夕ばえ作戦─3

「まぁ九龍ちゃんっ! 私のこと助けに来てくれたのねっ!」
「どわっ……!」
 寮に既に人気がないのを確認し、自室へと駆けていると、突然途中の一室から見覚えのある男が姿を現わした。
「す、朱堂……ちゃん」
 飛びついてきた男を慌てて引き剥がす。朱堂は嫌がるように九龍にしがみつき、結局朱堂を引きずりながら自室へと戻った。
「大丈夫だったのか? もう全員連れて行かれたかと思ってたんだけど」
「ええ。私はちょうど風呂場の壁に張り付いてたところだったから、慌てて上まで駆け上ってね。運よく誰にも見付からなくて良かったわ〜」
「見て見ぬ振りされたんじゃねぇか、それ……」
 風呂場に張り付く朱堂の姿は、既に男子生徒なら慣れたものだ。居ないものとして扱うスルースキルが磨かれている。兵士たちにまでそれが発揮されたのだとしたら凄いものだが。
 というか、風呂に張り付くには早いんじゃないか。何だ。何かの準備か。
 怖いので聞けない。
 九龍は朱堂を自室に入れたまま、装備を身に付けていく。
「九龍ちゃんは行くの?」
「ああ。放っとけねぇだろ。っても、目的がわかんねぇからなぁ……」
 生徒会に対する脅し、だろうか。
 だが生徒会は学生より遺跡を優先する。遺跡──今、奴らは遺跡に向かっているのか? 目的は、それのはずだ。
「朱堂ちゃんはここに居ろよー。……じゃねぇ、おれの部屋はやばい。自分の部屋にでも帰ってろ。見付かったら大人しく付いてけ」
「九龍ちゃんっ……! そんなに茂美のこと心配してくれてるのねっ!」
 ……心配はしてるが、素直に認めたくねぇな、これ。
「……よく考えたらお前は自分で何とか出来るよな。むしろ囮になって敵引きつけるとか」
「それが……それが九龍ちゃんのためなら喜んでやるわよっ?」
「何決意してんだっ! いや、止めて大人しくしてて」
 真顔になられると弱い。
 準備を終えた九龍は朱堂を蹴り出しながら廊下へ出る。念のため、鍵はかけておこう。
「それじゃ、おれは行って来る」
「ええ。……九龍ちゃんも気を付けて」
「おお」
 廊下の窓から飛び降りた。
 向かうは、講堂。
 とりあえず、生徒たちがどんな扱いを受けているのか、奴らの目的は何なのか。
 それを、確認しておかなければならない。
 講堂──講堂の周りは当然兵士たちが溢れていた。
 どこかいい場所はないものか。
「むっ。何故ここに人がっ!? この学園の人間は、全て我らレリックドーンの制圧下にある。貴様、一体何者だ!」
「げっ……」
 今度こそ、見付かったのは九龍だった。
 校舎付近でうろうろしてれば当然だろう。
「ただの……高校生です」
 しおらしく言ってみたが無駄だった。
 装備も充実させた今の格好じゃな。
 仕方なく襲ってきた兵士を張り倒す。くそぉ、やっぱ素手じゃしんどいっ!
 手早く手だけ縛り上げて、九龍は校舎内へと入った。
 校舎内にもう人が居ないのなら中の方が見つかりにくいか?
 途中、明かりの漏れてる保健室を覗き込む。
 何やら札を貼られた兵士たちが、瑞麗の指示に従って動いていた。
 ……何者だよ、あの人。
 いや、M+M機関なのは知ってるけど!
