これが私の新たな一歩─2

 街を出て4時間近く。既に日が落ちかけている。
 がたがたと揺れる不安定な車の中で、皆守は運転席に座る九龍に目を向けた。
「まだ着かないのか?」
「もう着くよ。日が暮れる前には……あ、見えてきた」
 その言葉に視線を前に戻す。そこにあったのは砂に埋もれながらも形を保っている小さな遺跡。倒れた柱やら欠けた天井が、かつての天香遺跡を思い起こさせる。何となく、普通に建物の形が見えてくるとは思っておらず少し驚いた。
「ジャックー、クイーン、着いたぞー」
 九龍は振り返らずに後部座席に座る2人に声をかける。運転は結局九龍が担当した。運転席と助手席でいちゃつかれるよりはマシだと2人して判断したためだ。視界にさえ入らなければ英語のわからない皆守は気にならないし、九龍も運転に集中している方が気が散らないようだ。
 九龍の言葉にごそごそと衣服を直しているような音がする。さすがに最後まではやってないだろうが、これはもう怒鳴りつけていいレベルなんじゃないかとも思う。仕事じゃないのか。
「とりあえず飯にするか。甲太郎、カレーでいい?」
 九龍は敢えて意識から外そうとしているらしい。不自然に顔を動かさず言葉だけで皆守に問いかける。皆守は頷きながら車から降りた。どうせ荷物は全て後ろにある。
「今日入るのか?」
「そりゃそうだろ。何のためにここまで来たんだよ」
「夜になるとは思わなかったが」
「どうせ地下だし。いつ入っても変わんねぇよ」
 九龍が食事の準備をしながら言う。天香時代に慣れた光景だったので、皆守は車にもたれかかったまま手伝いもせずにそれを待った。後ろのカップルはようやく車から降りて自分たちで準備をしている。仕事になると切り替わるタイプかもしれないと皆守は完全に希望としてそう思う。
「ここさ、結構見た目わかりやすい遺跡だろ? 秘宝もあって、完全に探索終了って思われてたんだよな。それが、最近、実は地下に広大な空間があることが判明した」
「……なるほどな」
「入った奴らが化け物を見たとか騒ぎ出して、ハンターの出番ってわけ。今回は正式に調査依頼出てんだぜ」
 天香のときのような不法侵入ではない、と言いたいらしい。
 暴かれたくない墓にとっては現在の持ち主が何であろうと一緒だと思うが。
 九龍から渡されたカレーを受けとって、皆守は遺跡部分に腰かけた。砂まみれだが、実際砂に直接座るよりはいい。そんな皆守を見て九龍が苦笑する。
「中の様子次第だけど、数日野宿だからな。いちいち町まで帰ってられないし」
「……途中からそんな予感はしてたがな」
 うんざりはするが思ったほどの嫌悪感はなかった。日常と離れた場所や状況にそれなりに興奮があると……あまり認めたくはない。
 皆守より後に食べ始めた割にとっとと食事を済ませている九龍は銃やナイフを確認しながら身に着けている。気付けばすぐ側のバカップルたちも何やら装備を整えているところだった。男の方がこちらに目を向けてくる。
「武器は扱えるのか? その少年」
「日本人だぞ。銃も撃ったことねぇよ。あと、こいつはコウ」
 九龍の英語がさっきより流暢だった。
 言葉の意味ははっきりとは理解出来なかったが、とりあえず漸く皆守の紹介が出来たらしいことは察する。男は何やら複雑な表情で皆守を見ていた。武器のひとつも身に着けてないことに対してだ。どうせろくに扱えない武器など、持っている方が却って危ない。逃げ足には自信があるとでも言ってやろうかと思ったが、英語に変換出来ず止めた。
「じゃあ行くとするか。おれとクイーンが先頭。お前らは後ろを付いて来い。クロー、自分のバディは責任持って守れよ」
「ラジャー」
 ジャックたちが遺跡へと足を踏み入れる。広い通路だったが皆守はいつもの癖で九龍のすぐ後ろを歩き始めた。守るにしろ監視するにしろ、ここが一番やりやすかった。九龍の前を歩く2人は(男が相変わらず女の腰に手を回していることを除けば)真面目に辺りを見回しながら進んでいる。後ろを振り返る気は、ないようだった。










