夕ばえ作戦─4
あいつ何やってんだぁ……!?
八千穂を取手に預けたあと、ようやく講堂に着いて、こっそり中を覗き込む。
マッケンゼンとか言う巨体の男が奴らの中心人物らしい。下品な笑いで、生徒たちをにやにやと見回していた。怯える姿を楽しむ様子に、敵のタイプが見てとれる。──でも、喪部は嫌いそうだな、こういうの。
そう思っていたときだった。
話していた皆守と黒塚に銃が向けられ──皆守は平然と相手を挑発する。
いやいや、ホントに何考えてんだよお前……!
しかもその銃は──黒塚に向いた。さすがに皆守が慌てる。
挑発して、自分をターゲットにさせたかったのだろうか。それもいくら何でも危険過ぎる。
どうする。出て行くか。だが、出て行っても同じことだ。この距離では銃弾より先に黒塚を守るのは無理。大体周りが人質だらけだし。
皆守が自ら降参宣言をしたのに少しほっとしていたとき……銃声が響いた。
悲鳴。絶叫。
辺りが騒然とする。
何が起こったかわかっていない遠くに居た生徒たちにも、それは広がる。
九龍は──呆然として声を上げることも出来なかった。
黒塚が──撃たれた。
「な……」
ようやく搾り出した声。思わず、中へ踏みもうと動く。そのとき──皆守がこちらを見た。
「!?」
驚いたように目を見開く皆守。九龍の動きも止まってしまった。
その間に、ざわめきが今度は兵士たちの間で広がる。
「どうした? 応答せよっ」
「アルファ班からの通信が途絶えました!」
「報告します! ブラヴォ班からの通信も途絶えました!」
「何いぃいいい!?」
……何だ?
思った瞬間、九龍の耳が廃屋街の方から響く、聞き慣れた声をとらえた。
──墨木。
トトの声も、する。
兵士たちの混乱は大きくなる。
学園内に散らばっていた奴らが、どんどん倒されていると。
……あいつら。
思わず笑みが浮かんだ。
生徒会が、ようやく動き出したらしい。
「な、何が起こってると言うのだっ、さてはモノベめ、しくじったなっ!」
マッケンゼンはそう叫ぶと、その場を手近に居た兵士に任せ、講堂を出る。こちらに向かわれて、九龍は慌てて隠れた。
マッケンゼンが真っ直ぐ向かう先は──墓地、か?
「黒塚ぁ……」
「黒塚くん……」
追いかけようとして、背後から聞こえた声にはっとする。
……そうだ、黒塚が。
「おい、いつまで寝てるつもりだ。さっさと起きろ」
……え?
生徒たちの涙声が響く中、平然とそう言い切ったのは皆守だった。
思わずそちらを向く。
黒塚が──起き上がっていた。
「うわぁぁぁああ!」
「おっ、お前、撃たれたはずじゃ……!」
生徒たちの悲鳴が響く中、黒塚と皆守のみ平然としている。
「そうなんだよねー。ぼくも撃たれた気がしたんだけど。不思議だよねー」
怪我一つなさそうだった。
……何だ、それは……。
思わず脱力する。
ひょっとして──あの、いつも抱えている石が銃弾を防いだとか、そういうことだろうか。それでなくてもあちこちに石を隠し持ってるしな、あいつ。
しかしその騒がしさに、レリックドーンの兵士たちが再び銃を向ける。
今度はいきなり引き金を引いたりしないだろう。甲太郎、大人しくしてろよ──
「ん……?」
その兵士の銃口が揺れた。
何だ……?
どさっ、といくつかの音がする。
兵士が──倒れている。
「ふふふっ」
倒れていく兵士たちを生徒たちは困惑しながら見ている。何が起こっているのか。窓に張り付いたままそれを眺めていた九龍は、そこに女の笑い声が響いたのに気付いた。
「そんなマスクぐらいじゃ私の香りは防げないわ」
双樹……!
