夕ばえ作戦─6
扉をくぐる。
そこに居たのは喪部とマッケンゼンだった。他の兵士の姿は見えない。ざっと見回す。この先の扉が……ない?
今まで奥の間には、次のエリアに進むための扉もあったのだが。
「……お前らだけか?」
「んん? 誰だお前ら?」
マッケンゼンが首を傾げながら言う。だが銃を構えた九龍の姿を見て、納得いったように頷いた。
「はは〜ん、さてはキサマらだな? 我がレリックドーンの精鋭たちを襲ったのは」
「そいつが噂の葉佩九龍だ」
冷たい声で言ったのは喪部だった。
いつものにやけた笑みが見えない。
話しかけている相手がマッケンゼンだから──だろうか。
こんなガキが、となめてくるマッケンゼンだが、こいつはこれでもここを生き残ってきた奴だと喪部がフォローのような言葉を入れてくる。まぁ油断するなってことなんだろうが。実際九龍がガキなのは確かだ。高校生を演じられる年齢というのが、九龍が派遣された最大の理由だろう。本来、新人ハンターが派遣されるレベルの遺跡じゃない。九龍はそれも、遺跡を大分進んでから気付いたが。
案の定、まだ怪しんでるマッケンゼン。まぁ、たった1人で進んだかと言われると、そうだと言い切ることが出来ない。
「無駄口はそれぐらいにしておけ。そいつのことは放っておいて先に進むぞ」
先……?
まだ、あるのか。ここが終点じゃないのか。
「まぁ待てよモノベ。お前は先に行ってくれ。おれさまはこいつを始末したら後を追いかける」
マッケンゼンは真っ直ぐに九龍を見ている。にやついた笑み。この男が黒塚に銃を向けたときのことを思い出した。
緊張する。
自分にダメージを与えるために周りの人間を狙う──そういう奴だ。
夕薙と鴉室に先に言っておけば良かった。
「どうした? そんな奴に構っている暇はないはずだ」
まあお前らが構わなくても、こっちは構うんだけどな?
喪部は面倒そうにマッケンゼンの相手をしているが、もうマッケンゼンは喪部を見ない。九龍が挽肉になる光景が見たいと。それだけを考えているらしい。
……あー、嫌だ。こいつ、ホント嫌だ。
嫌悪感に顔をしかめるが、そんな顔さえ、マッケンゼンは嬉しそうに見る。
「……わかった。じゃ、先に行っているぞ」
喪部もまた、冷たい声で答えた。
マッケンゼンが武器を取り出す。
「さぁ、それじゃ始めようか。挽肉パーティーをよぉ!」
「趣味悪ぃなホント……」
「全くだねぇ。こういう悪はヒーローに倒される運命にあるんだよ」
「あの肉塊どうするかなぁ……っと!」
呟きながらも飛び込んだ九龍は側に居たコウモリごとマッケンゼンを鞭で叩く。あんまり効いてる気はしない。
九龍は離れて銃を構えた。
「やるのかい? 九龍くん」
「……殺しはしませんよ」
動きは……意外に早い。だが、これぐらいなら──。
「うぐぅ……キサマぁ……!」
動きを封じるつもりで足を狙った……が、大してダメージがない。
何か、着けてるのか……?
「九龍っ、危ない!」
「え、う、わ……」
マッケンゼンの仕掛けてきた攻撃に、九龍は吹き飛ばされた。
攻撃範囲が思った以上に広い。
「大丈夫か……!?」
バディ2人には当たらなかったようだ。
九龍は痛みを堪えて身を起こし、再び突進する。
後ろで2人が何か言っていたがわからなかった。……ああ、耳が馬鹿になってる。
「さぁ、死ね!」
「誰がっ!」
だが間近で聞こえたマッケンゼンの声はよくわかった。
そのまま懐まで飛び込んで眉間にナイフの柄を叩き付けた。この分厚い肉を超えて衝撃を与えるのは辛い。悪いけど、頭にいかせてもらうぜ。
鞭で目くらましをしつつ、殴りつける。
額が切れたのか、血を流しながらこちらを睨みつけてきた。
……怖くねぇよ。
バディたちの声が聞こえなくなったせいか、逆に冷静になった。
……お前は、おれだけ見てろ。
至近距離で敵が攻撃を仕掛ける。
それを交わして今度は背後から。
やがて、マッケンゼンが悲鳴と呻きを上げて膝を付く。
「はぁ……はぁ……」
「九龍っ!」
「九龍くん!」
ちょうどそのとき、駆けつけてきた2人の声が聞こえた。
「無茶をするな九龍」
「九龍くんー、おれにも頼ってよ?」
「あー、いや……声聞こえなくて」
耳を押さえて頭を振る。
夕薙がそんな九龍の回復をしてくれる。マッケンゼンは膝を付いたまま、こちらを睨みつけてきた。
「貴様ら……レリックドーンに逆らってただで済むと……」
その次の瞬間。銃声。
マッケンゼンの頭から、血が破裂する。
「え……」
「な……」
どさり、とその体が倒れた。
「ただで済むと思っているから彼は、ぼくたちの前に立ち塞がっているんだろ? そんな事も解らないから、キミは無能なのさ」
「喪部……」
