にせよ、九龍自身がきちんと確認すれば問題ないことだ。
皆守はわかった、と答えてそのまま横になる。まだ随分時間が早いが寝るつもりだろうか。
「それとな、九龍。もう一つ聞いておきたかったんだが」
「ん?」
「疑惑があるのは……ジャックか? クイーンか?」
両方か、と皆守が問う。
九龍は目を見開いて返答に窮した。
「え……」
常にセットで扱っていたため、そういえば考えたこともなかった。
どちらかがどちらかに騙されている可能性も……あるといえばあるのか?
あんなに無駄に幸せそうなカップルに、それは考えたくないが。
「それは……」
言葉を探していたそのとき、部屋の扉がノックされる。
これ幸いと九龍は立ち上がり扉へと向かった。
「……九龍、居る?」
「く、クイーン?」
既に寝る準備のような格好のクイーンが。たった一人で廊下に立っていた。
「あれ、ジャックは?」
「……そのことで話があるの」
何故か泣きそうに顔を歪めて、クイーンはそう言った。
「怪我……大丈夫?」
「え? あ、まあ。単なる打撲だし。直後はすげぇ痛かったけど、もう治まってるよ」
骨にも異常はないだろう。本当は、いまだ痛むと言えば痛むのだが、これぐらいは遺跡に潜るとよくあることだ。気にしてはいられない。しばらく反動の強い銃は使いたくないな、とは思ったが。
ロビーに向かう廊下を歩きながら、九龍はそこを伏せて答える。
クイーンはちらり、と九龍を見上げると間を置いて言った。
「コーの方は……大丈夫?」
「あいつは別に怪我の一つもしてないよ。ダルいとか疲れたとか腰痛ぇとかは口癖だから」
「そんなこと言ってたの」
あ、そうだ、日本語わからないんだった。
言葉がわからない場合、皆守のことはどう見えているのかとちょっと気になる。
ちなみに皆守は九龍が部屋を出るとき既に寝ていた。着いて来る気はなさそうだった。どうせ英語でのやりとりになるので聞いてても仕方ないと思ってるのだろう。
ロビーに着いて、2人は何となく沈黙する。
ジャックのことで話がある、とクイーンは言っていた。
まだ本題に入っていないようだが、どう聞けばいいかわからない。とりあえず無言でソファに座ると、クイーンもその正面へ腰を下ろした。改めて見ると、かなり際どい格好をしている。ロビーまで来て良かったのだろうか。
「ジャックは寝てるの?」
「ええ。私だけ抜け出してきたの」
いつもあれだけくっついて寝てるのによく気付かれなかったもんだ、と思う。
いや、まあベッドの上でもああだとは限らないが。
「最近ね、ジャックの様子がおかしくって」
「…………」
本題。
九龍は少し緊張して姿勢を正した。
皆守に言われて気付いた、どちらか片方だけがスパイの可能性。
もしそうなら、常に一緒に居る恋人は何かに気付いてるかもしれない。
「こそこそ私の隙を付いてどこかと連絡取ってるし、私が側に居るっていうのにたまに上の空になるし……前はそんなことなかったのよ? それに……明らかに、何かの手紙みたいなものを燃やした跡とかあって……!」
うわぁ。
九龍は心の中でだけ声を上げる。
怪しすぎるじゃないか、と思った次の瞬間、彼女は言った。
「絶対! 別に、女が出来たんだわ……!」
泣きそうな顔で──いや、実際瞳は涙で潤んでいる──身を乗り出してくる。九龍は女の言葉に頷こうとして……固まった。
「……は?」
「あなたもずっと見てたでしょ!? いつもより、彼が何だかよそよそしいのを……!」
わかりません。
あれでよそよそしいって今までどれだけだったんだ。
頭の中に浮かぶツッコミは言葉にはならない。
「それで……浮気……」
よくよく考えれば当然のことだった。
恋人に隠れての怪しい行動。内緒の連絡。手紙。
真っ先に疑うのは浮気であり、実際彼女への態度の変化もあるようだ。
「凄く仲良さそうに見えたけどなぁ……」
「私だって……私だって信じたいけど……もう限界よ! さっき、さっき、私が寝てると思ってまたこっそり……この探索が終わったら会おうって! 土産を持って行くからって! 確かにそう言ったのよ!」
決定的証拠。
なのだろう。彼女にとっては。
そして別の意味でも九龍にとっては。
「クイーン」
「な、何よ」
「まだそんな……わかんないだろ。女と歩いてて浮気かと思ったら妹でした、なんてよくあるんだぜ」
漫画で。
彼女は目を瞬かせた。
「彼に妹はいないわ」
「例えだよ、例え」
正直九龍は混乱している。
とにかくこの場を乗り切ることしか考えていない。
スパイ疑惑のことを彼女に言っていいものか。そもそも九龍の役目は、ジャックを逃がさないように見張ることだ。多分。
ここで彼女の態度がおかしくなれば、逃げられてしまうかもしれない。
明日からまた当分遺跡なので、それまでは一緒に居てもらう必要がある。
「……探索が終わるまでは決め付けないで、まずは仕事を終わらせよう」
出来るだけ穏やかにそう言った。
だが彼女は落胆したようにソファに沈んだ。
「……あなたにとっては仕事が大事ってわけね」
そう聞こえたか。
事実ではあるが。
「だって、クイーンはどうしたいんだよ。あいつが浮気してるか確かめたいの? 浮気してるだろうから別れたいの?」
「私だけ見てくれればいいのよ!」
それをおれにどうしろと。
九龍は迷うように頭をかいて、その場から立ち上がる。
「じゃあ……この探索で役に立ってさ。やっぱお前しか居ない、って思わせるってのは」
クイーンはジャックにくっついているだけだった。
役に立つどころか邪魔だっただろう。ジャックがそう思ってるようには見えなかったが。
元々クイーンだってハンターライセンスを持ったハンターだ。腕はあるはずだ。
九龍の言葉に何を思ったのか、クイーンの顔が少し輝きを取り戻す。そして勢い良く立ち上がった。
「そうね。その通りだわ。遺跡なんて味気ない場所で色気を提供出来るのは私だけだものね。私が居ないとどれだけ寂しい探索になるか思い知らせてやるわ!」
「えええっ、そっち!?」
クイーンは張り切って腕を振り上げると、そのまま自分の部屋へと戻って行った。九龍は見送りも忘れて呆然と立ち竦む。
明日からの探索がどうなるのか。
想像するだけで怖かった。
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