暁はただ銀色─2
遺跡の中は激しく揺れている。
九龍は井戸ではなく、自分の部屋で準備を終えて、ここに来ていた。
皆守と八千穂を待ってから中へと入る。
そのとき。
大広間中央にあった石版が輝きを発し、突如崩れ落ちた。
大きな穴。そこには──ハシゴも付いていた。
「これは……」
「えっ、こ、これって……」
「……行くぞ」
それ以上は何も言わず、九龍はハシゴを降りる。皆守、八千穂とそれに続いてきた。
辿りついたそこにあったのは広大な空間。炎のようなもので囲まれているが、暑くはない。
「こいつは……。まさか初めにおれたちが降りてきた大広間の下にこんな部屋が隠されていたとはな……」
「ああ……。ここが多分、終点だ」
九龍はHANTを取り出しつつそう言った。
長いハシゴ。
それは、今までの遺跡分全てを足したほどの長さ。
HANTが示している。ここが最下層。同時にピラミッドの──頂点。
「へぇー……」
八千穂も少し感慨深げに辺りを見回している。
皆守も笑って言った。
「そうか……ついにここまで辿り着いたな。おめでとう九龍」
「な、何だよ。まぁ、おれの実力なら当然かな?」
おちゃらけて言おうとしたが、妙に表情が強張った。
いや、もういきなり何言い出すんだよお前。
「さて……これからどうする?」
「あ? 進むに決まってんだろ」
部屋の中を見回しても扉のようなものはない。
墓守の姿すら見当たらない。
だが、おそらくどこかに仕掛けがあるのだろう。
壁に向かって進もうとした九龍に、八千穂が付いてくる。
「ん? ちょっと待ってくれ九龍。アロマが消えちまった」
だが皆守は足を止めていた。
「お前なぁ……」
緊張感がないにも程がある。
最後だぞ。これで──終わりなんだぞ。
あぁ、おれが感慨深くなり過ぎか。
九龍も少し力を抜いて、アロマに火をつける皆守を見つめる。
「九龍……。お前はいい奴だ。できればこれからもお前の友でいたかった……」
「は……?」
何だよ……。
これでお別れ──だからか?
皆守も皆守なりに寂しい気持ちぐらいあったか?
でも、友でいたかったって、どういう意味だ。
「覚えているか? 初めて会った日のことを」
九龍が問いかける間もなく、皆守は続ける。
初めて会った日。
確か屋上だ。
けだるげにアロマを吹かしていた男を──最初、近付いちゃいけないとか思ったんだっけ。
だがその後の態度は意外に友好的で──そうだ、生徒会に対する忠告もされていた。あんな最初から言われてたんだ、生徒会のこと。
「おれは忠告したはずだ。生徒会には気を付けろ……と。お前にはここまで辿り着いて欲しくなかった」
「…………」
何だ。
何なんだ。
何だかわからないのに、異様に心臓が高鳴っている。
俯き気味だった皆守が、そこで真っ直ぐに九龍を見た。
「悪いが、これ以上先に進ませる訳にはいかない」
「……こうた」
「墓を侵す者を排除せよ。それが──生徒会の掟だからな」
「────っ」
「み、皆守くんっ……!?」
絶句した。
何も、言えなかった。
八千穂もまた、名前だけ呼んで、それ以上の言葉が出てこない。
手が、震えているのを感じる。
「もう気が付いているかもしれないが、生徒会には副会長の姿がない」
そんな九龍から皆守は目を逸らし、言葉を続ける。
副会長が居ない?
それは確かに──そうだった。
だが、それは、夷澤が居るからだと思っていた。
副会長の器じゃないから補佐ってことで──なんて、笑い話みたいなことしか考えていなかった。
副会長は存在する。
それが──皆守。
「お……まえ……」
今でも仲間だと思っている?
お前に対する感情は嘘じゃない?
皆守の言葉が九龍の頭をすり抜けていく。
初めて会った日から今まで──皆守は、ずっと騙し続けていたのか。
最初からずっと──敵だったのか……?
「残念ながらここで、お前のたびも終わりだ」
皆守の体に力が漲るのがわかる。
「おれが相手だ。悪く思うなよ……」
そして、ゆっくりと近付いてきた。
「きゅ、九ちゃん……!」
八千穂が九龍の腕にすがりつく。
そして皆守に目を向けた。
「ちょっと……ちょっと待って皆守くん。何で──」
「おれの動きが見切れるか?」
はっとした。
「っ……!」
間近まで迫っていた皆守の蹴りで、九龍は吹き飛ばされる。
背後に蛇が居るのにもようやく気付いた。
皆守は──墓守。
「や、やっち……」
「う、うんっ! 何!?」
「蛇……頼む」
「わ、わかった。任せてっ!」
九龍は皆守から目を逸らせない。
蛇の存在も、音で気付いたようなものだ。どこに居るのか、何匹居るのか──そんなことすら目に入らない。
皆守が──敵?