銃を構えてゆっくり近付いてきたのは喪部。
倒れたマッケンゼンは血を流しながら喪部に目を向ける。
裏切る気かと。
……撃たれてから言うことじゃない。
九龍は嫌な汗が滲むのを自覚しながら、その会話を見守る。
薄々感じていたが、喪部はマッケンゼンが嫌いだったらしい。始末する機会を窺っていたと。……おれのせいにするんだろうな、それ。
勿論そのためには──
「喪部っ待てっ!」
「があっ……!」
再び銃声。
マッケンゼンの目から光が消えた。
──こいつを生かしてはおけない、んだよな。
「喪部……」
「どうしてそんな目をするんだい? グズが一人消えたところで何の問題もないだろう」
喪部がようやく笑みを見せた。嫌な笑みだが。
目の前で人が死ぬところを見て──九龍は、それほど感慨が沸かないことの方がショックだった。こんな奴なら死んでもいいと──そう思ったのか? おれ。
そして喪部は次に九龍たちに目を向けてくる。
自分の野望を知るものは生かしておけないと。
べらべらと喋ったもんな、自分の目的。レリックドーンには最初から利用するつもりで入ったこと。
「……まぁ、どうせ戦うことになるとは思ってたけどな……」
「無駄な抵抗はしない方がいい。ぼくは生徒会やマッケンゼンとは違うからね」
大人しく殺されろってか。
あほか。
銃を構える九龍だが、喪部は逆に銃を下ろした。
死ぬ前に、などと言い出して自分の名前について話し始める。
九龍はちらりと夕薙を見た。
物部氏の子孫──夕薙の推測は当たっていた。
更にその言葉そのものにも、意味はあったらしい。
……鬼?
「きみに面白いものを見せてあげよう」
喪部の姿がゆらりと揺れる。
「これがぼくの真の姿さ」
肌の色が変わり、瞳は赤く染まり──額からは角。
「……なるほどな、鬼か……」
驚くべき変化を目にしたというのに、九龍は自分でも意外なほど冷静だった。隣で夕薙は絶句している。鴉室はもっと騒ぐかと思ったが、九龍と同じような呟きを返しただけだった。
喪部は──人じゃなかったか。
それが、妙にすんなり入ってきた辺り、感じるものがあったのかもしれない。
喪部は不気味に笑っているが、不気味な敵ならこの遺跡でも、これまでに入った遺跡でも、いくらでも見て来た。
……まだ凄く人間っぽいよ、お前は。
だが。
「お前が鬼だってんなら……遠慮は要らないな?」
銃を構える。
そして、喪部が動いた。
「ここがキミの墓場だよ」
「はっ、ふざけんな」
戦闘開始──。
「2人ともっ! コウモリ頼む!」
「ああ」
「任せとけっ!」
言いながらも2人がこちらを気にしているのはわかる。
銃を撃ちながら、九龍は近付いた。
「ぼくに勝てると思ってる?」
「お前こそ、あんまりおれをなめんなよっ!」
一応これでも、戦闘派のハンターだ。
戦い方が上手いとは言えないのはこの遺跡攻略で十分実感したが、基本能力は高いと。自分では思っている。
あちこち弾を撃ち込んで、弱点の検討をつけた。
「ここだっ!」
角。
もう目の前まで近付いていた九龍は、ナイフで角をなぎ払う。
喪部の悲鳴が上がった。
「クソっ……!」
「わかりやすいぜ喪部!」
よろけた喪部に更に追撃をかける。
だが喪部の方も一歩踏み出してきた。
「ふん……。キミに見せてあげよう。ぼくの力を」
「っぐわっ……!」
腹に強い一撃。
「がはっ……」
歯を食いしばって、何とか倒れずにすんだが、むせて腕の力が抜ける。
よろけつつ、下がった。
「やま……とっ!」
「くっ……」
駆け寄ってきた夕薙の一撃で喪部が吹き飛ぶ。
「ごほっ……」
その間に九龍は必死で呼吸を整えた。
あー吐き気がする。
気持ち悪ぃ。
「おいおい、大丈夫か九龍くん」
「まだそんなこと言ってる場合じゃないですよっ!」
再び銃を構えて乱射した。
それでも顔や胸を狙えないのは、ほとんど人間に近いからか。
動きが止まっている今なら急所は狙いやすいが──
「やっぱこれだよな……!」
「!?」
元々九龍は近接戦闘の方が得意だ。
ナイフで角を攻め続ける。
やがて、喪部は倒れた。
「くっ……馬鹿な……」
変生も解ける。
九龍の──勝ちだ。
「な……何でだっ……!?」
九龍は叫んだ。
勝った気になるのはまだ早い──喪部は、そう言った。
この部屋には巨大な気が渦巻いていた。
そして、呪われし魂が集まってきている。
それが……喪部の役に立つと。
喪部の呼びかけに応えるように──そこに巨大な化人が現れた。
「さぁ、コイツを食い殺せっ!」
喪部の嫌な笑い。
九龍は銃を握り締める。
いまだダメージの抜け切れていないこいつより──化人を何とかしなければならない。
ここの化人は墓守を倒せば現れるんじゃなかったのか。
黒い砂はいつ……抜けた?
