暁はただ銀色─4
「うぉおおおー! わっ、我が身体が崩れるっ! 再生せよっ! 我が身体を再生するのだっ!」
そして──決着はついた。
弾薬も爆弾も薬も、何一つ残っていない。
九龍の体も、もう限界だった。
皆守の力でも避け切れなかった攻撃が、2人を傷つけている。
強かった。
言った通り、強かった。
だけど──勝っただろ。
これで──終わりだろ!
叫ぶ気力もなく九龍は崩れていく荒吐神を睨みつける。
白岐が、立ち上がっていた。
「もう……終わったのよ。あなたは古の忌まわしい呪縛から解放された。もう誰もあなたを苦しめはしない」
「かい……ほうされた?」
そうだ……この荒吐神──いや、長髄彦も、被害者なのだ。
ある意味呪いを受けた墓守たちと同じ。
なら……これで救われたのか?
荒吐神は……長髄彦としての記憶を取り戻した。
失っていた記憶の大切さは、この遺跡の攻略時に身に染みてわかっている。
「私は……夢を見ていた。悪い夢を……」
長髄彦の声には、もう敵意も不気味さもない。
終わったのだ。
ようやくそれが実感されてきたとき、突然先ほどよりも大きな振動が、九龍たちを襲った。
「な、何この揺れっ」
八千穂が叫ぶ。
「目的を失った墓が崩壊しようとしているのだ」
阿門は天井を見上げ、淡々と言った。
「そうだっ、そういう遺跡あるんだった……!」
九龍は今まで体験したことがなかったが。
早く逃げよう、と出口へ向かう九龍たち。だが、阿門は動かなかった。
「阿門くんも──」
八千穂が振り返る。
立ち上がっていた阿門は、九龍に目を向けてきた。
「この墓がなくなれば、おれの墓守としての役目もこれで終わりだ」
「阿門?」
「葉佩……最後にお前に会えて良かった。これで、ようやくこの学園も解放される。忌まわしき古代の呪縛からな」
「ああ……。それはわかってるから、早く──」
「行け──。じきにここも崩れる。おれはこの墓に残り、呪われた歴史に終止符を打つつもりだ」
「は……?」
呆然とする。
え、え? つまり、この墓もろとも──。
「仕方ない。これも運命って奴か」
「甲太郎?」
そんな簡単な、と思っていたら──皆守はゆっくりと阿門の方に歩いていく。そして阿門を見上げて言った。
「会長が残るっていうのに、副会長が残らない訳にはいかないだろ?」
「皆守、お前……」
「ちょっ……待て、お前ら、何言ってんだよ……」
声が弱々しくなってしまった。
皆守が九龍を振り返る。
「そういう訳で。お前らとはここでお別れだ」
「なっ……」
「じゃあな」
天井のかけらが落ちてくる。
無意識に近付こうとしていた九龍は、それにびくりと足を止める。
皆守たちは動かない。
「甲太郎──」
「そんな、何で……」
八千穂が叫ぶ。
ここに居たら死んでしまうと。
わかってる。
そんなこと、わかってるんだこいつら。
これが……償いだと。全てはここで消えると。
「…………」
「そんなの嫌だよっ。私たちと一緒に」
「九龍。八千穂と白岐を連れて逃げろ」
八千穂の言葉を遮り、皆守は九龍へ言った。
そうだ、八千穂と白岐を、助けないと。
早く、戻らないと。
「短い間だったけど、楽しかったぜ。ありがとな……」
崩壊の音が激しくなり、皆守の声も埋もれていく。
「そんなっ何でっ……九ちゃん……!」
「…………」
何か。何か言わなきゃ、と思うのに声が出ない。
八千穂が九龍の腕にすがりつく。
九龍はその手を取って無理矢理ハシゴへと向かわせた。
「九ちゃん──」
皆守を振り返る。
こちらを見ている皆守。辺りに瓦礫が落ちているのに、平然と。
「甲太郎」
お別れ──か?
じゃあ、別れの言葉?
