暁はただ銀色─1
「ん……?」
自室に帰った九龍は、ロゼッタへの報告もそこそこに眠りについていた。ずっと緊張状態だったため、疲れが出たのだろう。考えなければならないことは多いが、眠い中頭を使っても意味はない。明日も学校だ。もうすぐ2学期は終わる。どうせならそのときになってからの方がいろいろ動きやすくなるだろうか──そんなことを考えて、九龍は自分が目覚めているのに気付いた。
まだ外は暗い。
だが、九龍はのそのそと起き上がる。
部屋の外で物音がした気がした。
起きた理由はそれだろう。
「……何だ……?」
入り口下に小さな紙。
帰ってきたときにはこんなものはなかった。
九龍は紙を拾い上げつつ扉を開けるが、廊下は静まり返っていて誰の姿も見えない。
「……んー……」
電気を付ける。
寝ぼけた頭で少し瞬いて、紙に書かれた文を読んだ。
──今夜零時、温室で待っています。
「幽花……?」
それは、確か白岐の名。
白岐が、これを……?
もう1度廊下側を振り返る。本人が届けに来たのか、誰かに頼んだのかはわからない。先ほど届いたばかりなのは間違いないだろう。
「……今日か……」
HANTを開く。
日付はとっくに変わり、もうクリスマスイブだ。こんな日の夜中に誘われるなんて、おれに気が──なんて浮かれ気分にはさすがになれない。
あぁ、おれはきっと成長したんだな。
うん、もう勘違いして騒いだりはしないぞ。
あれだけもててた気がするのに、結局クリスマスは一人とか、まぁ、あれだ、今は遺跡が恋人とか、そんな感じで。単に自分が一人に選びきれなかっただけとかそんなんじゃない。ないぞ。
「……あー、目覚めちゃったな……」
考えている間に完全に覚醒してしまった。
九龍は白岐からの手紙を机の上に置くとパソコンを開いた。
とりあえず昨日の探索区画で開けなかった扉とか、まだ開いてない扉とか、今日はその辺りの探索か。白岐の約束が0時というのが微妙だ。先に遺跡に行ってもいいかなぁ。
──残る扉はあと一つ。
今度こそ、阿門か? いや、そもそも今日──いや、昨日踏破した区画は誰のものだ? この写真は……誰の宝だ?
HANTの側に置いた一枚の写真。
返す相手がおらず、いまだ持ったままだ。
これで誰かが解放されたのだろうか。
「……まぁ、阿門に聞きゃ、わかるか……」
写真を仕舞い、HANTを閉じ、九龍はベッドに横になる。
3日連続で遺跡が開いて、急激に迫ってきた終わりのとき。
夕薙の件も、喪部の件も片付いたなら、急ぐ必要はないだろうか。
まだ、横取りを狙う誰かが居ないとも限らないけど。
「……終わるのかぁ……」
探索は楽しい。だが、終わりは寂しい。
九龍は秘宝を手に入れることそのものより、その過程を楽しんでいる。終わったあと、達成感と同時に味わう空虚感は、今までの比じゃないんだろうな。
「……よし」
九龍は結局再び体を起こし、パソコンに向かった。
ロゼッタから支給されたゲーム、ロックフォード。
これも確かクリア直前で止めてしまっていたはずだ。
どうせ朝まで時間もない。
今日クリアしてしまおう。
そんなことを考えていた九龍は、結局その日遅刻した。
学園内の雰囲気は、思ったよりもざわついてはいなかった。
前日テロリストによる占拠があったとは思えないほど、いつも通りだ。これも双樹の香りの効果なのだろうか。記憶を失っているわけではなさそうだったが、恐怖や興奮の言葉がリアリティを持って語られていない。まるでお話の中の出来事のようだった。
クリスマスイブ。
むしろ、生徒たちはこちらで盛り上がっているせいだろうか。