 すぐ後ろを歩く皆守の気配は、相変わらず張り詰めているのだかだらけているのだかわからない。ぼうっとしているようで辺りをよく見ているということはもう知っている。だが、それでもたまに不安になるほど、皆守はだらだらと不規則な足音を響かせている。放って置いたら途中で眠ってしまうんじゃないかと高校時代はよく思っていた。それは今も変わっていないようだ。
「そういえば甲太郎、目大丈夫か? 見えるか?」
「は? ……ああ、大丈夫だ」
 ふと、そう尋ねれば皆守は間を置いてから頷く。
 一瞬何を言われたかわからなかったのだろう。
 薄暗い空間だが誰も明かりを付けていない。九龍はいつものように暗視ゴーグルを着けているが、そのスイッチは入ってなかった。これぐらいなら慣らされたハンターの目で見えないことはない。皆守の目も、そういえば特別製だった。
「あ、そこの部屋だジャック」
「ああ。入るぞ」
 事前に地上部分の地図は手に入れている。壁を爆破して入った隠し部屋の更に奥。HANTでも把握しきれなかった地下空間への入り口が、そこにはあった。
 誰が見付けたものかは知らない。爆破により空けられた小さな穴には縄梯子がかかっている。以前に調査に来た人間のものだろう。まだ新しく、あまり使われた様子もない。
 ジャックとクイーンはそれを確認すると、そのまま躊躇うことなくその下へと降りて行った。低い声で交わされている会話が、先ほどまでの甘ったるい空気からは一変しているようだが、言ってることは実は大して変わっていない。真面目に聞くと馬鹿を見る。どうせ皆守はわかっていないだろうが。
「甲太郎、先頼む」
「ああ」
 九龍は梯子があまり好きではない。両手が塞がるのは不安だ。昔はよく飛び降りていたが、思ったより高さがあってダメージを食うことも多かった。一応最近は自重している。
 皆守から少し間を空けて九龍は梯子を降りていく。
 先に行かせるのは、先に何があるかわからないからだ。
 敵が出たなら咄嗟に武器なしで戦える皆守の方がいい。と、勝手に思っている。
 下を見れば既に地面に降りた皆守がこちらを見上げていた。九龍はそれを確認した時点で飛び降りる。
「痛っ」
「……ちゃんと下見て降りろよ」
 飛び降りられる高さだと判断したが、地面の石を踏んだ。爆破したときの岩の欠片だろうか。ちゃんと片付けておけ、と自分のことを棚に上げて愚痴る。
 顔を上げてみると、そこは先ほどよりも狭い通路だった。奥に扉が見える。ジャックたちは九龍のことなど気にする風もなく、壁を調べながら進んでいた。
「大丈夫か?」
「あー、まあ、別にひねってもないな」
 とんとん、と足の確認をしながら九龍も進む。ハンターになって以来、先頭に立っての探索に楽しみを見出していた九龍は、人の後を進むのが少し寂しい。あの扉も、どうせなら自分で開けたいのだが。
「扉を開ける。気をつけろよ」
 ジャックが振り返らずに言う。片手だ。もう片方の手は、まだ女の腰だ。大丈夫なのか。
 思った瞬間、中から悲鳴が聞こえた。
「うおっ」
「何だ?」
 ひしめき合う無数の化け物。
 部屋は高校の教室分くらいだろうか。
 初っ端から多いな、おい!
 九龍はナイフを抜いて目の前の敵に飛び掛る。ジャックたちは部屋の隅に駆けていた。戦闘は出来るはずだ。放っておいても大丈夫だろう。九龍はそちらを気にせず辺りの敵に集中する。
 飛び回る鳥型の敵に銃は当てにくい。そもそも取り出す暇がない。だが、大して強くはない。落ち着いて一匹ずつ仕留めれば大丈夫だ。
 広範囲に利く武器は鞭ぐらいしか持っていない。こっちを取り出せば良かったかと後悔しながらも敵の数を減らしていく。
「クロー、投げるぞ!」
 ジャックの声だ。言葉の意味を理解する間もなく、辺りに爆音が響く。
 ぶわっ、と吹き付けてくる風と破片に九龍はたたらを踏んだ。
「おいっ……!」
 慌てて壁に手を付く。
 反響が消えたあとは、静かなものだった。九龍の側に居たはずの敵は、多分九龍の盾になった。
 爆弾で残りの敵を一掃したジャックは涼しげな顔で立っている。今のは……九龍を巻き込んでもいい、という攻撃じゃないか? 気のせいか?
