暁はただ銀色─3

「やるんじゃなかったぜ……」
 皆守が上半身を起こし、そのまま壁にもたれかかる。
 九龍も座り込んだまま、そんな皆守を見た。
 お互いぼろぼろだ。手当てを、と思うのに九龍の体も動かない。
「お前は大した奴だよ、九龍」
 少し笑ってこちらを見る皆守に、九龍も声を絞り出す。
「……お前こそ……何なんだよ、あの力。強過ぎんだろ」
 それをずっと隠してきたのか。
 そしてさりげに助けてくれていたのか。……いや、全然さりげなくはなかったか。
 八千穂が近付いてきた。
 八千穂も、何も言わない。
 九龍は何とか口を開く。
「お前さ……何で」
 言葉が続かない。
 皆守がポケットに手を入れようとして少し呻いた。
 ……やりすぎたな、多分。
「……少し……ばかり、アロマを吸わせてくれ……」
 いつの間にか火の消えていたアロマ。
 ポケットから取り出されたライターが、いつもと違う気がする。
 何でだろうと考える暇もなく、辺りにラベンダーの香りが漂い始めた。
「いい香りだ。こうしてラベンダーの香りを嗅ぐとあの日を思い出す。ラベンダーの香りがするあの女をな」
 どこか遠い目でそう言う皆守。
 九龍は前日に拾ったばかりの写真のことを思い出した。
 あの女性の周りに咲いていた花は──ラベンダーか?
 そういえば、花の実物を知らない。
「甲太郎……」
「皆守くん……」
 そして皆守は話し始めた。
 その写真にまつわる皆守の過去を。
 八千穂もいつしか座り込み、無言で皆守に向き合う。
 皆守の低い声だけが、静かな空間に響いていた。
 あの、写真の主は──教師。
 問題児と言われた皆守を、唯一庇って、守ってくれようとした教師。
 だが──墓の秘密に近付いた。
「────っ」
 怖い。
 その先を聞くのが嫌だった。
 震える拳を握り締め、九龍は皆守から目を逸らさない。
 皆守は、教師を処分するために呼び出し、その教師は、
「あなたの手を汚させるわけにはいかない、と」
 止めろ。何でだ。
「こんなことは私で終わりにしてくれと言って──」
 九龍はついに目を伏せた。
 それ以上、皆守の顔が見れなかった。
「自分で、自分の胸を刺した──」
 教師は死んだ。
 自殺、だ。
 皆守の目の前で。
「……皮肉なものだ。大切な人の命を自らの手で奪ったおれが──今度は大切な仲間によって倒されるとはな……」
 それは、おれのことか。
 何だよ。それがショックかよお前。
「生徒会の一員としておれはこの墓を守るために、多くの者を傷つけてきた」
 皆守が生徒会だという実感はまだ湧かない。
 皆守は何のために、そんな役職を続けていたんだ。
 希望も何も、見えなかったというのに。
 別の道を選ぶことは出来なかった。今更運命に逆らうことが出来なかった。
 それが──皆守だった。
「……何かな……おれ、お前のこと何もわかってなかったな……」
 理解しようとしたこともなかった。
 過去に何かあったと知っても、九龍はそれから目を逸らし続けていた。
 今が楽しけりゃいいじゃないかと──今も背負っていることに気付こうともしなかった。
 だから──何も言えない。
 皆守はしばらくそんな九龍を見ていたが、やがて小さな声とともにに立ち上がる。
「それじゃ……行くとするか。この奥に眠る秘宝を手に入れるのがお前の目的なんだろ? この墓に眠る奴を倒すためにそいつが必要ならおれも協力しよう」
「は……え、マジで」
 立ち上がった皆守が、九龍を見下ろし、いつものように笑う。
 手を差し出されて、思わずその手を取った。
「っと……」
 無理矢理立ち上がらせられる。