こんな閉鎖学園の中でも、ちらちらとそういった空気は見えてくる。
マミーズの店内もクリスマス仕様で、当日は奈々子がミニスカサンタの格好をするらしいと男子たちが盛り上がっていた。
九龍はそれらをほとんど聞き流し、夜はいつも通り、遺跡へと向かう。
白岐は学校に来ていなかった。
皆守も、珍しく丸一日欠席だ。
メールを送ったところ、別に病気じゃなさそうだったので放っておいたが。
九龍は一人で遺跡へと来ている。
連続踏破した部分の確認作業。
クリア目前にはこういった細かいところを埋めていくのが楽しいよな、と一人呟く。
一人で来たのに大した意味はない。
イブの夜はそれぞれ忙しいかもしれないし、他の子と予定が、などと言われたら正直凹む。
それより何より、今日のこれは──時間潰しだった。
ちらりとHANTを確認する。
約束の時間まで、まだ1時間以上。
……早く行っても駄目かな……。
どうにも落ち着かない。
遺跡にいてこんな気分になることは初めてだ。集中出来てないのだろう。
九龍は遺跡から上がると、寄り道しつつ温室へと向かう。
まだ随分早いけど。
まぁ、居なかったら居なかったで適当にそこらで時間を潰せばいい。
体育館も武道場も弓道場も、まだ明かりが付いている。
廃屋街辺りなら墨木が居るかもしれないし、マミーズ──はこの日1人で時間を潰すのは辛いか。
九龍は温室の扉を開く。鍵はかかっていなかった。
ただ、明かりは付いていない。
「白岐……? 居るかー?」
それでも誰かの気配がある気がして前へと進む。
そしてちょうどその中央辺りに、白岐は1人佇んでいた。
「こんばんは……」
「よー。ごめんな、早くて」
「いいえ……。待っていたわ」
「え、こんな早くから?」
だったらやっぱり先に来ても良かっただろうか。あなたに会いたかった、という白岐に思わずにやけていると、彼女はこう続けた。
「この子も……あなたに会いたがっていた」
「え……?」
白岐は少し微笑んで九龍を向いた。
外から差し込む光で、かろうじてその表情が見える。
「今こうしてあなたと話している私は白岐幽花であって白岐幽花ではないの」
「ちょっ、待って、どういうこと」
まさかまた乗り移られたという話か?
だが言われてみれば白岐の雰囲気や口調はいつもと違う。
悪意は感じないが──九龍は少し警戒して白岐を見る。
「私は遥か昔――この子の血と肉に溶け込んで生きてきた存在。長い長い年月をこの子の遺伝子の奥底で眠り続けてきた」
「…………?」
また、遺伝子?
遺伝子って何なんだよ、ホント。
「でも……今その眠りは妨げられてしまったわ」
ふいに、白岐の隣から光が差した。
同時に浮かび上がるのは──小夜子と真夕子。
遺跡の、精霊。
「この墓より目覚めんと欲する者の意思によって──」
白岐の言葉を双子が引き継いだ。
3人が、それぞれに九龍を見る。
九龍は覚悟を決めた。
「……話してくれ」
この墓と、そして──白岐の秘密に関することだろう。
ちゃんと理解する。全部聞く。
いい加減九龍は知らなければならない。
最後の封印は、もう解かれる間近だ。
九龍の言葉に双子が同時に頷き、話し始めた。
白岐は──封印の巫女であること。そして双子は、その巫女とともにあった存在。
言葉と同時に白岐の体が光り輝き、巫女の姿へと変化する。
「うわ……」
何か言う間もなく、話は続く。
あの墓に封印されている者と、その歴史。
大和朝廷、長髄彦、荒吐神──。
夕薙から聞いた話が蘇る。
語り継がれる神話の歴史。そこに割り込んできた──超古代文明。
「───!」
一気に気分が昂揚する。
真実を知るのが怖いか?