そんな馬鹿な。
どくどくと心臓が高鳴る。嫌な汗が吹き出る。
どうしよう。どうしたらいいんだ。
嫌だ、一緒に、なんて、八千穂と同じように叫べれば──。
だけどこれは……皆守の選んだ……
「還りましょう。あの頃へ──」
そこへ、声が響いた。
光が満ちた。
遺跡の精霊が──双子が、最後の使命を果たしにやってきた。
長髄彦とともに眠りにつくこと。
長髄彦を永遠の眠りにつかせることが出来たと九龍に感謝を述べ、そして──その場に居た5人は──双子の力により、外へと助け出された。
崩壊した遺跡の上。
墓地の中。
呆然と座り込んでいる九龍たちの下へ、元執行委員と役員たちが、駆けつけてきた。
翌朝。
九龍は自室の寮で目を覚ました。
井戸に寄ることも出来なかったため、怪我を抱えたまま、九龍たちは瑞麗の手当てを受けていた。
「痛……」
胸に巻かれた包帯に目を落とす。
九龍の肋骨は折れていたらしい。
皆守の蹴りで折れたのか、その後の無茶な動きで折れたのかは定かではない。切り傷擦り傷も多数あり、治るまでこの痛みを抱えなければならないのかと思うとため息が出る。
井戸に頼り過ぎてたよなぁ……。
九龍はベッドから降りると、机の上に放り出していたHANTを手に取る。脱ぎ散らかした服に足を取られそうになり、そのまま床へ座り込んだ。
心配する仲間からのメールに混じって、協会からのメールが入っている。
「……は!?」
秘宝の回収が、完了したとの知らせだった。
秘宝? 秘宝って……。
メールに書かれていた文面からわかること。
あの遺跡に、秘宝はあった。
それは、あの遺跡崩壊後に回収された。
回収したのは九龍と同じく学園に潜り込んでいたロゼッタのハンター。
「な……」
居たのか。
九龍の他にも。
九龍が遺跡を順番に解放していく間──それを黙って見てたのか。
誰が……!
九龍は立ち上がると、上着を羽織り、外へと向かうため寮のドアに手をかける。
そこで──止まってしまった。
いつものように皆守に愚痴りにいこうとしたのだが。
「…………あー……」
頭をかきむしる。
昨日の戦いで、泣いていたことを思い出してしまった。
そういやあそこで投げ捨てたゴーグル……回収してねぇ。
叔父さんに貰った奴だったのに。
九龍は思い切ってドアを開けると、そのまま隣の部屋をノックした。
考える前に行動。
ここに来て、わざわざ言い聞かせなければならないことが多くなった。
乱暴にドアを叩くが、返事はない。
皆守も、かなりの怪我だったはずだ。寝てるのだろうか。
九龍は自室に戻って針金を取ると、勝手に部屋の鍵を開ける。
たまにこういうことはする。皆守にもばれている。
ドアを開けると、嗅ぎ慣れたラベンダーの匂い。
「……お前」
「……よぉ」
皆守はベッドの上に腰かけたまま、こちらを見ていた。
起きてたのかよ!
「お前な、返事ぐらいしろよ」
「お前も名前ぐらい名乗れ」
「いやいや! おれ以外誰が来るんだよ!」
「取手も大和もノックぐらいはするしな。お前が一番ノックなんざしないだろうが」
そういやそうだ。
九龍は勝手に中に入ると、机の前の椅子を引いて座る。
こんな体勢になることは、今までもよくあった。
「…………」
「…………」
そして、そのままお互い沈黙する。
何と言っていいか。何を言えばいいか。
墓に埋まっていた人たちのこと、阿門のこと。
聞かなければならないこともあるのだが、とりあえず。
「さっき、ロゼッタからメールが来てたんだけどな」
「…………」
皆守が僅かに顔を上げてこちらを見る。
「秘宝が回収されてた」
「………は?」
「誰かが! おれの他にも居たんだよ、ロゼッタのハンター! そいつが崩壊した遺跡から秘宝取り出したとか! ふざけんなよな……!」
話している内に腹が立ってきた。
人が、あれだけ苦労したものを!