 少しよろけてしまった。九龍のダメージだって酷い。正直、骨ぐらい折れてるんじゃないかという痛みが──今更襲ってきた。
「……痛ぇ」
「悪かったな」
「それですますかっ!」
「お互い様だろ」
「……まぁな」
 先に井戸に行かなきゃどうにもならないな。
 そんなことを思っていたとき、突然部屋の端から、あの威圧的な声が聞こえた。
「掟を破るつもりか」
「阿門……」
 いつもの黒いコートを着たまま、ゆっくりと部屋の中央に出てくる。
 阿門が見ているのは皆守だった。
「お前の力をもってしても、阻止できなかったか……皆守」
 びくりとする。
 ああ、そうか、こいつとは普通に最初から仲間だったんだ、皆守は。
「本当は、のんびり卒業まで過そうと思ってたんだがな」
「ふッ。口ではそう言ってるが、お前は、俺が副会長として信頼した男だ。いつかは動くと思っていた」
 副会長として信頼……。
 突然見えてきた2人の関係に、何だか落ち着かない。
 こいつ、ホント意外と友達いやがるな、畜生。
「期待に添えなくて悪かったが、墓守としての役目は果たせなかった。まぁ、俺の実力はこんなもんって事さ」
「お前あっけらかんと言うなぁ……」
 まぁ、途中から完全な喧嘩だったけど。
 最初の暗い目忘れてねぇぞ。怖かったぞ、あれは。
 阿門はそんな皆守の言葉を否定し、ただ転校生が強かったと言い切った。
 ……褒められてるのに褒められてる気がしないのは何故だろう。
 ……まぁ、この敵意のせいだろうな。
 次は阿門か。
 こいつも……大事なものを差し出してるのか?
 響に対して黒い砂を出していた様子を思い出す。
 違う、こいつはあれを操る側だ。じゃあ、全ての執行委員や役員の呪いの元凶じゃないか。
 九龍は立ち上がる。立ち上がっても見上げなければならない男を精一杯睨みつけ、武器を手に取った。
 皆守はそんな九龍をちらりと見て、阿門に言う。
 もう止めろと。
 もう戦う意味はない。既に封印は解かれたと。
 ……じゃあ何でお前は向かってきたんだよ。
 あれ、手加減してたとか言わないよな?
 皆守は転校生に──九龍に賭けると、そう言い切った。
 あぁ、おれに任せとけ。
 皆守相手にはさすがに言い難い言葉を頭の中だけで叫ぶ。
 だが、阿門は首を縦には振らない。
 皆守は──阿門の説得のために九龍と戦ったのだろうか。
 ここで皆守に負けるようじゃ話にならないとか?
 何だかな。
「お前たちはわかってない。この墓に眠る者の真の姿を。その邪悪なる意思によって、何がもたらされるのかを」
 墓守の長たる阿門にはわかると。
 墓は暴いてはならない。
 そんなの──今更だ。
「遅ぇよ。もうここまで墓は暴かれたんだ。お前が何やったって、無駄なんじゃないか」
 今から押さえられるというのか。
 解かれかけた封印を。
 阿門には──手があった。
「封印の巫女をここに連れて来て、その力で、まだ眠っている荒吐神を封印すればいい話だ」
 封印の巫女──白岐。
「馬鹿な……。白岐を封印の巫女に戻すつもりかっ? 荒吐神の力の影響で衰弱している白岐にそんな事させたら……」
「そ、そうだよ。お前、白岐を犠牲にする気か!」
 守ろうとしたのは、ただ鍵だから──白岐本人はどうでもいいのか?
「白岐には最後まで巫女としての役目を果たしてもらう」
 阿門は淡々と言い切った。
 そしてそのための障害として──九龍を排除すると。
「お前……ふざけんなよ」
 墓を守るためにどれだけの人間を犠牲にしてきた。
 そんなにまでして守ることに意味があるのか。人を守るための封印じゃないのか……!