まさか喪部が生徒会だったということはない。大体、彼の体から黒い砂は出なかった。阿門は──阿門はどこだ?
てっきりここに居るものだと思っていたのに。
喪部が倒したわけでもないだろう。そうであれば何かしら言ってくる気がする。
「九龍くんっ! 何ぼーっとしてるんだい!」
「九龍! 敵が来るぞ!」
「っく……!」
考えている時間はない。
とにかく、敵を倒さなければ。
現れた化人は宙に浮き、下半身部分に液体に浮かぶ胎児のようなものの入ったカプセルがあった。
九龍は迷わずそこに銃を向ける。
「……弱点はあそこ……」
カプセル部分も体の一部。割れはしないがダメージを受けている。
「蛇もくるぞ」
「わかってる……!」
鞭を振るうが、蛇も強い。
「2人ともっ! あれ、何とかしてくれ……!」
「何とかったってなぁ……」
「これでもくらえっ」
「うぉいっ! 君は早いな! ここはお兄さんに任せろよ!」
鴉室と夕薙、2人の攻撃が敵を吹き飛ばす。だが、蛇を倒し終わったときには、再びこちらに迫っていた。
「っ……伏せて!」
「うおおっ!?」
「くっ……」
敵が振り下ろした両腕から炎が吹きつける。
九龍は顔の部分を学ランで庇いつつも、しっかり目を開いていた。
蛇が、まだ居る。
「あ、熱っちぃ……!」
「っつ……九龍、大丈夫か……」
「大丈夫じゃねぇけど大丈夫っ! これ使えっ!」
火傷用の薬は持ってきている。
九龍はそれを後ろを見もせずに放り投げ、更に敵に向かう。取り出したのは──荒魂剣!
「吹っ飛べっ!」
火炎の敵に炎の剣。
効き目はあまりないだろうが、打撃ダメージを期待するしかない。
蛇には鞭を振るいつつ、もう1度近付き、壁に叩きつける。だが再び敵の腕が上がった。
「ぐうっ……」
うずくまって堪える。
この距離なら、後ろの2人までは届かない。
あちこち焼けてるが、まだだ。まだいける。
剣を握り締め、カプセル部分にひたすら打撃を加える。
化人の悲鳴が上がる。
だが、また──
「九龍っ!」
「クロウダークロスっ!」
「っ……!」
敵の腕が振り下ろされ、熱風が襲う。
だがさっきほどの衝撃がない。
「くらえっ!」
夕薙の攻撃。
「大丈夫か? ひとまず下がれっ……!」
九龍を引き起こしたのは鴉室だった。
ずきり、と体中に痛みが走る。
鴉室が少し顔をしかめた。
「ったく無茶し過ぎだ。ま、仲間を庇って一人前に、てーのはなかなか燃える展開なのはわかるけどな」
「あのね……」
そこで茶化すか。
苦笑いしながらも軽く睨みつけると鴉室も笑っていた。
敵を吹き飛ばした夕薙も戻って九龍の回復をしてくれる。
先ほど前に出たせいで、夕薙たちも攻撃を受けた。鴉室のおかげでそれほどのダメージではないが。
「……悪ぃな。まだ救急キットはあるから。次で決められなきゃそれ使う」
「……考えて戦ってはいるんだな?」
「……死なない程度にはなっ!」
再び飛び出した。
回復は完全ではないが、力は戻った。
もう1度前に出てきた敵を吹き飛ばす。
蛇に構ってる暇はなかったが、そちらは鴉室が何とかしてくれた。
敵の腕が上がる。
「っ……いい加減倒れろっ!」
だが、攻撃の前にもう一撃入れた。
それで──敵は悲鳴を上げて消滅した。
「お、終わった……」
「やったな九龍」
「おー、結局ほとんど一人でやっちゃったねー」
2人の声に振り返ろうとしたとき、ひらり、と一枚の写真が舞い落ちる。
……何だ?