「ちょっと待て、九龍」
「他に居たんだよハンター! 誰だよ!」
「知るかよ。っていうか……それ言いに来たのか?」
皆守の呆れた顔に九龍も止まる。
「いや、いやー……うん、でも、それ言いに来たのには違いないかな……?」
昨日のこと。
考えるのが嫌だ、思い出すのが嫌だ。
でもいつまでもそれじゃ……駄目か。
「あー、あのな……」
「………おう」
「……いやいや、変な覚悟すんな? おれは、その……」
お前のこと。
──友達と思って、いいのか……?
「何か、お前が敵だったとか、正直凄ぇショックだったけど、一緒に戦ってくれたわけだし、あのあとはいつも通りだったから、いつも通りでいいのかなと思ったら最後あれだし、いや、おれは今一体何を言いたいんだ?」
「……おれに聞くなよ……」
皆守がため息をついた。
やっぱりいつもの元気がないぞ皆守。
ああ、怪我してるんだっけか。いや、そういう問題じゃないか。
「今日、学校行くのか」
「だりぃ」
「まあ、そうなんだろうけど、いつも言ってるせいで深刻さがないな……!」
「怪我は大したことないがな」
「嘘付け……! お前だって、結構ぼろぼろだっただろうが!」
「お前ほどじゃない」
「あー、お前の蹴りで、おれは肋骨骨折だ」
そう言うと、皆守の言葉が止まった。
ん?
いやいや、戦いなんだからあんま気にすんなよ……?
「…………悪かったな」
「…………何か、いろいろまとめられた気がする」
「……一つ一つでも謝ってやりたいが」
「いや、止めて。マジで止めて」
居た堪れない。
本気で謝罪している感じが、居た堪れない。
おれ、ショックだけど──怒ってるのとは違うんだよ甲太郎。
最初っから監視目的だったわ、呪いが解けても敵対するわ、最後は死のうとするわ、つまりは──。
「おれ……お前の友達じゃなかったのか……?」
つい言葉に出してしまった。
だって、そういうことじゃないのか。
友達だと思ってるなら……やらないだろ、どれも。
だが、勿論言うつもりはなかった言葉。
「九龍……」
皆守の呟きが聞こえて慌てる。
「いやっ! 何でもない! 何でもねぇ! っつうかもう止め! この話止めだ! っていうか恥ずかしいこと言わせんな!」
「お前が勝手に言ったんだろ」
「ああ、お前はそういう言い方しててくれマジで! あと、おれ……学校行って来る!」
「は!? 九龍っ!」
皆守の部屋を飛び出し自室に戻る。
既に廊下には人の姿も多かった。思わず鍵をかけて、九龍は慌てて着替え始める。学ラン──ぼろぼろだ。これを着ていくのはさすがに……まずいか?
「おい九龍」
九龍の部屋を叩く音。
皆守。
「どうしたの皆守くん」
げっ……。
そこで聞こえたのは取手の声だった。
「ちょうどいい。お前呼びかけろ。頼むから開けてくれって言え」
「え? 何かあったの……?」
「怪我してるのに学校に行こうとしてやがる」
「えっ! それは駄目だよはっちゃん!」
あいつ……!
取手を乗せる様子が丸聞こえだ。
九龍は観念して扉を開けた。
まだ取手が間に居る内の方がいいだろう。
「おはようはっちゃん」
「おはよ。えーっと、今のはこいつの出鱈目、っていうかおれ、学ランぼろぼろで使えなくて」
「だろうな」
「わかってて言ったのかよ。まぁ、おれは今日は大人しくしてるよ。それじゃ!」
「あっ、はっちゃん!」
ドアを閉める。
取手と皆守が何か話しているが、聞かないように耳を塞いだ。
あれだろ、おれが思わず突っ込みたくなるような会話してるんだ、絶対。
今はまだ待て。無理。さっきのが恥ずかしすぎて無理。
「……九龍」
そろそろいいかと耳を離したとき、皆守の声が聞こえてきた。
あああっ。
「……もう、おれとは話したくないか?」
小さな呟くような声なのに、はっきり耳に届いてしまう。
お前っ! お前絶対わかってやってるだろ……!