 不思議な組織だよなぁ。まあ放って置いても大丈夫か。
 保健室を離れ九龍は売店を覗き込む。出てきたのは、境だった。
「境さんっ。無事なんですか」
「ん? おお、葉佩か。まったく、あ奴らのせいで部屋に戻ることも出来んわい。今日は待ちに待ったスペシャル番組『ドキッ! ビキニだらけの水泳大会!! ポロリもあるかも!?』の放映日じゃったのに……」
「真冬にそんなもんやってんですか……」
 ほとんどテレビを見ない九龍は、つい呆れた呟きを返す。
 ……いや、そんな場合じゃない。
「大丈夫ならおれは行きますね。危なかったら保健室に──は絶対行かないで下さい」
「なんじゃ? 何かあるのか?」
「何でもないです、って行かないでくださいってば! 境さんは売店の死守! お願いします!」
「そういう態度をとられると益々気になるのぉ。そうじゃ。瑞麗ちゃんを守ってやらねばな」
「それは全く問題ないです」
 わかって言ってるだろ、絶対。
「お願いしますよ? それじゃ……!」
 もう後は知ったことかと九龍は駆け出す。
 2階に上がり、講堂が見えないかと理科室に入る。そこには椎名の姿があった。
「椎名ちゃん、大丈夫か?」
 閉められていた鍵を開けたせいか、一瞬椎名が驚いたようにこちらを見たが、九龍の姿を見て笑みを浮かべる。大丈夫そうだ。まぁ、椎名にはいざとなったら爆弾があるしな。
「もぉ、一体何なんですのあの人たち。リカ、気に入らないですわぁ」
「うん、気持ちはわかるけど、大人しくしてようぜ」
 爆弾なんか使ったらどれだけ騒ぎになるか。
 それに椎名は、その力以外の部分は普通の女の子だ。
「……講堂見えねぇなぁ」
「あそこはたくさんの兵士が居ますの。行くのは危険ですの」
「わかってるよ。だから危険じゃない道探してんだけどなぁ」
 やっぱり一度装備を解いて、一般人の振りして捕まるのが一番だろうか。
 でも上手く逃げられる状況かわからない。
 窓の外を眺める九龍の後ろで、椎名はぶつぶつ兵士への文句を呟いていた。美的感覚の問題になるのか。さすが椎名。
 そして、あれで思い知らせてやるって何だ。あれって何なんだ。
「椎名ちゃん、おれもう行くけど、鍵かけて大人しくしてろよ? おれが絶対何とかしてやるからな?」
「はい、ですの。九龍くんはやっぱり頼りになりますわ」
「……うん」
 真正面から言われると、相変わらず照れくさい。
 さすがに朱堂に言われても何とも思わないが。
「ここは椎名ちゃんだけ? 他の子は?」
「今日は部活はありませんでしたから。ちょっと忘れ物を取りに来てたんですの」
「なるほどね……。っと、それじゃ……誰も居ないかな……」
 廊下に顔を出し、辺りを見回す。
 兵士たちの姿はない。
 ……図書館から気配がするなぁ。誰か居るのか?
 もう1度椎名に別れを告げ、九龍は理科室を出て行った。図書館に居たのは──真里野かよ。
「むっ、九龍か。今のところここの守りは大丈夫だ。安心するがいい」
「あー、まあお前が居るならそうだろうけど」
 隅に倒れて縛られてる兵士が1人。他にも居るかもしれない。
「だから九龍。ここの守りは拙者に任せてはもらえないか? お主が戻ってくるまで、拙者は命にかえてもここを守りきってみせる」
 強い目線で言ってくる真里野に、九龍も力強く頷いた。
 頼りになる。
「恩に着る。自分から申し出たことだ。何があっても最後まで守り抜いてみせる」
 だが真里野の真剣過ぎる表情には少し戸惑った。
 何でそんな──と聞こうとして、真里野の後ろに七瀬の姿を見つける。
 ……ああ。
「ああ、頼むぜ真里野。七瀬、大丈夫だよな!」
 真里野の背後に声をかければ、真里野が少し動揺を見せる。
 七瀬は微笑んでいた。
「ええ。……あの連中の目的は秘宝を強奪することで間違いないでしょう。九龍さん、気を付けてくださいね」
「わかってるよ。それじゃ──」
 図書館を後にし、今度はその正面の音楽室へ。
 図書館に入る前に気付いていた。
 中には人が居る。
「はっちゃん……! 良かった、無事だったんだね」
 ピアノ前に座っていた取手が立ち上がる。九龍も扉を閉めながら駆け寄った。
「お前こそ。大丈夫だったか?」
「うん、見張りの目は何とかかいくぐってきたから……。どうしてもこのピアノが心配で」
「ああ、だろうなぁ。だったら電気は消しとけよ。人が居るってわかったら奴らが入ってくる可能性がある」
「あ、そうだね。うん、そうするよ──」
 取手が電気を消す。
 図書室の明かりは付いたままだが、あちらは真里野が何とか出来るだろう。
 取手にも──戦う力はある。
「君は……行くのかい」
「ああ。おれが行かないわけにいかないだろ」
 笑って言うと、取手も笑みを返した。
 日が沈みかけていて、室内はもう薄暗い。
「それじゃ取手。気を付けてな」
「うん。はっちゃんも」
 取手に見送られ、九龍は再び廊下へ出た。
 兵士の姿はやはり見えない。
 もう、この中に人は居ないと思っているのだろうか。何だか随分残っているが。……特別教室の方だからか。普通の教室の方には居るのかもしれない。
 九龍はそこから渡り廊下を伝い、2年の教室に向かう。
 案の定レリックドーンがやってきたが、殴り倒しておいた。
 そして2-Aの教室で響の姿を発見する。
「お前、無事だったのか」
「あっ、葉佩先輩……」
 入り口から呼びかけた途端、響が駆けて来る。他の生徒の姿は見えない。そういえば阿門は、響を教室に戻すと言っていたか。誰も居ないところに置いていったのか、他の生徒は大人しく講堂に向かったのか。
 案の定事態を理解していない響に、九龍は手早く説明した。学園にテロリストが入りこんでいる。銃を持った兵士たちがうろついていて危ない。
 ……考えてみれば凄い状況なんだよなぁ。
 響はそれよりも、倒れる前に聞いたファントム死亡の話の方が気になるようだ。
 誰からも疎まれた力を必要としてくれて嬉しかった、初めて誰かに必要だと言ってもらえた、と響は俯きながら話す。そうは言っても、ファントムはもう居ない。
 これからどうすればいいかと言うのなら……。
「じゃあその力、今度はおれのために──学園のために使ってみないか?」
「えっ……」
 九龍は自分がトレジャーハンターだと明かした。
 遺跡の探索になら、非常に役に立つ能力だと思う。
 大丈夫、おれの周り、既に変な力持った奴多いから。
 響は驚きながらも受け入れてくれた。力の制御は、もう大丈夫のようだ。これが阿門の力か。阿門の──おかげか。
 連絡先を交換しながら、それについては少し微妙な気分になる。
 あいつは、この事態に今何してるんだ?