「あの化物が写真に変わっただと……?」
……喪部。
写真を拾い上げた九龍を、喪部が僅かに戸惑った目で見た。
だが直ぐにそれについての興味は失せたようで、いつもの笑みを取り戻す。ダメージは大分回復したのか、喪部は立ち上がっていた。
「……まあいい。今日のところはキミの勝利をぼくの遺伝子で認めてあげようじゃないか」
「そりゃどうも」
まだ油断できない。
写真を懐に仕舞い、九龍は喪部に対峙した。
喪部はいつの間にか手にしていた何かを、九龍に投げてくる。
一瞬警戒して身構えるが、それは以前にちらりと見た……。
「……鍵?」
阿門がファントムに渡したそれ。
喪部が持っていた? いつの間に?
やはり阿門を倒したのか?
疑問でいっぱいの九龍に喪部が話す。鍵をどうやって手に入れたかは、言われなかった。ただ、これが本物かどうかはわからないと笑う。
鍵は、鍵にあって鍵にあらず。
それが物部氏に伝わる伝承だったらしい。
「ぼくは、超古代文明が遺した次の痕跡でも探す事にするよ。世界は広い。そして、その失われた文明の数だけ秘宝は存在し、受け継ぐ者を待っている。つまり、ぼくのような者を……ね」
「待てっ……!」
追う必要はないのかもしれない。
もう、喪部はここの遺跡には興味ないと、そう言ったのだから。
勝負にだって九龍は──勝った。
でもまだ、聞かなければならないことがある。
「九龍っ、おい、まず井戸に寄っていけ」
「っんな場合じゃ……」
「その体で追うのは無理だろう!」
「う……」
「そうそう、年長者の言うことは聞いとくべきだぜ、ほら」
鴉室が肩を貸してくれ、3人で井戸へと向かう。
……夕薙が年上って、知ってんのか鴉室さん?
井戸での回復は短時間ですませ、それから九龍は全力で遺跡を駆け戻った。
「作戦失敗っ! 総員退避! 撤収せよ! 撤収せよ!」
ヘリの音。レリックドーンの叫ぶような声。
喪部は既に──空の上。
「くそっ……!」
阿門はどうしたんだよ!
この鍵、どこで手に入れた!
声にならない叫びが回る。
無駄とわかりつつまだ飛び立ってないヘリに向かおうと踏み出す。
「追う必要はない」
「あ、阿門っ……!?」
そこへ、阿門が姿を現わした。
阿門はちらりと九龍の手にした鍵に目を向ける。
「鍵は戻ったようだな。さすがはトレジャーハンターといったところか」
「お前っ……お前は何してたんだよ! あーもうっ、相打ち狙ってたってわけか!?」
最初から──阿門は居なかったのか。
喪部と九龍を、潰し合わせる気だったのか。
ようやくそれに気付いて何だか力が抜けた。
ああ、馬鹿みたいだ、おれ。
しかも鍵は偽物だって? まあ、それはそうじゃないかと思ってたけどな。
そもそもファントムにあっさり渡した時点で、疑いはあった。
あそこで鍵を投げれば時間稼ぎにはなる。
しかし罠にハマったとか言われるのはなぁ。扉はまた一つ開いたぞ? どっちにせよ、あの区画は捨てるつもりだったのか?
この封印を解く鍵などこの学園には存在しない、と阿門は言って去っていく。残念だったな、の言葉が勝ち誇ってるようにも全く聞こえず、あくまで淡々としていたせいか、何だか信じられない。
最後の扉を開ける方法がないってことか?
お前の後ろに──まだ誰か居るのか?
九龍は先ほど拾った写真を取り出す。
何かの花に囲まれた女性の姿。
これは、何なのか。
墓守が差し出す大切な思い出──じゃないのか。
阿門のものでは……ないのか。
わからない。
「……あー、くそっ」
レリックドーンの撤収が終わり、辺りは静かになっていた。
九龍は2人を振り返る。
「2人ともありがと。大和、今は月隠れてるけど、早めに帰っとけよ」
「ああ。……九龍はどうするんだ?」
「とりあえず武器とか井戸から放り込んでくるわ。この格好で帰れねぇし。あ、鴉室さん、例のアレ……」
「おおっ、そうだ! そのために頑張ったんだぜー」
「井戸から取るからちょっと待ってて下さい。じゃあな、大和」
「ああ。それじゃあ──」
夕薙が軽く手を振って帰って行くのを見て、九龍は再び遺跡の中へと飛び込む。
──攻略が、近い。
近い、はずだ。
阿門の手でも開かないのは、本当か?
どちらにせよ、阿門とは戦う。戦わなければならないはずだ。
そこで、答えを貰えばいい。
井戸で装備を戻し、鴉室ご所望の竜巻ベルトを手に、九龍は外へと向かった。
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