「悪かったな」
もう1度皆守の謝罪が聞こえて、皆守は自室へと戻ってしまった。
皆守の学ランも酷い状態だったから、学校には行けないだろう。
何なんだよ。
ホントに、前のようには戻れないのか。
いや、戻ったとしたって──九龍の仕事は、これで終わり──。
ベッドに戻った九龍はいつの間にかうとうとし始め、そのまま終業式が終わる時間まで、目が覚めなかった。
そして、協会から新たな探索依頼が来たのは、その一週間後。
冬休みの学園内。
九龍は崩壊した遺跡の前に居た。
大部分は崩れ落ちていたが、僅かな隙間と残った部屋があり、この一週間はひたすらそこに潜っていた。
バディとなってくれた役員や夕薙や──阿門と。
皆守との軽いやりとりも、いつも通り。
結局九龍はいつものように、肝心なことには何一つ触れず、ただ表面上だけで生きている。
「……ま、いっか」
九龍の最大の問題点は流され、振り返る。
「何がいいんだ?」
「終わり良ければ全て良し、みたいな」
「秘宝盗られてか」
「それは言うなあぁっ!」
思わず叫ぶ。確かに! 確かに最後の秘宝は盗られたよ任務失敗だよ!
でもいいんだよ、別組織じゃないから! まだロゼッタだから救われた!
「取り返しに行くの?」
「いや、だからそれはいいんだよ、やっちー」
一緒に居たのは皆守と八千穂。
今日が最後になると思い、3人で潜っていた。
「……あのな、2人には言ってなかったけど」
「行くんだろ? 次の秘宝を探しに」
「えっ!」
何で知ってる。
「……私もそんな気がしてた」
「やっちーまで……」
おれ、そんなにわかりやすかったかなぁ……。
読めない奴だ、とか言われたこともあるのに。あれは何か意味が違うのか。
「だからねっ、お別れパーティーやろうってみんなで」
「は……?」
「マミーズで準備してる。とっとと来い」
そこまでばればれですか!?
っていうか、日付まで!?
八千穂に手を引かれて歩きながら、九龍は皆守を振り返った。
「お前……HANT見たな……?」
「…………」
そっぽ向く皆守。
この野郎……!
「九ちゃんだって悪いんだよ! 何も言わずにさ!」
「いや、ちゃんとお別れぐらいするつもりだったって!」
「まぁ、大げさなことは止めろとは言ったんだがな」
「お前、やっちーに言った時点でこうなることはわかってたよな……?」
「何だ、嫌なのか?」
八千穂が足を止めた。
つられて九龍も足を止める。
「……九ちゃん……嫌なの……?」
九龍の腕を握る八千穂の手に、ぎゅっと力が篭る。
「……嬉しいです」
ぱあっ、と八千穂の顔が輝いた。
おかしいな、何だこれ。
「ねぇ九ちゃん」
「ん?」
「……卒業までには、帰ってくる?」
「……ど、どうだろ……」
どれだけかかるかなんてわからない。
この学園での3ヶ月、はかかった方だとは思う。だが遺跡の規模からすると順当か。次の遺跡がどの程度のものなのか。情報は全くない。
調べてないだけとも言う。
「死ぬ気で帰って来い」
「お前なぁ……」
マミーズが見えてきた。
入り口付近で取手がうろうろしている。お迎えだろうか。
隠れている朱堂の姿も発見。飛びつかれる前に避けるぞ。
「……甲太郎」
「何だ」
「……3学期になっていきなり姿を消してる生徒や教職員が居ないかは見といてくれ」
「……突き止めたいのかよ」
「当たり前だろっ! 同じ組織でも横取りは横取りだっ!」
卒業までには調べといてやる、と言う皆守の言葉を聞きながら、3人はマミーズへと向かう。
「……九龍」
途中、皆守がぼそりと言った。
「ん?」
「おれは──お前のことは親友だと思ってる」
「…………」
目を見開く。
それは──あのときの答えか。目見て言え、目。いや、やっぱり見るな恥ずかしい。
っていうかお前、思い出させるな、あれを。
……嬉しいじゃないかよ。
卒業までには、絶対に帰ってこよう。
以前八千穂が言っていた、人が秘宝、という言葉が今ならわかる気がした。
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