 睨み付けてみるが、相手は既にこっちを見ていない。いちゃつくのに忙しいらしい。九龍は肩をすくめてまだ入り口付近に居た皆守の元へ戻った。
「お前も何かしろよ」
「何も言われなかったからな」
 高校時代も、基本九龍の指示がなければ蹴りのひとつも繰り出さなかった。いや、最初の内は攻撃自体全くしてくれなかったか。
 まあ指示出来ないほどのピンチなら助けてくれるのだろう……多分。
「それにしてもあいつら、何もやらないと思ったら爆弾かよ……」
 皆守の視線はジャックたちの方に向いていた。彼らの動きも気にかけていたのだろう。そういえばジャックの戦闘スタイルを九龍は知らない。主に爆弾を使うタイプだとしたら厄介だ。避けるのが。
「まあ常に2人でくっついてたら使える武器も限られそうだけど……怖いな、ホント」
 ジャックたちは部屋の隅にあった石碑らしきものを解読している。お前はいいのか、と皆守に聞かれたので我慢する、と変な答えを返した。
 元々九龍は石碑が苦手だし、仕切りはジャックだ。任せるしかない。
 時間がかかっているようなので、九龍はついでに武器の点検をする。
 皆守は壁にもたれかかってアロマを吸っていた。いつの間に取り出したのか、全く気付けなかった。
「何だ、やっぱり持ってきてたのか。なかなか吸わないから止めたのかと思った」
「昔より量は減ってるがな。まあ、もう、癖だ」
「あー、完全にセットだよなぁ甲太郎と。ラベンダー嗅ぐと思い出すしな」
 匂いも火も、本来は歓迎出来るものではないのだが。
 強い香水の匂いをさせているクイーンや、煙草を吸うジャックは文句も言わないだろう。
 遺跡内で味わうラベンダーの香りが、無性に懐かしかった。










「連絡来た?」
「来たわよ。初日は順調。踏破したとこまでの地図も送ってきたわ」
 ハンターからの連絡データを取り込みながら、ロゼッタ協会の事務員は隣の同僚の言葉に答えていた。
 既に真夜中と言える時間帯だが世界規模で宝探し屋を管理するこの組織にはそんなことは関係ない。24時間体制でハンターとの通信に備えている。時差のある国からの連絡は勿論、そもそも真夜中に遺跡に潜っているハンターも多い。
「ま、九龍くんは大丈夫だろうけど。……あっちはまだわからないの?」
「……それについての報告はないわね。実際遺跡内で行動起こすとも思えないけど」
 事務員はため息をついて言った。
 所属ハンターのスパイ疑惑。
 最近敵対組織への情報の流出が激しい。そして流れた情報のほとんどが、ジャックたちが関わってきた遺跡や秘宝に関してだった。あまりにあからさまなので何かの罠ではないのか、誰かにはめられてるのではないのか──様々な憶測が飛び交いつつ、現時点では何の確証もない。しかし、もし疑われるのを承知でのスパイだとしたら……疑惑の出始めている現在、そろそろ見切りを付ける頃だろう。今回の秘宝を手土産に敵対組織へと行ってしまうかもしれない。九龍は、それを防ぐためにジャックたちに同行することが決まった。もしもの場合ジャックとやりあっても大丈夫な……戦闘派のハンターだ。
「九龍は知ってるのよね? ジャックたちのこと」
「疑惑は伝えてあるんだけどね……正直どこまで本気で取ってるか」
 ジャックについての質問は何もされなかった。九龍の辞書には事前調査、という言葉はないのかと思うことがある。ジャックに関しても見ればわかる、程度に思っているのだろう。
 そして何よりも。
「なにせ日本の普通の大学生をバディに引っ張って来たからね……」
 聞けば高校時代の友達だと。
 探索に関する緊張感がまるでない。
「……大丈夫なの、それ?」
「知らないわよ」
 空手でもやってるのかと思ったら、スポーツ経験すらないらしい。
 これが九龍の自信の表れなのか……単に何も考えていないのか、今の段階では何も判断することが出来なかった。


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