これが私の新たな一歩─1

「で、そこには絶対触んなって書いてあったんだよ。だから触れないよう触れないよう……結構狭い部屋でだぜ? 何とか部屋の中調べ尽くして、それでもどうにもなんなくてさ。何か読み間違ってるのかどこか見落としあんのかって1〜2時間ぐらい? それで結局、罠なら罠で発動させてみるしかないかーって、身構えてさ。おそるおそる触ってみたら開いたんだよ! あっさり! あんな罠あるか!? 石碑が嘘って! おれ前に、そこだけは疑ったら話にならないとか言われてたんだぜ? なのに別のハンターに聞いたらたまにあることだとか言うしさ。そしたらその次の部屋では……っておい、聞いてんのか甲太郎!」
 あー聞いてる、一つ賢くなって良かったじゃないか、とりあえずおれは眠い。
 頭の中ではそんな返事をするが言葉にはならない。
 皆守甲太郎はベッドに横になったまま、持っているというよりはほとんど顔に乗せた状態の携帯に向かって唸り声だけ返した。
 電話を取る前にちらりと見た現在時刻は朝の4時。どこに居るのか知らないが時差を考えろと、確か最初はそう言った気がする。だが電話の相手、九龍はそんな言葉おかまいなしで喋り続ける。
 探索中や任務中に電話をかけるな、とひと月ほど前に言ったら、律儀にこの一ヶ月、電話もメールもしてこなかった。おそらく他の仲間にはしていると皆守は思っていたが、この一ヶ月分の怒濤の愚痴を聞く限り、そうでもないのかもしれない。
 秘宝や遺跡の神秘の話は七瀬。
 そこで出会った面白い人、面白い罠の話は八千穂。
 そして残りの愚痴は全部皆守へと押し寄せてくる。
 皆守以外へは、あまり愚痴をもらさないという話は本当だったか。
 何故、慰めるわけでも共感してやるわけでもない皆守を選ぶのはわからない。大体邪険にしているし、付き合うのが面倒になると適当に切ってしまうことも多いというのに。
 だからこそ九龍は皆守へかけてくるのだということにはまだ皆守は気付いていない。迷惑なら迷惑だと言ってくれる相手の方が気が楽ということだ。半分は嫌がらせということにも……気付いてはいない。
「でさ、お前夏休みっていつからだった?」
「……は?」
 本格的に眠いのでそろそろ電話を切ろうかと考えてきたとき、突然方向の違う質問が来た。頭が反射的に答えを返そうとして、一瞬覚醒する。
「……一応8月からになってるが」
 声は思ったより普通に出た。
 天香学園を卒業して4ヶ月。皆守は現在大学一年生だ。受かると思ってなかった、など散々言われたがそもそも天香は進学校である。レベルにこだわらなければ行けるところはいくらでもあったし、かつての九龍の仲間たちもそのほとんどが大学生だ。何故か真面目に学校に通っていたはずの八千穂の方が、皆守よりも下の大学だったり、更に下を目指していた墨木が大学に落ちたりはしていたが。
「じゃあ、あと一週間か」
「もう授業はないがな」
 本当は今日最後の授業があるが行く気はなかった。
 適当に授業に出て、適当にさぼる。学園を出れば何かが変わるかと思ったが、皆守の生活は結局あの頃とそう変わっていない。
「お、じゃあ今暇か。夏休みも何か予定あるか? 暇だよな?」
「昨日バイトをクビになったばかりだ。忙しい」
「暇じゃねぇか!」
 職探しの方が忙しいだろ。
 頭の中でだけ呟いて皆守はベッドの上で体を起こす。寝転んだままだと声に力が入らない。
「っていうかクビって何やったんだよ。ああ、まあお前バイトとか向かなさそうだもんな。先輩殴ったりしたか?」
「してねぇよ。勝手に決めるな」
 実際は寝坊による遅刻を繰り返したせいだった。
 まだ喧嘩が原因の方がマシかもしれない。
「じゃあさー、バイトしねぇ? バイト。夏休みって1〜2ヶ月はあるんだろ? その辺のどこでするよりもバイト料いいぞ! 衣食住保証付!」