「あああっ、くそっ!」
駄目だ。
いつまで呆然としてるんだ。
九龍は腹に力をこめて立ち上がる。
皆守は両手をポケットに入れたまま、こちらを見ていた。
今の蹴りの威力──あれが、こいつの力か。
今までも何度か食らった蹴り……あれでも、手加減はされていたのか。
「甲太郎っ!」
ナイフを片手に、九龍は皆守から距離を取る。
「お前は、墓守なのか! だったらお前も大事なものを──」
忘れてるんじゃないか。
言いかけたとき、唐突に気付いた。
昨日、九龍が踏破した区画。
誰も居なかった。だが、誰か居るはずの場所だった。
化人が変化した写真。
あれは、大切な宝。
「……思い、出してるのか……?」
阿門を崇拝する役員たちですら、遺跡の呪いから解放されたあとは九龍への協力を約束してくれた。
だが、元々そんな義理があるわけではない。
思い出せば前向きになる、積極的に協力してくれる──そんなのは、単なる思い込みだ。今までがそうだったというだけだ。
皆守は解放されて尚──九龍の敵だった。
「九ちゃんっ! 蛇倒したよ!」
八千穂の声が聞こえる。
皆守が再び迫っている。
それでも九龍は動けなかった。
「……悪く思うなよ」
皆守の攻撃。
九龍は反射的に身構えたが、それでも受けきれるものではない。
再び飛ばされて、そのまま地面を蹴り、皆守に向かった。
「!?」
ナイフを握ったままの右腕で殴り飛ばそうと振り上げる。
だが、皆守はそれを避け、九龍はたたらを踏んだ。
「くっ……そ……」
異様な視力。回避能力。
何で──気付かなかった。
こいつが、普通の高校生であるわけがなかった。
「…………」
考えるな。考えるな。
今は、敵に集中しろ。
何度も頭の中でそう呟くのに……九龍には目の前の男が敵に見えない。
「うっ……っ」
「きゅ、九ちゃん……」
「九龍……」
皆守と八千穂がぎょっとしてこちらを見ているのがわかる。
九龍は──泣いていた。
「う、るせぇっ! 見んなっ……」
止まらない。
情けない。
お前今年でいくつだよ。
頭の中にそんな突っ込みが浮かぶのに──止まらない。
ふざけんな、と叫びたい。
お前が敵だなんて──欠片も思ったことがなかった。
「…………」
少し動揺の様子を見せた皆守だったが、やがてすっと表情を消して再び九龍に向かってくる。
戦わなきゃ。
そう思うのに、視界がぼやけてどうにもならない。
「っ……いっくよー!」
そのとき──聞き慣れた八千穂の声がした。
「八千……穂っ」
スマッシュが皆守に向かって炸裂し、皆守が慌てて避ける。
思わず八千穂の方に目をやると、八千穂も──泣いていた。
「皆守くんの……皆守くんのばかああぁぁぁあ!」
スマッシュが、放たれる。
「おいっ、八千穂……!」
慌てて避ける皆守は、八千穂に攻撃する気はないのか単に近付けないのか、その場から大きくは動かない。
何発か、かわしきれずに当たっていた。
八千穂は泣きながら打っている割に、狙いが正確だ。
「…………」
その様子を見ていた九龍は、ゴーグルを投げ捨て涙を拭う。
そして、皆守に向かって飛び出した。
「──!?」
「このやろっ!」
八千穂に気を取られていた皆守が、九龍の拳を受ける。それでも直撃はしなかったのか、それほどダメージを感じさせず蹴りを繰り出した。
九龍はその蹴りから逃れ、今度は銃を構える。
ダメージは、軽減されている。
墓守の呪いから解かれても、自分の意思で墓守をやっている限り遺跡の加護は働くのだろうか。そんなことはわからない。そんなことは──どうでもいい。
「甲太郎っ! やっちー泣かせやがったな!」
叫ぶ。
皆守は一瞬虚を衝かれたような顔をした。
「……それかよ」
「そうだよっ! 九ちゃんも泣かせたでしょっ!」
いや、そこは触れないで頂きたい。
「……お前らな」
「食らえっ、甲太郎!」
銃を撃った。
避けられる。
「っお前っ! 銃弾避けるとか! 何だよそれ!」
信じられない動体視力を持ってるとは思っていたが。
そこまでか!
「お前こそいきなり顔面狙うかっ! いつも顔は狙ってないだろ!」
「うるせぇっお前は別だ!」
皆守の雰囲気が──僅か、戻った気がして少しずつ調子を取り戻していく。
ああ、もうぐだぐだ考えるのはやめだ。
とにかく──倒しゃいいんだろっ!
「覚悟しろよ甲太郎!」
「……お前もな」
低い、感情を押し殺した声には一瞬動きを止められるが、九龍は頭を振って走る。
爆弾を取り出して思い切り放り投げた。
「なっ……」
近付いてきた皆守も足を止める。皆守の目の前で爆弾が炸裂し、皆守が反射的に顔を覆う。
目くらましだ。元々当てる気はない。
九龍はその隙に皆守の後ろに回りこみ──剣を振り上げた。
「食らえっ!」
「がっ……!」
どこを狙ったわけでもなかったが、腰に直撃し、皆守が呻く。
「そこが弱点かっ」
わかりやすいな、と再び剣を振り上げるが、振り向いていた皆守には当然避けられる。
「くそっ……」
「おれの動きが見切れるか」
蹴りを食らう。
見えるか……! 何だ、その蹴り……!
それでも何とか堪えて、九龍は左手で鞭を振るう。
「っ……」
鞭は避け難い。
左手でろくに狙いも付かないが、自分に当てない程度には操れる。
九龍は再び皆守の後ろに回った。
二撃目。
皆守がアロマパイプを噛み締めるのがわかる。
「っまだだっ!」
「ああっ! とことんやってやる……!」
八千穂のスマッシュは尽きてしまった。
タイマンだ。喧嘩だ。
銃にナイフに鞭に爆弾。
あらゆる武器を使いまくって──ついに皆守が膝を付いた。
倒れた皆守に容赦ない追撃。
壁に飛ばされた皆守がうずくまったまま呻く。
そこでようやく九龍は──攻撃の手を止めた。
「……甲太郎っ……」
駆け寄る九龍に、皆守が少し笑う。
「……おれの……負けだ……」
その声に、九龍も思わずその場に崩れ落ちた。
次へ
戻る
|