何言ってんだ。真実が知れる瞬間が一番わくわくするじゃないか。
超古代文明。それが、歴史の裏に隠されていた。
興奮に思わず拳を握る。
巫女はそんな九龍の様子に一瞬話を止めたが、構わず続ける。
そこからの話は、陰惨で憂鬱なものだったが、九龍は目を逸らすことなく聞いた。
遺跡に居るのは、荒吐神を名乗る長髄彦。研究の被験体となり人智を超えた力を身に付け、研究者たちの手にも負えなくなり封印された。
封印の鍵は巫女の中に。それが──白岐。
墓守が白岐を守ろうとしていたことにもようやく繋がる。
封印が解かれることは、九龍が思っていた以上に大変なことのようだったが、それでも今更止まれないなら一緒だ。
秘宝を手に入れ、荒吐神を倒す。
目標が明確になり、九龍はしっかり頷いた。
任せとけ。
おれが全て、終わらせてやる。
堪えきれない笑みが浮かんだとき、白岐──いや、封印の巫女がはっとしたように表情を変える。
「誰か来ました……」
「ん?」
巫女の姿が、元の白岐へと戻る。
ほとんど同時に現れたのは、皆守だった。
「よぉ九龍こんな夜更けに密会か?」
「甲太郎……!」
何でお前がこんなところに。
「ん? そこにいるのは白岐か? なかなかに珍しいツーショットだな」
「お前こそ、」
「あなたこと珍しいわね、温室に来るなんて」
言いかけた言葉は白岐に遮られる。
言いたかったことは同じなので九龍も口を閉ざした。
白岐は完全に元に戻っているようだ。先ほどの巫女の話は──記憶にあるのか?
「たまには花を眺めて過ごしたいときもある」
皆守はいつものパイプをくわえていたが、火は付けていなかった。
こんなむせ返るような花の匂いの中では必要ないか。
こいつ、ホントに花の香りが好きなだけか?
「しかしまさか二人がそういう関係だったとは……。九龍もやるじゃないか」
「は!?」
九龍を見て、面白げに唇を上げる皆守にさすがに驚きの声を上げた。
イブの夜中に2人きりで──そ、そりゃそうだ。
九龍は白岐の気持ちを誤解しなかったが、はたから見たら十分か。
「や、やっぱそう見えるか?」
「それ以外どう見えるってんだ。まぁ──お前の格好が無粋なのはいつものことだしな」
「あぁ……」
遺跡帰りに来たため、アサルトベストを着込んでいる。
さすがに武器は置いて来ているが。
「まぁ、邪魔したようなら──」
「あっ……」
皆守が更に続けようとしたとき、白岐が突然苦悶の表情を浮かべて蹲る。
さすがに皆守も驚いて、2人で駆け寄った。
「白岐っ」
「おい大丈夫か? 顔色悪いぜ」
どう見ても皆守の方が気遣う台詞を吐きながら、白岐を抱える。
白岐は表情を歪めたまま言った。
予感が的中した、あなたを呼んで正解だった、と。
「? どういう意味だよ」
それを聞き出す前に。
地の底から響くような、低い声が辺りに響いた。
「見つけたぞ……」
「なっ……何だ?」
不気味な声。荒吐神が鍵を──白岐を見付けた。
「お、おい、どうすりゃいいんだ」
皆守の反対側から白岐を支え、九龍は辺りを見回す。
霊(?)相手にどうすればいいんだ。とにかく白岐を守らないと。
そう思ったとき。
白岐の絶叫が響いて、突如、白岐の体を覆っていた鎖が飛び散った。
「うわっ……」
「な、何だ?」
同時に、大地が震え始める。
地震? いや、これは遺跡の──振動?
再び現れた双子が、九龍に言う。
急いで。
荒吐神を止めて、と。
「あっ、おいっ!」
そのまま、双子は消えた。
皆守と2人で呆然とそれを見る。
「ちっ、どうなってんだ一体……」
「……遺跡に行こう」
今すぐ、行かなければならない。
今夜おそらく──全てが終わる。
皆守は九龍を僅か見つめ、パイプを揺らして言った。
「そうだな……。何か嫌な予感がする。おれは白岐を八千穂のとこまで運んでおく。その間にお前も準備しとけ」
「ああ。あと──やっちー……呼んできてくれ」
「……ああ」
阿門もおそらく来るだろう。
阿門は最後の封印を守ろうとするだろうか。いや、もうそれも遅いんじゃないか。
どちらにせよ──決着はつける。
白岐を皆守に任せて、九龍は飛び出した。
待ってろよ、と誰にだかわからない言葉を自然呟いていた。
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