「住って何だ。どこに連れていく気だ」
「あ、お前パスポート持ってる?」
「海外かよ!」
「英語は駄目でも大丈夫だ。遺跡の神秘の前に言葉は要らない」
「探索依頼なら他当たれ。一般人を巻き込むな」
「今更一般人ぶるんじゃねぇ。高校時代は立派にハンターと渡り合って来たんだろ」
「…………」
「……そこで黙るなよ」
 皆守の沈黙に九龍が気まずそうにため息で答える。
「とにかくまあ、ホントバイト料弾むからさ。頼む! 来週おれも日本に行くから! それじゃ!」
「おい! 待てこら!」
 そのまま早口で話を切り上げられ、皆守の言葉も聞かず九龍は電話を切った。皆守もため息をついて携帯を放り出す。
 カーテンの隙間からは薄っすらと光が入り、夜が明け始めていた。
 皆守はもう1度ベッドに横になる。
 わざわざかけ直す気もしない。
 九龍の言葉も、夏休みの予定も、起きてから考えよう。
 ……パスポートなんかあっただろうか。
 ついそんなことを考えつつ、皆守は再び眠りについていた。










 予定時刻より少し遅れて、葉佩九龍は空港に降り立っていた。
 日本に帰るのは3ヶ月振りぐらいだろうか。日本語どころか、英語すらろくに通じない場所に居たせいか、妙にほっとする。
 さて、皆守は来ているだろうか。
 歩きながら九龍はHANTを取り出す。
 到着時刻は伝えておいたが、迎えに来る確率は低い。むしろないと言っていい。まだ午前中だし、寝てる可能性が最も高い。それでも、家に押しかけることぐらいは許してもらおうと連絡メールを片手で打つ。そのとき、前方から聞き慣れた声が聞こえた。
「あー居た! 九ちゃーん! こっちこっち!」
 元気に手を振るその姿。トレードマークのお団子頭はいまだ変わっていない。八千穂明日香。皆守と同じく、天香高校時代のクラスメイトだ。
 駆け寄ってくる八千穂に、こちらも足を速める。八千穂は少し止まったかと思うと引き返し、誰かを引きずってくる。予想はしていたので思わず笑いが漏れた。
「久しぶりー、やっちー。甲太郎」
 眠たげな眼が八千穂と対照的な皆守。相変わらずの空気だ。
「ホント久しぶりー。もー、九ちゃん、帰るなら帰るって言ってくれたらいいのに」
「いやー、今回あんまり滞在出来ないからさ。甲太郎にはちょっと用があったから……」
「迎えにぐらい行くよー。皆守くんなんか放っとけって言うんだから。朝もなかなか起きなくてさ」
「いやいや今ここに居るだけで快挙じゃん。来てくれるなんて思ってなかったし」
 ちらりと皆守に目をやる。皆守は視線も合わせずため息混じりに言った。
「おれは八千穂に引っ張られてきただけだ」
「まー、そうだろうけどなー」
 八千穂に話した時点でこうなることはわかっていただろうに。
 そう言うと「言わなきゃ言わないで拗ねるだろうが」と返された。それもまた真実だろうと思うので、九龍は笑って流す。
「もう私たちは夏休みなんだけどね。みんないろいろ忙しいんだよ。皆守くんは暇なんだから来たっていいじゃない」
「どうせ後で会うんだから一緒だろ」
「それは今回だけの言い訳だぞ甲太郎。で、考えといてくれたか?」
「え、何なに? 何の話?」
「いや、ちょっとこいつにバイト持ちかけててな」
 歩きながら早口で会話をする。荷物は特にない。今回はとんぼ帰りの予定なので着替えなどは全て置いて来た。本当に、皆守を迎えに来ただけだった。さすがに行ったこともないだろう国に一人で来いとは言えない。言っても来てくれないだろう。
「お前、おれが断るかもしれないってのは考えてるか?」
「全く考えてない、っていうか既に予定に入れてるから来てくれないと困る」
 チケットももう取ってんだぜ、と懐からそれを取り出す。皆守は表情を変えず、だろうな、とだけ諦めたような声で言った。予想はしていたのだろう。