 九龍は下ろし掛けていた銃を再び阿門に向ける。
 皆守が、その後ろに立った。
「九龍、おれも一緒に戦うぜ。墓守としてではなく、お前のためにな」
「甲太郎……」
 何だよ。その直球。
 何かちょっと恥ずかしい。
「私もやるよっ!」
「お前は下がってろ。もうボールもないんだろ」
「……う……」
 そうか、蛇と皆守で使っちゃったのか。
 ……その分、皆守がやってくれるのか。
 今まで攻撃なんかしたことなかったもんな甲太郎……。
「……そうか。では、おれも生徒会長として、副会長の謀反を許す訳にはいかない。2人とも、この遺跡と共に眠るがいい――」
 阿門は八千穂には目を向けない。
 それには少しほっとして──阿門へと飛び出す。
 阿門の言葉とともに現れたのは数匹の蛇。
 それには目もくれず、阿門を撃つ。
 躊躇わず──額。
 阿門が呻く。
 近付いて、銃をぶらさげたまま今度は鞭に持ち替えた。
 蛇と一緒に阿門も叩く。
 阿門が手を上げた。
「っ……」
「お前の魂を貰う」
 回避──って、間に合わないか……!
「よっと」
「うおっ……!」
 ぐいっと襟元を引っ張られて体が傾く。
 阿門の攻撃がすぐ側を過ぎっていくのがわかった。
「あ、危ねぇ……」
「突っ込みすぎだ、馬鹿」
「さすがに眠いとか言うのは止めたのか」
「やって欲しいならやってやるぞ」
「それより蛇頼む」
 後方にも3匹。
 近付いてきているのはわかった。
 九龍は銃に構え直し、阿門から距離を取りつつ銃を撃つ。
 視線に、蛇を蹴散らす皆守の姿が目に入った。
 ……ホント、前からやってくれてたらな、それ……。
「おれに勝てると思っているのか」
 阿門の動きが意外に素早い。
 動き回りながらでは、狙いが上手く定まらない。
 大体、まだ皆守と戦ったときのダメージが抜け切れてない。
 くそぉ、痛いぞ甲太郎……!
「九龍っ」
 その皆守が、蛇を片づけて九龍の元へ戻ってくる。
 九龍はそれを見て、動きを止め、阿門の弱点をしっかり狙い撃つ。
 阿門が近付いてきている。
 それでも九龍は動かない。
「おいっ」
 うるさい。お前が何とかしろ。
 攻撃は──皆守が避ける。
 弾が残り少なくなってきた。
 皆守との戦いで弾も爆弾も使いすぎた。
 九龍は銃を下ろすと、ナイフ片手に跳び上がる。
 一発ぐらいは、殴らせろっ!
「ぐっ……」
「おれの力っ、なめんなよっ!」
 何発も拳を入れて、ついに阿門が膝を付く。
 九龍は息切れしながら、ナイフを突きつける。
 阿門は、その状態でも九龍を睨みつけてきた。
「まだだ……おれは、まだ倒れてない……」
「いい、加減っ、観念しやがれ……っ!」
 はぁはぁ、と必死で呼吸を整えながら九龍は阿門に叫ぶ。
 それでも阿門は諦めない。
 呪いにかかっているわけではない──じゃあどうすればいいんだ。
 殺すのは──嫌だ。
「阿門……もう止めておけ」
 九龍の肩を掴んだ皆守が、前に出てきた。
「お前が、立ち塞がろうと塞がるまいと荒吐神は目覚める。今となっては、九龍の可能性に懸けるしかない」
 阿門は──納得しない。
 荒吐神は今までの敵とは違う。
 倒すことなど不可能だと。
 そう言われて──そんなことはない、と言える根拠は何一つないのだけれど。
 今更──引けるか。
「完全に目覚める前に再び封じなければ――」
 体を起こそうとする阿門に、そう言ってやろうとしたとき。
「もう、目覚めてしまったわ」
 白岐の声がした。
「白岐!?」
「白岐さん!」
「お前……何で。ここに来れるような状態じゃなかっただろ」