「お前は……」
「さぁ、この連中のことはいいから今の内に早く逃げるのよ」
ざわつき始めた空間に、双樹の声がよく通る。
マスクをした兵士にだけ効くとか。
何でもありかよ、あの香り。
戸惑っていた生徒たちがぞろぞろと移動を始めて、九龍はその場から離れる。そうだ。マッケンゼンを追うところだったんだ。
こっちはもう大丈夫だろう。
遺跡の守りはどうなってるのだろうか。
九龍は墓に向かって走った。
墓の周囲に人影はない。
レリックドーンが入ったのなら、見張りぐらい置いてるかと思ったが。
「九龍」
墓地に踏み込んだところで突然呼びかけられてびくりと足を止める。
墓守小屋に夕薙の姿が見えた。
「大和。お前は無事か」
「ああ。おれはずっとここに居たからな。それより奴ら──遺跡に入って行ったようだぞ」
「やっぱりか……」
見張りが居ないのは単純に人数不足か? 随分倒されたみたいだしなぁ。
「……行くのか?」
「そりゃあな」
きっぱり言う九龍に夕薙は笑った。
「まぁ、横から来た泥棒猫に獲物を攫われるのを黙って見ている筋合いはない。人をコケにした借りはしっかりと返してやれ」
「りょーかい、ま、生徒会も動いてくれてるみたいだしな」
ここまで遺跡を解放してきた意地は当然ある。
例え一区画だとしても、人に解かせるわけにはいかない。まぁ、墓守が居ない限り扉は開かないが──。
そんなことを思いつつ中を覗き込んで、九龍は首を傾げた。
……広間にも、人の姿が見えない。
試しにHANTを使ってみるが、どこかに人が隠れているという様子もない。
ならば、どこかの区画に入っているのか。
九龍はするすると慣れた手つきでロープを降りる。
見慣れた中央の円に、新しい光が灯っているのが見えた。
思わず顔を上げる。HANTで確認する。
……マジかよ。
次の区画が、開いている。
これで3日連続。
「……阿門か……?」
喪部たちを墓の奥で待ち受けることにしたのかもしれない。
ならば喪部たちは阿門が倒すか──倒される可能性も、ある。
九龍はもう1度ロープを登った。今夜も月はある。夕薙は小屋から出てきていない。
「どうした、九龍?」
それでもこちらのことは注意して見ていたのか、声をかけてきた。
「……新しいとこが開いてる」
「何……?」
「……くっそ、他の奴らに解かせたくねぇのに……! 阿門の奴、遺跡はおれ用に残しとけ……!」
無茶なことを言いながらHANTを開く。
新しいところなら皆守と八千穂──と、メールを打ちかけて止める。
……中には、レリックドーンが居る。
さすがに、呼ぶわけにはいかないか。
「おぃい、九龍くん」
そのとき、前方から気の抜ける声が聞こえた。
「……鴉室さん」
「何だ、まだそんなところに居たのか?」
「鴉室さんこそ。もう出られるんじゃないですか」
レリックドーンがそこそこで倒れている。統制も乱れ、隙を狙うなら今だろう。頭は今中に入っていることだし。
「いやいや、おれの力が必要なんじゃないかと思ってね? これから遺跡に行くんだろ?」
「……来てくれますか」
「勿論。例の物、ちゃんと頼むぜ」
「……ああ」
そうだ、それがあったか。
井戸からなら取れるが、どうせなら最後まで付き合ってもらってからにしよう。
「九龍」
「……ん? 大和?」
そして2人で遺跡に向かおうとしたところ、夕薙が小屋から出てきた。
「おれも行っていいか?」
「え? ……マジで?」
九龍は少し驚いて夕薙を見返した。夕薙は遺跡の方を見ている。
「あぁ。おれも、荒事には慣れているしな。いざとなれば──力もある」
「……そうだな。じゃよろしく頼むぜ」
この2人になら、初めての場所での格好悪いところを見せてしまってもまあいいか。それに……テロリスト相手に怯えるような奴でもない。
「鴉室さんって何が出来ます?」
「おれか? おれはな、まず敵に大きなダメージを与えるジェネティックキャノンだろ、それからクラウダークロスと言って、敵からの攻撃を防御するだな、」
話しながら3人で遺跡へ突入。
ジェネティックキャノンにクラウダークロスか。
「……かっこいいなぁ……」
呆れた声音で呟くが、鴉室は真正面から取って、そうだろそうだろ、と喜んでいる。
正直子ども向けのかっこ良さだとは思う。
九龍も嫌いではないが、自分より10も年上のおっさんにはしゃがれると、つい冷めた対応になってしまう。
夕薙はそんな2人を見て苦笑いしているだけだった。
新しい区画は物凄い熱気だった。
壁の隙間から見えるのは……よ、溶岩?
「暑いな……。君はそんな格好で大丈夫か?」
「今回ばかりは半袖のお前が羨ましい……」
相変わらず学ランは手に持ったままの夕薙に、九龍はため息をつく。
学ランぐらいなら脱いでもいいが、これって結構擦り傷防ぐ効果もあるからなぁ。特にこのごつごつした岩場。脱がない方が無難だろう。
「さーって、お兄さんのカッコイイところ見せちゃおっかな〜」
鴉室は鴉室で能天気にそんなことを言っている。鴉室の格好も暑そうだが、脱ぐ気はなさそうだ。今更だが、この2人連れてこんな場所って暑苦しいなぁ。九龍も人のことを言えたぎりではないので言わないが。
とりあえず先頭切ってハシゴの場所を飛び降りる。夕薙から注意された。ハシゴを飛び降りる癖のことは、皆守から聞いてたらしい。あいつ……!