 皆守と九龍の間に居た八千穂がそんな2人を順番に見て、首を傾げる。
「ええっと、ひょっとしてバディの依頼?」
「大正解」
「えー。いいなぁ皆守くん! 私も行きたい!」
 素直にそう宣言する八千穂に九龍は苦笑する。
「いやー、やっちはーいろいろ忙しいだろ? 甲太郎なら暇だと思ったし。っていうか今回はちょっとやっちーは無理。男じゃなきゃいけない理由があってね」
 本当は微妙に違うが、似たような理由はあるので九龍はそう言う。
 残念だけど、という表情を精一杯作ると八千穂は納得したように頷いた。嘘ではないのでいいだろう。
「ふーん……。じゃあそうじゃないときは誘ってね! 夏休みとかだったら私も行けるから!」
「ああ、それはマジで頼む。やっちー、頼りになるしな!」
「えへへ」
 笑う仕草もあの頃と全く変わっていなくて、3人で潜っていた頃を思い起こさせる。予算オーバーになるが八千穂も誘ってみようか、とつい思って、首を振る。いきなり明日からいつ終わるかわからない探索に付き合ってくれ、など実際のところ無理だろう。せめてもっと前から言えたら良かったが。
 九龍は、いつの間にか数歩遅れて後ろを歩いている皆守を振り返る。
 皆守が気付いたように足を止めた。
「で、お前は来てくれるんだよな?」
「今更言うか」
 追いついた皆守に軽くこずかれる。
 結局翌日の出発のときまで、答えは返してくれなかった。










「日本の高校時代の友達だっつったらまあ呆れられたなぁ。そこまで切羽詰まってんのかとか、それでも一緒に行くのはごめんだとか」
 約束の時間が迫っている。
 葉佩九龍は内心焦りながらも、足を速めることはせずのんびり話す。
 人ごみに溢れた商店街。ちらりと隣を歩く男を見ると、眠そうに欠伸をしている。彼にとっては言葉すら通じない異国の地だが、堂々としたものだ。ひたすら眠そうだ。
「お前そんなに嫌われてたのか」
「違うっ! 今度の探索は……あー、これから会うんだけど、ある二人組と一緒なんだよ。そいつらと一緒なのをみんな嫌がってんの」
「……おれには説明もなしか」
「ここまで来たら引き返せないだろ?」
 にやり、と笑って言うと突然何かに躓いた。皆守の左足だ。全く無警戒だったため、顔から地面に激突する。受身すら取れてない九龍に仕掛けた皆守自身が引いていた。
「何やってんだお前……」
「いや、やったのはお前だろ!」
 蹴りが来る可能性は考慮していたのだ。何の構えもなく進路妨害だけしてくるとは思わなかった。
 まだまだだな、と思いつつ九龍は説明を再開する。
「続きとして。おれ、今回でハンターとしての任務は6回目なんだけど」
「ああ」
「その全部でレリックドーンと対峙してる」
「…………」
 皆守が足を止めた。
 九龍は振り返らず進む。
「レリックドーンってのはあれか? 学園に武装してやってきた集団だよな? 確かマッケンゼンとか何とか」
「あーお前にはあっちの方が印象強いか? まあ喪部の居た組織だよ。狙いがかぶることは多いとはいえ、さすがにぶつかり過ぎなんだよな、おれ。だから九龍との仕事は面倒って言われて……って離れんな甲太郎」
 歩き出しはしたものの、段々遅くなる歩みに九龍との距離が開いていく。
 九龍が立ち止まって待っていると、皆守はいつものように頭をかきながら近づいてきた。
「厄介ごとを連れてくる人種だとは思ってたが」
「まあ7度目の正直となるかもしれないし! なんだかんだで今までだってずっと撃退してきたしな。お前はいざとなったら前のときみたいに一般人の振りしてろ」
「こんなところで出来るかっ」
 皆守のツッコミを食らいつつ歩いていると目的地のホテルが見えてきた。タクシーから降りて数分。時計を見れば、約束の時間から10分ほどの遅れ。