「そ、そうだよ白岐さん! 寮で休んでたんじゃ……」
 白岐は皆守と八千穂に順番に目を向け、最後に九龍と阿門を見て言った。
 封印は解かれた。
 もう、荒吐神は目覚めてしまったと。
 そう、ずっと兆候はあったのだ。
 七瀬や神鳳や夷澤に取り憑き、白岐の封印を解き──もう、ほとんど目覚めているものだと九龍は思っていた。
 それを証明するかのように、突然の振動。浮かび上がる不気味な顔。声。
 それが、白岐を見付けた。
 反射的に白岐の前に立つ。八千穂も、白岐を守るようにラケットを構えた。
「八千穂さん……」
 白岐はそんな八千穂の影から、声に向かって呼びかける。
 阿門が声に向かって語る。
 墓を守る運命を負ったもの。
 阿門の役目を。呪われし力の意味を。九龍は初めて知った。
 声は更に九龍にも呼びかける。
 お前も復活を妨げようとするものかと。
 そりゃあ、出来ればそれがいいんだろうけど。
 もう無理だ。
 封印が解けかけてるから、だけじゃない。
 白岐や──また学園生徒を──犠牲にしてまで続ける封印を、九龍は許せない。ただただ感情的に。
 秘宝を手にして、お前を倒す。
 それが、今の九龍の結論。
 九龍は失敗を頭に浮かべない。
「……お前らしいな」
 皆守が笑った気がした。
 皆守も、声の方を向いていて、その表情は見えない。
「秘宝だと? ふははははっ。そうか、秘宝とやらがお前たちの希望という訳か」
 声は、そんな九龍の思いを笑い飛ばした。
 秘宝など存在しない。
 ただの伝説だと。
 ……え、マジで。
「そんな……そんなことは……」
 白岐が動揺している。
 そんな白岐の手を、八千穂がぎゅっと握り締めていた。
 阿門が、立ち上がる。
「葉佩、白岐を連れてここから脱出しろ」
「は?」
「ここはおれが──」
 封印は出来ない。
 秘宝はない。
 阿門は、墓守の力で敵を倒すという。
「……あほか、おれにもやらせろよ」
 敵が一緒なら、九龍が引く意味なんてないはずだ。
 武器を構えた九龍が一歩前に出たとき、声は言った。
「墓守如きが我を倒せるとでも思っておるのか? 我が力を思い知れ――」
 何だ?
「か……からだが……。動かない……」
「おっ、おい、阿門!」
 再び膝を付いた阿門に皆守が駆け寄る。
「ああっ……」
「白岐さん!?」
 そして白岐も倒れる。八千穂が慌てて抱き抱えるが、白岐は動くことが出来ない。
「皆守、お前は何ともないのか?」
 阿門は皆守を見上げて言った。
 見る限り、平気そうだ。皆守もそれに頷く。
 皆守は──既に墓の呪いから解放されているから。
 阿門と白岐は、いまだ墓の影響を受ける。だから、動けない。
「──下がってろよ阿門」
 ならば、九龍の出番ではないか。
「やっちー、白岐さん頼むぞ」
「うんっ……!」
 力強く頷いた八千穂は、白岐を壁際に寝かせ、その体を守るように片膝を付く。
 荒吐神が──ついに現れた。
「いくぜ甲太郎」
「ああ」
 白岐たちのもとまで皆守が阿門を支えて連れて行く。
 それに抵抗する力も出せないようだ。
 皆守が九龍のもとに戻り、荒吐神と対峙する。
 雑魚はクモ。
 敵は──両肩に男女の顔を乗せた、化人。
「神の力を思い知れ──」
 化人の声が響く。
「……弾も爆弾も薬も残り少ないんだけどな」
「……負けるなよ」
 危なくなったらおれが襟首引っつかんでやる。
 皆守の何だか頼もしい言葉に九龍は頷く。
 こいつを倒せば──終わりだ!


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