 2年の教室を後にする。
 そして3年の教室で──生徒会メンバーの姿を見付けた。
「お、お前ら何やってんだ、こんなところで……」
 阿門、神鳳、夷澤。
 3−Aの教室で突っ立っている。作戦会議か何かか? 夷澤は何やら阿門たちに噛み付いている。だが九龍の姿を見つけてすぐに寄ってきた。阿門たちがあの連中を放っておいているのが気に食わないらしい。
 ……ホントに何もする気ないのか?
 阿門に視線を移すが、相変わらず表情からは何も読み取れない。
 夷澤はわかりやすく騒いでいる。
 神鳳は──と目を向けたとき、神鳳もこちらを見た。
「レリックドーン──あの人たちの周りからは強い怨嗟の念が感じられます」
「えんさのねん……?」
 漢字変換出来ずに首を傾げる。
 神鳳は笑いもせず説明してくれる。要は──殺した奴らの霊に囲まれてるってことか? そんなの本当にわかるのか……。
「九龍くん、くれぐれも霊魂の仲間にならないよう注意してくださいね?」
「怖いこと言うなよっ! ……それじゃ、おれは行くからな? お前らもただ黙って見ているつもりないんだろ?」
 そう言うと夷澤が阿門を見た。
 阿門も神鳳も何も言わない。
 聞くだけ無駄か。
 そういえば双樹はどこに居るんだ。
 思いながら、九龍は教室を出た。
 この上には電算室と遺跡研究会──そこまで来てるだろうか。レリックドーンは。
 階段を登っていく。
 部屋は全て閉まっていて、鍵もかかっている。中を確認したが、誰も居ないようだった。
「……あとは……屋上……」
 レリックドーンが来る前、八千穂が屋上へ向かっていた。
 九龍はそれを……置き去りにしてしまった形じゃないだろうか。
 あの放送を聞いて、大人しく講堂に向かったか、そうでなければ──。
 九龍は屋上へと走る。
 あちこちに生徒が残っていたことを考えると、あの兵士たちの見回りもいい加減なものだ。隠れている生徒をあぶりだすことまではしてないのかもしれない。
 屋上へ続く扉を開ける。
 そこには誰の姿も見当たらない。だが──八千穂は居た。
「──っ、きゅ、九ちゃん!」
「やっちー……良かった、無事だった?」
「う、うん、うんっ」
 屋上の影になっている部分。日は当たるが、風は遮られる、おまけに見回りの教師に見付かり辛い──皆守の昼寝スポット。
 そこに、八千穂は居た。
 放送を聞いてからずっとそこに隠れていたらしい。兵士たちは来たものの、軽く見回すだけで帰ってしまったと。
 やっぱりツメが甘い。
「あの人たちって……何なの?」
「レリックドーン。……目的のためなら手段選ばない奴らだよ。隠れて正解だ」
 言い切ると八千穂は怯えたような顔になった。
 やばい。
 ただでさえ、先ほどから八千穂は不安に満ちた顔をしていた。遺跡で化物と戦っていても──人間のテロリストの方が怖い、ということはあるだろう。
「ご、ごめんっ、怖がらせるつもりじゃなかったんだけど」
「ううん、大丈夫。九ちゃんが来てくれただけで凄く安心したよ」
「そ、そうか?」
「ねぇ、他のみんなは? 大丈夫かな?」
「何人かは確認出来たけど……講堂で何やってるのかが気になる。……多分甲太郎もあそこなんだ」
「えっ」
「ちょうどあいつらが降りてきたとき校庭に居てな。これから見に行くから──」
「ま、待って、私も行くよっ」
「いやいや何言ってんだ! 隠密行動! やっちーには無理!」
「そっ、そんなことないもんっ! 私だってやれば出来るよっ!」
「ってか、そんな問題でもねぇ……! あいつら銃持ってんだよ、わかるだろ」
 そう言うと、さすがに八千穂は顔を伏せた。
 でも、と小さく呟く。
「ここに置いて行かれるほうが怖いよ……」
「あぁ、そりゃそうか……」
 2階辺りには頼りになる奴らがいっぱい居る。
 とりあえずそこまで連れて行った方がいいだろう。
 九龍はそう言って、八千穂と共に階段を降りて行った。


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