 まあ誤差の範囲内だろうと九龍は勝手に判断する。
「あ、それとな甲太郎」
「何だ」
「今日から一緒に仕事する奴ら、スパイ疑惑があるんだ。監視兼ねてるからしっかりやってくれ」
 得意だろ、と続ければ皆守はげんなりした顔で俯いた。
「お前……嫌がらせにおれを呼んだんじゃないだろうな」
「そんなつもりはなかったがやってることはそれに近いな、と今思い始めたとこだ」
 というより自分の言い方がまず過ぎる気はする。
 反省しつつもフォローはしないまま、2人は無言でホテルへと向かった。










「おれの名はジャック。こっちはおれの恋人クイーン。よろしくな」
 女の腰に手を巻きつけたまま早口の英語で男はそう言って、再び恋人と2人の時間へと戻った。30前後ぐらいだろうか。外国人の年齢はよくわからないので、実際はもっと若いかもしれない。
 ホテルのロビーで延々いちゃついていた2人は、皆守たちがホテルに入った当初から注目の的だった。英語で交わされている愛の言葉らしきものが理解出来ないのは幸いだと皆守は思う。
 自己紹介は何とか聞き取れたが、こちらが何か言う間すらない。既に入ってはいけない世界だ。入りたくもない。
 皆守は隣に立つ九龍に視線だけでこれは何だと問いかける。
「……えーと、ジャックー? こっちはおれのバディの皆守……って聞いてる?」
 九龍の言葉も英語だったが、ジャックよりはるかに聞き取りやすい。それは日本人の皆守にとっては、だ。海外生活が長い割に、発音は随分日本語よりだと思う。
「紹介する意味はあるのか、あれは」
「普段からずっとあれだから。わかるだろ!? あれと3人きりで遺跡に入りたくなかったおれの気持ち!」
 さすがに同意せざるを得なかった。
 同時に、バディを断った奴らの気持ちも理解出来てしまったが。
「しかも、お前多分理解出来てないけど! 物凄い会話してるからなあいつら!」
「聞くなよ」
「聞こえてくるんだよ!」
 どうやらリスニングはほぼ完璧らしい。とりあえず意識を逸らすために会話だけは続けてやる。
「まあ、八千穂は連れてこなくて正解か」
「やっちーと2人であの会話とか、おれの精神が持たねぇ……」
「あの2人はジャックとクイーン……でいいのか? 本名じゃないよな」
「あー、お互いもそう呼び合ってるからそれでいいんじゃね。そうそう、お前のことは一応コウって呼ぶように……言うつもりだったんだけど聞いてないな。甲太郎、は多分言いにくいしな。変な呼び方されても怒るなよ」
「呼ばれる機会があるのか、あれは」
「多分ない」
 九龍は苦笑いしつつ2人に視線をやる。2人の会話が途切れてると思ったら、熱いキスを交わしてる途中だった。本当に、遺跡の中でもこの調子なのだろうか。
 ふと、ここに来る直前に言われたスパイ疑惑、という言葉が頭を過ぎる。
 ……確かにこんな調子じゃ、見張ってるのも嫌になるな。
 監視の目を逸らさせるにはいいのかもしれない。
 だからこそ、見てなければならない事実にはうんざりするが。
 気付けば真面目に監視の任務を遂行しようとしていることに皆守は疑問を持っていない。
「じゃ、行くか。ジャック、クイーン。甲太郎。ジャック、運転頼む……ぞ?」
 全く目を向けてこないジャックに、九龍が情けない顔で話しかけている。
 皆守は英語を理解する気もなく、欠伸をかみ殺しながら九龍たちを待つ。
 遺跡は砂漠にあるらしい。そこまでの移動はジャックの車だ。ならば移動時間は寝られるな、と呑気に考える。
「寝るなよ」
 そんな皆守の考えを察したかのように、九龍はすれ違いざまにそれだけを告げた。


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