そう言う夕薙も、そして続く鴉室もハシゴは使わず飛び降りた。この熱気。汗で滑りそうってのもあるな。九龍は手袋をしてるが。
「さってと。石碑はー……」
難しいな。
だが今日一日勉強していたせいか、何とかなった。
「長鳴鳥は岩の中で夜明けの訪れをずっと待ち続けている、と」
「ほぉ……そんなことが書いてあるのか」
九龍の隣から覗き込んだ夕薙が言う。さすがの夕薙もこれは読めないか。九龍は得意げに笑ってHANTを見せた。
「まぁ、文字自体の解析はこれでやるんだけどな。ここはまだ劣化してなくて読みやすい方だよ」
遺跡にはそもそも何が彫られているのかすらわからなくなっているものも多い。
夕薙はHANTを覗き込んだが、それもやはりわからないらしい。凄いな、などと言われるとやっぱり嬉しい。皆守も八千穂も慣れたしなぁ。
「で、長鳴鳥ってのは何だい? 九龍くん」
「え……」
「天の岩戸の話に出てくるな。天照大神を連れ出すために連れてきた鶏のことだろう?」
「そ、そうそれ!」
鴉室の疑問には夕薙がさらりと答える。
鴉室は素直に感心していた。九龍にか、夕薙にかわからないが。
「へー、それが岩の中で? どういうことだい?」
「この先行ったらわかりますよ。これがギミック解除のヒントなんですよ」
言いながら先に向かう。
途中でいつものメモも見付けた。
江見睡院は、ここまで来ているのか。
ざっと読んで、そのままポケットに仕舞い、扉を開く。
その中の部屋は……って、
「ちょ、ちょっとストップ!」
「ん?」
「おわっ、何だ、こりゃ」
扉の先には狭い足場のみ。その先は……溶岩の川状態。
これはさすがに渡れない。
っていうか先が見えない。
「おいおい、いくら何でもこりゃ無理じゃないの」
「だから、こういうときは……ほら、ここに何かハメ込むんですよ」
左を見れば、何かがはめ込めそうな穴。形からいっても、多分先ほど石碑にあった長鳴鳥という奴だろう。だが、それはどこにあるのやら……。
「えーっと……あ、ちょっと下がってて」
逆隣には破壊できそうな穴。
ここか、と思ったが中にあった壷に入っていたのは秘宝ではない。ならば……前の部屋か。
「あれ、戻るのかい」
「こっちにも壊せる壁が……あった」
無事、そちらから秘宝を入手。おお、本当に鶏だ。
「おお……」
はめ込めば、川の途中に足場が現れた。
あそこまでなら何とか届く。
……それでも、この溶岩をジャンプしなきゃならないのには変わりないのか。
「行きますよー。足場、1人分しかなさそうなんで合図してから来てください」
「ああ、わかった」
「おおー」
初めての区画に、初めて連れてくる2人というのはちょっと間違っていたかもしれない。
いちいち説明しなきゃならなくなる。
溶岩の川の先に見付けた石碑は、2人がやってくるのを待ってから読んだ。
「常世神は葉の上を、御毛沼命は波の上を歩く」
「? 何だい、それは」
「覚えといてくださ……覚えといてくれ大和」
鴉室は頼りにならなさそうなので、途中で夕薙に視線を切り替える。鴉室からツッコミが入ったが気にしない。
「こういう文句は、大体罠なんだよな。罠。ちゃんと覚えて、その通りにやれば問題ないから。頼むぞ大和ー」
「自分で覚える気はないのか」
「覚えるよ? 覚えるけど、2人で記憶した方が確実だろ!」
「おいっ、おれはっ!? 九龍くん」
「……覚えられるんですか?」
「おいおい、おれを何だと思ってるんだよ。ええと、波の上だろ?」
「そこだけじゃ意味ないでしょーが、もう1回読みますよ!」
読み上げて、鴉室の返事を聞いてから扉を開く。
そこは左側に下りる下り坂。そしてその先に──明らかに怪しい像が3つ。
「あれだな……」
一つ一つ確認。
御毛沼命、少名毘古那神、常世神……って、
「こ、これ……」
最後の像は、燃えていた。おそらく下の像を回す仕掛けなのだが、触れることすら出来ない。
「どうするんだ?」
「……一回戻るよ」
鎮火剤でも使えばいいだろう。
この遺跡は度々道具を取りに引き返さなきゃならなくなる。あー、ついでに火傷に効く薬も持って来よう。なにせこの場所、溶岩が更に酷い。近くに居るだけで焼けそうだ。
「ここまで来て戻るのか〜?」
「鴉室さんたちはいいですよ、ここに居て」
「こんなところに置いていかれるのもなぁ……」
何せ暑い。
じっとしているだけで汗が滲み出ている。鴉室は参った、というようにその場に座った。
動くよりいいのか?
まぁ仕方ない。とっとと取りに行ってこよう。
夕薙はギミックを興味深そうに眺めてるし。
そういやレリックドーンに会わないな。ここに来ている奴も居ると思うんだけど。もう先に行ってしまったのか。罠は全て解除して行ったのだろうか。
1度解除した罠は再び作動しない。
九龍はずっとそう思っていたが、どうやら正確には違うらしい。
それは墓守の意思で何とかなるもののようだった。
九龍は先に進むたび墓守を解放してきたため、再び罠が設置されることがなかっただけなのだろう。
ここの墓守はおそらく、レリックドーンが通ったあと再び罠を作動させている。
……まぁ。解くの好きだからいいけどな。
やっぱり先を越されているのは気に食わない。
九龍は自然、早足になりながら、井戸への道を急いだ。
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